激闘! 球技大会! 2-1
台所で利優が「今日は先輩が好きな麻婆豆腐ですよー」と言うが、特に好きではない。
利優の作る料理は中華料理が多いが、何故俺が中華料理好きだと思っているのだろうか。
携帯電話が鳴り、それを手に取る。
夕方も過ぎたので上司ではないだろうと思いながら手に取ると、画面には「柊 鈴」と表示されていた。
「もしもし、水元だ」
「あ、蒼くん? お久ー」
聞き慣れた高い声、邪険に扱うのは当然あり得ないが、利優に話しているところを聞かれたくない。 仕方なく自室に戻りながら話を続ける。
「久しぶり。 どうしたんだ?」
「蒼くんがちゃんとご飯食べたり、お風呂入ったり寝たり出来ているか気になって」
「俺は子供か」
溜息を吐き出し、頰を掻きながら尋ねる。
「で、どうしたんだよ」
「蒼くんが利優ちゃんに変なことしてないか心配で」
「するか」
「私の一言が蒼くんをその気にさせてしまった……!!」
「そのするかではない」
ベッドに軽く倒れ込み、熱に浮かされたような頭を枕に埋める。 少しだけ冷たく感じ、すぐに体温が移って不快な暑さに変わってしまう。
「無理矢理、手篭めにしたり……」
「するわけないだろう」
鈴は安心したような、半ば呆れたような声色で俺を馬鹿にする。
「そうだよね、蒼がそんなこと出来るはずない」
「……切るぞ」
「いや、待って待って」
鈴のこういった話はあまり楽しいものではない。
少しだけ拳銃を触る。
「……あのさ、私が言うのも卑怯だと思うけど。
利優ちゃんのこと好きでも、意味がないよ。 報われない恋なんて徒労だと思わない?」
窓を開ける。 この家はどこもかしこも利優の匂いが染み付いていて、あまり冷静ではいられない。
俺と利優の関係。 他の人には、一方的に利優に好かれていると思われているらしい。
実際は逆だ。
俺が利優のことが好きで堪らなく、利優の言葉を借りれば「俺は利優のことが大好き」であって、利優は俺のことを好いていない。
正確には恋愛感情では好かれておらず、親愛やらなんやら、といったところだろう。
利優には、いくらアピールしたところで、そう見られることはない。
鈴の言う通り、意味のない徒労なのかもしれない。
「思わない。
好かれるために好いているわけでもなければ、抱き締めるために守るわけでもない」
「……そう。 分かってるよ、蒼くんがそういう人だってことぐらい。 分かりきってた」
一言、鈴に謝りながら、続ける。
「それに思わない。 鈴の言葉が卑怯とは。
俺のことを思って言ってくれているんだろ、ありがとう」
鈴は「電話切るね」と言ってから、最後に溜息混じりに俺に言った。
「ばーか」
プツリと切れた携帯電話を投げるようにベッドに置く。
ほんの少し荒くなった息を整えながら、トントンと利優の歩く音を聞く。 夕飯が出来たのだろう。
少しずつ手際が良くなっているのか、思っていたのより早い。
おそらく今から扉がノックされるだろう。 俺はそれに返事をして、扉を開けなければならない。
当たり前のことでしかない。 いつものことだ。
けれど、いつものこと、今日も今日とて利優に心惹かれる。 だからこそ、今は利優と顔を合わせにくい。
憂鬱な中で、扉がノックされる音を聞いた。
「先輩、先輩の好きな麻婆豆腐出来ましたー。 食べましょう」
「ああ、分かった」
軽く顔を叩き、扉を開ける。
利優は少し大きくだぼだぼとした半袖半ズボンの部屋着姿で俺を見上げて、小さく笑みを浮かべた。
大きめのTシャツから利優の白い鎖骨が覗いていて、思わずそこに目が向いてしまう。
「……どうかしましたか?」
利優が不思議そうに自分の姿を見る。 それでも理由が分からないらしく首を傾げる。
「何でもない」
そう答えながら、頭の中で電話越しの鈴の言葉が思い出されてしまう。
「無理矢理、手篭めにしたり」。 利優の身体は酷く小さい、小学生でも高学年ならば大半が利優よりも背が高いだろう。
それに加えて、触れては壊れてしまいそうなほどに華奢だ。
