三宮ゴシック・ロリィタ・ツアー 後編
三宮巡り続編。クラロリ・スチパン・ゴスロリトリオが、喋って遊んで探索し、そうしてゴハンを堪能するよ!
ほっとする味のパスタを食し、残るコンソメスープを飲み干し、食後に出された紅茶をいただく。特に紅茶の好みにはうるさそうなイメージの前田ユリ先輩だったが、別段文句をいうでもなく、平然とカップの茶に、フレッシュを入れている。
フレッシュ……大阪文化圏では通常なのだが、他地域ではあまり、ミルクの代わりに紅茶に添えられることはないという。嘘か本当か、生まれてこの方大阪を出たことのない宗我部チカは知らない。あ、さすがに言い過ぎであった。修学旅行で、三重県は伊勢と、広島と長崎には行ったことがある。
なお、大阪で「フレッシュ」といえば、一も二もなく「コーヒーフレッシュ」のことである。乳成分も何も、そもそも植物由来なので、ミルクの代わりだなんて詐欺であるとか、そんなことはどうでもいいのである。ミルクっぽい味がして、ミルクより安くて、お手軽だ。問題などない。
どうやらユリも、この場の紅茶については、フレッシュ投入で問題を感じない派のようだった。砂糖を追加して、のんびりと口をつけている。ちなみに、後藤トモはコーヒーを注文していた。
特段に美味しいわけではない……まぁ、紅茶専門店ではないのだから、ある意味当たり前だ……が、一息入れて落ち着くのには適した、温かな味が喉を滑り降りる。
「んー。落ち着くわぁ」
ユリが、優雅な仕草でカップを動かす。
実に強靱なことに、たっぷりと紅茶の入ったカップを、彼女は親指と人差し指、そして、それに軽く添えた中指だけで「つまみあげて」いる。
この持ち方、ティーカップを持つ時の正しい作法だそうだ。
さすがお嬢様学校出身者というべきか。
ユリ以外に、同窓の明石リナも、同じ持ち方が出来る。
ちなみに、チカも真似をしようと頑張ってみたことがある。どう足掻いても、指がプルプル震えて、痙攣してきたので、結局断念した。くやしいので、百均のカップで、まず空の状態から持ち方練習をしているというのは、誰にも明かしていないナイショである。
トモは男らしくがっちりと、コーヒーカップを掴んでいた。
そんなトモも、実は陰ではユリやリナと同じように、ティーカップを持ち上げる練習をしているというのは、これもまた誰も知らないナイショである。
二人とも、頑張らなくても出来るレベルに筋力が上がったら、さり気ないふりをして「できるようになっていたのよ」的な顔で持ち方を変える予定、というのは、天のみぞ知る心だ。
「さて、と……落ち着いたら行こか」
さっさとカップを空にした先輩に、慌てて続きを急ごうとするチカ。
「ゆっくり飲み」
柔らかに苦笑する様に、やっぱりそれなりの品があるなぁ、と思った。
これが、3万文字にわたって、恐るべき自画自賛レポートを書き連ねた人物と、同一であるというのが、にわかには信じがたい。トモが嘘をつくとは思えないので、やっぱり事実なのだろうが。
なお、真田アヤなら、面白さ優先で嘘をついても、チカは驚かない。
日頃の行いの差というやつである。
「三宮に、ロリィタの関連だけで遊びに来るのは久しぶりやわぁ」
ぐぅっとのびをしながら、ユリ先輩はそう言う。
「前田さん、普段は何で来はるんです?」
トモの質問に、そらぁ、と決まりきったことを答える顔で返す。
「たいていは、神戸市立博物館の展覧会を見に」
「ああ」
前田ユリは、史学組である。歴史屋にとっては、展覧会というものは、かなりの確率で興味深い資料がまぎれこむイベントだ。ユリのように、時代も地域も固定せずになんでも愛好する人間にとっては、ほとんどどんな展覧会も、楽しい資料収集の場になるだろう。
「あそこの中の喫茶は、ツナサンドが美味しい」
「へえ」
「梅田の第2ビルとかの地下に、チケットショップがあってな。そこで割引でチケットを買うてからいくと、安う上がるんやわ。まぁ、かなりの確率でタダ券手に入れてるけど」
「どういうコネですよ」
「教授に来たタダ券をおねだり」
のっけから最終手段だ。
「あと新聞屋からももらえる。京都市立博物館でやっとった『オスマン帝国の至宝展』は、タダ券で3回行ったな。中之島の国立国際美術館の『ロシア帝国の至宝展』は、タダ券で2回、割引券で1回……眼福やったわぁ」
「中之島はともかく、京都の方は交通費がすごそうな……」
ユリの実家の最寄り駅は、なんと梅田である。中之島はギリギリ徒歩圏だ。
「阪急やったら、梅田から河原町まで390円やで?」
「安っ」
チカが驚きの声をあげる。
「せやろ? それに、河原町には『フランソワ』いうレトロ喫茶があってな。指定文化財な建物の……あそこのザッハトルテが美味しいんや。ときどき無性に食べたぁなる」
そう言ってから、おう、と思いついたように手を打つ。
