激闘! 球技大会! 2-3
眠たそうにしながら朝食を食べている利優に鈍い銀色の髪飾りを渡す。 一応、体育などでも使えるようにゴムで結べるようにしている。
「んぅ? プレゼントですか?」
「いや、任務用の備品だ」
飾り気のない髪飾り。 それは俺の能力で形を少し変えた銃弾であり、銃に関係しているものなので、ある程度遠くでも俺の能力で探知が可能だ。
まぁ、一つだけで能力に関するもので探知のみと言えど、所詮低位の能力者であるので大した距離はカバー出来ないが、ないよりはマシだろう。
「今日の体育は男女で別になるだろ。 護衛だが、潜入なので離れる必要が出る。
変形させた銃弾だから、俺はそれを探知出来る」
「へー、凄いですね」
利優なら能力に関係していないものであっても、俺の銃弾感知よりも遠くまで分かるだろう。
嫌味に言ってるわけではなさそうなので頷いておく。
「利優が鍵とか鍵穴とかの場所が分かるのと同じ感覚だ」
「つまり、GPSですね」
「一応そういうことになるな。
何か緊急自体があった場合、それの真ん中の括れのところが折れやすくなっているから、それを折るか、髪飾りをぶん投げるかしてくれたら駆けつける。
それすら出来ない場合は、これを能力で開け閉めしまくってくれ」
そう言って、ポケットに入れていた南京錠を取り出す。
「ガチャガチャ鳴らすことで先輩を呼べばいいんですね。
先輩がボクを呼ぶ時はそれをする感じです?」
「俺が危ないときに利優を呼んだら、危ないだろ」
「危ないから呼ぶんですけどね」
ため息を吐き出した利優は、俺から受け取った髪飾りをジッと見つめる。
利優が食べたあとの食器を台所に持っていく。
「悪いな。 俺の能力だとそんな程度の物しか無理だ」
「あ、いえ……そういうことではなく、二つ渡されたのは先輩がツインテールをご所望なのかと」
「…………一つは予備だ」
あまり長くない髪を二つに結び、利優は俺に見せつけるように近寄る。 努めて無視しながら洗い物を済ませてしまう。
「どうですか? 嬉しいですか?」
「歯を磨いてこい、早く学校行くぞ」
「はーい」
忘れ物がないかを確かめてから鞄を持つ。 そういえば昨日、ブレスレットを注意されたがどうしたものだろうか。
まぁ、今日と明日だけ学校に行けば休日なので適当に誤魔化せばいいか。
利優がバタバタと玄関の前にやってきたので、扉を開けようと手を伸ばす。
「あっ先輩、ちょっと待ってください」
利優は俺の上着のポケットに入れていた南京錠を取り出し、能力によって錠としての役割を保ったまま変形させていく。 ゆっくりと捻じ曲げられたそれを持って俺の胸元に触れる。
かちゃり、と錠が締められて、弾丸製の飾り気のないネックレスに取り付けられた。
「ん、折角なんで、ボクも先輩を見習ってアクセサリーにしてみました」
「……ああ」
何処か照れくさいそれを隠すように服の中に入れて少しだけ冷たいドアノブに手を置いた。
「行くか」
利優は昨日と同じような笑みを浮かべていて、初日のような緊張した様子はない。
俺は反対に喉が渇き、軽く手元が震える。
最悪の場合、神林とーー戦闘が可能な高位の能力者とーー戦いに発展する可能性がある。
ブレスレットから銃への形状変化には約10秒。 正確には9.89秒程度の時間が必要であり、それだけの時間があれば銃を抜く前に戦いが終わるだろう。
そっとドアノブに触れていた手に温もりを感じ、顔を上げる。
薄らと微笑んだ利優が俺の手を撫でた。
「大丈夫ですよ、きっと大丈夫」
何が大丈夫だと言うのか。 理屈の伴わない言葉に対して何か言おうとして、落ち着いている自分がいることに気がつく。
「悪い。 情けないところを見せた」
