船場センタービル
船場。そこは太閤豊臣秀吉以来、脈々と商人たちの営みが続く町である。この地名も、天下人の城およびその城下町へ物資を運び込むために、日本中から集まった船たちが利用した「船着き場」に由来すると言われる。
船場は、もっとも由緒正しき大阪人たちの町である。(空襲で壊滅的被害を受けたなどという話は、ここでは面倒くさいので省略する)
船場商人は「大阪」が「大坂」と表記され、「おおざか」と発音されていた時代からここに住み、代々の商いを営んできた人々の子孫である。
そんな大阪には、少し変わった文化が存在する。
いや、世界的に見ると積極的社交性に欠けると言われる日本の人々の中で、唯一例外的にそのままで通用する、と言われる大阪人たちが育んだ文化が、「少し変わっている」のはむしろ当たり前なのかもしれないが。
由緒正しき大阪の商家で、家中の権力を一手に掌握するのは、女性である。
大阪の女が強いのか。
まぁ、土産物を売る中国商人相手に、値切りに値切りに値切りに値切り、向こうが泣く寸前まで値切りまくった挙げ句に、「その値段で三つ買うたげるから、これ一つオマケにつけてや」と堂々と言い放ち、意気揚々と引き上げる「大阪のおばちゃん」を見れば、確かにそのような推測もあながち的外れではない、とも思える。
しかし、実際にはシビアな合理主義によるものだ。
大阪というか大坂の商家では、相続の主導権は、息子ではなく娘が持つ。
というのも、いかに初代が傑物であろうとも、その息子もそうであるという保証はないし、よしんば直系の二代目、三代目が優れていたからといって、それがいつまでも続くということは、まずありえない。
この問題の打開策として、大坂の商家では、基本的に家業の相続は「いとさん」とよばれる娘が握った。もちろん絶対に長女でなければならない、ということはない。
「あねいとさん」(長女)ではなく「なかいとさん」(次女)、「こいさん」(三女)、場合によっては「こいこいさん」(四女)などが相続の鍵を握るケースもある。
彼女ら大坂商人の娘たちは、長じると番頭や暖簾分けを許された支店の主人など、家業に精通した人材を婿に迎える。
こうすれば、直系のボンボン(これも船場言葉である)がボンクラ(これは賭博に由来する俗語であり、大阪弁ではない)であろうと、店は安泰というわけだ。
いわば庶民の政略結婚である。
晴れて「旦那さん」すなわち店の主人になっても、入り婿である彼は「ごりょさん」すなわち妻には、なかなか頭が上がらない。
女子の相続権に否定的で、「女三界に家無し」「三従」などと言われた、男尊女卑の武家社会の時代において、彼女ら商家出身の女性の強さを示すものとして、今日まで続いているのが「女紋」という文化である。
その昔、商家の娘は嫁となる時に、自分の持ち物に「女紋」を入れた。
武士や貴族の家紋が、基本的に直系男子によって継承されるのに対し、大坂そして大阪の「女紋」とは、直系女子によって継承される「母系紋」である。
これは東日本にはまず見られず、西日本にも珍しい、大阪に特徴的な風習である。東日本の男と大阪の女が結婚する時に、しばしば激しい嫁姑戦争の引き金を引き、後々まで遺恨を引きずる理由の一つになることでも有名である。
……前田ユリは女系で「大坂」商人の血を引く。
そんなわけで、彼女は母から「女紋」を引き継いでいる。
東西嫁姑戦争は、多くの場合、以下のような状況から勃発するという。
姑:「あら○○さん。何ですの、このお着物に入った家紋は?」
嫁:「お義母様、これはウチの母から継いだ女紋ですわ」
姑:「あらいやだ、母親の古着を持ってくるだなんて」
嫁:「いえ、この着物は古着ではありません。継いだのは紋だけです」
姑:「何を言っているの、あなた、我が家の嫁になるんだから、着物には我が□□家の家紋を入れるのが、常識でしょう?」
嫁:「そんな話は存じませんわ。大阪では、娘が嫁入りの時に持参するものには、女紋を入れるのが常識なもので」