「そのうち、京都スイーツツアーでもしよか? フランソワもオススメやけど、思い切って、円山公園から長楽館を攻めても良ぇな。明治のセレブの邸宅で、建物がえらいゴージャスや……予約で入れるし、建物の割には懐は痛ぁないし」
「ユリさん基準で?」
「うーん……あの建物を見たら、たいてい誰もが納得すると思うけど……」
「スコーンでティーセット頼むのが、まぁ、限界やけど……あの建物の中でお茶する、いうだけで、まぁリッチな気分になれるんやから、ロケ代やと思えばそんなもんかなと」
十分に高い、と、チカは内心で呟いた。ユリの財布でスコーンのティーセットが限界ということは、まず間違いなく、チカの財布には厳しいはずである。
「あと、朝イチで行かんと並ばなあかんねんけど、四条いうたら、都路里本店も外されへんかな……京都いうたら、やっぱ抹茶スイーツやわな」
「また、高そうな」
京都に行ったら抹茶スイーツの一つも食べたいのは否定しないが、ナントカ本店、とか聞いた瞬間に、京都なだけにやたらと敷居が高く思えるチカである。
「パフェで1000円飛ぶのは否定せん。ウチはお抹茶にカステラ3種のセットを贔屓にしとるけどな。普通の黄色いカステラに、ほうじ茶のカステラと、抹茶のカステラ。さすがにカステラ専門店とは違うから、ちょっとパサッとしとるんが、まぁ残念やけど」
「舌、肥えてはりますねぇ」
トモがしみじみと言う。同調すると、いやいや、と首を左右に振られた。
「単に、好みが銀装で固定されてるだけやからやと思うんやけどね」
銀装は、大阪は心斎橋に本店を置く、大阪の洋菓子店である。1952年に、長崎の文明堂からのれん分けによって創業し、現在では広くおなじみの、カステラの密封殺菌紙パック……「紙の缶詰」を発明した、隠れたアイデア企業である。この紙パックの発明によって、カステラは高級品から、庶民のプチ贅沢菓子になったのだ。
現在ではプリンなども販売しているが、基本的に、銀装と言えばカステラである。特に南大阪では、幼い子どものいる家庭へのお中元などで、なかなか重宝されている。現在は苦学生のチカであるが、銀装のカステラの味は知っている。
第一、5枚スライス入りの「青箱」1つが、540円である。10枚スライス入りの「青箱」は1080円。つまり、1切れ税抜き100円というわけで、安くはないが、めちゃくちゃ高級品というわけでもない。相手を軽んじもしないが、気を使わせるほどでもない、手頃なお値段なのである。
大阪人にはお馴染みの「青箱」より、ちょっとランクが上がると「赤箱」になり、1切れ税抜き120円、となる。なお、チカは「赤箱」も食べたことがあるが、「青箱」でもう十分に美味しいので、わざわざ2割も高い方を買おうとは思わない。
「阪急のデパ地下で、長崎のカステラも売ってるけど、個人的には銀装の方が、もう昔から馴染みがあるせいか、好みになってもうてるねんなぁ」
長崎カステラはざっくりした生地とザラメが特徴だ。対して銀装のカステラは、シフォンケーキもかくやというほどに、しっとりきめ細やかな生地が特徴だ。それが好みになると、かえって本場のはずの長崎の味が、口に合わなくなるようだ。
「えらい贅沢なこと言うてはる」
トモの感想に、いやいやいや、と首を振るユリ。
「銀装の青箱で大満足やねんから。庶民的やろ。ちょっと贅沢したなったら、抹茶のハーフ箱買うかな。それか、心斎橋筋の本店で、釜出しカステラ」
2枚スライスで税抜き350円という高級品であり、密封紙パックではないために日持ちがしないので、通信販売では売ってくれないシロモノである。心斎橋本店では普通に買える。
「釜出しは、ご当地ならではの贅沢ですよね」
そんなチカに、「まぁ、抹茶の方が好みやねんけど」と言ってしまうユリ。
「なにゆえに?」
首を傾げるチカ。当然の反応ではあろう。
「やっぱりしっとりさが、好みに足りひん気が」
「とことん紙パックに慣れてはるわけですね。そういう私も、釜出しより紙パックの方が好みなんですけど。ちなみに青箱」
「同じく」
トモの反応に、小さく挙手をするチカ。
「全員、同類か」
ユリが笑って、それから「青箱で十分美味しいもんなぁ」と口々に言う。
「先生への差し入れは赤箱にしましたけど」
トモは、中国哲学の先生に実践済みのようである。
「皇帝は、そういうの受け取らへんねんよなぁ。袖の下や言うて」
「お堅いですねぇ」
「ドイツ史なんてそんなモンみたいやけどな。いや、独断と偏見で言うてるんやけど。なんか、ドイツ史の人って細かい印象あるわ。すごいで。なんかもう色々と。皇帝のゼミ生、先生の気配を察知した瞬間、全員がカンッてかかと合わして、キヲツケしてるし」
「それ、いっそきもいですね」
思わず本音を漏れるトモ。先生の気配を察知して敬礼。漫画か。
「本人は嫌そうな顔してはるねんけど、なんかもう、ドイツ史ゼミ生の反射神経になってるみたいでな。卒業生までピッて背筋伸びるから、忘年会とかホンマ見もの」
「史学の忘年会……スゴイ顔ぶれになりそう」
