激闘! 球技大会! 4-3
神林の鋭いボールをなんとか捉えることが出来ているのは、練習の成果の他に単純な運動能力の差があるからだろう。
神林からテニスを教わり練習している中で、自分と神林を比べる機会は幾度となくあった。
身体の大きさ。 神林は190cmに満たないほどで、対して俺は170cmより少し高い程度で15cmほどの体格差がある。 体重は俺が65kgほどなのに、神林は100kgに近いぐらいはありそうだ。
圧敗。
筋力の強さ。 俺もかなり力が強い自身があったが、神林はその遥か上にある。 俺の身体でさえ幼子のように扱うことが出来る。
圧敗。
走る速さ。 100mに限れば俺が11秒後半、神林は13秒後半。 持久力も俺の方が倍は走れる。
圧勝。
身体の柔軟性、バランス感覚。 神林の体格にしては異常なほど優れているが、それにしても俺の方が遥かに上回っている。
圧勝。
動体視力。 互いにどれだけ早かろうがボールを見失うことはあり得ない。
引き分け。
単純なテニスの技量。 言うまでもなく。
圧敗。
「ラブ-フィフティーン!」
ほとんど打ち合うことも出来ずに、審判の口からその言葉が吐き出される。
やはり強い。 それも圧倒的に。
筋力と体格を除けば、単純な運動能力だけならば俺の方が遥かに優れていることは間違いない。
俺という弱い能力者が、危険な戦闘も業務に孕んでいる異能処理班に所属出来ているのは、能力が戦闘に向いていることの他に俺自身が非常に戦うことを得意としているからという理由の比重も大きい。
けれど、それだけの自負があろうと、目の前の男に勝てる見込みは一筋としてなかった。
「やっぱり、上手いな」
「当たり前だ」
神林の言う通り、当たり前のことである。 神林は何年テニスを続けている。 俺は二週間だけだ。
言うまでもなく練習量の差。 埋まることのない技量の違いが越えることの出来ない壁となって存在している。
だが、それでも最後に、
能力の使い方。 ーーーー
1点目が終わり、神林の纏う雰囲気が変わる。
ゆっくりと息を吐き出しながら目を閉じて、能力を発動させた。 目に見えるものとは違う六つ目の知覚。
「行くぞ」
視覚で捉えるのよりも遥かに高度、複雑、正確な認識。 それに加えて、俺自身の身体の使い方の正確さを加えれば、全力でボールを撃ったとしても、アウトと紙一重の場所に打ち下ろすことが出来る。
ーーーー能力の使い方であれば、俺には一日の長がある。 それに神林の能力がテニスの能力であろうと、出来ることはそう多くない。
俺に出来るのは完全にテニスコート内を捉えること。 神林に出来ることはテニスボールの位置を捉え、スマッシュを強化することのみ。
圧勝。
「サーブでさえ取りにくい」と練習時に神林に言わしめた実績がある。
ギリギリにまでコースを絞って撃ったが、あくまでも「取りにくい」程度のこと。
あえなく返されるが、それは分かりきっていた。
ラケットの角度速さガットの緩みボールの速さ空気の入り当たるタイミング掛かる力ーーそれから割り出される、飛んでくる位置と時間。
神林にしても俺よりも劣るとは言えど能力による観測は行えるが、それは位置だけに限られる。
神林との練習ではわざと隠していた回転をかける技。
単純なドライブ回転をひたすら鋭く磨き上げ、神林のコートへと撃つ。 神林はそれに追いつこうと走るが、このボールは地面にぶつかった瞬間に加速する。
跳ねるはずだった軌跡よりも遥かに地面に近い位置にて飛び、テニスコートのフェンスにぶつかった。
「フィフティーンオール!」
その言葉を聞いて神林は笑みを浮かべる。
「やっぱり強いな」
「当たり前だ」
神林は威圧感のある笑みを顔に貼り付けたまま、ラケットを吠えさせる。 観測のみではない、干渉する能力の発動。
飛んでくるテニスボールから旋風が巻き起こり、俺の身体を揺らす。 けれど、二週間前の焼き増しであれば、俺でも打ち返せる。
見様見真似でしかなかった握り方や構えは確かな意味を持つものに変わり、たかだか軽いボールなどに力負けすることはない。
だが、ただ打ち返しただけのボールであればーーーー
「まだ行くぞ、耐えろよ?」
ーーーーまた同じ威力のボールが飛んでくる。
一撃、二撃、三撃。 あまりの威力から生じる手の痺れによりラケットがどこかに行ってしまいそうになるが、まだ耐えられる。
