過ぎ去った過去は尊い夢の様2-4
何も出来はしない自分に苛立ちが募るばかり、焼け付く様な熱量は喉を焼くようにして、ため息として口から吐き出されていく。
「クソ、どうしろってんだよ」
白兼の言葉は詭弁であったが、正しい部分もあった。
隠し事をしている別組織から来たやつが信用されるはずもなければ、その味方をしてやろうとする奴なんてよほど奇特な奴ぐらいだ。
俺のやろうとしている「利優を守る」は巨大な組織である暦史書管理機構の内部で「利優派」という新たな派閥を生み出すことに違いない。 あるいは既存の派閥を乗っ取るか。
どちらにせよ、ある程度の発言権を得て、都合のいい捨て駒扱いの現状を変える必要がある。
無茶振りだ。
まだ、今回の潜入は安全であるし、何度も思っているが利優も楽しんでいる。
報告書には書ける程度に長引かせるのがいいか……。
長引かせながら、仕事をしている証拠が出来て、尚且つ俺が暇にならず時間をかけることが出来る調査か、やはり張り込みか、あるいは聞き込みか。
どちらにせよ非効率的で、今回に関してはいいやり方だろう。
とりあえず、他に銃の材料がないかを探しーーそう考えていると、足元に違和を覚える。
立ち止まってみるが特に何かがあるわけでないように感じるが、手をトンネルの側面に当てれば、ほんの少し揺れているのを感じた。
地震だろうか? ほとんど感じられないほど揺れが強くないようなので問題はないようだ。
少しその場で待ってみるが、普通には感じられないほどの小さな揺れが納まることはない。
「……地震では、ない?」
足元に手を当ててみれば、僅かに揺れていることが分かる。 もう片方のトンネルの側面に手を当ててみれば、もう揺れが収まったのか感じられない。
気になり、元の方のトンネルの側面に手を当てれば、やはり少し揺れているように感じられる。
地震ではないが、揺れている。 こんなところで揺れるほどの工事が行われるはずがなく、考えられるとすればーー。
瞬間、トンネルの中で足音が大きく反響するほどに地面を蹴って走り出す。
ーー侵入者がいる。 監視カメラのあるトンネルの中に忍び込むのではなく、地面を掘り進めることによって侵入してきたのだ。
ポケットの携帯に手を当てるが、電話が繋がるはずがないことを思い出して、そのまま走る。
幾つかの侵入理由を考え、最も可能性の高い部屋に向かう。
ある程度までなら鍵がなくとも錠を開けられる能力者対策に、複雑な施錠がされている扉の前に立つ。 俺では、鍵があるか、あるいは内側からしか開けることが出来ないような物だ。
確かに感じられる揺れは少し強くなっていて、外で土を掘っているであろう侵入者はこの扉の奥に用事があることが見受けられる。 正規の手順でここを開くには時間がかかるだろう。
あくまでも、正規の手順であるのならば、という注釈は外すことが出来ないが。
首に掛けているネックレス、そこにある南京錠に、その鍵を入れて、錠を開け、締めと繰り返してから、その南京錠を扉の錠の部分に押し付ける。
遥か遠くにいるが、利優ならばこれで気が付いて、意図を察してくれるはずだ。 起きていれば、だが。
すぐに複雑な施錠音がして、扉が開かれる。
この先にあるものは、暦史書管理機構という組織名の通りに、この組織の主な目的である暦史書の保管、管理を行うためのアーカイブ、それとその管理人室である。
扉を潜れば、日本家屋の玄関のような内装。 ギャップに少し戸惑うが、管理人が常駐して管理していることを思えば、あり得ないことでもないと思い直して声を張り上げる。
「異能処理班、低位庶務の水元 蒼です! 管理人の方はいるか!」
急いでいるが、まだ掘り進めている振動は止まっていないので、無遠慮に入るほど切羽詰ってはいないだろう。
