船場センタービル舶来マート & 北浜レトロ
大阪。そこは今もなお日本の経済に大きな影響を及ぼす町である。
過熱したバブルがはじけ、デフレスパイラルも底を割った「失われた20年」を経て、もはや「天下の台所」と呼ばれた、昔日の大大阪の栄光はかなり遠くなっている。それは事実である。
しかし、総人口880万人超を誇る日本第3位の大都市は、近畿地方のみならず、西日本の行政・経済・文化・交通における中心として、今もなお燦然と輝く。
総人口では首位を東京、次点を神奈川に取られてはいるものの、裏を返せば大阪とはこれすなわち、関西における最大の人口過密地域である、ということだ。
さらに、県内総生産も東京に次ぐ2位の地位を保っている。
大仙古墳にお眠りあそばされる(と宮内庁はいう)、大鷦鷯天皇こと仁徳天皇の御代以来、長らく首都もしくは副都の扱いを受け、都が現在の京都へ移った後も、水上交通の重要拠点として、政治的経済的に大きな影響力を持ち続けた町。それが大阪である。
その底力を、甘く見てはならない。
たとえば明治維新後には、それまでの幕藩体制下で大きな力を及ぼしていた年貢米の管理に携わる蔵屋敷が、不要になってしまった。大阪を「天下の台所」たらしめていた、その主力がごっそり抜けたのである。
しかし、大阪はそれにもめげることなく、繊維関係を中心とする軽工業部門を中心に発展を遂げ、「東洋のマンチェスター」と呼ばれる栄光を獲得したのである。
まぁ、それだって昔の話よね。
戦時中には空襲を受けまくって焼け野原にされたし、戦後は軽工業から重工業への変化の波に乗りそこねたし、戦後ますます強化された東京一極集中の傾向に真っ向から抗うだけの力は、結局なかったじゃないの。
……などと言ってはいけない。
事実なので、あんまり言ってはいけない。
大阪人、特に大阪のおばちゃんは、遠慮のないずけずけした物言いで知られているが、それは別に嘘をつかずに何でもかんでも正直に言ってしまっているわけではない。
商人の町では、円滑な人間関係を保つことが、非常に重要である。
大阪弁には、人間関係に波風を立てないための、ややもすると遠回しと取られがちな言い回しだって存在しているのである。
無論、筋金入りの京都人の、歯に衣を十枚ぐらい着せたような言い回しよりは、随分と直截的であるのは否定しない。
が、とりあえず、「遠慮しない」と「配慮しない」は別物なのである。
さて、「東洋のマンチェスター」と呼ばれた昔日の大阪を偲ばせるものの一つとして、船場地域を挙げることができるだろう。
本家マンチェスターと言えば、インド産綿花などを材料に大々的に綿製品を生産し、大英帝国を近代世界の覇権国家たらしめた、そのエンジンの一つである。
近代化の過程における軽工業の影響力を侮ってはならない。
そして近代化を遂げんとする日本において、大阪の繊維産業の発展が与えた影響というものも、また見くびってはならない。
たとえ日本史の教科書で、明治日本の近代化に貢献した繊維産業の重要ワードとして、一も二もなく富岡製糸場しか出てこなかったとしても。
「着倒れ」を京都にとられ、「食い倒れ」の町としてばかり紹介されていても。
実は河内地域は中近世以後、綿花の産地として有名だったんだよ、という事実が、当の河内ですら子どもたちには忘れられつつあるとしても。
和泉地域ではタオルの生産が盛んだが、安い中国製ベトナム製その他の海外製品に押されまくって苦境に喘いでいるのが現状であっても。
とりあえず、大阪で繊維産業が非常に重要な位置を占めていたという、過去の事実は覆りはしないのである。そう!
