激闘! 球技大会! 3-4
おかわり。 と5度目の白湯を要求してきた神林にポットを渡し、ため息を吐き出した。
思ったよりも図太く、動じていない。
一通りの説明を終えた人事部の女性は「質問はありますか?」と神林に尋ねる。
「いや、特にない。 説明してくれてありがとう」
「お手数おかけして申し訳ありません。 その、異能力の扱いについては、異能処理班の」
「ああ、俺がしておきます」
神林の前からポットを片付けていると、扉がカチャカチャと弄られる音が聞こえてくる。
人事部の女性はゆっくりと立ち上がりながら、扉の方に向かう。
「利優ちゃんかな?」
いや、利優ではないだろう。 利優ならば、鍵を気にすることなく入ってくるはずだ。
利優の能力は意識していなければ能力を発動しようと思わなくても開けようとした扉の鍵は開く。
鍵が閉まっているから開かないということは……。
「こんにちは、蒼くんが戻って来てるって聞いて……」
腰元にまで伸びた黒い髪は細く扉が開いた程度の風で揺らされる。
利優よりかは高いが、俺よりもふた回りは小柄な身体は女の子らしいふわふわとした服装で包まれていて、見慣れた笑みを俺に向ける仕草は前に見たときと何ら変わりはなかった。
大人しい印象を強めるように眼鏡をかけていて、急いできたのか少しだけズレたそれを戻しながら、少女は部屋を見回す。
「あ、蒼くん」
控えめに口角を上げて少しだけ眼を細めるだけの薄い微笑み。 けれど確かに嬉しそうにしていて、だからこそ、それが気まずさを誘う。
その少女から眼を逸らすように神林の方を見てから、頰を掻く。
「久しぶり、鈴」
「うん、久しぶり。 ……ごめんね、会いたいって思ってた」
鈴は扉から一歩動くが、決してそれ以上に俺へと近づくことはなく、小さく頭を下げる。
再会の気まずさを誤魔化すように二人で神林を見て、誤魔化すように紹介をした。
「えーっとこいつは俺と利優の通ってる高校の同学年の神林ってやつで、能力者」
神林の巨体の後ろに隠れるようにして、鈴の目線から逃れる。
「あ、この人がそうなんだね。
私は鈴鳴 鈴奈です。 蒼くんと同じ異能処理班の方に配属されていて、まぁ仕事とか少ないからほとんどニートみたいなものなんだけどね、えへへ……。 えと、よろしくお願いします」
深々と頭を下げた鈴に釣られるように神林も頭を下げて、俺の方を見る。
「異能処理班ってことは、この可憐な少女も能力者なのか?」
「可憐って……。 まぁ鈴も能力者だな」
人事部の女性と神林が飲んだカップと茶菓子を入れていた皿を洗いながら答える。
「私は人の怪我とか、病気とかを治せる能力だよ」
「ほお、やっぱりそういうのもあるんだな。 いいな、便利そうで。 どんな感じなのか見せてもらっても……」
「あ、ごめんね。 実は、許可がないと使っちゃダメで……」
「そうなのか? 便利な能力そうなのに」
神林が俺の方を見たので、首を横に振る。
「鈴の力にはリスクがある。 後でそれも含めて説明してやるが……。 とりあえず、そろそろ利優も来るだろうから昼飯にしよう。
俺たちはお先に失礼しますね」
一通り元どおりに戻したので、人事部の女性に頭を下げてから扉の方に向かう。
「はーい。 あ、神林くん。 電話番号教えるから、進学とか就職の時には一応連絡をくれるとありがたいかな。
職業選択の自由は侵さないけど……まぁ、よほどでなければうちの方がいい待遇で迎えられるから」
「……ああ。 ありがとう」
神林は微妙そうな表情をして、電話番号の書かれた紙を受け取る。
「こう、なんか戦乱に巻き込まれる……みたいのじゃないんだな」
「まぁ場合にもよるが、そんな戦乱とかは志望制だな」
「あるのか……。 いや、平和が一番だが」
そう言いながら、神林は扉を潜る。
鈴も部屋から出ようとして、人事部の女性に止められた。
「あ、鈴鳴さん……」
「えと、どうかしました?」
「身体、気をつけてね?」
「はい、ご心配ありがとうございます」
鈴は深々と頭を下げて、顔を上げながら少しだけズレた眼鏡をかけ直す。
扉を閉じると階段の方からパタパタと忙しない足音が聞こえる。 気まずさに鈴から目を逸らして、神林の方を見る。
「利優ちゃんもきたし、ご飯食べに行こっか」
「……ああ」
階段を駆け上って息を切らした利優が、鈴の顔を見て表情を綻ばせて、鈴の元に跳ねるように飛び込んだ。
「鈴ちゃん! お久しぶりです!」