国立浪速大学の先生方には、高校の世界史教科書執筆でご活躍の方も多い。チカは、浪大の先生方が大量に執筆陣に加わっている教科書を使った組だ。
だが、ユリは「名前はな」と、ヒドイ実態を暴露してくれた。
「だいたい、オーストラリア史の総督が、大英帝国選りすぐりのマズイ飯を、ゼミ生に食わせて嫌がる顔を見て遊んどる。あれや。イギリスで『マーマイト』、オーストラリアで『ベジマイト』いう、健康栄養補助食品があんねんけど、それをクラッカーに載せて、無理やり『あーん』……」
「お味は?」
おそるおそる、チカが質問する。
彼女にも、イギリス料理、イコール、不味いの方程式は、ばっちり刻まれている。
「赤味噌に、黒い方の正露丸を大量に投下して、奈良漬けの液体で練りこんだ感じ? 質感もねっとりしたペーストやけど、とにかく、においがえぐい」
おえっぷ。
想像して口元を押さえる、トモとチカ。
それはまた、なんとも凄まじく不味そうな組み合わせである。赤味噌と奈良漬はさておくとしても、そこに糖衣ではない、黒い方の正露丸というのがおかしい。
「なんでそんなモンが用意されてるんですか?」
チカの問いに、ユリは文字通りの苦い顔をつくった。
「総督いわく『オーストラリアでは国民的人気を誇り、オーストラリア人の朝は必ずトーストにベジマイトで始まる』ので、3つ買ったらしい」
トモとチカは、揃ってドン引きする。
「それ、正しくは『不良在庫処理』って言いません?」
直球の切り込みをするのは、トモ。
「総督いわく『異文化交流を味覚で体感』するためや」
「それ絶対に、こじつけや……」
チカに、うん、と素直にうなずくユリ。
「ウチもそう思う」
フォローをしないあたりが、西洋史学の信頼関係というやつであろう。
「西洋史で『国民的人気』いう枕詞で食料品が出てきたら、全員レッドアラートの第一種警戒態勢やな。もう卒業しはったけど、院にいはった先輩で、毎度毎度『○○で国民的人気を誇る』言いながら、とんでもない飯テロかます人がおってな」
「普通『飯テロ』って、美味しすぎてダイエット計画を破壊するもののような……」
トモの言葉に、うんうん、とチカは頷くが、ユリは首を左右に振る。
「西洋史学ではリアルに『恐怖(terror)』や。諸悪の根源は総督のベジマイトやけど、そっから院生中心に悪ノリが拡大してな……」
いやな研究室だ、と、トモは内心でだけ呟いた。
「ちなみに、今まで最大規模の被害を出したんは、フィンランドの飴『サルミアッキ』やな」
「あ、それ、世界一不味い飴ですよね!」
外国文化との交流が盛んな外国語学部のチカは、知っていたようだ。
「どんなんや……」
すでにしてドン引きの顔で問うトモに、ははは、と乾いた笑いとともに答えを教えてくれたのは、おそらく被害者であろうユリ先輩であった。
「黒糖を松脂で煮詰めて醤油を垂らした上に、アンモニアの刺激をつけた感じ」
「どんなんですよ!」
「とりあえず、何はともあれ、アンモニア」
「いや、だからその、アンモニアって?」
「いや、リアルにアンモニアの化合物入ってるらしいねん」
その答えに、おえっぷ、再びのトモ。
「……そんなモンを何故に食うし」
「ちなみにフィンランドでは、この飴をウォッカに溶かした『サルミアッキ・ウォッカ』というウォッカもあり、その中毒的な味から、がぶ飲みして急性アルコール中毒で病院に担ぎ込まれる者も少なくないという噂があります」
ほれ、とタップされた画面には、それ食べ物としてどうなんですか、と、イカ墨のことは棚に上げてツッコミたくなるような、真っ黒な液体が入った瓶。
「ウチは、口に入れて一舐めした瞬間に吐いたけど、中世史の先輩は『口寂しくなった時にいい刺激ね』と……」
「なんでやねん」
「古代史の先輩に至っては、普通にチェーンイート」
「……フィンランド史ですか?」
「古代ローマ史」
どっかのメシマズ帝国ですらなく、美食記録の残る古代帝国であった。
「何故食べられるのか……」
「癖になる人は癖になるらしいねん。サッパリ分からんし、分かりたぁないけど」
「同意」
「Me, too.」
それぞれの専門の言語で、激しく賛同する二人。
「とりあえず、そのチェーンイートの先輩のおかげで、サルミアッキ・テロの被害は食い止められたので、個人的に文句はない。袋で買うてばらまくとか、本気でテロる気満々すぎる」
それは実に、最低な先輩としかいいようがない。
「中国で怪しい食い物買うて帰ってくる先輩も出てきたし」
その瞬間、後輩二人の顔がピキンと凍った。
「アウトー!」
「アウト! アウト! スリーアウト、チェンジ!」
チカの反応に、トモが素早く便乗した。
「中国の怪しい食べ物とか、怪しい通り越してヤバイですやん!」
「っていうか、それ東洋史やないんですか?」
チカの疑問はもっともだが、近代史とは、西洋列強による侵略の歴史だ。
「香港史という抜け穴があるんやよ」
あっ。
「……ご感想は?」
「逃げた」
デスヨネー!