そんな大阪の中でも、特に「繊維の町」と言えば、まずは船場地域が挙げられるのは、先述の通りである。
キタとミナミに挟まれた、現在の大阪では比較的地味な印象を受けるこの地域は、問屋街の集まる、絶好のお買い物の穴場である。
大阪市営地下鉄中央線の本町駅から、堺筋本町駅までの東西1キロ余りに渡って伸びる、船場センタービル。
実は、ぼちぼち潰しちゃおうぜ、という話が持ち上がっていたりするが、とりあえず、そういうしょっぱい現実は脇によけておいて。
1号館から10号館まで、地下二階・地上四階の建物が、地上では通りを挟み、地下では繋がりながら続く、通称「1000メートルの散歩道」。
繊維の町の異名にふさわしく、入っている店の多くが、被服や布地といった繊維関連の店であるのだが、1号館から3号館の地下一階、通称「舶来マート」は、輸入雑貨を扱う店が比較的多く集まっている。
ヨーロッパの宮殿にときめき、シャンデリアに憧れ、猫脚の家具に思いを馳せ、薔薇の花をこよなく愛し、紅茶を愛でる者であれば、舶来マートはときめきの買い物スポットになること、まさに請け合いである。
西洋人形のごとき服装を好み、やっと手に入れた自身の部屋を、19世紀イギリスの、少なくとも中産階級以上の雰囲気に改造することを目論む。
そんな人物である真田アヤにとって、舶来マートとはまさに魅惑の魔境であった。
同好の仲間であり、その道の先達でもある前田ユリに案内され、3号館一階を物色を終えてついに地下一階に入ったアヤは、エスカレーターを降りるなり、眼前の店にへばりつきかけた。輸入食品を扱う店には、よく見かけるようで意外に見つからない、アヤの好きなお菓子が並んでいたのである。
「いや、それは後にしようね」
そう言って、ユリは後輩を北通りから南通りへと引っ張る。
すると、また磁石で引っ張られたように、アヤは3号館西端の店にへばりついた。
そこには製菓用の紙皿やラッピング用品の他に、アメリカはPunch Studio社のメモや箱などの、お洒落ステーショナリー系商品が並んでいる。
「おおおおお!」
思わず奇声も発しようというものだ。
「うわ、これ可愛い! トランク型収納ボックス? うわぁ持って歩きたい! でもちょっと強度が不安! えー、でも部屋に飾るだけでも……うわぁ、悩む~!」
一人漫才のごとく心中を吐露しまくるアヤに、全く同感する、と頷きつつ、ユリも商品を検分する。もっともユリの部屋は、すでにかなり改造されているので、今更トランクを追加する余地はないのだが。
しかし、たとえば本の形をした小さな紙箱。これにプレゼントを入れたら、中身を出した後も、本棚の彩りや小物整理などに役立つのでは無かろうか。
しばしばケチと言われるが、実はプレゼントを考えるのが大好きなユリは、色々の友人たちの顔を思い浮かべながら、あれこれと箱を物色した。ユリの交友関係は意外に広い。いや、むしろ驚くほど広い、かもしれない。
専攻の研究室を越え、学部を越え、大学を越え、地域を越え、国を越えて広がる。
ユリ自身にそのつもりはないが、よく話のきっかけとなるのが、彼女の服装である。
すなわち、19世紀ヴィクトリア女王治世下の英国風のスタイルを、日本式に換骨奪胎する中で成立した、クラシカルロリータ・ファッション。
フリルを愛し、レースを愛し、スリム化時代の波に真っ向から抗う。
良くも悪くも目立つそのスタイルは、自己主張を恐れない大阪人気質との相乗効果の中で、ユリを大学屈指の有名人にまでしていた。
もっとも、本人にはあまり自覚はない。
自分自身の欲望に正直に、ありのままで生きていたら、目立ってしまっただけである。
好きやねんもん!
ユリの主張は、まさにこの一言によって端的に表現しうる。
人に流されることはしないが、だからといって孤独を愛するわけではない。同じものを愛好する同志との交流に対して、別に飢えているわけではないが、しかし消極的では決してなく、むしろ積極的である。
そういう彼女であるからこそ、アヤは大いに胸襟を開いたのかもしれない。
「どないしよー! めっちゃ可愛いけど……荷物嵩張りそうやし」
頭を抱え、ぐるぐると悩める後輩に、ユリはさらりと告げる。
「箱買うんやったら、他の買い物は中に入れてったら、ええんちゃうん?」
そ・れ・だ!
