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箱庭のパストラーレ  作者: あさくら
琥珀色の誇り
7/8

6

 昨日よりも出発は早かった。それは確かだ。木の枝を拾い、影を作る。時計なんてものは持ってないから正確な時間はわからない。でも、だからといって、


「まだ8時にもなってないなんて!」


 昨日半日かかったのはなんだったの? 歩き疲れて迷子になったとは考えにくいし。というか、目印を見ながら昨日の行きと同じ道を来たし、やっぱり今日がおかしいのか? でも昨日の帰りを考えると……なにがなんだかさっぱりだ。やっぱりおかしいのだろうか。早く相談したい。でも、さすがにこんな時間から診療所訪ねるのは気が引ける。けど、こんな森の中で時間を潰すといっても、


「何をしろっていうのよーっ!」


 よーっ、よーっ、よー、よー……


 いつもより響く木霊に虚しさが溢れてくる。ああ、馬鹿みたい。惨めで泣けてくる。さっきから自分の思考がでも、だって、けど、と言い訳がましく続いているのも情けない。というか、だいたい、パラケルスス先生に見てもらえるとも限らないのに。昨日の様子だと門前払いでもありえるのに。こんな時でも他力本願な自分が、本当、馬鹿みたい。




「なーんだ、昨日のコじゃん!」


 目の前に、若葉のような薄黄緑の物体が現れる。そして、美しく透き通る羽。羽?


「ひぃっ」


 あ、ああ。見て、しまった。見たくなんかないのに、それなのに、もう一度、見てしまった……!


「うああああー、私ってばついに狂ってしまったのよぉっ!」

「あ、ちゃんと見えるのね? よかったよかったー。てか昨日薬ぶっかけちゃってゴメンね? あとでロロにオワビノシナ? 用意させるわ」


 家のものと、少し様子が違う。そして、なにより、


「……ちゃんと見える(・・・・・・・)?」

「そうよ。知らないニオイがするかと思ったら……えーと、あなたの名前は? 教えて欲しいな!」

「私の名前は、」

「ストップ!」


 私の目と薄黄緑の間に、手のひらが遮るように現れた。急いで走ったのだろうか。声の主は、とても息が乱れている。


 姿を見ると、黒い髪にレネットの瞳。この人は、この少年は、こいつはっ!


「こんの、無礼者っ!」


 目の前の手のひらを、思いっきり、力を込めて、はたく。


「昨日! よくも私に泥水なんか、を、かけ、て……」


 パシーンと、爽やかな朝の森に乾いた音がする。木霊は、ない。






「………………」






 あれ、無反応? いくら昨日の恨みとはいえ、見知らぬ少年にはたくのは大人気なかった。というか王族に対してはたいたりして、私ってば。ここまで無反応だと怖いってか、あ、これ、やっちゃったやつ……?


「ごごご、ごめんなさい。私ってばいきなり! わたたっ、私の方が無礼ですよね! いやほんともうどうしたらなにをしたら……!」


 それでも、無反応だった。居心地が悪い。こんなことならむしろ罵ってほしいくらいだ。



 しばらくの沈黙があり、




「ふひひひひ! あんたサイッコー! あー、おかしい! ぶれーものだって、ロロ!」

「あーもう。フラン、お前なぁ……」

「ほんと、冗談通じないんだから! でもね、あんたも妖精相手に軽々しく自分の名前を口にしちゃ駄目よ。フランだったからよかったけど」

「あ、はい。気をつけます」

「フラン、冗談がキツいぞ。知らないニオイがするとか言って急に飛び出すし。少しは落ち着いて行動しろ」

「やーよ。フランの縄張りを荒らすなんて許せないもの。そんな野良はとっちめないと駄目でしょ?」

「そりゃ、そうだけど……」


 何が、どうやら。訳が、分からない。会話がどんどん流れていく。頭には残らない。するすると、こぼれ落ちていく。


「フフ、とりあえず家に入って! ちゃんと説明するわ、……ロロがね!」

「なんで俺なんだよ」


 よく分からないけど、この人達は、安全と思っていいのかな?


「あー、よく分からないと思うし。説明してやるよ」

「あ、ありがとうございます?」



 よくわからない流れのまま、玄関に向かう。


「俺はルドルフ。ロロって呼んでくれても構わない。あんたは? 苗字がバーンスタインなのは知ってるんだけど」

「エーデルトルート。ちょっぴり長いので、エディで……」


 そこで少年が、大袈裟にはぁっとため息をつく。妙にため息の似合う人だなぁと思ったのもつかの間。


「あんた。名前、軽々しく言うなってフランが言ってたの忘れた訳? ついさっきのことじゃん」

「え、それは、あなたが……」


 あなたが先に名乗ったくせに! なんて言えない。抑えろ、抑えるんだ、私。迂闊な行動は身を滅ぼすのだから。


「先が思いやられるけど、仕方ない。その辺も教えてやるよ」


 というか。なんでこんな子どもに、ここまで馬鹿にされなきゃいけないんだろう……。これでも、同世代の中では、かなり頭がいい方なのに。納得いかない。


「ほら、拗ねんなよ。大人気ないぞ」

「失礼ね! そういうあなただって生意気で妙に子ども気がなくて、可愛くないわ!」


 いけない。私ったらまた軽口を。


「そりゃあどうも!」


 少年は、私の予想に反して、とても嬉しそうな顔をして笑った。てっきり怒るかと思ったのに。皮肉が分からない訳ではないだろうし。……確かに私の下の双子は子ども扱いをすると怒るけど。それとはまた違うような喜び方だ。いったいこれは、なんなのかしら?

 朝から分からないことばかりで、自然と寄ってしまう眉間をほぐしながら私は玄関をくぐった。これ以上眉間に皺ができないことを願いながら。

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