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第1話:入学前夜

 何も入っていない拳銃に、弾丸を一つ装身する。

 右手に持っていた拳銃も、左手に持っていた弾丸も、どちらもさしたる程には重くなかったはずなのにーー


 眼前に向かってきた人影に向ける。


 ーー手を前に出したせいなのか、弾丸が装身された拳銃を構えるのは酷く重い。

 これが人を殺す重さだとしたら、人の命は存外に軽いのだと感じる。

 人の命が引鉄の重さと同じとすれば、などと薄ら寒いことを考えながら、指先ひとつ動かして人を殺すことの出来る火器を放つ。


 乾ききった発砲音。 吐き出した息が発砲音を湿気らせるように溶けていき、ゆっくりと不快な煙の匂いを嗅ぐ。


 油断は出来ないと拳銃は構えたままではあるが、撃った人はもう倒れていて息もしていない。

 ……いや、そもそもが人ではなさそうである。


 念のためにもうひとつ撃ち込んでおくのがセオリーかもしれないが、撃ち込む回数が増えるほどリスクが増える。


 ここが日本で良かった、銃の発砲音を聞いたことのある人など少なく、夜中であれば人が寄ってくることは珍しいぐらいだ。

 少なくとも、今は間違いなく近くにはいない。


 残心もそこそこに、銃を片手に持ちながらポケットに突っ込んでいた携帯電話を引っ張り出して、不慣れな手付きで操作しようとして顔を顰める。


「スライドでロック解除……」


 どうするのだったか、いつも掛かってくる電話を「応答」ボタンを押すだけだったのでこういう時に困る。

 何とかスライドでロック解除というのが終わり、次の手順を踏もうとしたところで止まり、モタモタしていると携帯電話が震えた。


 慣れた手付きで「応答」を選択し、携帯電話を耳に当てる。

 鈴を転がすような高い声。 そんな聞き慣れた呆れ声に頬を掻きつつ、緊張の緩和から笑みが勝手に浮かんできてしまう。


「もしもし」

「先輩……スマホぐらい早く使えるようになってくださいよ。 一応見て(・・)ましたが、ずっとそうしているわけにもいかないので……」

「悪いな。 どうにもハイテクは苦手な質で」

「もう、先輩は……相棒がボクじゃないと、やっていけませんね。 こんなに面倒見がいい人、処理班にはいませんよ」


 クスクス、と悪戯げな笑い声。 確かにその通りではあるが、悔しさから少し反論したくなる。

 しかし反論をして次から掛けてもらえなくなったら困る。 出来なくはないだろうが、捜査を覚えるのは非常に面倒くさい。


 踵を返しながら頷く。


「そうだな。 利優(リウ)にはいつも世話になっている」

「え、あっ……はい、うん……。

んっ、そんなことより先輩、明日からは学校に潜入ですよ、用意とかしましたか?」

「明日のことは明日したらいいだろ」


 軽く振り返り、人の形をした物が朽ちていっているのを確認する。 何度繰り返したのかも分からないほど見てきたことだが、命を冒涜するような力だ。


「これも人形か」

「みたいですね……」


 名を付けるなら人形遣いといったところか。

 俺が派遣された時点で分かりきっていたことだが、自然発生の能力者のわりには厄介な存在だ。

 夜中にしか「人形」が出ないのは、人形の出来が悪いからか、あるいは能力が夜にしか使えないからか……。


「また考えているんですか?」

「ああ、仕事だからな」

「そんなに真面目にやっても損するだけですよ? 折角の学生生活なんだから、楽しまないと!」


 不真面目を平気で口に出す利優。

 あまり歓迎出来ることではないが、それは完全な本心ではないことは分かっている。

 偽悪的、などと言えば利優には馬鹿にしたように笑われるだろうが、そんな性質を持ったやつだ。


 今から戻ると伝え、携帯電話をポケットに突っ込む。


 入れ替えるようにペンと手帳を取り出し、カレンダーに人形発見の場所と時間を書き込む。

 俺と利優の所属している組織から命令された指令、五良(ころう)市にいると思われる偶発性能力者の確保、場合によっては処理。


 対象の属性を考える。

 能力者だと発見された理由は、能力を使った障害事件が起こったから、その被害者達が全て一つの学校の生徒だったために、対象はその学校の生徒である可能性が高いとごく大雑把に推測出来る。


 まぁ、大雑把すぎて推理とも呼べないぐらいだが可能性は低くないだろう。


 手に握られていた拳銃を、俺の能力・・によってパーツ毎に分解し、そのパーツの一つ一つが捻じ曲がり、形を変えていく。

 低レベルの能力者であるために非常に遅いが、その分能力による副作用も少ない。


 五分ほどかけて銃はブレスレットの形に収まり、その中に籠められていた弾丸はネックレスの姿を真似た。

 アクセサリーとするには無骨な黒色ではあるが、まさかこれが銃だとは誰もが判断出来ないだろう。


 拳銃をゆっくり変形させる程度の弱い力だが、案外使いやすい。


 夜だと言うのにまだ明かりのついている小さなアパートの一室に向かって、ポケットから鍵を取り出す。

 それを差し込もうとする前に、カチャリとノブが動いて扉が開いた。


「おかえりなさい、先輩」


 黒髪は少しだけ濡れていて頬は薄赤い。

 俺の胸ほどもない小さな体躯はパジャマという薄い寝巻きで包まれていて、子供のようなあどけない笑みで、彼女は俺を見ていた。


「ああ」


 同じ場所に住むのは戦闘能力のない彼女を守るため。 そんなことも忘れ、家の中に入ってすぐに腰を下ろす。


「ご飯食べますか?」

「いや、もう風呂入って寝る」


 電話をしていた少女である彼女は楽しそうに笑う。

 クリクリとした丸い瞳に幼いかんばせは子供のようにしか見えないけれど、意外にも家庭的なことは得意であるらしく、人の手料理という物珍しい物を机の上に並べてラップをしていた。


「……悪いな」


 人形を見つけて撃つだけの軽い戦闘ではあったが、生来から気が小さいため、何かしらの戦いのあとは物を口に含めなくなる。

 利優は、そんな俺の弱さを見透かしたようにクスクスと笑って、小さな身体を背伸びさせて手を俺の頭へと伸ばす。


 撫でようとしているのだろうが、手を伸ばしてもまだ俺の頭には届かない。

 諦めたように胸をポンポンと叩き、俺に微笑む。


「お疲れ様でした、先輩。

頑張っているのは美徳ですけど、頑張りすぎないように。

あと、明日の用意は今日の内にすること、転校初日から忘れ物とか遅刻とか、悪目立ちしてしまいますよ」

「分かったよ」


 本当に面倒見のいい相棒だ。 面倒見がよすぎて結構面倒くさい気がするのは気のせいだろう。

 ブレスレットに擬態させた拳銃と、ネックレスに擬態させた弾丸を机の上に置き、渡されたタオルと寝巻きを持って風呂場に向かう。


 俺も利優も齢17。 この歳になって再び日本の学校に通うことになるとは思ってもいなかった。

 薄らとした帰郷感は命じられた仕事の邪魔でしかないと自らに言い聞かせてから、明日から能力者を見つけるまで通うことになる高等学校に思いを馳せる。


 俺にとっては仕事でしかないが……。

 幼い姿の少女、利優のことを思ってしまう。

 楽しそうに明日からの用意をしていた彼女のことを思えば、すぐに終わらなければいいなどと腑抜けたことを考えてしまった。


 どう思ったとしても、全力を尽くして探すことには変わりないのだから、少女の楽しみを願うのはきっと悪ではないだろう。

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