奥から足音が聞こえ、寝間着姿に上着を羽織った少女が俺を見て驚いたような声をあげる。
戸惑っている少女を見て、無理矢理入り込んだ俺も驚く。
暦史書管理機構。 名の通り、暦史書を管理することが最も大切にされている業務であり、能力者の対策はその片手間でしかない。
つまり管理が最も大切なことのはずなのにーー管理人室にいたのは、俺と同年齢ほどの、普通の少女であった。
混乱した思いを飲み込みながら頭を下げて、敵ではないことを示す。
「侵入者がいます。 おそらくこの奥に向かって」
混乱するか、あるいは驚いて話にならないか。 そう想像していた俺の考えはあっさりと否定される。
「侵入者……分かりました。 他の者には連絡しましたか?」
「いえ、気が付いてすぐに向かってきたので」
「内線で応援を呼びます。 どこからどのように侵入してきているか分かりますか? 猶予は」
年端もいかない少女のあまりの手際の良さに少し圧倒されながら問いに答える。
「トンネルを通っているわけでなく、地面を掘り進めることにより接近。 おそらくこの先のアーカイブが目的と思われる。 猶予はーーーー」
俺の言葉を内線でそのまま伝えていく少女。 猶予を話そうとした瞬間に、俺と少女は同時に、日本家屋に似た管理人室を走り抜けて奥に向かった。
ーー揺れが、収まった。
管理人室の奥に入ったところで、日本家屋のような内装にはあまりに似合わない銀行の金庫のような巨大な円形の扉が目に入る。
暦史書を守るための物なのだろう。 今はそれが仇となってしまっているようだが。
管理人の少女は俺の後ろで大声で話す。
「開けるので、退いて構えてください」
俺は振り返らずに否定し、走り込んだまま南京錠を扉に押し付ける。
指紋認証、虹彩認証、声紋認証、パスワードと、さまざまなロックを掛けてあるであろう巨大な扉だがーー利優の能力にとってはないも同じである。
「侵入するぞ!」
ここまで近づけば、能力が発動されていることが分かり、アーカイブの壁の破壊に難航していることも同時に分かる。
円形の扉を抜ければ、図書館のような空間が広がっており、その一冊一冊が値を付けることが出来ないような価値があると思えば、思い切り駆けることに若干の恐怖心を覚えてしまう。
「奥です!」
「分かっている!」
棚は見ないように駆けて、侵入者が向こう側にいるであろう壁に手を付ける。
「対心!」
能力に干渉する能力。 この壁を破壊ーーいや、歪曲させようとしている能力をズラし、ただでさえ丈夫な壁を破壊出来ないようにする。
非常に深いはずのここまで土を掘り進めることが出来るような化け物じみた能力者が相手であり、遥かに能力の出力差があるので、短い時間稼ぎにしかならない。
「ッッ! 管理人、近い内に突破される! 応援はまだか!」
まだに決まっていることは分かりきっている。 武装がなければ、能力者に対応出来るのは能力者ぐらいのもので、今は管理人も寝ていたような早朝である。
そんなに都合がよく人がいるわけもなく、先程応援を呼んだにしろ、多少の時間はかかるのは間違いがない。
「今、向かっているはずです。 もう少しの間……よろしくお願いします」
俺の能力の出力では耐えられるとは思い難く、抑えている手とは逆の手でブレスレットから、銃に変形させて、弾を装填する。
「悪い、火薬を使う」
貴重な本には悪影響を及ぼすことは分かりきっているが、このまま押し通されて奪われるよりかは、よほどマシだろう。
能力を抑えていた手を戻し銃口を壁に押し付ける。
そして引き金を締めて、乾いた音をアーカイブの中に響かせた。
もう二発放ち、壁の向こうの動きがなくなったことを観測し、壁から銃を離す。
壁には傷一つも付いておらず、あるのは反響して残った発砲音と、火薬の匂いだけだった。




