過ぎ去った過去は尊い夢の様1-2
自室にてストップウォッチを片手に握りながら、ブレスレットに手を当てる。
一度ストップウォッチのボタンを押してからブレスレットを能力により拳銃へと形を戻していく。
完全に直りきったところでもう一度ボタンを押して、それを見る。
「14.59秒……か。 思ったよりも深刻だな」
最近は低迷し、全盛期の9秒代よりも遅い11秒代ほどが続いていたが、それからまた3秒ほど変形させることに時間がかかっていた。
戦いばかりしていた全盛期、2年前の俺よりも1.5倍の時間だけ隙があるということだ。
それだけで済めばまだいいが、これは「銃を操る能力」事態が弱体化していることに他ならず、明確な戦闘能力の低下が危ぶまれる。
こうなってしまった理由は分かっている。
神林にも説明したが、能力の強さには主に五つの要因がある。
1.能力を及ぼす物体が近くにあるほど強く、遠くにあるほど弱くなる。
2.その時々の集中が深ければ強くなる。
3.そもそもの能力への適合性、レベルの高さにより強弱する。
4.能力を及ぼす物体への思い入れが強いほどに強くなる。
5.能力を及ぼす物体の知識が多いほど強くなる。
1〜3.の条件はいつもと同様であり、5.に関してはむしろ増えている。
つまり弱体化の理由は【4. 能力への思い入れ】が原因に他ならない。
銃への思い入れが薄れてきている。 それは銃がなければ生きられないような危険な場ではなく、ある程度安全な場所にいるからという理由も大いにあるだろうが、本質はそこにはない。
初めて撃ったあの時の光景と共に、銃への嫌悪や不快感がなくなっているのだろう。
それは俺にとってーー許し難いことだった。
初めて銃を握り、初めて引き金を引いたあの日、あの時、あの感触、あの瞬間。 忘れて堪るものか。
殺したんだ。 あの日、あの晩にーー初めて、最も親しみを抱いていた、母親を。
しっかりと思い出せ。 軽い気持ち、漫画のキャラクターに憧れて引いた引き金の感触。
馬鹿な発想で誤射したあの光景を。
息をゆっくりと吸って、吐き出す。
「愛や、恋や、遊びや、勉強や、友人やーー。
そんなことにうつつを抜かしている場合ではないだろう」
大切なことを忘れるな。 罪滅ぼしなどになるとは思えないけれどーーそれでも罪を忘れずに、せめてもの贖罪として職務を果たし続けることが重要である。
ましてや、情欲に溺れて同僚を押し倒したなどと、気が違っているのか。
やるべきことは色に狂った行いではなく、人形遣いを見つけて事件を終息させることに他ならない。
拳銃を握れ、拳銃を握るんだ。 俺に出来ることなどーー仕事ぐらいのものなのだから。
◆◆◆◆◆◆
「それで蒼ってどんな子がタイプなんだ?」
決意して早々、友人の横野に尋ねられた。
たまたまで、横野には悪気など一切ないのだろうが、酷く気が削がれて微妙な表情をしてしまう。
準備運動のランニングの最中ではあるが、緩い教師なので話していても問題はないだろうと口を開く。
「横野はどうなんだ?」
「んー、俺? やっぱりかわいい女の子がいいよな。 細すぎるのは苦手だけど」
軽く欠伸をしてから、熱気を誤魔化すように深く息を吐き出す。
横野は俺の方を向いて俺の答えを待っているようなので、利優のことを思い浮かべながら答える。
「俺は、優しい子がいい」
「曖昧だな」
「そうでもねえよ」
曖昧ではなく、何かはっきりしたものがあるから、利優でなくてはならないのだろう。
いつから好意を抱いていたかを思い出せば、自ずと惚れた理由も分かるが分からないと自分を騙してランニングを終える。
「そういや、前に言ってた入院していた不良。 一組のやつはもう退院したってよ。 まあそこまで危険な奴ではないけど、なんか転校生って狙われやすそうだから気を付けろよ」
「ああ、そうなのか」
「まぁ……お前に喧嘩売る奴はいそうにないけどな」
眠気に欠伸をしながら頷く。 神林のようなでかい奴とも仲良くしているし、わざわざ不良もそんなところには突っ掛かってはこないだろう。
