激闘! 球技大会! 3-1
「神林さん。 泣いていましたね」
利優の言葉に返しはしない。 神林は涙こそ流していなかったが、確かに泣いていた。
だから、男が泣くなんて恥を肯定してしまいたくはないが、泣いていたので否定も出来ない。
薄ら明るい夜の街で、コンクリートの壁に背を預けながら目を閉じる。
「……人形遣いの人、かなり強い能力者ですよね」
「そうだな」
「蒼くん」
「問題ない。 能力者同士の戦いは、それだけで決まるわけじゃない。
……利優、そろそろ頼む」
利優はコクリと頷いて、能力を発動させる。
俺が能力と呼んでいる力は、荒唐無稽な物ではなく確かな法則があるものだ。
能力、より正確に呼称するのならば、もう一つの世界『イデア』への干渉能力。 『イデア』は『現実』とは別の世界であるのと同時に、同じ世界でもある。
影のように、現実が動けばイデアも動く。 イデアが動けば現実も動く。 どちらが正しいのかは分からないが、もう一つの世界『イデア』を動かすことが可能ならば、触れることもなく物を浮かせることも、自在に鍵を開閉することも、拳銃の形を変えることも可能となる。
言ってしまえばただの超能力だ。
利優はその能力者の中でも、特別にイデアへの干渉能力が強く大きく広い。 圧倒的に。
「半径10メートル範囲の鍵、全部封鎖しました。 20メートル、30メートル、50メートル、100メートル……。
ボクを中心にした半径500メートルの間は誰も家から出ることは出来ません」
暗闇の奥に見える人型。 それを見つめながら拳銃を取り出す。
見える銅製の体は以前と違い、マネキンのように関節が付けられている。
以前の運動場での戦いの際に、硬いままでは関節が動かないので動くときには関節が柔らかくなっているという当然の弱点を見つけて撃破したので、それを反省して硬度を失わさせずに動くように作り変えたのだろう。
「利優、下がれ」
拳銃を握りしめる。 発砲したところで意味はないだろうが、関節の強度を確かめるために目を細めて引き金を絞る。
乾いた金属音に顔を顰めながら、駆け寄ってきた魔改造二宮金次郎から逃げるように後ろに下がりながらまた別の関節へと撃つ。
当然のようにマトモな傷にもなっていないことに顔を顰めながら、俺へと振り下された銅製の腕を拳銃で受け止める。
手が痺れるような感覚を覚えながらも、至近距離でもう1発関節へと撃ち、凪ぐように払われた腕を拳銃で斜めに受け流す。
「先輩!」
「問題ない」
俺は勿論のことだが、特別製の拳銃には傷の一つもない。 拳銃自体が丈夫なのもあるが、銃を操る能力により硬度を高め、それでも曲がった銃身もすぐさま元の形に直している。
大振りに振られた人形の腕を躱し、後ろでコンクリート製の塀が飛散していくのを聞き流す。
力強く回すように振られた脚。 その蹴りも拳銃で受けるのと同時に横に跳ね飛ぶことで衝撃を逃す。
右、左、上半身を捻りながら人形の拳を避け、時々放たれる蹴りは拳銃で逸らして直撃を防ぐ。 脚が振り上げられた状態で人形の頭に向かって引き金を引く。
片足を振り上げる、それも非常に重い体で行われた蹴りは極端にバランスが悪く、銃弾という衝撃によって体が仰け反り思い切り倒れた。
俺の拳銃は通じない。
それはそうであったとしても、決して何も敵わない訳ではない。 ポケットから財布を取り出しながら立ち上がろうとしている人形に発砲して這いつくばらせる。
取り出した十円玉を倒れている人形の脚関節の隙間に詰め、それに向かって銃弾をぶっ放して十円玉を変形させる。
片足の関節が動かない状態で立ち上がろうとするが、銅製の重い体ではそれも不可能。
何度か繰り返したあと、人形が立ち上がりーー俺は十円玉を詰めた関節に発砲する。 人形の脚が千切れ落ち、人形の体がアスファルトの地面に伏す。
関節が動かなくなれば、グラウンドの時と同じように銅の身体自体を柔らかくすることで動こうとする。 ならばそこに撃てば、本来の硬度はなく簡単に破壊出来る。
残心とは違うが、敵が諦めて動かなくなるのを確かめてからゆっくりと利優の方に戻り、利優がパクパクと口を動かしたのを見た。
「先輩、あれ……」
振り向けば、立っている銅像。 何の像か分からないが、倒れ伏している二宮金次郎と同じように関節が取り付けられており、その上に関節の隙間を隠すような形状にされている。
「二体目か」
おそらく、七不思議のときに見た像と同じ物だが……。
「弱点なさそうだな」
関節を隠すための場所に同じように異物を詰めたとしても、あまり意味はないだろう。 その分だけ装甲は薄くなっているかもしれないが、普通に撃っても効果が薄いことは間違いない。
だとしても、そうであっても、俺の武器はこれだけしかないのだ。
人形の振り下ろした腕を斜めに受け、重心を確かめるために平手を人形に当てて、半歩下がりながら腕を伸ばす。
重量があるため殆どグラつくこともない。
けれど確かにそれの動きは止まり、押されたことでバランスを取る必要が出たことが分かる。
それは人の形をしてこそいるが、当たり前のように人間の身体とは重心や各々の部位の大きさに違いがあり、人形遣いであったとしても操りきれないことの証左である。
通常の状態ならば銃弾は通じない。 ならば先のように有利な状態を生み出せばいいだけだ。
人形の振られた腕を拳銃で逸らしながら空いた手で掴み、その流れに沿うように力を加えて軽く体勢を崩させながら、脚の関節を曲げさせるように蹴る。
膝を着いた人形の関節を拳銃で殴り、無理矢理曲がらせて這いつくばらせる。
脚関節に取り付けられている装甲の取り付け部に何発か撃ち込んで壊した後、先と同じ手順で小銭を詰めて動かないように銃弾を放つ。
「相変わらず、無茶苦茶強いですね……」
「本体じゃないからな。 それに、また来た」
「っ……同時に二体……」
弾数はまだまだ残っている。
息を保たせながら、利優に背を向ける。
人形遣い。 能力の強さとしては、利優に迫るほどの力があるかもしれない化け物の可能性が考えられ、焦燥感から汗を流す。
「逃げましょう」
「いや、勝てるから逃げる必要はない」
焦っているのは、目の前の敵が強大だからではない。
予想されていた『5』程度の能力者ではなく『6』の能力者であれば、状況は変わる。
潜入捜査とか、ゆっくり探すなどという温いことはされなくなるだろう。
そう判断された時点で俺たちの仕事は終わる。 つまり、学校に通うことはもうなくなってしまう。
ああ、利優が不憫でならない。
泣きそうな感情を奥に隠しながら拳銃を前に向ける。 一瞬で潰せば、能力者の評価が下がるかもしれない。
だったら、切り札を切るとしたら今なのではないだろうか。
「対心狙撃ーーーー」
俺が引き金を絞った時に、甘ったるい煙草の臭いが鼻腔に入る。
その直後に、人形の動きが硬直する。
「おお、先輩すごいです!」
「いや、これは……」
アスファルトの地面を革靴で歩く乾いた音。 髪を掻き毟りながら、欠伸混じりで話す気だるい声。
それは俺のよく知っている人だった。
「おー、待たせたな、蒼」
「いえ、今来たところですから、角さん」
俺の直属の上司である角 流が軽薄で不快な笑みを浮かべながら、俺の髪を無茶苦茶に乱すように頭を撫でた。
「とりあえず飯でも食いながら話すとするか」




