過ぎ去った過去は尊い夢の様2-1
目を覚まし、ベットから身体を起こして、軽く柔軟を始める。
柔軟運動をしている中、身体の調子を確認する。 不調はないが、少しだけ身体が固くなっているような気がした。
身体が固い、つまり関節の可動域が狭いというのは、弱い能力を身体で誤魔化して戦う者にとってはあまり好ましいことではない。
普段から気を付けているので、人並みよりは遥かに柔らかいが、もう少し柔軟運動は増やした方がいいのかもしれない。
次にブレスレットを手に取り、ストップウォッチを片手に銃に戻すまでの時間の計測をして、その結果に顔を顰めながら二組のトランプを掴む。
慣れた手つきでグチャグチャにシャッフルを行い、裏面のまま、表を見ることなく七並べをするように並べていく。
計108枚のカードを表面にして全て合っていたことを確認して、元の場所に戻して時計を見る。 いつも通り5時半だった。
部屋着から着替え、部屋から出て洗面所で顔を洗って歯を磨く。 キッチンに行って、コップに水を汲んで飲み、それを洗ってから玄関に行って靴を履く。
軽く走ってこようとしたのだが、利優の能力がまだ続いているのか、鍵が固まったようになっていて動かすことができない。
「仕方ないな」
時間も経っていて眠っているならば、無理ではないか。
ドアノブに触れながら、銃を操る能力ではない力を発動する。
「……対心」
鍵を捻り、扉を開く。 慣れないことをしたせいか、単純に能力の格の違いがあるのに無理をしたからか、意識が朦朧とし始める。
時間が経った上に、意識を集中していなく、尚且つ適当に行った能力を弾くだけでこのザマだ。 やはり、単純な「才」の違いはどうしようもないほどの差があるらしい。
「銃の能力」に比べて「対心」は隠す必要があることもあり、練習不足なのも否めない。
「干渉する能力に干渉する能力」。 弱い力を誤魔化す小細工だが、これもどうにかして使い物になるようにしなければならないだろう。
しばらく歩いて吐き気や朦朧とした意識が戻ってきたところで、走りに切り替える。 単なる道を走るだけの運動だが、速度を上げれば意外に負荷も強い。
汗が流れ出てくるのを感じながらいつものコースを全力で走り続けて、6時過ぎに家に戻って鍵を閉める。
シャワーを浴びて汗を流してから、自室に戻った。 今日は学校が休日なので、弁当を作る必要もないので利優が起きてくるのは少し後になるだろう。
ほどほどの疲労感の中、これ以上トレーニングを行えば今日の活動に支障が出ると思いリビングに銃の本を取りに行こうとし、全て覚えたことを思い出す。
「どうしようか」
やることがない手持ち無沙汰では、考えたくないことを考え、思い出したくないことが脳裏によぎる。
朝6時半ほどなので、鈴や神林は起きていないだろうし、人形遣いが人形を使って人を襲うこともないだろう。
もう一ヶ月ほど進展がないので角さんと話をしておきたいが、あの人は人形遣いに対処するために完全夜型になっていて、今から寝るところかもう寝ているぐらいか。
そう思っていると、長い間机の上で放置されていた携帯電話が初期設定の着信音を鳴らした。
とりあえず手に取ると、画面には「角」と表示されていて、仕事の指示がきたと喜びながらそれを手に取る。
「もしもし、水元です」
『おお、俺だ。 蒼と塀無の嬢ちゃん、今日から土日は完全に休みな』
「……は? えっ、それはどういう……」
俺が狼狽しながら電話に向かって尋ねると、角は分かりやすくダルそうに説明を続ける。
『あれだよ。 もう一ヶ月以上経つだろ? なのに、人形から守るのと、簡単なデータの収集ぐらいしか出来ていない。 ああ、あとなんか別の能力者の発見と保護は出来たんだったか。
何にせよ、だ。 それもこれも、俺は守りに徹しないといけないからマトモに調査出来ないし、お前らは時間の拘束が厳しいわけだ。 んで、追加の人員が派遣されることになった』