姑:「あら、まぁなんてこと。郷にいれば郷に従えということわざをご存じないの? あなたは我が家の嫁なのですから、ご実家の常識ではなく、この□□家の常識に従うのが筋というものです」
嫁:「そうはおっしゃいますが、これらは嫁入りのために娘時代からちょっとずつ仕立ててきたものですから」
姑:「まぁなんてこと! 我が家の結納金では足りなかったと?」
嫁:「いえ、決してそういうことでは。つまり、娘が幼いうちから嫁入り支度を整えるのが大阪の風習で」
姑:「まぁまぁまぁ! 何ですの、わけのわからないことを。とにかく、あなたは我が家の嫁なのですから、我が家の紋に入れ直しなさい! でないと認めませんよ!」
船場センタービル地下一階。
「着物の大進」の店頭で、前田ユリは、恐ろしき東西嫁姑戦争の話を思い出して、そっと身震いした。いや、むしろ「ぞっ」と身震いをした。
先日、友人が「従姉がぼちぼち結婚するんやけど、姑さんとえらい喧嘩になったって」と話してくれた内容は、すでに女紋入りの着物を仕立ててしまったユリには、かなり恐ろしい話であった。一度入れた紋を抜いて入れ直すのは、白抜きに紋を染め込むよりも、はるかに手間もお金もかかる。
女紋が、ほぼ大阪限定に近い珍しい風習だったことはともかく、たかが嫁の紋一つで、そこまでの戦いが勃発するというのが、ユリには理解不能であった。
「どなしはったんです?」
真田アヤは、和柄のハギレを軽く探したあと、立ち止まって着物を眺めているユリに、思わずそう問いかけた。ユリは大学の、そしてロリータ・ファッション愛好家の先輩であり、まだまだ新米のアヤにとって、尊敬すべき先達である。
しかし、着物を見て口を半開きにしたまま固まっているのは、いただけない。
我に返ったユリは、「いや……」と口を開いて、女紋と東西嫁姑戦争について思い出していたことを、かいつまんで説明した。
しかし、四条畷市生まれの河内長野市育ち、まごうかたなき大阪人であり河内人でもあるアヤの反応は、ユリには少し意外なものであった。
「えっ? 初耳ですよ、女紋なんて……私ン家にもあるんですかね?」
一口に大阪といったが、この風習は大阪でもしない地域がある。
あれ、と小首を傾げたユリは、しかしすぐに己のペースを取り戻す。
「まぁええわ。真田、自分ン家の男紋はわかる?」
全国的に「家」意識が解体しつつある平成の現代、女紋どころか、男紋(ようするに全国一般的に言うところの「家紋」である)を知らない者も珍しくない。
ひょっとしてそのクチか、と思ったのだが、即答された。
「六文銭です」
「……なるほど、真田やもんな」
江戸時代の民衆には講談でおなじみ、最近ではゲームでおなじみの戦国武将、真田幸村の家紋である。まぁ、本名は「幸村」ではなく「信繁」だったとか言われているが、他にも説があってややこしいので「幸村」にしておく。
「そういう前田さんは?」
「江戸期の屋号が『梅屋』やったらして、男紋は梅鉢。女紋は梅の陽紋や」
「あ、前田利家と一緒なんですね」
「いや、加賀前田家は『加賀梅鉢』いうて、また微妙にちゃうのんよ」
「へー、知りませんでした」
さて、二人がいるのは、繰り返すが船場センタービルである。
船場は「船着き場」が名の由来であるから、元は四方を川、もしくは「堀川」という人口河川に囲まれた地区であった。その北端は中之島に面する土佐堀川、南端は長堀川、改め長掘通(※1964年に埋立)であり、東西は東横堀川と、1962年に埋め立てられてしまったが、西横堀川に面していた。
まぁ東西に関しては、阪神高速1号環状線南行き(東端)と、同じく阪神高速1号環状線北行き(西端)と言った方が、イメージしやすいかもしれない。
長堀通からさらに南へ行けば、ゴシック&ロリータファッションのブランドショップが集う、心斎橋へと出ることができる。この心斎橋の南が難波であり、つまり船場とは、キタとミナミの中間地点にある穴場なのである。
特に、大阪市営地下鉄御堂筋線の本町駅から、地下鉄堺筋線の堺筋本町駅まで、地下鉄中央線に沿って、東西およそ1キロ。東は堺筋東側にはみ出した1~3号館から、西は御堂筋西側へはみ出した10号館まで続く、一群の建物。
