転校初日1-2
屋上、本来は入ってはいけないのだろうが、それほど真面目でもなわけでもない。
わざわざ気を使わせて人のいない場所に連れてきてもらったのだから素直にルールを破るとしよう。
心地よい風に髪を揺らされて、一息吐き出す。 俺も思ったよりも疲れていたらしい。
「いいところだろ? ほら、教室も食堂も人が多すぎてな」
「そうだな。 ……まぁいい奴が多そうで安心した」
軽いリップサービスを口にしてから、利優の方に目配せをして言葉を続ける。
「どうにも最近、この学校で傷害事件が多発してるって聞いてたから、もっとガラが悪いのかと思っていた」
学校に溶け込む前に探るのは性急かもしれないが、これぐらいならば聞いてもおかしくないぐらいだろう。
「あー……いや、まぁ普通の学校ではあるけど、最近はその事件で不良っぽいやつがいなくて普段よりも平和だな。
夜中に不良漫画っぽいことしてるのかねえ」
興味なさそうに頷いてから、適当な場所に腰を下ろす。
被害者は不良のような奴、考えられる犯人像は虐められている奴か、あるいは同じく不良同士の喧嘩か。
あまりに安直な考えに首を横に振る。
ひとまず置いておくことにして、まずは飯を食べることにする。 利優の作った弁当箱を広げて、他の人の様子を見ながら「いただきます」と利優に言ってから弁当に口を付けた。
「二人はどういう関係なの? 親戚って言ってたけど」
どんな設定だったのかを思い出そうとすると、先に利優が答えた。
「一応、叔父と姪という関係です」
「ああ、カツオとタラちゃんみたいな感じか」
「そんな感じ、ああ今更なんだけど、名前教えてくれないか」
「えっ、ナンパ?」
違う。
「野空だよ、野空 葵。 ハニーでいいよ」
「分かった、野空だな」
満足そうに頷いた野空を他所に弁当を食い、他愛もない話をしてから教室に戻る。
また幾つかの授業を受け、放課後になった。
「あー、だりーやっと終わったー」
という声に耳をしながら、教科書を鞄に片付けて利優の方を見ると、小さな身体をグッタリと項垂れさせて、机に突っ伏している。
どうやら、どの授業もまともに理解出来なかったらしく、根が真面目なのもあり無駄に疲労しているのだろう。
「大丈夫か?」
「先輩……日本語難しいです」
「日本語のせいにするなよ」
「産まれる時代を間違えたかもしれません」
「あー、疲れてるなら、学校の案内別の日にしてもらうか?」
利優は首を横に振って、口を開く。
「ゆっくりしているとズルズルと友達いないのが続きそうなんで……」
そういう目的でここにきているわけではないという突っ込みは野暮だろうか。
少しずつ人が捌けてきたので、利優を連れて人気の少ない廊下に移動し、話を始める。
「分かっているとは思うが、ここにはーー」
「分かってますよ。 でも」
軽く頭を掻いてから、続ける。
「分かっているなら問題ないけどな。 長居できるとも限らないってことは念頭に置いておけよ」
「……はい」
仲良くなりすぎるな。 なんて言葉は意味がないか。
軽く頬を掻きながら頷く。
「悪い」
「いえ……。 それより、どんな人が能力者でしょうか?」
「今のところどうにも……。 当たり外れは別としても、ある程度目星をつけて動く方がいいだろうが」
「被害者、学年とかバラバラですもんね」
頷いて頬を掻く。 何かしらの共通点があるのだろうが、不良と呼ばれるような人間であることしか分からない。
正義の味方というには表には出ていないし、不良同士のやり合いとしても意味が薄い。 だからと言って何かしらの恨みを晴らす、というにも何せ被害者に共通点が少ない。
簡単に特定出来ない故の潜入ではあるけれど、もっと適任者がいたのではないかと言いたくなる。
俺は能力者とのドンパチが主なのでこういう場には慣れていない。 利優はそもそも入ってからが短く、勝手が分かっていない。
おかしな采配に顔を歪めたくなる。 尤も、若年層が不足しているきらいがあるのである程度は仕方ない気もするが。
「……この仕事、鈴とかの方が向いてたんじゃないか?」
「他にさせたいことがあったとか、ボク達に経験を積ませたいとかじゃないですか?
