過ぎ去った過去は尊い夢の様2-3
扉の外も代わりのない殺風景なコンクリートのトンネルだが、簡易な受付のような場所があり、そこには気だるそうな女性が座っている。
人の長居するような空間ではないと思うが、改装して快適な空間にするほどの余裕はないのだろう。
トンネルの中にある灯りとは別に机を照らすようにしており、過ごしやすいように多少の工夫はしているらしいが、それでも鬱々とした場所であることは変わりない。
「ん、水元君か。 一応、手荷物改めさせてもらうけどいいかな」
「あー、はい。 でも、銃を作り直しにきたので、銃の本体は持って入りたいかな、です」
「それは許可出来ないかなぁ……。 ん、どうだろう。 まあ、ダメかな」
「弾丸がなくてもですか?」
「うん。 そういうのは別の部屋でやって。 あとでどこかの部屋借りれるようにしておくから」
「分かりました。 ありがとうございます」
材料集めしたあと同じ場所で作ろうと思っていたが、許可が降りなかったので諦めて装備を外して女性の前の籠に入れていく。
手首に付けているブレスレットに、ネックレスの形にさせた弾丸、そのネックレスの先についている利優が変形させた南京錠は取り外してポケットの中に入れる。
靴の裏に仕込んでいた変形させた銃弾、単純に服の裏に隠していた折り畳み式の警棒、ベルトに挟んでいた寸鉄を幾つかに、折り畳み式のナイフ。
身に付けている武器の類を籠に入れて受付の女性に渡す。
「相変わらず、警察に呼び止められたらアウトな感じだねー」
「こっち来てからは減らしたんですけど、ないとどうにも不安で」
「まぁ、気持ちは分からないこともないけどね。
他にないよね? ちょっと探るから大人しくしててね」
女性は俺に手を向けて、能力による観測を開始する。
ヌルリと足元から這い寄るような気持ちの悪さに軽く身体を震わせているうちに「はいおわりー」という言葉で解放される。
「あ、そういえば」と、そのまま通ろうとした俺を女性が引き止める。
「白兼さん、昨日から帰っているところ見てないから、もしかしたらまだ残業中かも」
「……忠告、ありがとう」
タイミングが悪いとため息を吐き出して、軽くなったせいで不安な身体を歩かせて進んだ。
能力による使用を前提とした銃を作るにあたり、最低限必要な物は鉄だけだ。
当然そんなものを作っても、ただの能力がなければ撃つことも出来ないだけの銃で、前の【LIU:.2015】よりも性能が低いのは勿論、既製品の方が圧倒的にマシであることは間違いない。
つまり、能力を活かすための銃は、鉄だけではなく思い入れの強くなりやすい物品を混ぜ込むことで完成する。
ひとまずは自分の血液を混ぜることにし、医務室に向かおうかと思ったが、この時間だと空いていないか。
何かいいものはないかと、中の物を自由に使ってもいい倉庫(半分ごみ捨て場)に向かう。
倉庫を開けると、カエルの着ぐるみが扉から倒れるように転がってきた。 どうやら適当に立て掛けてあったらしい。
使用用途がよく分からない着ぐるみを立て掛け直し、倉庫の中を漁る。
折りたたみ自転車、フラフープ、倒れるだけで腹筋が鍛えられるやつ、ゲーム機、最近の漫画雑誌、30年以上前のファッション雑誌、ゴミ箱、大量にあるトイレットペーパー、筆記具、ノート、バケツ、おそらく壊れているクーラー、風船、仮面、ハンバーガー……。
……ゴミしかないな。
あまり期待はしていなかったが、こんな物か。
とりあえず、もっと能力の通りが良さそうな物……はやはり自分で作る方がいいか。
バケツだけ持って、外に出る。
適当な場所で水を汲んでから、トンネルを進んである場所に着く。 他は簡素な扉ばかりなのに、ここだけ普通の民家のような扉で、しかも横にインターホンまである。
ヤケに場違いなそれを押して一分ほどで、ドタドタという足音が聞こえ、扉が開けられる。