「1000メートルの散歩道」こと、船場センタービルは、前田ユリのお気に入りだ。
卸売問屋が多く集まり、仕入れの商人が引きも切らずに訪れるが、直売がもてはやされる昨今では、小売りに応じてくれる店も多く集まる、絶好の買い物スポットだ。無論、卸売問屋が売ってくれるのだから、販売価格は卸売価格である。
小売店の中間マージンが掛からない分、安価に良いモノを仕入れられる。
この船場地域は、別名を「繊維の町」とも言い、衣類等の繊維製品の店が多い。そのため、例えば百貨店で購入すれば10万円をくだらないであろうカシミヤ製品などが、値切り交渉その他の工夫をうまく凝らせば、4万円足らずで買えたりもする。
ただし、百貨店などのような厳重な検品が行われているわけではないので、良品を見極めて購入するためには、しっかりした目利きが必要である。
本町界隈は問屋街として有名で、船場センタービルの外側にも、丼池筋周辺など、繊維系の問屋は目白押しだ。
十分通学可能範囲に実家があるくせに、下宿などしているアヤが、冬用の毛布をそろそろ揃えたい、と相談してきたのが先日。
この後輩がクラシカルエレガントな部屋づくり、を目指していることを知っていたユリは、ならばついでと、本町まで足を伸ばそうと持ちかけたのが、昨日である。
かくて、二人は梅田から御堂筋線に乗って本町で下車し、ユリの先導のもと、センタービル9号館から地下1階の南通りを、突っ切る如く東へ移動を開始した。
ほぼエスカレーターを降りるなり、大進に引っ掛かってしまったのだが。
「あった!」
移動を再開したユリは、今度は8号館にもある大進を過ぎた寝具屋の前で止まった。
「こんにちは、お久しぶりです」
そう挨拶するユリに、店の主人と思しきおっちゃんが、こんにちは、と応じる。
「冬用の毛布を探しにきたんですけど……」
先輩が早速交渉に掛かってくれたというのに、アヤの目はユリを見ていなかった。
その目は、月夜の晩にオカリナを吹くおばけが描かれた寝具に、釘付けであった。
「可愛い……」
「え? それにしたいん?」
後輩の声に気づいた優しき先輩が、ひょいとこちらを振り返る。
いや、確かに可愛いし、このキャラクターは大好きだが、仮にもクラシカルエレガントなお部屋づくりを目指す者として、そのチョイスはどうなのだろうか。
そんな声が頭に響いて、アヤはぶんぶんと首を左右に振った。
「っちゅーと、無難にここら辺か……触ってみ?」
気にする出もなく、ぺたぺたと毛布を触りながら、ユリがそう言ってくる。アヤも遠慮無く触り心地を堪能させてもらう。
「あー、ふわふわですねぇ……これ、よりは、これがいいなぁ」
「やっぱ西川やよねぇ」
寝具メーカーのタグを確認しながら、ユリはうんうんと頷く。
「すみません、これおいくらです?」
「あー……せやなぁ……」
問屋街の醍醐味、値引き交渉の鐘が打ち鳴らされる。
毛布の他に、敷き布団用パッドとブランケットを加えつつ、4桁の値引きと送料無料をを勝ち取って、二人は意気揚々、さらに東への進撃を開始した。
南通りを東へ、東へ。5号館のゾーンへ入ってすぐにある輸入雑貨とインテリアの店に入り、念入りに品揃えをチェックし、値段を確認する。
4号館まで辿り着くと、地下1階の連絡通路は行き止まりになった。堺筋にぶちあたったのである。地下二階からも3号館への通路はのびているが、ユリは迷うことなく地上へ出る道を優先した。というのも、地下道は堺筋線を避けるために、さらに下ったり上がったりして、結構遠回りだからである。
エスカレーターを上がると、そのまま横断歩道を渡れば、もう3号館である。
3号館に入ってすぐ地下へ降りるのかと思うと、ユリは一階南通りを東へ進んだ。
「どう? 私のオススメの店」
案内された店のラインナップを見て、アヤは思わず両手でサムズアップをした。
「最高です!」
なんと素晴らしいインテリアグッズの数々!
