激闘! 球技大会! 3-5
一月と少し前に来たときとほとんど変わっていない部屋だが、俺や利優の匂いは薄れていて、鈴の匂いは濃くなっている。
そのせいかよく知っている部屋で微妙に落ち着かなさを感じながら、神林の前に手帳とボールペン、赤ペンを置く。
「始めに、このことは他言することが許されない。
インターネットや友人は勿論、親兄弟にも言ってはならない」
神林は神妙に頷き、頰を掻く。
「分かったが、ならほとんど一般人である俺にも話さない方がいいんじゃないか?」
当然尋ねられると分かって問いに、決めていた言葉で返す。
「能力には代償がある」
「代償……」
「主に三つ」
メモ帳の端を千切り、神林に見せるように手に持つ。
「能力を発動させたとき、制御の出来ないエネルギーが発生する」
俺の指先に摘まれたメモ帳の破片に焦げ目が付き、やがて火が出る。 すぐに手で火をもみ消して、具体的に説明する。
「俺は基本的に銃を操る能力だが、別のものが全く動かせないわけではない。 今のは紙の繊維をめちゃくちゃに動かそうとしたから発火したが……まぁ正直、頭が痛い」
「その頭痛もデメリットの1つか?」
神林の言葉に頷く。 ゴミ箱の中に灰を入れて、口頭で説明を続ける。
「二つ目に、能力を使えば使うほどに精神的に疲れる。 頭が痛くなるし、意識が薄れたりする。 最悪、戦闘中にぶっ倒れるとかな」
「じゃあ、鈴鳴ちゃんの治癒能力が使用禁止なのはそれなのか?」
「いや、違う。 多少は疲れるだろうが、使用禁止にするほどのものでもない。 理由は三つ目のデメリットだ」
もう一度メモ帳を千切ってから、ペンを手にとって部品毎に分解していく。
怪訝そうに見ている神林にその部品を全て渡して、直してみろと言う。
「……? まぁいいけど」
大きい手の割にテキパキとペンを組み立て直して俺に返した。
「まぁ、治癒能力は基本的にはこういうことだ」
「時間がかかるってことか?」
「そんなん使用禁止にするほどのデメリットになるか」
もう一度分解して、ボールペンの筒の中に千切った紙を詰めてから手渡す。
「直してみろ。 紙は取らずにな」
「いや、紙取らなかった無理だろ、中のインクの芯が折れるぞ?」
そう言いながら神林は無理矢理に筒の中に押し込めて、インクの芯を折りながら詰め込んだ。
不恰好ながら直ったそれのノックを押すが、ペン先が出てくることはない。
「下手に直そうとしたらこうなる」
「お前がさせたんだろ」
「例えだ。 適切ではない処置をしたら、治ることには治っても、酷く人体を傷つけてしまう。 これが普通の治癒能力のデメリットだ」
神林は頷き、息を吐き出しながら言う。
「じゃあ、鈴鳴ちゃんは上手く治せないから禁止されているのか?」
「いや、違う」
もう一度ペンをバラバラにしてから、筒の中から紙を取り除き、神林の前に渡す。
「じゃあこれを直してくれ」
「いや、無理だろ。 インクの芯がもう使い物にならねえし」
「そうだな。 でも直し方はある」
神林の目の前に置かれているのは、メモ帳とボールペンの筒に詰められていた紙、ボールペンの各種パーツ、けれどインクの芯は使い物にならない。 それに加えて、赤ペン。
赤ペンを見る俺の視線に気がついたのか、神林は表情を酷く固めながらボールペンを組み立てていき、赤ペンに手を伸ばす。
赤ペンの先をくるくると回して取ると、赤ペンのインクの芯を取り出した。 その手のまま、ボールペンの筒の中にインクの芯を入れる。
無言の神林からボールペンを受け取り、メモ帳に赤い文字を書いていく。
【唯一の霊薬】。
「ッ……!」
「鈴の能力は、自分の肉体を人の肉体に作り変える能力だ。 普通の治癒能力では治すことの出来ない怪我や病気、腕や足などの欠損。 あるいは……人の死すらも自己犠牲と共に克服出来るかもしれない能力だ」
淡々と説明を終えて、腕を振り上げている神林に向かって言う。
「お前はいい奴だな。 ……だから禁止にされているんだ」
「……悪い」
机に叩きつけるつもりだったであろう拳は解かれながら彼の膝に収まり、彼はそのまま大きく息を吐き出した。
「その能力を使ったと確認されているのは、三箇所。 両目に肺、左腕」
神林が怒り出す前に赤ペンの中に無理矢理元の形に戻した黒のインクの芯を入れて、ペン先を付け直す。
「どれもあいつの命令違反だ。 まぁ、とはいえど、目は視力が矯正視力ごと下がったのと、左腕でバカみたいに不器用になった、肺は運動が無理になった程度だ。
それも、あいつ自身が普通の治癒能力もある程度は使えるので、非常にゆっくりではあるが回復もしていっている。
だが、それでも無理に治しているだけだから、治らない傷で全身ボロボロだがな」
神林は押し黙りながら、黒のインクの入れられた赤ペンを握りこむ。
「……そう強く持たれると、説明出来ないんだがな」
それでも離そうとしていない神林に向かって、実物を使っての説明は諦めて、口頭で説明を続ける。
「治すのと同じように、無理に扱おうとしても身体には傷が付く。 身体能力を上げるような能力は、ほとんど自殺のようなものになる」
赤のインクの入れられたボールペンを軽く曲げながら言って、息を吐き出す。
「神林のテニスの能力は、いずれ身体能力の向上も可能になるかもしれない。 能力を使用するつもりなら、デメリットを考えながら使え。 まぁ、能力がバレてしまうと仕事上困るから、能力を使ってのテニスをしようとしていたら止めに行くが」
「しねえよ。 ……そんな卑怯なこと」
卑怯だとは思わないという慰めは言う必要もないか。
使うつもりがないのならば、俺の仕事としては充分だ。
「まぁ、神林は能力を使わないで生きるのが一番だろう。 こんなもんないに越したことはない」
二人してため息を吐き出したところで、利優が机を拭きにきたので会話を中断する。
「能力の使い方、使わない方法はあとで説明する」
「…………ボールペンとメモ帳、本来の機能果たしてないな」
神林が呟いている間に、利優と鈴が丁寧に机の上に料理を並べていき、いい匂いが部屋を満たしていく。
「鮭の塩焼きか、美味そうだな」
「蒼くん、こういうの好きだもんね」
鈴が微笑みながら言う。 まあ、こういった料理を好んでいるのも、利優が俺と二人の時は中華ばかり作るのも知っているのだろう。
どちらにしろほとんど利優が作っているのは分かりきっているが、利優なりに鈴に気を使っていて、それが酷く辛く思える。
「ああ、そうだな、ありがとう」
白米、煮物、鮭の塩焼き、味噌汁。 俺の好物ばかり用意されているが、煮物の中の野菜が不揃いだったりと、利優だけでなく鈴も作っていたことが分かる。
「おお、女の子の部屋に入っただけでなく、手料理まで……」
「あ、神林くん。 お箸ないから、割り箸でいい?」
「おう、ありがとう。 ……いや、何で水元のはあるんだ」
「時々食いに来てたからな」
「なるほど、あとで殺す」
下手な料理の処理の手伝いみたいなものだったのだけれど。
並べ終えたところで一言礼を言ってから軽く手を合わせながら「いただきます」と小さく言って、箸を手に持つ。
ああ、美味いと少し声を漏らしながら、久しぶりのこの場所での食事を楽しんだ。