ひげおやじの喫茶店を出たら、大通りからVIVREへ入る。ここにゴスロリ系ファッションの店が集中している階があるのだ。ゴシックはNa+h、パンクはALGONQUINS、甘ロリはAngelic PrettyとBABY, THE STARS SHINE BRIGHT、あと意外に色々揃うmetamorphose temps de fille。それから、セレクトショップであるKERA Shopだ。
「昔はLUNAやったのにな。今はARENA Kobeかぁ」
ケラショップの支店名(?)である。
「たしか、大阪が『ARENA Osaka』でしたよね?」
「二転三転やけどな。6階に店舗があった頃には『Luna』やったハズ……」
VIVREの改装に伴って、ゴスロリ系ショップの集まる階は、6階から4階になった。上りにはエスカレーターがあるが、降りるのは階段かエレベーターしかないので、実は地味にうれしい。
ただし、店の数が減ったのが寂しい。
「あの頃は、Innocent Worldの三宮店があったのになぁ」
ふぅ、とため息をつくユリ。
「それは、ユリさんとヒモちゃん的には痛いですね」
二人揃って、クラシカルロリィタ系だ。
Innocent Worldは、甘ロリ系の服も出してはいるが、BABYなどのガチ甘系に比べると、やはりどこかおとなしい印象だ。ブランドコンセプトが「お嬢様」なので、お姫様系に派手にいくよりは、まとまった感じになるものらしい。
なお、ユリはInnocent Worldでは、ブラウスと靴下、ペチコートとドロワーズを重宝している。ブラウスはデザインが豊富だし、靴下は頑丈だし、下着類は肌触りが良くて、しかも値段も他のブランドに比べると、ではあるが、ロリィタ系ブランドとしてはお手頃なのだ。
アヤがInnocent Worldを重宝するのは、主に身長からである。
このブランド、S・L・Mの、3サイズ展開なのだ。たまにMしか出さないものや、M・Lサイズしか出さないものもあるが、1サイズ展開が基本のVictorian maidenよりは、よっぽど融通が利く。ジャスト160cmで標準身長ほぼぴったりのユリは、maiden様でも何の問題もなく着こなすが、150cmすら怪しいアヤにとっては、Sサイズ展開は有難い。
その、貴重なSサイズ展開のブランドが、三宮から撤退したのだ。
まぁ本店が大阪の心斎橋にあるので、大阪人的には別に大問題というわけではないのだが、三宮まで遠征する理由が減ったことは、確かである。
「ウチはともかく、真田がなぁ……ちっこいからなぁ」
「ゴスロリやったら、ヒモちゃんの胸のサイズ的に、モワティエとかいけるんでしょうけどね」
「モワティエか……明石がキツイ言うてたな。大阪のATTELIER PIERROTで試着した時に」
元は栃木のセレクトショップである。大阪に出店したのだ。直営店のないブランドの服を扱ってくれている他、なかなか意外な掘り出し物が見つかる。
「リナさんの胸って、まぁ標準やと思うんですけど……」
「Cやな」
「それでキツイって、結構細身ですよね?」
「まぁな。ウチはハナから諦めとる。まぁ十字架モチーフに執着があるわけでもないしな。明石と違うて。っちゅーか、宗教要素は別にいらん」
「っていうタイプですよね」
納得、という顔のトモ。ほほう、という顔のチカ。
「ヨーロッパに着ていきたいんや。いらん騒動を服で起こしたぁないわ」
「騒動になりそうな服作っとるんですか?」
「モワティエはまだしも……ほら逆十字モチーフとか、あれ正確には『聖ペトロ十字』いうて、別に反キリストのシンボルとかやないからな」
「え? そうなんですか?」
パンキッシュスタイルを愛好するが、その手の話題には疎いトモである。
お前知らんのかい、と言わんばかりの顔をされても、公教育を受けた二人は困る。ユリやリナのような、宗教系スクールの出身ではないのである。
「十二弟子のリーダー、聖ペトロは、ローマで殉教する際に、十字架にかけられることになったんやが、師のイエスと同じ形での処刑されるのは恐れ多いから、言うて、十字架を逆さまにしてもろたんや。せやから逆十字は、むしろイエス・キリストへの敬意やの」
「へへえ!」
「案外と知らん日本人が多い。日本人だけやないけどな」
そんなに多いなら非難がましい目で見ないでほしい、とちょっと思う二人。
「ただまぁ、ベレシートはマジであかんやろと思った」
「べれしーと?」
トモはチカを振り返ったが、多文化交流が売りの外国語学部も、さすがに「べれしーと」なるものはカバーしていないようだった。
マイナーのにおいがする。
「何ですかそれ?」
トモが質問する。ユリは今度は、まぁ知らんやろけど、という顔だった。