「いいんです。 一昨日はボクがガチガチに緊張していたんですから。
ボクが怯えたら先輩が冷静に護ってくれて、先輩が怯んだらボクが護ってあげます。 そしたら、ずっと上手くやれます」
「だって相棒ですから」利優が楽しそうにそう言い、俺はドアノブを捻った。
高位の能力者であっても、素手で10秒ぐらい保たせることぐらい出来るだろう。
涼しげな風が吹いて、嫌に掻いていた汗を軽く乾かしていく。
いつもよりも少しだけ早い時間なので、少しだけ涼しく感じる。
道を歩いていると、知らないおばさんに挨拶をされたので会釈で返しながら学校に向かった。
校舎の外回りを走っている横野に向かって軽く手を挙げて声をかけたあと、爆音の響いているテニスコートに向かう。
テニスコートには案の定神林がいて、俺達に気が付いたのか練習を止めて向かってくる。
「ふん、敵情視察といったところか。 だがな、転校生ーー」
「いや、敵ではないな。 むしろ」
「味方ですよ」
ガチャリ、ガチャリ、ガチャリ、ガチャリ。
校舎から鍵の締まる音が何度も聞こえる。 神林が一人で練習していたテニスコートの中には、神林と俺と利優の三人だけ。
テニスコートに繋がる扉は鍵を使おうとも扉は開かず、窓の引っ掛けるだけの鍵も動かすことは叶わない。
完全ではないが、それでも間違って誰かが入ってくることはないような空間が作られた。
「ーー何の音だ?」
人気の少ない校舎はヤケに静かで、鍵を閉めた音がよく響いた。
傍にあったベンチに利優を座らせてから、ボールの一つを拾う。
「超能力って信じるか?」
神林は怪訝そうに眉を寄せて口を開いた。
「今の音が超能力の音だと?
まぁ、俺は信じていないが」
だいたいの人はそう答えるだろう。
友人でも他人でもなく、敵意のない敵対関係。 少し居心地が良く、案外緊張も薄く言葉を続ける。
「注意として言っておく。
第一に俺と利優はお前の味方である。
第二にカルト宗教ではない。
第三に商売でもない。
端的に言えば、今から話すことは説明であり、警告でもある」
俺の語り口に困ったような表情を見せる。 まぁ、何でも自分は味方だとか、カルトではないとか言うものなので信用には値しないか。
「分かりやすく言えば、俺と利優は超能力者だ」
「おう、そうなのか。 うん」
温度差があるせいで少しやりにくい。
ブレスレットに触れて能力によってその形状を変化させていく。 ブレスレットがパーツ毎に分かれていき、空中で組み上げられてき、本来の拳銃の姿へと戻る。
それを握り閉めて、軽く手で弄って見せる。
呆気に取られている神林に向かって言い放つ。
「そして、お前も能力者だ」
何を馬鹿なことを、そう思っていそうな顔を前に利優が俺の言葉を続ける。
「知っていますか、神林さん。
テニスボールで人が吹っ飛ぶことはないんですよ」
当然のことを当然に言って、息を吐き出した。
「それが可能なのは、俺やお前の持っている能力。 ーーイデアへの干渉だけだ。 それにより、お前はテニスボールの威力を向上させることが出来ていた」
無言で立ちとぼけていた神林がゆっくりと、唇を震わせながら言葉を発する。
「本当、なのか?」
「ああ」
神林は手に持っていたラケットを落とし、地面に膝を付く。
「俺は……俺は、テニスで卑怯なことをしていたのか?」
「いや、ルールには能力を使ってはいけません。 とは規定されていないはずだ」
慰めの言葉のつもりだったが、神林は反応せずにただ地面に項垂れた。
「超能力を使っていたから、勝てたのか。 あいつにも」
これ以上の慰めの言葉は出てこない。 どうしようもなく、神林の鍛え上げられた身体が小さく見えた。