「んぁら? ああ、水元……今から寝るんだけど」
「寝てていいが、場所借りるぞ」
やせ細った体に青白い身体をした長身の不健康そうな男は、地下のトンネルの中にある一室なのに、普通の民家の中にしか見えない室内の奥に入っていき、自室に入り込んだ。
一人でに閉じられた扉に手を当てて、男の能力はしっかりと発動していることを確かめる。
【家】を操る能力者、蘇峰 一。 彼の能力は自分の家を操作することに秀でており、この能力が発動しているとき、彼の許可なく家に侵入されることはほとんどない。
例外は、利優などのより高位且つ侵入に適した能力者が普通に鍵を開けて入ってくるなどがある。 まぁ、蘇峰もレベル5の能力者なので、レベル5以上で侵入に向いている必要があるので、大抵の能力者には侵入が不可能だ。
何より、能力の精度が高いために、家外からは能力による観測でも見ることが出来ないという利点がある。
水の入ったバケツを床に置いて、左手の親指を口元に持ってくる。
指を犬歯に加えて、指の腹の皮を噛みちぎってバケツの上に指を置く。
指から離れ、水の張ったバケツの中に落ちた血液は水に溶けることはなく、ボシュ、と水を蒸発させながら底に落ちていく。
能力による物質の変性。 血液を鉄に変える。
それは赤血球の中に含まれる酸化鉄を取り出しているといった科学的なものではなく、別の理によって行われている物質の変化。
錬金術と呼ばれるような魔術や魔法に近いような、能力の行使である。
「相変わらず、そういうのが上手いな」
男の低い声を聞いて振り返る。
「……ここの連中が下手すぎるだけだろ」
「いや、そういう問題じゃねえだろ。 それ、第6干渉深度の初期はいってるんじゃねえか?」
「……あれはレベル6以上の人間だけしか確認されていないだろう」
「確認されてないってだけで、それが事実かは分からない。 わりかし最近まで、第5干渉深度もレベル5以上ないと到達出来ないと思われていたしな」
血から能力によって錬成した鉄をバケツの中から拾い上げて、軽く水を払ってからポケットに入れる。 少量だが、多い方がいいというものではない。
干渉深度、あるいはステージ、とは能力の強さではなく、操作の上手さや知識などを含めた、どれほど能力を上手く扱えているかの指標である。
第1干渉深度つまり能力の最初期段階は、能力としての目覚めではなく、ただ書物を記したくなるというもので、第2干渉深度は能力による観測が可能になる(第6感のようなもの)だけ、第3干渉深度は簡単なサイコキネシスのようなもので、能力と呼べるのは第4干渉深度からだ。
利優や神林などはここに位置していて、この男や俺は次の第5干渉深度であるとされている。
第5干渉深度は、能力により、直接他人の能力に干渉することが出来る以上の技能を身につけていることで判別される。
第6干渉深度以降は本当にあるのかは不明だが、能力の完全な理解、物質を作り出すこと、別の世の観測など、眉唾である。
第7に至っては、確認された例はなく、思考実験、いわばただの妄想で思われているだけだ。
「少なくとも、錬金術もどきなんて、俺でも出来る気しないし、それぐらいまで到達してるんじゃない?」
「いや、ないな。 そこまで自分の技能が高いとは思えない。 ただの得手不得手の問題だろ」
能力の過剰行使によって朦朧とする頭で考え、何も考えることが出来なくなって息を吐き出した。
強い吐き気に襲われるが、実際に身体が吐こうとしているのではなく、そういう風に感じるほど疲れているだけのことだ。
「相変わらず、すぐにバテるな」
「まぁ、レベルが低いからな。 能力の行使の負担は大きい」
「これだから雑魚は……。 休んだら早く出てけよ」
頷いて、頭を自分の膝に乗せる。 能力のレベルは完全な遺伝で、どうしようもないのは分かっているが、やはりそれでも悔しさは大きい。




