激闘! 球技大会! 3-6
飯を食って一息吐き出す。 鈴が食器を運び、洗っているのを横目に見ながら神林に話しかける。
「お前はこれからどうする? 早めに帰りたいなら送るし、帰るのが明日でもいいなら、今日教えるが」
神林は少し考えてから、俺に尋ねる。
「明日帰るとしたら、どこに泊まればいいんだ?」
「経費も落ちるから。そこらのホテルか……まぁ俺の部屋にでもいいが」
「じゃあ、泊まらせてくれ。 ……早くテニスがしたいんだ」
能力を毛嫌いしている。 神林に共感を覚えながら、ソファの上でバタバタしている利優に声をかけた。
「利優、荷物にテニスボール幾つか持ってきてただろ? あれ持ってきて」
「……面倒くさいです。 気だるいです。 先輩が取ってきたらいいじゃないですか」
「いや、利優の部屋だろ」
「鍵開けるんで……」
仕方ないか。 ゆっくりと立ち上がって、神林にも来るように促す。
利優が鈴に抱きついているところを横目にしながら、神林と一緒に外に出て、同じマンションの俺の部屋に入る。
「……綺麗にしてるな。 いや、物が少ないのか」
「どっちも同じような意味だろ」
「いや、違うだろ」
「趣味持ってるやつの部屋なんて多かれ少なかれ汚いんだよ。 部屋が綺麗な奴はだいたい趣味がない」
「いや、整頓出来てるかだろ」
明かりを付ければ、生活に使うもの以外は銃に関する本が幾つか並べられてるだけの部屋。 台所にはコップが幾つかと電気も入れられてない冷蔵庫。
「食器の一つもねえな。 どうやって生きてんだ?」
「利優が飯持ってきてくれる」
「ペットか」
「飲み物は一階の自販機」
「生活力低すぎだろ。 親が留守のときの小学生か」
軽く笑ってから、一人で利優の部屋に向かう。 扉の前に立てばカチャリと鍵が開き、ドアを捻って中に入る。
利優の匂いがしないかと鼻を動かすが、一月もいなかった部屋に残っているはずもなく、中に入る前に玄関に置かれている荷物を見つけてしまったので玄関より中に入ることも出来ずに、その荷物を手に取る。
鞄を開けると、替えの衣服と勉強道具、雑貨にテニスボールがあり、テニスボールを手に取る。
服を手に取って嗅いでみたりしたいが、生憎畳み方を知らないので直ぐにバレてしまうだろう。
二つのテニスボールを取って玄関から出ると後ろからカチャリと鳴って鍵が閉まる。
そのままポケットにテニスボールを無理矢理突っ込んで、自分の部屋に戻る。
意外に行儀よく待っている神林の前に戻って、テニスボールを床に置く。
「テレビとかもないんだな。 ネットもなければ、漫画もない」
「楽しみ方も分からない」
「エロ本とかねえの?」
「よく利優や鈴が来るからな」
「まぁ隠し場所もなさそうだしな。 お前、何が楽しくて生きてんだ?」
神林の包み隠そうともしない言葉に、少しだけ笑う。 何が楽しくて生きているなど、考えたこともなかったが。 ああ確かに、何が楽しくて生きているのか。
神林は俺の持ってきたテニスボールを手に取りながら、心底楽しそうに俺に言う。
「テニスは楽しいぞ」
羨ましく見え、嫉妬を覚える心を隠すように神林の手からテニスボールを手に取って、その一つを俺の背に隠しながら右手で握り込む。
「どっちの手で持ってるか分かるか?」
神林は迷った様子もなく答える。
「左……ああ、お前から見て右手の方か?」
一言、正解と言ってから、適当に服をタンスから取り出して四つの服の山を作る。
「まぁ本来バケツとかでやるんだけど。 お前が後ろに向いている間に俺がこの中にボールを隠すから、どこに入ってるか答えてくれ」
頷いた神林は直ぐに後ろを向き、俺は服の山を弄るフリをしながら、ボールを着ているポケットの中に詰める。
振り向いていいと言ったあと、ポケットが膨らんでいることがバレないように隠しながら神林の動向を見守ると、少し首を捻ってから俺の方を見る。
「お前が持ってるな」
「……正解。 やっぱ、能力があるな」
何から説明したものかと頭を掻きながら、神林に言う。
「能力は大まかに言って二つの行程に分けられる。 一つは今のように観測すること。 もう一つはその観測したものを動かすこと」