「ヘブライ語で『創世記』や……まぁ、かなり古い話やねんけど、某ブランドがスカートに、ヘブライ語で創世記の第一章、思いっきしそのままプリントしとってな……アレはさすがに明石と二人でドン引きしたわ。ユダヤ教右派の過激派に見られたら、刺されても不思議やないで」
ものすごい物騒な話になった。
「マジですか?」
「ユダヤ教徒はな、聖書の文言に直接指で触れるのも恐れ多いいうて、『ヨッド』とか『ヤッド』ていう、特別な指示棒を使って聖書を読むんや。その文言を、スカートにプリントして、尻の下に敷くとか、普通に考えて冒涜やろ」
それはたしかに、ヤバイような気がする。
「そういうプリントしといて『聖なるパワーがあなたを守る』とかサイトに書いとったから、もう、一周回って笑うてしもた。守るどころか、災難呼び寄せそうなことしといて、ようほざきよるわてな。もう、刺されても撃たれても、無知に基づく自己責任や、知らん、て思うたな」
なんともクールなことである。
「バッサリいきますね」
トモの感想に、ふん、と鼻を鳴らすユリ。
「半可通が恰好つけとるんほど、イタいもんはない」
「ゴスロリ初心者の耳に刺さりますわぁ」
「いや。知らんくせに、知った顔で余計なことしよるんがイタい。後藤は別に、知った顔でなんぞしとるワケやないやろ。別にイタないて」
後輩には優しいらしい。
「あー……最近はMaryがアレやし、クラロリが地味に受難の時代やなぁ」
「ああ。縫製が悪かったとか」
トモの言葉に、いやいやいや、と手をぱたぱた振るユリ。
「それまだマシ。前なんか、店員が客の悪口ブログに書いとったらしいて、公式サイトに謝罪が上がっとった。メタモで以前に、売り物の服を勝手に着とる店員がおったて問題になっとったけど、直営店ないのに、おいおいって感じや」
……詳しい。
さすがは「ICBM」顧問の、最古参ロリィタである。
「最近は、maiden様とInnocentさんに、専らお世話になっとるわ」
「maiden様は鉄壁、と」
「あそこが崩れたら、クラロリはおしまいやろ。EXCENTRIQUEとか、ちょこちょこクラシカルな路線のブランドはあるけど、がっちりクラシカル系のブランドの、最後の砦やで」
ものすごい高評価である。老舗の強みか。
「やっぱりなぁ、一人のデザイナーにすると、会社の方針で出す出されへんの、そういうのはなくなる代わりに、そのデザイナーのアイデアが枯渇したら、一気にショボなんねんなぁ」
「……そう考えると、イノワの藤原デザイナーって、バケモンですね。褒め言葉で」
Innocent Worldも、デザイナー一人のブランドである。
せやな、と、辛口なユリ先輩も、その点には同意する。
「とりあえず、安易なオリジナルプリントに走ると、そろそろヤバイて感じるわ。どことは言わんけど、昔はええの出しとったのにな。最近ペラッペラのプリントモンばっか出しよって。薄いっちゅーねん。同人誌か!」
酷い喩えに、ぶっと吹き出してしまう二人。
「……けど、コピー商品作りにくくなりますからねぇ」
チカの指摘に、「それか」と納得する先輩。
「クラシカル系って、どうしてもデザインの好みが集中しますよね?」
後輩の的確な分析に、うん、と少し腕組みをするユリ。
「確かに、ヨーク切り替えのワンピタイプは、どこのブランドでも定番やわな。記憶にある限り、一番最初にあの形を出したんが、Mary Magdaleneで……次いでmaiden様、Innocentさん、Pina Sweet Cllectionと、ガンガン拡大してった感じか。まぁ、さすがに2003年以前のコレクションとかになると、ウチもそう手は回らんけど」
十分すぎるほどにベテランである。
「格の違うお言葉、いただきましたー」
はぁーい、とトモが手を打ち合わせる。
「単純に接触した時間が長いだけな気もすんねんけどな……って、4階になっても上がるんはやっぱめんどいな。6階の時よりマシやけど」
「6階の時は、むしろ下りる方のめんどさが……」
トモの言葉に、せやな、とうなずくユリ。地元大阪か、さもなくば通販で済ませるチカは、三宮遠征など人生初であるので、6階時代の負担は知らない。まぁ、面倒くささが増えることだけは分かる。何故に下りエスカレーターは設置されていないのか。
「そういえば、6階の頃のその昔には、BPNも入ってたんやなぁ、ココ」
「Black Peace Nowですか」
古着屋には結構出回っているが、今は亡きブランドである。ゴスロリバイブルにも創刊号から載っていた老舗だったのだが、あれよあれよという間に、何やらよくわからないことになった。ゴシック色の強いBlack Peace Nowの他、カジュアル要素強めのPeace Nowやら、色々ラインがあり、メンズラインも揃っていたという、なかなか手厚いブランドだったのだが。