吹き荒れる強風にテニスとは何かを尋ねたくなる。
十を数え終えた時、神林は大きくラケットを振り上げた。
「やっぱり、半端なのじゃあお前には通用しないよな」
逃げろという本能による警笛が脳内に廻る。 戦い慣れした身体も意思を逆らって逆方向に避けようとし、胃は俺の想いを削ぐように締め上げた。
散々学んだ能力の知識はあれは受け止められないと結論付ける。
けれど、たったひとつだけあれに立ち向かうべきだと断言した。
「本気でテニスをする」という約束。 それだけが俺を前に進まさせた。
テニスボールから逃げるテニスなどあるはずもない。
重心を落とし、両手でラケットを握りしめる。 ガットの部分で受ければガットが貫かれるのは間違いなく、持ち手の柄の部分を圧倒的な力を誇るボールにぶつけた。
受けた瞬間に身体は後ろへと仰け反り、ラケットは手から離れて空を舞う。
だが、
「返したぞ、神林!」
俺が受けたテニスボールは空高くに飛び、神林のコートに入っていく。
神林はもう一度同じ球を放とうとテニスラケットを振り上げーー突如として蹌踉めく。
俺が神林に能力の説明をした時に起こったものと同じ、能力の使い過ぎ、使用限度による目眩。
蹌踉めきながらもボールを返したのは流石だが、ただの能力もなければ力の入っていないボールであれば、ラケットを拾いながら打ち返す。
「サーティ-フィフティーン!」
打ち返すことは難しくもない。
三回点が入った。 たったこれだけのことだが、互いに疲労困憊。
俺にしても能力の使いすぎによる意識の不良と、熱中症による目眩が同時に起こり、立っているのもやっとの状態だ。
「なぁ水元」
同じくフラフラと姿勢を崩している神林は、表情だけは馬鹿のように明るい笑みを浮かべながら言う。
「テニスは楽しいなぁ」
返す言葉はひとつしかない。
「ああ」
全力で人にぶつかれるのは、命を燃やすようで心地が良い。 鬱屈した人との関わりはなく、あるのは技と力も心のみで単純。 どれだけ命を燃やしたかは結果にそのまま返ってきて、一瞬で反映される。
そして、何よりもそれを共に楽しめる敵がいる。
「バテてんじゃねえぞ。 始まったばっかじゃねえか」
「こっちはもう何キロ分とシャトルランを走ってんだよ。 お前も倒れそうじゃねえか」
ラケットを握りしめて、ボールを上に放った。
正確に狙った場所に打ち、それも容易く返される。 太陽が照らす中、汗が大量に流れ出されながらラリーを続ける。
神林の能力の発動はないが、俺は能力を使っている。 消耗の差は明らかで、神林もそれを狙っているのだろう。
俺が一二回戦で使った相手の体力切れを狙う、格上に打ち勝つための戦法。
間違いなく、神林も本気でこの場に臨んでいる。 その大人気のない姿があまりに嬉しいと感じ、ほおが釣り上がるのを感じた。
単純な技量で、能力を使っている俺と同じだけか。 だが、神林が能力を使っていないのであればちょっとした小細工も使える。
神林の打ったボールが俺のラケットに触れた瞬間に、干渉する能力を発動させる。
以前、神林にやって見せた紙を発火させたことと同じように、テニスボールの表面を無理矢理に動かして能力の副作用による熱を発生させて、テニスボールを点火。
「ッ! なんだと!?」
けれど当然、ボールが動いて起こる風により一瞬で鎮火する。
それもひとつの狙いであった。 火という強い光源を目の中心で捉えた次の瞬間に表面を黒く焦がしたボールが見えるか。
答えは結果が示す。 否、見えるはずもない。
「フォーティ-フィフティーン!」
あとひとつ点を取れば勝てる。 そう思いながら俺はラケットを構え直そうとしーー自分が倒れていることに気がつく。
ああ、紙切れ大のものを燃やすのでさえ目眩がしたのに、テニスボールの表面を発火させるなど、無理のしすぎか。
そう冷静に考えていることを妙に思いながら、酷い頭痛と倦怠感を誤魔化すように立ち上がる。
「水元……」
大丈夫か、という声が発せられるよりも前にラケットを構え直す。
「あと一点だ。 俺が勝つ」
神林は心底嬉しそうに笑う。 だが、少し悲しそうに首を横に振った。
「もう俺の勝ちだ」
腕は高く振られ、ラケットがボールを打つ音が聞こえる。 ボールから発せらている風に向かってラケットを振るい、ラケットが吹き飛ばされる。
◆◆◆◆◆
「ゲームセット! 勝者! 神林 炎!!」
審判の声が、遠くに聞こえた。