「わっぷ、利優ちゃん……。 もう、飛び込むのは止めてって、えへへ、久しぶり」
「久しぶりです!」
鈴に少しだけ嫉妬を覚えながら、利優の頭を持って鈴から引き剥がす。
不満そうに俺を見る顔を誤魔化すように、引き剥がすために頭に置いた手を動かしてぐしぐしと撫でる。
利優は乱れた髪を手で梳かしなから、三度目となる言葉を鈴に吐き出した。
「お久しぶりですっ! 鈴ちゃん!」
「うん、久しぶり」
神林が「随分と」と声を発したので、エレベーターのボタンを押しながら答える。
「まぁ、仲はいいよ。 二人は」
「お前とも仲良さそうだが……」
「……まぁ、そうかもな」
どうにも気まずい中、エレベーターに乗り込む。
狭いビルのエレベーターで、神林に圧迫されながら下に降り、出るときに服の袖を掴まれる。
利優かと思えば違い、鈴が眼鏡越しに控えめに俺のことを見つめていた。
「蒼くん……私、応援していますからね」
俺にだけ聞こえるような声でそう囁き、俺はそれを否定する。
「いらない。 少なくとも、お前にさせるぐらい……俺は嫌な奴でもない」
「……応援ぐらい、させてよ」
「……利優はお前を応援しているってよ」
少しだけ前に行っている二人に追いつくために歩くことを再開しながら、鈴の言った言葉に頷く。
「そっか、辛いよね。 片想いって」
「……女々しい奴で悪いな」
色恋沙汰に現を抜かして、自分でもバカだと分かりきっている。
けれど……他に大切だと思えるものがないんだから、仕方のないことかもしれない。
普通ならば、将来の不安や友人関係、親兄弟などの悩み、しがらみがあるかもしれないが、俺にはそんなものはない。
もうとっくの昔になくしてしまったことで、俺にとっての大切なものは利優ぐらいだ。
二人に追いついたときに、利優に肘で腹を突かれる。
「先輩も隅に置けないですね、このこの」
「……そういうのではない」
鈴が利優の髪を梳くように撫でながら提案する。
「ご飯食べに行くって話しだったけど、神林くんにお店の中だと話せないこと話さないとダメだから、私の家にくる?」
高校に潜入する少し前にはよくあったことなので、特に気にすることなく俺と利優は頷く。
「お、女の子の家に……!?」
「家と言っても、マンションだけどね?」
巨体をウキウキと跳ねされて喜びを表現している神林を無視して、マンションの中でも鈴の部屋に入った。
慣れた部屋の中は特に変化はなく。 少女趣味の少し落ち着かない内装にそれに合うような可愛らしい小物で構成されていて、分かりやすく女の子といった感じだ。
「お、おじゃまします……」
巨体を小さくさせている神林の横を利優が通り抜けて、鈴がいつも座っているであろうーー利優がいるときは利優が占領するーー椅子に飛び込んだ。
「ああ、鈴ちゃんの匂いめっちゃ落ち着きます」
「落ち着いてるなら脚をバタバタさせるの止めろよ。 ……鈴、悪いな」
「あ、ううん。 久しぶりで、ちょっと嬉しいかな」
そう言いながら鈴は微笑む。 電話をするときと性格が変わるのは、俺が戦うときに性格が変わるのと同じだろうか。
まぁ、根本は変わっていないが。
「じゃあ、料理するから、ちょっと待っててね。 神林くんは食べられないものとかある?」
「いや、特にない」
「あっ、ボクも手伝いますっ」
鈴は忙しなく動いている利優を連れてキッチンに向かい、リビングには俺と神林が残される。
先ほどまで楽しそうにしていたのが嘘のように神林は神妙な顔をして俺を見つめた。
「なぁ、あんな美少女の部屋に上がって手料理が食べれるって、夢でも見ているのか? それとも何かの罠か能力……」
「どんな能力だよ。
……あと、手伝いますと言っているが、メインで作るのは利優だぞ。 鈴は料理が下手だから」
「あんなに家庭的そうなのにか?」
「そうだな」
「あんなに子供みたいにはしゃいでいるのにか?」
「まぁ、ほとんど子供だしな」
眼鏡をかけていて家庭的な雰囲気のある鈴は料理が上手そうに見えるが、実際は壊滅的だ。 反対に利優は何も出来なさそうな子供なのに、非常に料理や家事が得意だ。
「……人間って見た目じゃねえよな」
「まぁ、そりゃあな。 見た目通りだったら、お前言葉話せなさそうだし」
「ぶっ殺すぞ」
冗談を一言言ってから、本題に入るために小さく息を吐き出す。
料理が出来るまで30分以上はかかるだろう。 それだけあれば能力の概要をさらうぐらいは出来るはずだ。