「京都の四条河原町阪急に入っていた支店で服を買うたのが、ウチのゴスロリ生活の始まりかな……もはや、BPNどころか、四条河原町に阪急すらないという……うっわ古い話やなぁ」
実に、古兵であらせられる。
4階に上がれば、真っ先にトモが離脱する。
「ちょっとアリパイ見てきます~」
ALICE and the PIRATES、の略だ。BABY, THE STARS SHINE BRIGHTの、ちょっとスパイシー路線である。BABYが極甘路線ならば、アリパイはスタイリッシュ・ファンタジー路線とでもいおうか。物語を設定して、そのコンセプトに合わせてシリーズを展開している。
このところは、トモお気に入りの「スチームパンク」要素が、ちょいちょい滲んだ商品が出てきているのである。まぁおそらくは目の保養であろうが。買えるほど財布の余裕があるわけではない。BABYもお高いが、姉妹ブランドのアリパイも、決して安くはない。
そんなわけで、トモは先日、百均の合皮ベルトを組み合わせて、ハーネスを自作していた。革用の目打ちがないので、大工道具の千枚通しで針穴を打っていた。貧乏はリメイクの母である。明石リナ仕込みのリサイクル能力が大活躍だ。
「そのうちトランクとか自作しそうやな……」
「作れるモノなんですか?」
チカが首を傾げる。
「強度と取り回しを両立しようと思わへんのなら、まぁ何とか。強度を上げたら重たぁなるのは避けられへんな。ポリカーボネートに合皮張っても、まぁそこそこの出来にはなるけど。ガチで良えのん作ろう思うたら、木材で型から組んだ方が綺麗に仕上がる」
ほほう、と納得したチカに、「て、明石が言うてた」と続ける。
「……明石先輩って、本当に何でも作っちゃう人ですね」
「ついにピンワークも覚えよってな。いまいち有り難みのない、自作ロザリオをいくつも拵えとったわ。ビーズに針金通して、曲げて、切って、加工すんのな」
「有り難み、ないんですか……」
「普通教会で聖別したパーツ使うやろ、おメダイとか……レジンで自作しよった」
うん、そう聞かされた途端に、たしかに有り難みが薄れた気がする。
「そういうわけやから、アイツにねだったら、格安でアクセは手に入る気がするで」
「……甘えちゃっていいんですか?」
「あれ、元々ただひたすら物作りしたいだけの人間やから。むしろ、おねだりしたった方が、物作りする口実ができて嬉しいと思うで? こないだバスソルト調合してもろた」
なんだか優雅そうな語が聞こえてきた。
「先輩のポーランド土産の岩塩が、ちょっと料理に不向きな感じやったんでな」
「……ポーランドの岩塩の土産、って、まさか、ヴィエリチカ?」
「そうそう」
「世界遺産じゃないですか」
「塩は食べ物や」
「いや、バスソルトって食べ物じゃないですよね?」
「使ってナンボやろ……とか、無駄に塩集めてるウチが言うても説得力ないか」
「集めてるんですか?」
「イスラエルの死海は鉄板として、他にアンデス、ヒマラヤ、モンゴル」
「なんでまた……」
「味わいが違うねんよ。ちなみにアンデスのローズソルトは、冷や奴にソルトミルで削ってかけるのが、意外に美味い。ただし豆の味の濃厚な、良質の豆腐に限る」
「はあ……」
「まぁ豆腐ぐらいの贅沢は、ささやかなもんやろ。どうせ食べるんなら、美味しいモン食べなな。あまりお金張り込まんで……あ。このタイツ良ぉない?」
ケラショップの品を、一つ手に取り、チカに示す。
モデル級の美脚の持ち主であるチカは、レッグウェアにこだわっている。むしろ他の面々がお金を集中投入する服には古着やリメイクを使い、足下に投資をしている。まぁ、たしかに、昨今はよっぽどなこだわりででもなければ、トップスやボトムスなどについては、ちょっとそれっぽいモノをよりお安く手に入れることは可能になった。タイツやソックスにお金を使うのは、シメるところをキッチリシメているという、チカなりのアピールなのかもしれない。
「靴、厚底にせぇへんの? GHOST NOTEは使い回しきくし、歩きやすいで?」
「うーん……迷ってるんですよねぇ」
「足長いんやから、厚底でもっとアピールしたら、超絶美脚で雑誌載るかもしれんで?」
「いやいやいや。そんな高望みはしませんって」
チカは基本的に謙虚である。
「いやいや。ケラのスナップぐらいやったら、案外と載るもんやで?」
ユリは妙な言い回しをする。
「……前田先輩、載ったことあるんですか?」
「ある。ヅラかぶっとったし、相当濃いメイクしたから、知り合いでも気づかんやろけど、載りました」
「珍しいですね。いつもナチュラルメイクなのに」
というか、ヅラもといウィッグを装着することがあるというのは、初耳だ。
「その日は何故かゴスい気分やったんや。そんで気合い入れてゴスったら、偶然スナップ撮影の日やったんで、面白半分に写真撮ってもろたら、載ったんや」