ポンと手を打ったアヤは、いくらか迷う様子を見せた後、最も大きな本型ボックスを手にとって、レジへと直行した。
その後、さらに東へ移動しながら、ギュピュールレースのカフェカーテンとティッシュボックスケースと、撥水加工の薔薇柄ランチョンマットとを購入した。
2号館の地下一階に入ると、魔境の魅力はさらに高まる。
まず、多種多様の造花や、バスケットや、シャビーシックなフレンチカントリー雑貨を扱う店がある。
アヤはこの店でもひとしきり悩んだ後、財布の中を覗いて、「次!」と叫んだ。
それからさらに、魅惑のヨーロピアン雑貨店。
「うわああぁ!」
南通りに面する両サイドに、てんこ盛りに溢れる自分好みの雑貨を見て、アヤの興奮レベルは上がりっぱなしである。
「よっしゃ」
店の様子を観察し、ユリは小さくガッツポーズを作った。
「どないしたんですか?」
それに、少し我に返ったアヤが、小首を傾げる。
ユリはやけに重々しく、もったいぶった口調で「この店はな」と言った。
「卸売りメインなので、特にセール期間中とかは、小売りお断りになるのだよ」
見れば、南通りのさらに南側のブロックには、「この先、業者様との商談スペース」の掲示と共に、通せんぼするようにロープが張られている。
「ということは、今日は小売りOK、ですか?」
「多分」
「多分って何ですのん」
イマイチ煮え切らない答えに、思わず突っ込むアヤ。
ユリは、少しおどけるように肩をすくめた。
「実は、模様替えをしてからここで小売りをお願いしたことが、あれへんのよ」
「模様替えって、どっちの?」
「こっちの店の」
「へー……まぁ、物は試しで……いやー! めっちゃ可愛いー!」
店内に入るやいなや、アヤのときめき指数は、さらに鰻登りに上昇。
「鏡欲しいなぁ……あの下にあるやつも……」
ほうっ、と溜息を吐きながら、アヤは壁中に飾られた鏡や飾り台を指さす。
「あれは『コンソール』な」
「そう、そのコンソールを見ると、なんか『エレガ~ント』って感じがしますよね!」
「というわけで、私はすでに買ってある」
「ああっ、羨ましい!」
アヤは財布を覗き、さっきの比ではなく悩み、そして名残惜しそうに移動を開始した。
魔境はまだ続く。
インポート雑貨の店と一口に言っても、得意にする国はそれぞれ異なる。
次にアヤが引っ掛かったのは、イタリアの仮面や、スペインの模造銃を売っている店であった。
「何ににも使われへんけど、格好ええなぁ……使われへんけど……」
アヤは壁に並ぶ模造銃をうっとり眺めつつ、自分の洗脳に必死である。
実用品、実用品……と念仏のように唱えるアヤに、さらなる試練が襲いかかる。
なんと通路の方に、端っこに傷が少しついているB品とはいえ、マーブル模様に金彩の縁取りを施した、エレガントな姿見が特価で置かれているではないか!
姿見。まごうかたなき実用品である。
しかも、現在アヤの部屋に最も必要なものの一つであった。
「あああああ! この値段! このデザイン! でも、お金がない!」
「分かるわぁ。これは私も欲しい」
B品とはいえ、こんな素敵な全身を映せるサイズの鏡が、申し訳程度の5桁で買えるというのは、すさまじい話である。同じ店にある正規品の値段をくまなく観察した後では、なおさらに惜しく思われる。
「うわああ……宝くじ当たれ! 買わへんけど!」
「買わへんのに当たるかい」
アヤから飛び出した、かなり謎の発言に、ぶっと噴き出すユリ。
「親とか」
「あぁ、なるほど……って、タカる気か!」
「3億当たったら、1割ぐらいくれてもええんちゃうかな、って思うんですよ」
可愛い娘ですから、とぬけぬけと言い放つ後輩に、いやいや、とユリは首を振る。
「せめて1パーセントて言いーや。3000万はボってるやろう」
「えぇー?」
そう言っているが、無論ただの冗談なのは、双方承知の話である。
自分で稼ぐわけでもないゼニを頼りにするというのは、猫が顔を洗う天気予報をアテにする並みにアホな話である。
「うぐぐぐぐ……次ッ!」
財布の中身という逃れられない現実に膝をつき、二人は1号館へ入る。
イタリア製家具の猫脚に喝采をあげ、財布の中身を確認するまでもない値段に悶絶し、どこが悪いのかパッと見ただけでは解らない、食器や時計などを中心としたB品を山盛り詰め込んだワゴンを、遠目に近目に矯めつ眇めつ観察する。
「むむむ」
「何がむむむだ」