例えば、今から肩を掴んでこちらを向かせて抱き寄せる。 そのまま利優を部屋に連れ込んでベッドに押し倒す。
俺との関係性で、利優の性格ならば嫌がりながらでも、我慢するだろう。
ああ、なんて醜い。 醜い。 酷く醜い。
獣がような醜い欲望。 幼く美しい少女を無理矢理にでも組み敷きたいという畜生の願望だ。
誰からかされた真面目という評価は、あまりにも間違っている。 俺はただの畜生でしかない。 そんな性根があるからこそ、利優から男として見られないのだろうか。
口に運んだ夕飯の味が感じられない。
せっかくの手料理でも、味が分からなければ仕方ないものだ。
「あれ、美味しくなかったですか?」
「いや、美味いよ」
適当に食べ終わり、皿をいつものように片付ける。
こうも駄目になってしまうのは、期待していたからだろう。 利優と一緒に暮らして、何度も守れば自然と好きになってくれると。
そんな筈はなかった。 俺が任務で利優を守るように、あくまで任務で利優は俺に守られているだけのことだ。
「先輩、お風呂入ってきますね」
「ああ」
以前、任務が長続きしたら利優が喜んでくれると思い、それを願っていた。
けれど、今日神林が利優を見ていたときに気が付いた。
利優が他の奴に惚れて、恋をするかもしれない。 当たり前のことだ。
それに気が付いた俺は……出来る限り早く、任務を終了させたいと……そう思ってしまった。 学校に通うという、利優の慎ましい幸せを奪う行為をしようと思ったのだ。
とんだド畜生だ。 なんだこいつ、死ねばいいのに。
皿洗いを終えて、リビングのソファに座ってテレビを見る。 つまらない。
テレビの中の人が歌を歌うって、何の意味があるのだろうか。 カラオケとか、個人でやってくれ。
そう思っても、どんな番組も面白いようには見えない。 テレビの中の人がカラオケをしているのが悪いわけではなくて、俺が白けてしまっているだけか。
「先輩、お風呂上がりましたよー」
「ん、ああ」
極力利優の方を見ないようにしながら、その隣を通り過ぎる。 シャンプー、変えたのか。
風呂場に入ると、変えたシャンプーの匂いがする。 冷たいシャワーを浴びても身体の熱はなくならず、それどころか、利優の残り香にどうしようもなく頭を焼かれる。
「本当に畜生だ」
発情した犬か何かと言われても否定出来ないほど情けない。
「利優」と彼女の名前を呼び、荒くなった息を吐き出した。
「ん、なんですか、先輩」
「うおおおお!? 利優!?」
後ろから利優の声が聞こえて振り向くが、当然利優はいない。 そのことに少し落ち着きを取り戻す。
利優はどうやら脱衣所よりも向こう側で話しているらしく、少し声が遠い。
「そんなに驚かなくても、どうしたんですか?」
「いや、何でもない。 何でもない」
「ならいいんですけど。 今日勉強を教えてくれるって、言ってましたよね? 何を用意していたらいいですか?」
「適当に、教科書とペンとノートでいい」
冷たいシャワーを止めて、利優の足音が去っていったことを確認してから風呂場を出て脱衣所に入る。 適当に身体を拭ったあと、寝巻きを身に纏ってから扉を開けてリビングに向かう。
やる気があるのか、可愛らしいモコモコとした黄色いパジャマを着ている利優は教科書と睨めっこしていた。
制服よりも幼く見えるのは、単に衣装のせいだけでなく、湯に浸かったあとで頰を赤く染めているからだろう。
特段生地が薄いわけではないが、柔らかな素材のパジャマだからか利優の身体の線がよく分かり、非常に目に毒だ。
一緒にいることが気が気でないが、今更理由もないのに約束を取り止めるわけにもいかず、利優の向かいに座る。
「ん、そっちじゃやりにくいので、隣に来てくださいよ」
そう言いながら、利優は自分の横を触る。 あまり大きくないソファで、二人で座ってしまえば手狭になってしまうだろう。
「……いや、いい」
「何がですか。 ん、授業が分からないと辛いので、お願いします」
「……ああ」
押し切られて利優の隣に座る。 利優のシャンプーの匂いに、仄かな熱が頰を触れた。
……俺は本当に畜生である。