「また、載りたくて気合い入れてきた人が怒りそうなことを……」
「ふはははは。いやぁウチ美人やからなぁ」
をっほっほ、と、キツネさんもどきの変な手の形で笑うあたりに、ものすごく、現在ドイツ語の追試真っ最中であろう「ヒモちゃん」先輩を思い出したチカであった。
真田絢夏。21歳の自称「美少女」。
VIVREは存分に堪能された。トモはアリパイを存分に冷やかし、メタモを楽しみ、Na+Hを敷地の外から覗き込み、最後にケラショップで、Deorartのゴーグル購入をしばし悩んだ。チカはタイツの他、小物を中心に物色した。彼女は白ロリに、少々ゴス要素を足したファッションが好みだ。差し色は紫が好きだったりする。主に、愛用するh.naoto FRILLのタイツのせいだが。
最大容量の財布を持つユリ様は、ケラショップ以外もひととおり冷やかしつつ、最終的にはまたケラショップに戻って、あれやこれやと服を物色した。この人ぐらいのベテランになると、たいていの小物類は揃えられている。すると、やっぱり服に戻ってくるのだ。
「あー、買うてもうたわぁ」
少し残念そうな、しかしそれ以上にほくほくの満足顔をしている。
ユリが購入したのは、Sheglitだ。曰く、今は亡きBPNのデザイナーさんが関わっているブランドであるらしい。そう言われると、どことなく似たものを感じなくもない。
「なんか、また青いの増やしたかなぁ」
落ち着いたロイヤルブルーのジャンパースカートが、今回の戦利品だ。
「黒ばっかのウチが言えた口やないですけども、たしかにユリ先輩の服って、ネイビーとか青っぽいの多めですかね? maiden様のレジメンタルストライプも、たしかダークスカイ……」
トモが言ったのは、濃い紺色がベースの生地だ。
「白まみれの私も同じくですけど、ポイントに青を使いはりますよね」
よくある白黒コーディネイトでも、ユリはコサージュなどに青色を使うのだ。
「で、居残り追試の誰かさんは、赤ばっかり、と……」
ユリの言葉に、にやにや笑いながらトモが返す。
「何一つ、3倍速くなってる印象はないですけどね」
「逃げ足とか?」
後輩から容赦のない指摘がとぶ。しかし納得の指摘である。
「あるいは、単位の撃墜数?」
「ユリ先輩、それ『速い』やなくて、単純に量になってます」
HAHAHAHAHA。
いないからと、言いたい放題である。
「よーし。ほな、三宮BALに寄るでぇ」
ユリのその提案に、げ、と途端にトモが凍りついた。
「後藤先輩?」
「お茶の要注意スポットが……」
ユリの愛好する高級お茶ブランド……美味しすぎて市販品が飲めなくなる店だ。
「付き合わせて悪いけど、そろそろジャムがなくなるんよね。買い出しせんと……予定外の買い物してもうたから、お茶のおごりはそこではできひんけど」
いえ、むしろ、ヨカッタデス……という表情になったトモ。
その横で、ジャム? とチカは首を傾げている。
「紅茶のジャム。ちょっとずつ使うとったんが、こないだドイツ文学にスコーン差し入れたら、あっという間に食い尽くされてしもたんよ……」
ワナワナと、ユリは手を震わせる。
「ちょっとは遠慮せぇ、言うたら、アイツら『明日からまた安モンのジャムしか食べられへんようになるんですから、今日できる贅沢は存分にさして下さい』いうて、瓶、空にしよった……むしろ、スコーン食べずにジャムだけ舐めていきよった」
それはひどい。
「『吾輩は猫である』の珍野苦沙弥先生ですか」
かの『吾輩』の飼い主である。戸棚に入れておいたジャムをぺろぺろと舐めてしまうので、妻に散々叱られるシーンがある。
「むしろ漱石本人でもいいと思う」
苦沙弥先生のモデルは、作者の夏目漱石本人である。ジャムを舐める話も、漱石自身のエピソードだ。胃が悪い癖にジャムを舐めてと、よく怒られていたらしい。
「さすがにリアル寒月君とまでは言わへんけどね。けどかなりイナゴやった」
寒月君とは、苦沙弥先生の弟子、理学士・水島寒月のことである。リアル寒月君は、漱石の弟子で、歌人で物理学者の寺田寅彦をさす。寅彦本人は嫌がっていたが、だいたい誰が見ても間違いなく、寒月君のモデルになった人物である。
そんな寅彦は、黒糖を具にしたおにぎりに、白砂糖を振りかけて食べていたという、驚異的味覚音痴甘党であった。ジャムを舐める漱石も、さすがに寅彦の味覚についてはドン引きしていたという。
そんなツワモノまではいかずとも、ほぼ一瞬でとっておきのジャムを食い尽くされたという事実は、なかなかに口惜しかったようだ。
「ドイツ文学への差し入れには、二度とジャムをつけてやらん」
「あはは……」
スコーンを差し入れたつもりが、ジャムだけ舐められては捻くれもしよう。