俺の場合は。 そう言いながら腕輪状にしている拳銃を元の姿に戻し、机の上に置く。
「銃火器の観測や干渉を得意としている。 言わば、銃の能力者というわけだ」
「ん、じゃあ、紙を燃やしたのは? あれも能力だろ?」
「ああ、銃火器が得意ってだけで、他のも少しだけは観測は出来る」
「その得意不得意って、どうやって決まるんだ?」
「その物への思い入れと知識。 理屈もあるが、それは必要ないだろう」
神林は眉を潜めながら、俺の顔を見た。
「銃への思い入れって……」
その言葉には答えることはせずに、神林の知りたがっていた説明に入る。
「……能力を発動しない、オフの状態にする方法は単純に能力で見ないようにすることで可能になる。 目を閉じるように、耳を塞ぐみたいに能力による観測を止める」
そう言いながら、テニスボールを神林に握らせる。
軽く伸びをしながら、少しだけ埃っぽくなっている部屋の掃除をするために掃除機に手を伸ばす。
「そんな簡単に出来るものなのか?」
「普通の人間には見えてないものだからな。
まぁ能力の強さにもよるが」
「強さか」
「俺の場合は4程度、神林の場合は5はあると思う」
「そんな数字で言われても分からねえよ」
それもそうかと頷き、掃除機のプラグをコンセントに差しながら説明をする。
「能力のレベルには0〜7まである。
0は完全に能力がない。 1は寝ている時に限り、夢に見るように観測することが出来る。 ほとんどの人間が1に含まれる」
「ほとんどの人間が能力者なのか?」
「一応な。 まぁ、能力者と呼ばれるのは能動的に物に干渉が出来るようになる4からだ。 4レベルの能力者は世界で750人程度いるとされている」
「少なっ、いや、多いのか?」
「人に知られることがほとんどない程度だな。
神林のレベル5になるとまた少なくなり、世界に200人もいない程度」
俺すげえ、などと言っている神林を無視して掃除機をかける。 何か細かいものも吸われていくが、多分大丈夫だろう。
「じゃあ鈴鳴と塀無は?」
「鈴は5、利優は一応は6とされている」
「一応されてる?」
「組織のトップに十二使徒っていうのがいてな、その十二人がレベル7となっている。 利優はそれらと同等の力を持っているが、レベル6ということになっているんだよ」
「あー、武道の上の方がすげえ爺さんばかりなのと同じか」
よく分からないが納得している神林を退けながら一通り掛け終わり、コンセントを引き抜く。
「雑すぎだろ……。 俺やるから、座ってろよ」
「こんなもんで大丈夫だろ」
「いいから貸せよ」
コンセントが差し直されて、掃除機の排気音が部屋に鳴る。
話す内容もなく、銃について書かれた本に手を伸ばす。
つまらない内容で、こんな物を読んでもほとんど効果がないことは分かりきっていた。
「俺、テニスの能力があるんだよな」
「そうだな」
「……もう、本気でテニスをすることが出来ないんだな」
掃除機の排気音が止み、神林の小さな声が聞こえた。
本気でしたければ能力を使えばいい、それは神林からすると卑怯になるから行えない。
卑怯なことをしないように能力を使わなければ本気で出来ないか。
俺には神林の苦しみは分からないが、テニスを本気で楽しみ、好きであることは分かっているつもりだった。 だからだろうか、だからだ、馬鹿な言葉を口走ったのは。
「俺が相手なら本気を出してもいいだろ」
神林は驚いたように俺を見つめ、俺自身も自分の言っていることに驚きながら続ける。
「俺も能力者だ。 俺が強ければ、神林も本気でテニスが出来るだろう」
「水元……」
「柄じゃないが、球技大会……決勝戦で会おう。 と言っておく」
身体を起こしながら、神林の手に握られたテニスボールを取り返す。
「教えろよ、テニス。 楽しいんだろ?」
「ああ……最高にな。 本当に、楽しいことが次々と起こるもんだ」
神林は瞳を潤ませながら、口元は威嚇をするように獰猛な笑みを浮かべて俺を見つめる。
「言っておくが、俺は強いぞ。 水元」
勝てると思っているのか。 その問いに、俺は当然のように頷いた。




