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3話

 信じられない、わからないと混乱をきわめる私に、徐に立ち上がった奏世が声をかけた。

「実際に会ってみたほうが早い。……怖いのならやめておくが、どうする?」

 挑戦的な目で見降ろされ、ぐっとこぶしを握る。試されているのだと感じた。

 怖いのは怖い。今まで見えていたソレらより遙かにデカくて、人間のように見えて人間じゃない者に会うのだから。信じられない存在を目の当たりにしに行くのだから。だが、彼らの家族になるならば、いつかは知ることだろうし、知らねばならぬことだろう。ならば。

「見たい、です……!」

 今勇気を振り絞らなければ、いつ前に進むというのか。


 既に色々と知っているという母は、義父に連れられ、私の部屋を準備しにいなくなった。母は私が見えるソレらは見えていないようだが、化け狸はもう見たし、その存在を理解し納得しているという。我が母ながら、なんと余裕がある人なのだろうか。

 私の前を悠市が行き、隣に紘仁が並び、後ろからは奏世が付いてくる。初めて来た家で、どこに連れられて行くのかも分からないまま、私は彼らとともに廊下をゆっくりと歩いていた。

「今から話すことに、嘘偽りはありません。高遠家の人間として暮らしていくためには、知っていてもらわなくてはならない基本情報です。1度で覚えろとは勿論言いませんので、まずは信じて聞いてください」

 前を行く悠市からかけられる言葉にこくりと頷くと、奏世が言葉を継いだ。

「この国は八つの地域に分ける事が出来る。その各々の地域を陰で統べ、守護している家々を守護八家(しゅごはっけ)と呼ぶ」

「守護、八家……」

「あぁ。この八家は表面的には自らの地域に住まう人間を守護してきた。だが実際はそれだけではない。守護八家は、秘密裏に、人間との調和を図る妖等も守護してきた。今までお前が見えていたのも、妖だ」

 アヤカシ。言葉には出さず、その単語を咀嚼する。

「ずっと見えていたんですから、存在はもう疑わしくないでしょう?」

 私が見えていたソレらが妖だという。分かりやすく言えば妖怪ということだろう。私は悠市の言葉にこくりと頷き、次を待った。

「昔の文献、古典を見ればわかるように、人間は妖と戦いの歴史を繰り広げてきた。しかし、中には人間を襲わない妖、妖を嫌わない人間、つまり共存を望む者もいた。そんな者達の先頭に立ち、人間と妖の無益な争いを避け、共存していく事を掲げたのがこの八家だ。俺達は妖を従者とし、身勝手に人間、妖を襲うものを共に討伐する。ここ四国地域を統べ、守護しているのが、お前がこれから家族となる、高遠だ」

 ここはそんな凄い家なのかと驚く。それと同時に、場違いだが、奏世にしては長い台詞にも驚いてしまった。今までのやり取りからの勝手な想像だが、彼は無口な人だと思っていた。だが、私が理解する時間を作れるよう、長い台詞をゆっくりとしゃべってくれた。そのおかげで、完全理解とはいかなくても、先ほどのように頭に入らず混乱する、ということはない。入ってきた情報を頭の中で整理しながら悠市の後を追う。

「では、怖がらなくていい範囲の実例をお見せしましょう」

 長い廊下を歩き、階下に降りる。少し歩くと、そこには中庭があった。その中庭にとどまることはなく、一向は中庭を抜け、母屋から少しだけ離れた別の建物に入る。建物の奥まで進むと、悠市は一つの扉の前で足を止めた。「ここです」とこちらに視線をやったあと、トントンッと扉を叩いた。

二丸(にまる)

