激闘! 球技大会! 4-2
ひたすらに左右に走り続けるのはテニスと言うよりかは、持久走やシャトルランといった競技に近いようにも感じられる。
一回戦でも行ったことを繰り返して行う。 言うは易しというやつだ。
吐き出された吐息を無理矢理に吸い込みながら、唇にまとわりついた汗を振り払う。
強く腕を後ろに引き、弓のように飛んでくるボールを待ち構えーートン、と小さく緩くボールを打つ。
鋭いボールとは程遠く、山なりにゆっくりと飛ぶそれは容易に目で追えるが、相手の女生徒は反対側に走っていた。
時間が経ちすぎて俺と女生徒、審判役の生徒に利優、そして神林しかいなくなったテニスコートの中。 ボールが幾度か跳ねた。
「ゲームセット! 勝者、水元 蒼!」
テニスのラケットを下に投げ出し、そのまま座り込んで息を吐き出す。
容赦のない太陽光の中、どれほど動き続けたのか。 相手も何故ここまで球技大会に本気になっているのかと尋ねたくなるほどだ。
けれど、どこか走り続けた友のような感覚を抱きながら相手のコートの方に目を向ける。
「いい勝負だったなーー」
声をかけた女生徒は目を赤くして、荒げた息をより荒げるように声を張り上げた。
「水元だったな! 次は絶対に負けないからな! 覚えてろよ!!」
そのまま走り去ろうと校舎の方に向かうが、へろへろとした動きの後に、そう遠くない位置で止まって息を整えだした。
彼女も限界だったのだろうが、あまり格好つかない。 勝った俺も座り込むぐらいなので何とも言い難いけれど。
「先輩、大丈夫です?」
利優の声に頷きながら立ち上がり、スポーツドリンクのペットボトルを受け取り、スポーツドリンクを飲みながら利優の顔を見て思わず眉を顰める。
「鼻、どうしたんだ?」
「あ、三回戦で相手の人のボールが当たっちゃって……。 えへへ」
鼻に詰められたティッシュに額に汗でくっついている前髪。 年頃の少女のようには思えない姿に笑いながら、軽く頭を撫でる。
「こんなに汗かくなら、もっと薄着にしたらよかっただろ」
「んぅ、肌見られるのは恥ずかしいですし」
「利優の羞恥心がよく分からない」
「とりあえず、そろそろ血も止まりますから食べに行きます? 急いで食べないとお昼ご飯食べる時間なくなっちゃいますよ?」
正直食える気はしないが、慣れてきた学校とは言えど利優一人でウロチョロさせるのは危なっかしいので形だけでも一緒に食べに行くことにする。
スポーツドリンクを飲みながら歩くが、軽く熱中症になっているのか冷たい飲料が心地よいどころか気持ち悪く感じてしまう。
軽い吐き気を誤魔化すように顔を上げて、ゆっくりと息を吐き出す。
「先輩は頑張りますね、どうしてです?」
意味がないはずのことなのに、とは言いはしなかったが言外にそう訴えている。
神林との約束。 もう神林が本気でテニスを出来ないと嘆いていたから、半端な同情心を抱いて。
そんな間抜けなことを話せるはずもない。 神林はどう思っているのだろうか。喜んでいるのか、それとも馬鹿にしているのかと怒っているか、変わらず悲しんでいるのかもしれない。
俺は……何をしているのだろう。
「でも、先輩が頑張るってことは、全部、ぜーんぶ素敵なことですから。 頑張ってくださいねっ」
陽の光が利優の黒髪に跳ね返ってキラキラと輝く。 柔らかな笑みから逃げるようにスポーツドリンクを煽り、熱くなった肺から、熱い息を吐き出す。
「……ああ、任せてくれ。 全部が全部、俺がどうにかする」
神林を俺たちと関わったことで不幸にはさせてやりたくない。
神林にしても、練習に付き合ってくれていたのだから嫌ではないと思おう。 あいつの気持ちなんて分かりはしないけれど。
「先輩は頼りになりますね」
利優は冗談めかすようにクスクスと笑い、俺の身体に少し暖かくなった手を当てる。 小さな手は俺の腕をなぞりーー突然、手を離す。
「すみません。 えへへ」
「どうかしたのか?」
「いえ、別に何でもないですよ」
その仕草を不思議に思いながらも疲れから余裕はなく、荒い息に疑問を紛らわすようにして言葉を飲み込んだ。
利優が食事を終えたのを見届けて、購買で買った塩飴を口に放り込む。
「本当に食べなくていいんですか?」
「ああ、神林のボールが腹に当たったら吐くしな。 それに腹が膨れてると動きにくい。 決勝戦抜いてあと二回って考えたら、こっちの方がいい」
一、二回戦は運悪く強い選手に当たったが、三回戦の相手は問題なさそうである。
俺の目的は神林と本気でテニスをすることであり、優勝することではないので、目的はほとんど果たしたと言えるだろう。
「ん、三回戦も頑張ってくださいね」
「ああ、まぁ勝つよ」
俺は運がないが、神林と試合をする直前はそんなに疲労せずに済みそうだ。
体の具合としては、明日明後日ぐらいは寝込むことになりそうだが、上司もそんなに厳しくないので学校も休んで家に篭っていれば大丈夫だろう。
潜入捜査で神林の協力を得るためにしたことと説明すれば、納得もしてくれると思う。
三回戦の相手は坊主頭の男子生徒で、日焼けなどの運動をしている様子は見られるが体格はそれほどでもない。
テニスラケットの持ち方もどこかぎこちなく、考え得る敗北は俺の体力不足による消耗か。
俺自身ここ一年で急激に体力が落ちたと思うが、それでも4点取ればいいだけの簡易ルールならば先ほどのような馬鹿げた真似をしない限りには問題ないだろう。
「よろしくお願いします」
お互いに一礼し、ゲームが開始される。
「勝者! 水元 蒼!」
軽く荒くなった息を整えながら、スポーツドリンクを飲んで塩飴を口に含む。
残すは準決勝と決勝戦のみで、このテニス競技に参加している者だけでなく、他の競技をやり終えた生徒も観戦しにきたらしい。
神林の能力が見られることになるが、どうせこの学校の人物はほとんど知っているのだから気にする必要はない。
何も気にせず、本気を出せばいいだけだ。
休憩もそこそこに服の裾で汗を拭い、手に染み込んだ汗をズボンになすりつけて落とす。
ラケットを握った感覚に違和感がないことを確認してからテニスコートに向かう。
相手コートで悠然と構えるのは、高校生にしてはあり得ない巨体を誇り、日本有数のテニスの腕、それに加えて強力なテニスの能力まで備えている、まさしくテニスに特化した強者である。
落ち着いてきていた息はまた熱が篭って、喉を焼くようだ。
そんな俺の様子を見て神林は心底嬉しそうに笑う。
「すごいな、水元」
神林はテニスボールを何度か地面に跳ねさせて、ラケットの側面に乗せた体勢で維持する。 曲芸じみた動きに見ている人は湧き、隣のコートで始まる試合を見ようともせずにいる。
「あいつらは本当に上手いんだよ。 俺ほどじゃないがな。
力を使わずに勝てるわけがないと思っていたが、勝った」
「昔から勝負強い質でな。 そもそも、お前の本気を受け止めるのに、他のやつでてこずっていられるか」
互いに一礼。 神林はボールを高く放り、身体を仰け反らせながら声を発する。
「まずはなしでやるか」
無言で頷く。
テニスにおいては最強の男、神林。 それを前にして、俺に勝機はあるのだろうか。
分かりはしない。
だが、確かに一打目。 このサーブを返すことは出来た。