人形にやられたときのことを聞くためにこちらから話しかけることになるので、喧嘩のようなことになるかもしれないが。
「一組の、なんて名前の奴?」
「村上だよ。 金髪だから分かりやすいと思う」
後で話しかけるか。 不良といえども高校に通って授業を受けるぐらいなのでそこまで危なっかしいわけでもないだろう。
体育のバレーボールを適当に済ませたあと、昼休みに話しかけることにする。
いつものように昼休みのチャイムの音とともに利優を連れて屋上に向かう。 屋上に出たところで、周りに人がいないことを確認し、利優に鍵を閉めてもらった。
「弁当の前に、今日から一組の方で例の奴に襲われた不良が登校しているらしい」
「ん、ボクも葵ちゃんから聞きましたよ。
なんでも、襲われていない女の子の不良さんもたむろするようになるかもしれないとかで」
「ああ、まぁ不良には大して警戒する必要もないが、人形遣いも動き出すかもしれない。 だから、人形遣いが動き出すよりも前に、不良から何かしら聞き出そうと思う」
利優は弁当を広げながら首を傾げる。
「不良さんに聞くんですか?」
「ん、ああ」
弁当の風下にいるので少しばかり食欲をそそられながら答えると、利優は不思議そうに続ける。
「不良さんから聞けることってそう多くないと思いますよ?
もしかしたら人間ではなく人形であるとか勘付いているかもしれませんが……。 それ以上は、具体的な状況を知ることには繋がるかもしれないですけど、散々先輩が戦ってる相手ですから、新しいことはほとんど分からないかと」
「不良がイジメや嫌がらせをしている相手が分かったら、そいつに探りを入れるとか、襲われていない不良を探る、敵対している不良を探る。 幾らでもやりようはあるだろう」
「まぁそうですけど……。 ん、聞いたら素直に教えてくれますか?
それよりかは、それとなく付かず離れずで素行を探った方がいいかもです。 聞くだけならいつでも出来ることですし、敵対しない限りの話ですけど」
利優の言葉を受けて、考え直す。 よく考えると、人形越しに俺たちのことが人形遣いにも割れている可能性があるのだ。
人形遣いがそれを元に行動を起こす、あるいは隠れるようにしたら、まだ見つけやすくなるが……何も変わらずに過ごされれば俺たちの情報が一方的に相手に知らすことになりかねない。
こちらとしても現状では動きたくないのが実情である。 だが、いつまでもダラダラ過ごしているわけにもいかない。 だがーー。
「悪い。 冷静さを欠いていた」
「いえ、正解がそれとも限りませんから。 とりあえず、不良さんの様子は見守る感じですよね」
「そうなるな。 ……そうすると、どうしても不良の前で戦闘を行う可能性が出るか」
「守らないと、ですもんね……」
利優の言葉に頷く。
再び不良が襲われるかどうかは非常に重要なことであるので、人形遣いが襲うつもりがあるのならば、人形を発見しても泳がして不良を襲っている様子を見たいが、それで怪我をさせるわけにもいかない。
尚且つ、目の前で銃を使うわけにもいかない。
「角さんに監視してもらうのはどうですか?」
「一日二日の話ではないからな。 少なく見積もって二週間は見ておきたい。 あの人もあの人で動いているから長い時間頼むのは無理だ。 まぁ、銃を使わずに戦えばいいだけなんだが」
「戦えるんですか?」
「無理ではない。 銅像とかなら安全に倒すには銃が必須だが、マネキンなら素手でもどうにかなる。
……その不良以外にも退院してきたら誰を襲うのか分からないから、今のうちに集められる情報もありそうだな」
「んー、案外進みませんね」
「実働してるのが本人じゃなくて人形だからな。 本人が姿を見せたら一瞬で確保出来るが……」
そろそろやってくる人形が減ってきたので相手も弾切れの可能性がある。 そうすると襲われるという手掛かりも減り、捜査がより難航するかもしれない。
「本人をあぶり出す作戦を考えた方がいいかもしれませんね」
利優の言葉に頷き、利優が寄越した弁当に箸をつける。
どことなく利優が捜索に積極的なのは、昨晩のことがあるからだろうか。
無駄なことを考えるのは止めて、腹に弁当を詰め込んだ。