 悠市がドアを開け室内に声をかけると、パタパタパタッと足音がして、ほっぺの赤い、5,6歳くらいの男の子が飛び出してきた。

「はいさぁ悠市さんッ!」

 渋い緑色の甚平を着たその子は、目をくりくりさせながら悠市を見上げている。

「紹介します。私達の義妹になる百合さんです」

「あ、百合です。よろしくどうぞ」

 悠市に紹介され、ぺこりと頭を下げて自己紹介した。二丸と呼ばれた男の子は、パッと私をふり仰ぎ目いっぱいはにかんだ。

「あぁっ、噂の!? おいら二丸と申します! どうぞよろしくお願いします!」

 二丸は腰を90度近く曲げ、丁寧に挨拶する。この歳の男の子が、こんな丁寧な挨拶をするとは予想せず、思わず目を丸くする。すると悠市が彼を紹介する。

「彼は二丸。化け狸の1人です」

 なんと、この子もまた化け狸だという。見るからに小さい男の子なのだが、狸が化けているというのだろうか。

「彼は隠神刑部の眷属ではなく、ただの豆狸の子どもです。高遠家には同じ生業を主とする分家がたくさんありまして、そこの家に仕えている豆狸から修行の為にと託され、預かっているんです」

「ちょ、ただのって! ひどいなぁ、おいらこれでも立派な化け狸ですよ! 人型も保ててるし!」

 ふんっと自慢げに踏ん反りかえる二丸はあどけなさが抜けない。威張ってみせているのだろうが、「そうなんだー」と頭を撫でてあげたくなる。

「よく言う」

「ふぎゃっ」

 奏世が首根っこを掴んで持ち上げると、突然ポフッと音がして煙があがった。するとどうしたことだろう、先ほどまで二丸が居た場所に、可愛らしい子狸が現れた。首の皮を掴まれ、尻尾と一緒にプランプランしている。

「たっ、狸……!」

 突然の出来事にこれでもかというほど目を丸くして見つめる。何度目を瞬かせても、そこに居るのはどう見ても可愛い子狸だった。

「やっ、やい離せ奏世! くそぅ!」

 しかも人語を話すと来た。その声は二丸の声とそっくりだ。

「掴まれて驚いた位で変化が解けるお子様狸が、えらい口をきくものだ」

「お子様狸じゃないわいッ!」

 呆れた目で見降ろされている二丸は必至に抵抗しているようだが、短い手足では到底かなわない。奏世の腕にすら当たっておらず、ただじたばたしているだけである。

 短い手足が、ばたばたしている。

(可愛い……)

 変化した瞬間は勿論驚いた。が、しかし。しゃべる子狸がこんなにも可愛いとは思わなかった。目の前の狸が現実か確かめることも兼ね、触ってみたいという欲求がわく。思わずそっと手を伸ばすと、それに気付いた奏世がポンッと腕の中に二丸を落とした。慌てて腕をくの字にして仰向けに子狸を受け取ると、腕の中の子狸はそれはそれは柔らかくて可愛かった。しばらく凝視したあと、もうこれ以上我慢できず、前触れなくぎゅうっと抱きしめた。すると二丸は腕の中で身体を反転し、「姐さん何するんですかい!」とジタバタと暴れた。だが先ほどのように、彼の短い手足では到底何もできやしない。丸っこい毛玉がもごもごしているだけだ。

(か、可愛い……!)

 二丸の抗議などなんのその、無視しながらぎゅっぎゅっと抱きしめる。怖いだろうと思っていたものが、こんなに可愛いなんて知らなかった。抵抗する二丸を無言で甘やかす私の様子を見ながら、紘仁が声をかけた。

「豆狸の、しかも子狸なら何も怖くないでしょ?」

「っ……はい! 凄く可愛い……!」

 キラキラした目でそう返すと、紘仁が「よかったー! やっぱり豆狸って可愛いよねぇ」と言いながら、私の腕の中の二丸の頭をわしゃわしゃと撫でた。またしても二丸から抗議の声があがるが、無視。だって可愛い。

「だが」

 きゃっきゃっとする私達に、奏世が言葉をかける。

「可愛らしいのは豆狸位だ。俺達にはこういう豆狸じゃなく、眷属の方の化け狸が仕えている。眷属の化け狸は可愛らしくなどない。力を重んじる生粋の妖だ。俺達高遠の人間だけでなく、この家で働く使用人でも、力のある者には眷属が仕えている。彼らは弱い人間には仕えないし、そこの豆狸みたいにわしゃわしゃされない」