「その分だけ俺が休んだら意味が……」
『お前には潜入調査以外には期待してねえよ。 街での調査も、人形の処理も管轄外だろう』
職務から外れていると言われれば、口を噤む他にない。
「……分かり、ました。 では、その方に現状の報告を」
『こっちで済ましておく』
「顔を合わせぐらい、しに行きます」
『また後でな。 今日と明日は休め。 あと、基本的に放課後もナシ」
「……そんな急に……」
『仕事が増えるならまだしも、休みが急に増えるのなら問題ねえだろ。
昨日一時ぐらいに寝たんだろ? どうせお前のことだから、一時間前には起きてゴチャゴチャしてるだろうし、四時間ぐらいしか寝てねーわけだ。 昼まで二度寝してろ。 じゃあな、俺も寝る』
「ちょっと、角さーー」
プツリと電話が切られて、仕事がなくなったことに頭を抱える。 あまりに都合が悪すぎる。
どうしようかと思って、とりあえず休日まで利優に飯を作らせるのもと思い立ってコンビニに向かう。
角の言う通りに二度寝してもいいのだが、それなら独自の調査を実施した方がためになるか。 それをしたら怒られそうだが。
そう思ったところで気がつく。
「あ、なんで角さんが俺の寝た時間を……」
知るはずのない寝た時間を知っているのはおかしく、今回の指示はあまりに俺にとって不利であることを思えば……自ずとそうなった理由を知る。
角が「一時に寝た」をわざわざ口に出したのは、全てを察せさせるためだろうか。
それにしても、昨日の今日で行動が早すぎるだろう。 息を吐き出して、利優の好物をカゴの中に放り込む。
お節介、大きなお世話にもほどがある。
家に戻って、コンビニで買ってきた朝食を食べて、手持ち無沙汰に息を吐く。 何もすることがない。
「休日って、何をしたらいいんだ」
朝七時過ぎ。 寝るのが昨日と同じ一時だとしたら、あと十八時間の間……俺は何をして過ごせばいいのだろうか。
少しだけ利優の優しさを恨めしく思った。
能力の訓練をしようにも、銃を実際に撃つなんてことが出来るわけもないので、ひたすらに銃の形を変えるだけである。
普段使うブレスレット型に、撃つことも出来ない警棒のような形、そのまま刃物のようにしようとするが、銃の形から離れ過ぎれば干渉の精度が低くなり、形を変えることが難しくなる。
集中して不恰好で切れ味の悪い刃物へと変えたあと、元の銃へと戻す。
銃から警棒には7秒ほど、それから切れ味の悪い刃物には1分と少しか。
戻すのはその3分の2ほどの時間。 あまりにも遅く、警棒の形は未だしも、1分もかけて切れ味の悪い刃物など使い道がないだろう。
銃を床に置いて、それを能力によって動かす。 先ほどの形を変えるのではなく、サイコキネシスのような動きだ。
風切り音がする程度に自らの周囲を旋回させ、何度か弾の入っていない引き金を引く。
やはりというべきか、干渉能力の低下から動かす速さは遅くなっている。 けれど、その動きの精密性は思っているよりも正確で、これならば銃を浮かして両手は別の物を持ちながら戦うことも可能だろう。
浮かせたまま銃を廊下の方にやり、6mぐらいの場所でコントロールが効かなくなり落ちる。歩いてそれを拾ってから、距離には変化がないことに安堵する。
下がっているのは変形速度と動かす速さ、上がっているのは精密性か。
最後に手に握りしめて、少し疲労した精神を集中させていく。
拳銃が徐々に半透明になり、消える。 否、見えなくなる。 光を透過する性質に変えーー10秒ほどで強い目眩がして身体が床に倒れる。
そのまま浅い息を繰り返し、いつもよりも長続きしていることに満足感を覚えた。
下がっているものもあるが、向上しているものもある。
利優が起きるまでは訓練を続けることにしよう。