「2号館にもう一つと、あと地下一階にはもっと多数あるで」
「うはぁ、船場最高ですね!」
興奮堪らぬといった声を上げて、アヤはさっそく宝探しに入る。
「せやろ~? 特に、1号館から3号館の地下一階は『舶来マート』いうて、輸入雑貨が盛りだくさんのてんこ盛りや!」
きゃっきゃと笑う二人は、とりあえず念のため言っておくが、いつものお嬢様というか西洋人形というか、まぁそんなスタイルである。
真のお嬢様に値切りという概念は存在しないというか、安いものより高いものを買ってこそお嬢様ではないか、というツッコミも存在するだろうが、ここは大阪で、そして二人は根っからの大阪人である。
そもそも、ロリータ服はだいたいが高価なのである。
今や英語の表現でも「frilled」といえば、「余計なものがついた」という意味になる。そんなスリム化時代の流れに、全力で逆行するのがロリータ・スタイルだ。
引っ掛かって穴を空ければ目も当てられなくなるだろう、繊細なレースをすら挟み込んだ、たっぷりのフリルがついた服。そんな服を仕立てるのは、もちろん大変手間の掛かることであるし、無論レースは、複雑な意匠のものになればなるほど、メートル単価が跳ね上がる。レースの材料費にフリルの手間賃。高くなるのも道理である。
しかも、一般認知度が上昇した割には愛好者が少ないこともあって、これらは基本的に小ロット生産。さらに、決して少なくない数のブランドが、安価な海外業者ではなく品質を重視する国内の業者に発注を掛けている。
その結果、ロリータ・ファッションを愛好する者は、よほど収入に余裕のある者でない限り、つねにお金のやりくりに頭を悩ませることとなる。
抑えられる出費は抑えよう、というのは、きわめて現実的な発想だ。
アヤは小物をあれこれ物色し、ひとしきり悩み、とりあえず、入荷予定という茶色い合皮の鞄をまず予約した。蓮の花を連想させるお洒落な型押しがされた、横倒しの筒型のポシェットである。
もっとも、決断の前に一度ユリから待ったが掛かったが。
「それ、この金具……ココな。これが服の繊維を引っ掻くねんけど」
「えっ?!」
「別にパーツ屋でナスカン買うて付け替えるか、自分でチェーン作ったら、別に何の問題もないねんけどな」
「……その口振りやと、前田さん、すでに引っ掻いたクチですか?」
「うん。Mary Magdaleneのシャルロットコートドレス……」
複数回再販されている、同ブランドの人気商品の一つである。ロリータ・ファッション愛好家になって、まだまだ日の浅いアヤでも知っているほどだ。
「うわぁ、それは泣きますね」
「ちょっと引っ掻いたんだけやねんけど、あれでもう古着屋に売る時のランクはAからCに下がるで……買い取り価格2000円はちゃうわ……」
「それは痛い」
「まぁ、再販しとるから、プレミア物と違て、付く値も知れとんやけど」
「プレミア付きそうなモン、持ってそうですね……」
ユリほどベテランのロリータ・ファッション愛好家ともなれば、もはや入手不能なレアアイテムの一つや二つ、当然所有しているだろう。
そう思って水を向ければ、果たして、ユリは首肯する。が。
「Victorian maidenの十年以上前のコレクションで、マロリーワンピースいうんがあって……状態Aやったら、多分元値よりちょっと色つくで」
「え? ちょっとだけですか?」
もっとドカンと高くなるものがあるのかと思ったのだが。
しかし、その謎はすぐに解けた。