兵庫県ゆかりの某御大の中国大河ドラマならぬ大河マンガの、有名なセリフをやりとりしつつ、二人はワゴンの中身をせっせと漁る。
ユリは、愛らしい子猫たちが戯れる柄のマグカップを眺め、思わず買いかけたが、「もういっぱい持ってる……もういっぱい持ってる……」との自己催眠により脱却した。
一方アヤは、端っこに傷の入った壁掛け時計を、散々持ったり戻したり持ったり戻したりしつつも、最終的にはブレーキを吹っ飛ばした。
1号館から北通りを回って、3号館まで引き返す。
何故か北通りには、罠のごとき魅惑のスポットは少ない。
ないわけではなく、例えば万札でお札のお釣りが来る価格の足台に思わず立ち止まってしまったり、薔薇柄の食器セットに釣られたりはした。
手の届かない価格だと理解し、そういう意味では割り切った気分で、ガレ風のテーブルランプをとっくり見物もした。
そして3号館に戻って、最初にアヤがはりついた輸入食品の店まで来る。
これは食費……これは食費……と唱えながら、アヤはストロベリー・フレーバーのティーバッグを購入した。クッキーは断念した。
何故なら、この後に素敵なティータイムが待っているからである。
堺筋本町駅から、堺筋線に乗って北浜駅へ。
ところで、大阪市営交通局には、便利な一日乗車券「エンジョイエコカード」がある。平日用は大人800円、土日祝日用は大人600円、子ども料金は一律300円で、大阪市営の地下鉄・バス・ニュートラムが、一日乗り放題である。
しかも、北浜駅を最寄り駅の一つとする、東洋陶磁美術館などの市内約30の観光施設でこれを提示すると、割引サービスを受けられる。
もっとも本日この二人組は、東洋陶磁美術館に行くために北浜駅に降り立ったのではない。東洋陶磁美術館は、それこそ御堂筋線の淀屋橋駅からでも一応歩ける。
二人の目当て、それこそは、喫茶店「北浜レトロ」である。
明治45年竣工の洋風建築で、国の登録有形文化財である北浜レトロビルヂングの雰囲気を大いに生かした、英国風アンティーク感漂うこの喫茶店は、クラシカル・スタイルを愛好する者にとっては、まさにたまらない。しかも、内装の素晴らしさに加え、この店は紅茶通の間でも人気の「美味しい店」なのである。
クラシカル・スタイルを愛し、19世紀英国風インテリアにときめき、なおかつ紅茶を好む二人にとって、北浜レトロとはまさに理想の極致なのである。
ここに予約するには、人数分のアフタヌーン・ティーセットを注文せねばならない。
週末なら三日前に電話をしても予約がいっぱいになっているような人気店だが、おもてなし精神溢れる先輩は、可愛い後輩のためにしっかり予約をいれていた。まぁ、本日は週末ではなく、思いっきり平日なのだが、それはさておいて。
その話とともに、アヤは「思いっきりお腹を減らしておくこと」と注意されていた。
北浜駅から東へ歩くと、ほどなく「レトロ!」という形容が具現化されたような建物に出会う。外壁の年季の入り方に、一瞬不安になるほどであるが、問題ない。
扉を開けた瞬間、アヤはもはや叫び声すらあげられず、ぽかんと口を開けた。
この喫茶店の一階は、ケーキやスコーン、それに紅茶と英国雑貨の販売店である。
焼き菓子の香ばしい匂いに、40種類を数える紅茶に、淡い色彩で描かれた薔薇が愛らしい陶器のティーセット。
予約の確認のやり取りを横目に、アヤはひたすら店中を眺めて眺めて眺め回った。
「聖地です……!」
二階へ上がるよと促され、ついでに感想を求められ、アヤは迷いなくそう断言した。
お腹を思いきりすかせておけ、というユリの指示が、実に重要なものであったことを、アヤは実感した。
「でかい……」
三段のアフタヌーン・ティーセットは、ケーキが1種類にスコーンが2種類、さらにフィンガーサイズと呼ばれる、小さなサンドイッチに、紅茶がセットになっている。
そのボリュームたるや、ちょっとした店のランチよりも多いほどだ。
「えー、とりあえず、私流の攻略方法をまず」
手を合わせる前に先輩からのアドバイスが飛ぶ。
「はい」
さしもの食欲魔人も、このボリュームには少し身構える。
「まず、サンドイッチを食べきります」
そう言いながら、ユリは自分のサンドイッチをつまんで、アヤの方に差し出す。
「このように、今はしっとりしているパンですが、この後恐るべき勢いでパサッと乾燥していくからです。なので、その前に食べきりましょう」