 奏世が視線をやると、二丸は「好きでわしゃわしゃされてるんじゃないわいっ!」とプンプンと怒って見せた。あぁそれでも可愛く、わしゃわしゃせずにはいられない。

「でね」

 今度は紘仁が説明を継ぐ。

「高遠家最強のおじい様の力だと、眷属じゃなくて隠神刑部を従者に迎え入れられるんだけど。彼はもう地の礎ともなるほど長くあの場に居るから、無理にあそこから動かせないんだ。だからおじい様には眷属の中では最強と謳われるあの執事みたいな彼が付いてるんだよー。あの人もね、変化を解けば二丸みたいな狸なんだよ。可愛くはないけどね!」

 あははっ、と紘仁は爆笑する。大人の攻撃的な狸、それを数倍でかくしたものを想像すればいいらしい。あまり狸の知り合いもいないからわからないのだけれど、とりあえず日本の名作映画に出てくる化け狸を想像しておく。

 話を頭の中で整理していると、ふと疑問がわいた。

「あれ、でも、みなさん封じられているんじゃ……」

 確か、眷属もろとも、山に封じられていたといった気がした。

「あぁ、封じられたとは言え、もうかなりの年月が経っていますから。その間に封も劣化し、情勢も変わりました。協定を結んだ我々は、隠神刑部から何匹かお借りしているんです。勿論隠神刑部の強制ではなく、さっき奏世が言ったように、眷属自身に力を認められ仕えてやってもいいと思われた人間だけ」

 妖から「仕えてやっていい」と言われる義兄らはどれだけすごい人間なのだろう。そしてその妖達はどんな妖なのだろう。執事さんは先ほどちらっと見ただけなので、これぞ妖! という実感がわかない。

 興味津々に話を聞いてると、紘仁が「追々俺達の従者にも会わせてあげるねー!」とにっこり笑んだ。

「でもね、今血生臭くて、到底屋内に入れられたもんじゃないんだぁ。絶対百合ちゃん怖がっちゃう」

「血……?」

 突然物騒な単語が飛び出したことで、二丸を撫でていた手が止まる。

「他の妖を討伐してきたところだ」

「まぁ、討伐と言えば討伐ですが」

 奏世の言葉を受けて、悠市がこめかみを揉む。

「あれの話はまだやめておきましょう。百合さんも怖がっていましたし」

 悠市がこめかみの手を離し、優しく笑んで見せる。

「他にも可愛い妖が居ます。そちらに会いに行きましょう」

「あっ、はいっ」

 さっと足を踏み出した悠市の後を小走りで追う。すると奏世が「俺はここで」と反対方向に去っていこうとするので、とっさに声をかけた。

「あっ、奏世さん!」

「……何だ」

 顔だけ振り返って奏世が私の言葉を待つ。

「付き合ってもらってありがとうございました」

 二丸を抱え込んだまま、ぺこりと頭を下げる。無知な私の為に彼の時間を割いてもらったことにきちんと礼を言いたかった。だがしばらく待っても反応が無く、恐る恐る顔を上げると奏世がジッとこちらを見ていた。

「え、えっと……」

「……気を付けて」

 奏世はそうとだけ言ってプイッと前に向き直り、さっさと行ってしまった。えっと、心配されたのだろうか。それとも呆れられてしまったのだろうか。

「……あれ照れてるんだよ」

 紘仁がボソッと付け加える。

「えっ」

「だって初めての妹だもん! ねーっ奏世おにいちゃーん!」

 紘仁が口元に手を当て遠くの奏世を揶揄する。と、奏世がバッと振り返り、物凄い形相で紘仁を睨んだ。が、ギッと睨んだだけで、何も言わずそのまま居なくなってしまった。

「紘仁、あとで覚悟しておいた方がいいですよ」

 悠市がはぁ、とため息をつく。

「めっちゃキレてたー」

 紘仁はといえば、相変わらずあははっと笑っていて、全く意に介していないようだ。兄弟げんかは昔からで、いつも奏世を怒らせる紘仁は逃げるのだけは得意らしい。悠市はいつも二人の仲裁をしているようで、二人ともいい歳なのだからいい加減にしてほしいと、再びため息をついた。

 一人っ子だった私には兄弟げんかのことはよくわからない。だが兄弟げんかについて話す二人がとても楽しそうなのだけはわかった。これからは自分もこの輪の中に混じるのかと思うと、少しワクワクして、つい頬が緩んでしまった。


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