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4話

「さて。百合さんにお願いがあるのですが」

 屋敷内を探索したあと、私達は母屋の客間でお茶をしていた。ずっと私の腕の中でぎゅうっとされていた二丸はすでに抵抗することなく、私の膝の上で丸まっていた。悠市に声をかけられたことでぴょこんと短い耳を動かし、彼を見上げる。

「これから二丸を百合さんの従者として側に置いてやって欲しいのです」

 悠市がそういうと、二丸はパッと飛び起きて私の膝から降り、ポンッと音を立てて男の子の姿に変化した。二丸の目はキラキラと輝き、「本当ですか悠市さん!」と嬉しそうに声を上げる。だが当の私は驚くばかりだ。二丸くんを従者にするなど、この家に来たばかりの、しかも妖事については無知な私に出来るのだろうか。いくら先ほど説明を受けたからって、それがすぐに身につくとは到底思えない。

「あのっ私お役に立てるとはっ……」

「あぁ、何も難しい事をお願いするわけではありませんよ。二丸もそろそろ人間の街に行く訓練をしてもよい頃ですので、百合さんにはそれに付き添ってもらいたいんです」

「つ、付き添いですか……?」

「えぇ、文字通りの付き添いです。街中に一緒に遊びに行ってほしいんです」

「そ、それだけでいいんですか……?」

 恐る恐る尋ねる私に、悠市はククッと笑った。

「勿論ですよ。来たばかりの百合さんに突然難題を押し付けたりしません」

「で、ですよね……!」

 従者という普段は使わぬ言葉にビクビクしていたが、そのくらいなら出来そうだとほっと胸をなでおろす。二丸に向き直って「えっと、私で大丈夫?」と確かめると、二丸は「勿論!」と腕を突き上げた。今の二丸は人型で尻尾は見えないが、パタパタと動いてるのが見えるような喜びっぷりだ。

「ではそういうことで。百合さん、是非二丸をよろしくお願いしますね。二丸もあなたのお手伝いをしますから。ルーキー同士、ということで」

「わかりました。よろしくね、二丸くん」

 ここに慣れていくためにも、二丸が側にいるのは頼もしいだろう。むしろこちらの方がお世話になることが多いはずだ。二丸に向かって軽く頭を下げると、二丸はドンッと胸を叩いて、「はい姐さん!」と威勢の良い返事をした。

「では二丸には早速百合さんの部屋への案内をお願いできますか」

 悠市が二丸を伺うと、二丸は「はいっ!」とこれまた大きな声で返事をし、「さっ姐さん!」と私の手を引いて勢いよく引っ張った。その勢いに引かれ立ち上がり、引っ張られるままに部屋の入口へと小走りで連れて行かれる。今にも部屋を出ていきそうな私と二丸の背に、悠市が「あぁ、百合さん」と声を掛ける。

「何かあったら誰でも自由に声を掛けてくださいね」

「あっ、はい! ありがとうございました! すみません、失礼します!」

 二丸に引っ張られながらもなんとか悠市に挨拶をし、私と二丸はまろび出るように部屋から廊下へと走り出たのだった。




「ここが姐さんの部屋です!」

 二丸に連れられてやってきたのは母屋となる建物の、3階の端から2つ目の部屋だった。赤茶の扉はしっかりと装飾が施されていて、重厚感がある。今まで住んでいたマンションの軽い室内ドアと全く違うのは一目でわかった。

「どうぞ姐さん」

 二丸が小さい身体で「うんしょっ」と扉を押し開ける。ドアの上部を押して手伝い、その部屋に足を踏み込む。広い室内には黒い絨毯がひかれていて、壁は白漆喰。部屋の奥にはシックな木製の机と椅子が据えられていた。机の向こうの窓からは夕陽が挿し込んでいる。部屋の隅には私の荷物が詰められた段ボールが置いてあった。ふと部屋の右側に目をやると、もう1つ赤茶の扉があった。一人部屋にしては広いと思っていたのに、更に扉があることに驚いた。

「こっちは寝室です」

 パタパタッと室内に駆け込んでいった二丸は赤茶の扉を開けてみせる。彼に連れられその扉の奥へ行くと、その部屋には衣装ダンスとシンプルなベッドがあった。ベッドに手を付くと、予想以上にふかふかしていた。

「……わぁ」

 思わず感嘆の声が漏れる。今までずっと布団だった為、ベッド自体初めてだというのに、こんなふかふかなものだとは。そろっとベッドに腰掛けると、僅かに沈む。ベッドから部屋の中を見渡せば、先ほどの部屋と同じ造りの窓が取り付けられていた。挿し込む夕日が眩しく、思わず目を細める。その光をじっと見つめながら、「凄い部屋だなぁ」としみじみとする。しばらくそうやってぼおっとしているうちに、思わずぽつりと言葉をこぼしてしまった。

「いいのかな」

「何がです?」

 二丸が首を傾げこちらを見上げてくる。

「あ、うん。こんな広い部屋貰っちゃって、いいのかなって」

 思ったことをそのまま呟いてみる。自分は母の再婚のオマケとしてついてきた。この家のこと、特に妖のことを上手く理解しきれていない。それなのに、新しい家族は優しくしてくれる。トントン拍子に進む話に、こんな自分でいいのかと、僅かに不安になるのだと。

と、二丸が「いいんです!」と元気よく答えた。

「二丸くん?」

 びっくりして二丸を振り向くと、二丸はニコッと笑った。

「姐さんはおいらのご主人のお仕事もらったじゃないですか! だからいいんですよ! お仕事する分のお駄賃が、これなんです!」

確信を持って威勢よく言う二丸に、思わず顔が綻ぶ。

「二丸くんは優しいんだね」

「本当の事言っただけです! 姐さんは家族になったばかりなんですから、分からないとこあって当然なんですよ! 姐さんはこれから色々覚えて、おいらとお仕事していくんです。姐さんならそれでもきっと大丈夫って雅鴇さんが思ったからこの部屋なんだっておいらは思います。だからこの部屋は、姐さんに相応しいです!」

 私の不安を読み取った二丸は笑顔のままで励ましてくれる。一瞬でも悲劇のヒロイン気取ろうとしたのが阿呆らしくなる位明るい幼い笑顔に、ついこちらもつられた。そして自分の気持ちを落ち着いて整理する。

(そうだ、私は二丸くんのお世話という仕事をもらった。今は何も出来ないひよっこだけれど、この先の期待を込めてその仕事を貰って、この部屋を宛がわれたんだ。分からないことは多いし、不安もあるけど、気後れすることはないんだ。期待されていることは嬉しいこと。そうだと思えばあとは、)

「頑張るだけだね。……よしっ」

 ぱんっと自分で自分の足を叩いて立ち上がる。

「いつから外の街に行こうか? 私もこの辺のこと知りたいし、みんなに聞かないといけないね」

「そうしましょう! やったぁ!」

 二丸はぱぁあっと笑って腕を突き上げる。素直に感情を表す二丸と一緒に居ると、私の小さな悩みなど吹き飛ばされる。この大きな高遠の家でもやっていけそうな気がした。


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