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LIU:2016発目の弾丸は君がために  作者: ウサギ様@書籍化&コミカライズ
第一章:激闘! 球技大会! 編
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激闘! 球技大会! 2-2

 利優が勉強している横で、努めて真面目ぶりながら教える。 時計の針の音と、利優がペンを動かす音だけがやけに響く。

 意味なく興奮している心臓がバクリ、バクリと大きく早く鼓動を刻み、それが利優に聞かれていないかが気掛かりである。


「ここ、訳が分からないです」

「ああ、これは分かってるよな、んで分かってないのはここなわけだからーー」


 少し教えたらまた時計の針が刻む音と利優のペンの音だけが聞こえる時間に戻る。

 鼻腔に入り込む利優の匂い。 空気越し、唇に感じる利優の体温。 控えめに書かれる小さなペンの音。

 愛らしいかんばせは、少しだけ眠たそうに目を擦った。


「そろそろ終わるか?」

「いえ、もう少しだけ」


 ああ、もう少しだけ。


 邪魔にならないように利優の横を立ち上がり、台所に向かって湯を沸かせる。

 棚から利優の気に入りのカップを手に持って、俺が昔からよく飲んでいるインスタントのコーヒーを注ぐ。

 利優の匂いで溢れていた部屋はコーヒーの匂いに薄らされて、落ち着かないけれど落ち着く匂いに変わる。


 それに砂糖を二つ分、ミルクも二つ分。 コーヒーの味を完全に殺すような分量を入れてスプーンで軽く混ぜる。 コーヒーの味も何も、ただの安物のインスタントだけれど。


 利優の横に戻って、一つ問題を解き終えた利優に手渡す。


「ありがとうございます」


 息を吐き出しながら、利優の横に座った。

 身体の奥から焦がすような情欲を誤魔化すように、真面目の仮面を被って利優に言う。


「あいつ、神林をどう思う?」

「ん、やっぱり対処は必須だと思いますよ」


 かっこいいとか言わなくて良かった。

 軽く頷いてから、神林の特徴を挙げていく。


「2-2でテニス部所属、おそらく能力のランクとしては『5』以上……」

「先輩は上の方に連絡したんですよね?」

「ああ、俺たちで対象しろと」


 能力はある程度、親から子に遺伝される。 つまり、地域によって能力者の分布に偏りが出るのは当然なのだが……。


「厄介だな」

「まぁ、直接話すしかないんじゃないですか?

んぅ、ボクちょっとあの人怖いので、先輩にお任せしますよ。 呼び出すぐらいなら頑張りますけど」

「でも、嫌われたっぽいんだよな……」

「あ、そうでしたね。 なんでなんでしょうか……」


 利優と仲が良いと思われたからだろうが。 それを言って変に意識されたくない。

 適当に返しながら、結論を出す。


「とりあえず、明日直接話してみる」


 利優に続きを教えるように頼まれ、勉強を教えていく。

 次第にぼーっとし始めた利優を寝ないように声をかけながら、歯を磨くように促す。

 利優が歯を磨いている間に机の上に広げていた勉強道具を片付け、磨き終えた利優が自室に戻るまでを見守る。


 時間を見ればまだ11時前だが、利優が寝る時間にしてはいつもより少し遅い。

 明日は起きるのが辛いだろうし、朝食用に何かを買ってくるとしよう。


 寝巻きから着替えて、財布と携帯電話をポケットに入れて外に出る。 5月でも夜風は少し涼しく、身体の熱を少し冷ましてくれる。


 散歩がてらにゆっくりと夜道を歩き、コンビニに入る。


 朝食に何かを買おうと見ていると、見知った顔が目に入った。


「あれ、水元もここら辺なんだ」

「ああ、横野もか」


 クラスメイトの横野が人懐こそうな笑みを浮かべながら、炭酸飲料を持った手を挙げた。

 朝食と共にホットスナックとコーヒーを買って、同じように炭酸飲料とホットスナックを持った横野とコンビニを出る。


 コンビニの駐車場側の壁に凭れ掛かりながら、軽くコーヒーを口に含む。 隣で同じように横野も炭酸飲料を口に含んだ。


「ああ、美味い」


 たかだかジュース如きで大袈裟な、と思いながら横野を見ると、つまらなさそうに溜息を吐き出していた。


「どうかしたか?」

「いや、なんでも。

そういや、部活入ったりしたのか?」

「ああ、漫画研究会ってのに」

「運動部じゃないのか、身体鍛えているみたいなのに」

「利優の付き合いだよ」


 「そうなのか」などと納得したように言ってから、横野はホットスナックの封を開ける。

 その手は止まって、また口を開いた。


「俺も、付き合いなんだよ。 部活」

「ボクシングだったか? それ食っても大丈夫なのか?」

「……ダメなんだと思うんだけどな。

付き合いで、本気でするのって難しい」


 止めて欲しいのかもしれないけれど、口を出す気にはなれない。


「まぁ、俺は止めないが」

「そうだよな。 うちの部活……特にさ、試合とか出るわけじゃないんだ」

「じゃあ食えばいいんじゃないか?

試合に出ないんなら、減量とか不健康なだけだろう」

「……でも、強くなりたかったんだ」


 体重があった方が強いとか、そういう話ではないだろう。

 おそらく、精神力とか根性とか、もっと曖昧な話だ。


 強くなりたかった。 その言葉は俺にもよく分かる。

 強くなれば、強くなれさえしたら、強くそう願っていたし、今でも軽薄にそう願っている。


「俺も強くなりたいって思っている」


 都会のやけに明るい星のない夜空を見上げながら、小さく吐き出す。


 利優を守りたいから強くなりたい。 強くそう思っていた、今ではより一層強くそう思っている。


 似合わない言葉と分かっていながら、横野の顔を見ることなく続けた。


「守りたい人がいるんだ」


 口に吐き出してしまえば簡単なことだった。

 性欲に塗れた汚い支配欲求もあるけれど、その気持ちに変わりはない。


「横野はなんで強くなりたかったんだ?」

「俺は……」


 横野はそう言ってから、炭酸飲料とホットスナックを押し付ける。


「強くなりたかったんだ」


 自分の買ったそれを齧ってから、コンビニから離れていく横野を見送った。


「そうか。 じゃあ、また明日」

「おう、また明日」


 横野に何があったのか聞くつもりにはならないが、へらへらとした笑い顔が晴れて見えたので、悪いことはしていないらしい。


 俺の迷いも少しは晴れた。

 横野がホットスナックと炭酸飲料を口にしなかったように、俺も利優を無理矢理手篭めにするのは止めよう。

 あまりにも当然の結論だった。


 手元にある二つのホットスナックを食べながら、利優の寝ている家に戻る。


 机の上に買ってきたものを置いて、無用心に鍵のかかっていない扉を開ける。 いつものように利優の寝顔をしばらく眺めてから、部屋から出る。


 明日からは少しだけ落ち着いて利優のことを見れそうだ。

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