「そら、私、クラシカルロリータやからなぁ……しかも、オリジナルプリントとかは、まとめ買い出来へんかったらコーデ難しいやん? あまり買わへんのよ」
各ブランドが独自にデザインし、場合によっては意匠登録まで行う、オリジナルプリント商品は、まず再販されないためにプレミアがつきやすい。
人気ブランドで言うと、甘ロリ系の大御所・BABY,THE STARS SHINE BRIGHT、エレガントなゴスロリ系のMoi-même-Moitié、などだが、まぁ近年に限れば、甘ロリ系ブランドは軒並みオリジナルプリント商品を販売しているので、BABYでなくとも「当たり」の可能性はそれなりに高い。
ユリとアヤが愛好するクラシカル系でオリジナルプリントが有名なのは、Juliette et Justineであるが、そもそもユリは無地か定番の花柄物を好むので、そういうプレミアが付きそうな商品とは、そもそも縁遠いのだった。
「なるほど……」
先輩の好みを考えて納得する。
「まぁ、元値の3倍ぐらい付きそうな激烈プレミア商品も持ってんねんけど」
ナンデスッテ?
俄然、ほとんど殺気走ったと形容できそうな目つきになったアヤに、いやいや! とユリは必死で弁解の言葉を並べ立てる。
「いや、メジャーブランドのとちゃうのよ、インディーズ! 活動停止してもう五年以上経ってる、少数生産ブランドで」
それではアヤが知らないのも道理である。
「Coquette Dollっていうねんけど、そこのドレスがもうマジ好みで……ただ、何とか手に入れたんはええねんけど、胸がキツぅてなぁ……トルソーが着とる」
言っておくが、ユリは別にいわゆる巨乳ではない。
市販のMサイズが普通に着られる程度の標準的なサイズである。
ただ、ロリータ服はバストサイズ小さめで作られていることが多いので、世間一般的には標準体型の人間でも、胸がきつくて入らないケースがある。
それでも近年は、一昔前よりは知名度が上がって購買層も広がったため、Juliette et Justineのように2サイズ展開にしたり、ExcentriqueやInnocent Worldのように3サイズ展開にするブランドも現れている。
あるいは、metamorphose temps de filleや、Pina Sweet Collection、CHOCOCHIP COOKIEのように、身頃にシャーリングを施した商品の多いブランドを選ぶのも、一つの手である。
もっともアヤは、自分の体型に逆の意味で大いに自信がある。
ユリの着られない服でも、自分なら話は別である。
「前田さん! 今度見に行ってもええですか?」
「……やらんぞ。売らんぞ」
アヤの企みを即座に見抜いて、ユリは牽制をかける。
「チッ」
「舌打ちやめーい! そんなウマい話は、私に限って許さない」
「ケチ~」
「ケチで結構メリケン粉。当たり前田のクラッカーや」
大阪でもヴィンテージ級の返しに、一瞬サブイボを立てるアヤ。
そしてはたと、とてもアホなことに気づく。
「……前田だけに?」
「当たり前田のクラッカー」
ブリザード駄洒落攻撃に、今度こそアヤは肘を曲げて両二の腕をさする。
「次行きましょ、次!」
「母系紋(母方紋)」の他にも、女紋にはいくつか種類があります。
船場の名前の由来は諸説あり、本文中のは最も俗に用いられる説です。
センタービルの中には、今でも小売りをしていない業者専門の店もありますし、また値切り交渉の出来ない店ももちろんたくさんあります。