クリスマス番外編
ため息を何度も吐き出す。
世間ではクリスマスと騒いでいるのに、こんな夜遅くまで仕事。 角の溜め込んでいた書類の重要性が低く俺でもなんとかなるものを任されていたが、それにしても多い。
年末といっても、もう忘年会(俺は誘われなかった)も終わったというのにこれほど残しているなど少しおかしいだろう。
不慣れな書類仕事に肩を回しながら乾いた目を何度も閉じる。
利優との約束を破ってしまった。 電話口では仕方ない頑張ってと励まされたけれど、拗ねていたりしないだろうか。
「お前こういうの本当に苦手だよな」
「……戦う以外能がないんで」
「鈴鳴とか塀無とかといい感じなんだろ。 ずっと戦闘系の任務ばっかりとはならないだろ、怪我もするわけだしな。 最近ずっと怪我して入院してるだろ。
上も上で、お前に任せすぎなんだよな」
「それを言うなら、角さんも同じじゃないですか」
「いや、俺は彼女も嫁もいねえからいいんだよ」
そう言う気が使えるならそろそろ帰らせてほしい。 そう思いながら作業を続けていると角がカレンダーを見て首を傾げる。
「……なぁ蒼」
「コーヒーですか?」
「いや、そうじゃなくて……今日って22日だよな」
「24ですけど」
「……何時だ?」
「22時半ですね」
「悪い、完全に日付勘違いしてた。 もうお前帰れ」
「ええ……。 いや、もうすぐ終わりますので、それが終わったら帰ります」
「いや、そういうのはいいから。 お前、こういう日にすっぽかすのはあれだぞ、フラれる」
ダメ人間とは言えど年の功か不思議と説得力を感じる。
他人事であるのに焦った様子といい、今までフラれ続けてきたおっさんであることを思えば……その言葉に説得力があった。
「もしかして、俺、結構やっちゃってます?」
「やっちゃってる。 俺、同じようなパターンでフラれたからな、管理部の人に十数年前」
「……すみません。途中だけど帰らせていただきますね」
荷物をまとめようとしたが、それすらやめるようにジェスチャーを受けて頭を下げてすぐさま外に出る。
もうとっくに日も暮れていて、クリスマスだというのに人もいなくなっており、時間を見れば23時を過ぎていた。
……思えば、帰れないことを連絡しているのでもう寝ているかもしれない時間だ。 もう引き返して角の手伝いでもした方がいいかと思ったが、戻れば怒られてしまいそうなので気分の悪さを誤魔化すようにゆっくりと歩く。
角は頭が悪いだけでいい人ではあるが……いっそ気を使ってもらわず、帰れない方が幾分かマシそうだ。
そう思いながら、分かりやすい白色の溜息を吐き出す。 まぁ食事をして寝ればいいだけで、特別な日だと思わなければいいだけだ。
マンションの一室の自分の部屋の鍵を開けて入ると、部屋は明るくなっていた。 待っていようとしたけど寝てしまったのか、利優が机に突っ伏してくーくーと寝息を立てていた。
とりあえずベッドに運ぼうかと思って彼女の身体を抱き上げるとびくりと身体を震わせて目を開けた。
「あ、先輩……。 すみません、待ってようとしてたんですけど……寝てしまって。 別にサンタさんに期待して寝てたわけじゃないですよ?」
「悪い、何も買ってきてない。 店は全部閉まってたからな。 何日かあちらに篭りきりだったのもある」
「プレゼントをねだったわけでは……。 ん、やっぱりください、プレゼント」
「……渡せるものならいいが」
周りを見渡してみても殺風景な部屋で、あるのは利優の部屋から溢れ出した人形ぐらいのものだ。
「ここの部屋の合鍵でいいですよ」
「……いや、お前、能力で鍵なくても開けられるだろ。 普段から鍵を持ち歩く習慣もないぐらいだろ」
「ダメですか?」
必要がないものだろう。 欲しがる理由が分からないと思いながら合鍵を渡そうと思い、随分前に鈴に渡したので合鍵がないことに気がつき、財布に入れていた鍵を渡す。
