ぷろろーぐ
昔から、他人には見えないもの、つまり見えてはいけないものが見えていた。そんな私を両親は気味悪がることもなく、「百合はきっと特別なのだ」と愛情いっぱいに育ててくれた。
どこに居て、どんな形をしている。
小さな私の他愛もない話を、両親は飽きることなく聞いてくれた。しかし父が病に倒れ亡くなってから、私はソレらの話をすることをやめた。一番よく話を聞いてくれた父が居なくなったことは、私がソレらについて触れる事を止めるきっかけだった。女手1つで私を育てることになった母に、余計な時間を割かせることもしたくなかった。いつまで経っても見え続けるソレらを、見えないふりをし続けた。するとどうだろう、暫く経てば、ソレらは全く気にならなくなった。床の埃と一緒だ。注意を払わなければ、意識上に上る事は無い。そもそもたまに1つ2つ見かけるだけだったソレらは、最早私の中では背景と同化していた。
そうして、所謂普通の生活が出来るようになって早数年。母が再婚することになった。相手の人、つまり私の義父になる人は、至って温厚な男性だった。母との再婚を了承して欲しいと話に来た時も、終始にこにこしていて、目じりの皺が人の良さを表しているようだった。パッと見の見た目では、歳は50手前位だろうか。高校生である私の親としては、すんなり受け入れられるちょうどいい年齢だった。
ただ彼には3人の息子がいるらしく、皆私より年上だという事だった。いきなり兄が3人も出来ることは正直戸惑った。しかし「頑張って仲良くする必要はない、異性なのだから無理をしないでいい」と言う義父の言葉に励まされ、母の幸せを願い、彼と母との再婚を了承した。
しばらく義父と交流を続けた後、ついに義父の家、つまり私がこれから暮らしていく家に引っ越す日がやってきた。高校1年の3学期を終え、春休みが始まったばかりの頃だった。
案内されたその家は、驚くほどにどっしりと構えられ、白漆喰が美しい年代のいった洋館だった。昔、実父と行った博物館にこれに似たミニチュアがあった気がする。義父が金持ちだったとは知らなかった私は、恐る恐るその洋館に足を踏み入れた。その瞬間、私はこの家でうまくやっていけない事を確信した。そこには、今まで私が無視し続けてきたソレらが、数え切れないほど沢山居たのだから。この数を、一体どうやって無視していったらよいのか。
参考にさせて頂いたサイト様
国際日本文化研究センター | 怪異・妖怪伝承データベース
http://www.nichibun.ac.jp/YoukaiDB/