たしかに、作りたてのしっとりした手触りである。
「では、いただきます」
乾燥する前に速やかに食べ終えるべく、ユリは説明をいったん途中でぶった切った。
「いただきます……あ、本当に作りたて、って感じですね!」
「これが、本当に短い時間でなくなってまうんやわ」
「たしかに、それは惜しいですよね……ちなみに、サンドイッチ攻略後は、やっぱりスコーンですか?」
梅田地下帝国の喫茶店で、ケーキより先にスコーンを攻略していたのを思い出し、アヤは予想を述べる。
しかし、ユリは首を左右に振った。
「ケーキや」
「なんでですか?」
「実はココ、食べきれへんかったスコーンは持ち帰り出来るねん」
シールで密封できるタイプの袋を、持ち帰り用に渡してくれるのである。
「なんと!」
「せやから、持ち帰られへんケーキが優先」
「納得です……それにしても、意外にお腹にたまりますね、このサンドイッチ……」
「せやろー? 私も初め大したことない思うて、痛い目を見たんやわ」
フィンガーサイズとあなどるなかれ。一つ一つは小さいが、全体の量はかなりある。
サンドイッチの攻略を終え、紅茶でひと息入れると、次はケーキである。
ちなみにユリはウバにチーズケーキ、アヤはロイヤルミルクティーに、この店人気の「山盛りベリー」を注文している。
とりあえず先輩のチョイスは堅実だ、とアヤが思ったのは、相変わらずチーズケーキを頼んだからではなく、山盛りベリーの文字通りの山盛りっぷりに驚いたからである。ユリは、なるべく食べきれる量を計算して、注文していたのだ。
しかし、スコーン持ち帰り可能を知った今のアヤに、恐れることは何もない。
いざ、我が胃袋に収まれ、山盛りベリー!
「はぅあ~」
本日もう何度目かも分からない奇声が、アヤの口からこぼれ落ちる。
ほんのり爽やかな酸味を帯びたクリームと、ベリーの甘酸っぱさとが調和して、サンドイッチで油断していた味覚が、心地の良い刺激を受ける。
「美味しい?」
「最ッ高です! ああ~、素敵やし美味しいし、素敵やし美味しい! まさに聖地!」
抜かした言葉を補充すると、建物が素敵で紅茶が美味しくて、内装が素敵でケーキが美味しい、となる。まぁ、細かいことはさておいて、だいたい分かればそれでいい。
「ははははは。ちょーっと来にくいんが難やねんけどな」
北浜の位置は、ちょっと微妙である。大阪の大動脈である御堂筋線を主に利用する二人としては、堺筋線というのは近いようで遠いのである。
「いやでも、これはちょっと無理してでも来たぁなりますよ」
「まぁちょっと、気合い入れまくらんとアカンけどな」
「それは同感です」
時に紅茶で口を落ち着けつつ、ケーキの攻略を終了する。そろそろ、お腹がかなり落ち着いてきた。次なるスコーンは2種類だが、完食は難しそうな気配である。
ちなみにユリがプレーンと抹茶、アヤはくるみとレーズンを注文した。
「どないしましょう?」
アヤの問いに、ユリは「割ったら?」と単純明快な答えをくれた。
しかし、なるほど! と納得したアヤを後目に、ユリはプレーンのスコーンを手に取って、ばりばりと食していく。
「あれっ?」
「クロテッドクリームは、なかなか手に入らへんからね。プレーンの方に思いっきりつけて食べて、元から割と味の付いている抹茶は、持って帰って食べるの」
なんという用意周到さ!
たしかに、本場英国で食されるスコーンには、ジャムに加えクロテッドクリームが必需品である。しかし、日本ではクロテッドクリームはあまり流通していない。それは、先日の梅田地下の喫茶店のスコーンに添えられていたのが、ホイップクリームであったことからも推し量れる。
ユリは予定通りにプレーンのスコーンを完食し、アヤも半分に割ったくるみとレーズンのスコーンをそれぞれ堪能した。ここで満腹中枢からサインが発される。
「はぁ、美味しかった。すみませーん、スコーン持ち帰り!」
ユリが手を挙げて店員を呼ぶ。はーい、と返事が来て、それぞれに袋が手渡された。間違えてくっつかないよう、慎重に戦利品を密閉すると、二人は揃って手を合わせた。
「ごちそうさまでした!」
ちなみに、北浜レトロが本当に気合い入ってるなぁと思ったのは、お手洗いの設備までが骨董品だったこと。水を流すのはどうしたらいいのか、ちょっと慌てました。まぁ、ヒモ引っ張ったらいいだけなんですけど。
いや、ちょっといきなりこんな話して、すんません……。