それに鈴ちゃんって先輩みたいにドンパチは出来ませんし、先輩と仲悪いから同居する必要がある時にって気を使ったんじゃないでしょうか」
「年頃の男女を同居させてる奴らが気を使うとは思い難い」
「まぁ、先輩一人だと生活とか出来ないから仕方ないですよ。
名目上、先輩はボクの護衛と補助、それに能力者の取り押えですけど、実質のところ、メイン先輩でボクは先輩の子守ですし」
「子守という言い方は止めてくれ。 あと、学校では先輩は止めてくれ、ややこしくなる」
自分の能力の低さにため息を吐き出してから、予定を立てる。
「とりあえず、学校の案内をしてもらったあとは被害者に聞きに行くか」
「んー、でも、不良なんですよね? 放課後、学校にいるんでしょうか」
「部活とかしてるんじゃないのか?」
「不良って部活動とかしないイメージです。
少なくとも、ボクの通っていた中学校だったら、すぐに学校から出てましたね」
「じゃあいつ話聞くんだ? 休み時間とか、短いが」
「知りませんよ。 ……というか、直接関わりを持ったら襲われる可能性とか、警戒されてより隠れられる可能性あるので良くないかと」
非常に面倒くさいと顔を歪める。 利優に「本当にドンパチすること以外何も出来ませんね」と呆れたように言われるが、それはお互い様ではないだろうか。
少なくとも勉強なら俺の方が出来るのは間違いなさそうだ。
「あっ、蒼! 約束通り学校案内しよっか?」
俺たちを見つけた野空は、ニコニコとわかりやすい笑みで俺に言った。
「じゃあ頼む」
馬鹿なことばかり言っていると思っていたが、案外まともで分かりやすく学校を案内された。
二年生が授業でよく使う教室を幾つか、理科実験教室など、体育館にグラウンド、それに本門以外にも南門と東門もあること。
一通り見終わったあと、東門にある自動販売機で缶ジュースを三本買って、野空と利優に手渡す。
「ありがとっ。 今日の出会いに乾杯しちゃう?」
「いや、案内してくれてありがとう、助かった」
「良いってことよ。 あっ、部活の場所とかも教えとこうか? 部活に入る予定とかある?」
利優を見ると小さく頷いた。
「じゃあ、運動部から紹介していくねー!」
機嫌よく歩く野空は、思い出したように口を開く。
「そういえば、この学校にはよくあるような七不思議があってね」
声のトーンを落とし、少し低くなったような声で利優の方を見る。
利優は分かりやすく気丈なフリをして「へー、そうなんですか」と相槌を打った。
「まぁ、ありがちすぎてそんな怖くないんだけど。
これが、七不思議の三つ目『夜中に動くよく分からないおっさんの像』だよ」
「よく分からないんですか」
「うん、この像、名前とか書いてないし、先生達に聞いても知らないって言ってたから」
昔の校長とかだろ。 ということは口に出さず、野空に尋ねる。
「夜中に動く?」
敵は人形を動かす能力者だ。 その七不思議とやらがどれほど信用出来るのかは分からないが、関係があるかもしれない。
「うん。 夜中に動くって言っても、ヒップホップ踊ったり歩き回ったりしてるわけじゃなくて、置いてる場所がちょっと変わってるとか。
そういうの興味あるの?」
「……少しな」
あまり信頼出来る情報ではないけれど、一応あとで調べてみた方がいいか。
利優の方を見ると、首を横に振りながら小さな声で俺に言う。
「せんぱ……ではなく、蒼くん、絶対に確かめに来たりしませんからね? こんなのただの学生の話の種みたいな物ですから」
「いや、手掛かりあるかもしれないだろ?」
落ち込んだ様子の利優を他所に、野空の部活案内が続く。
走っている生徒や声を張り上げている生徒を見ていると、見知った顔が見えた。
「横野はボクシング部だよ。 弱いけど」
「そんな部活まであるのか」
「うん、この学校、部活めっちゃくちゃ種類あるからね、人数集めたらすぐに承認されるし」
放課後でも学校に居座る理由付けとして、部活に参加するのもいいかもしれないな。
下手にしたら、人間関係のしがらみで動きづらくなるかもしれないので気をつける必要があるけれど。