「余ってるのないからそれでいいか?」
「……先輩の部屋なのに先輩が持ってなくて大丈夫ですか?」
「まぁ、利優か鈴はだいたいいるから大丈夫だろ。 最悪、組織の方に泊まってもいいしな」
「明日にでも作っておきますね」
「そうしてくれるなら助かる」
嬉しそうに鍵を握っている利優を見て、何が嬉しいのか分からずに思いながら椅子に座る。
「クリスマスからはズレるが、休みが取れたらプレゼントでも買いに行くか?」
「貰ったんで必要ないですよー。 あっ、鈴ちゃんから手編みのマフラー預かってます」
「ああ、そういえば家族で過ごしているんだったか」
「嫌がってましたけどね」
「まぁ、そういうもの何じゃないのか。 利優ももう帰るだろ?」
「いえ、先輩のお世話必要ですから残りますよ」
「……いるうちに帰ったほうがいい。 …………お義父さんも仕事で休みがまとまって取れるのは正月ぐらいだろ」
「先輩が飢えても困りますから……」
「飯ぐらいコンビニとかで食える。 いや、俺も挨拶しに行った方がいいか」
「喜びますよ、お父さん。 先輩のこと気に入ってるみたいですから」
会うたびに殴られている思い出しかないが……気に入られているのか。
嫌われているよりかはよっぽどいいと思っていると、利優はくすくすと笑いながら俺を見る。
「……クリスマスなのに、浮いた話にならないです。 先輩は女たらしなのに」
「悪い」
「プレゼントはいいものをもらいましたが、デートの約束はなくなりましたし、帰ってくるのは夜中です」
「悪い」
「……今からデートしてくれたら許してあげます」
「どこも空いてないだろ」
「コンビニでいいです」
安上がりにもほどがある。 そう思いながら利優に手を引かれて外に連れ出される。
急いで出てきたせいで上着も着ていなかった利優に無理矢理コートを被せ、特別でもない道を特別なこともなく歩く。
「先輩って、いっつも真面目に次のこととか、未来のことばかり話しますよね」
「口説くことを勉強しようとは思っているけど上手くはいってないな」
「それ、ボクに言っちゃダメなことです。 それに、嫌じゃないですよ。 先輩の語る未来は、ボクも鈴ちゃんも先輩もいて、仲良くしてますから」
「不安もあるけどな。 父親を知らない、母もうろ覚えで……家族でが分からない」
「大丈夫だと思いますよ。 先輩優しいですから」
そう言えば、同僚から若いうちに結婚の話をすると重いと引かれるということを聞いたことがあるが、そういう様子はないな。
「そりゃそうですよ。 先輩って昔からボクと結婚したいオーラがすごかったですからね。 分かりきってます」
「……プロポーズとかどうしたらいい?」
「先輩のセンスに任せてたら聞きかじりのフラッシュモブとかやりかねないので鈴ちゃんと相談し次第、追ってこちらから指示させていただきます」
「プロポーズってなんだ……」
「えへへ、いいじゃないですか」
利優は笑いながら、俺の腹を指で何度も突く。 これでも少し照れているらしい。
多分、何もかも俺のための事だろう。 いくら俺の常識がなくとも結婚なんてそう簡単に決められるものではないことぐらい分かる。
俺が家族を持たないからそれに気遣ってくれているのだろう。
このコンビニやプレゼントにしてもそうで、気を使ってもらっているだけだろう。
そう思っていると、利優が見透かしたように、首を横に振った。
「ボクは先輩と一緒にいるだけで幸せですよ。 結婚をしたがってるのも、先輩と同じ家で暮らしたいからです」
「……正月、また殴られることにする」
「……電話越しにします?」
「いや、利優への愛情が感じられるから嫌いじゃない。 とは言っても鈴とのこともあるし、重婚となると……手を傷めないようにバットを持参した方がいいか」
「お父さんの手を気使う前に自分のことを気遣ってください」
何の色気もないクリスマスだったが、利優は満足そうに微笑んだ。