VIVREを出て、てくてくと西へ歩みを進める。
BALの中へ入ると、エスカレーターで2階へ上がった。
「うわっ!」
声を上げたのはチカである。
壁面にずらりと並ぶ、お茶を入れた大きな缶。お洒落な茶道具の数々。いかにも高級そうな制服を着たスタッフがいる、喫茶室。19世紀創業のフランス流行茶芸術の店、本店はパリの「MARIAGE FRÈRES」である。
遠慮も躊躇も何もなく、ユリはずんずん突撃する。右折して、慣れた手つきでジャムを一瓶とりあげると、レジへ持っていった。
「……高ッ」
値札を見ながら、チカが思わず小さく叫ぶ。やよな、と横でトモは頷く。
「フランスだともうちょっと安いらしい。けど、ユリ先輩は、毎年ここのサマーティーを、平然と瓶でお買い上げしている」
コレコレ、と示されたのは、カラフルな大きい瓶の数々。
値段表示を見て、チカは乾いた笑いをもらした。
「……住んでいる世界が違いますね」
「これを飲まされて、これの味に慣れたら、貧乏人には悲劇やろ?」
「悲劇ですね」
ユリは無事にジャムを購入し、それからしばらく商店街を冷やかしつつ戻る。そして、大通りから一本裏へ入る路地を折れると、途中にある建物の階段を上がっていった。なかなかに美味なケーキと、そしてちょっと癖のある紅茶が売りの店らしい。ちょっとエスニックな内装が特徴である。
「ウヴァとチーズケーキやな」
躊躇なく注文を決定したユリに、勝手を知らない二人は便乗する。だいたいの店では、ユリの注文をリピートすれば、ハズレには当たらない。
「いや、晩ご飯のこともあるし、やっぱケーキ外すか……?」
少し首を捻るユリ。
「え? 晩ご飯もなんですか?」
「そら、三宮まで出てきた限りは、アレを食べんともったいないで。せやけど、チーズケーキも惜しいしなぁ……うーん」
「三等分でどうです?」
トモの提案に、そんなら、とユリは手を挙げた。
「ガトーショコラに、ディンブラ一つ。チーズケーキ一つ。ウヴァ二つ」
注文内容が大幅に変わっている。
「どうせ飲み食いするんやったら、色々食べたいわな。まぁ、多分、ほぼ間違いなく、晩ご飯は全員同じの注文する気がするしな……」
どうやら、本当にとびきりのオススメがあるらしい。別の店のことを思ってわくわくするのは悪い気がするが、しかし、甘いモノとご飯は別腹なので、ご勘弁願いたい。
「チーズケーキとガトーショコラは、三等分して各種一つずつな」
「いっただっきまーす!」
チーズケーキは、さっぱりした酸味が美味だった。ガトーショコラはしっとりしている。先輩の味覚は、少なくともチカには共通項が多かったようで、チーズケーキを食べる時にはウヴァの方が、ガトーショコラを食べる時には、ディンブラの方が合っていたようだ。
ただ、単品で飲むのなら、ウヴァよりディンブラの方がチカの好みだ。次はいつ飲みに来られるのかは分からないが、とりあえず茶葉の味の特徴を、心のメモに書き留めた。ウヴァは渋みが強い。ディンブラはミルクが合う。云々。
喫茶店を出たら、商店街を東の方へ戻っていく。
路地を裏へ一本出てしまって、そのままぐんぐん三宮駅の方向へ。
「あれ? ユザワヤ?」
ちょっと見慣れた看板を見て、チカもトモも首を傾げた。
「梅田のとは桁違いにデカイで、ここは。明石が服や小物の材料を揃えに、しょっちゅう来よる。ハンズとユザワヤと貴和製作所は、明石の手芸的聖地やな。まぁ、他にもParts Clubやら、ABCクラフトやら、色んなトコ出入りしとるけど」
「うわ、ハンドメイド派御用達のお店がズラリ……」
トモが感嘆で息を呑む。
リメイクもやる二人にとっては、だいたい聞いたことのある店である。
「あ、Parts Clubもあるんですね、三宮」
進行方向右手の階段上に、梅田のグランフロントでも見るロゴが見えた。
「見るか?」
問われて少し考え、チカは首を左右に振った。
「第4ビルのサンセイさんの方が、安いような気がしますんで」
問屋価格で手芸材料が手に入るお店である。無論、明石リナ経由で知った。
「そら道理やな」
わいわい騒ぎながら、三宮のユザワヤに入る。エスカレーターでガンガン上の階へ上がるたびに、トモとチカのテンションも上がった。
「端切れが! わりと長いですよ!」
「タイムセールだ!」
安売りの語にとことん弱いのは、全員共通の気質である。が。
「後藤、あんたの持ってる針で、コーデュロイ刺せるか?」
「うぐっ」
「宗我ちゃん、それは果たして今すぐ必要か?」
「うっ……」
ビシバシ入るツッコミに、二人はなんとか衝動買いの魔の手を逃れた。
「魔境や……ここは魔境やで……」
「なんでしょう……ものすごい創作意欲が刺激されるんですが……」
トモとは違い、まだ夢見心地の後輩を、頑張ってユリは引き留める。
「家に帰ったらフィーバータイム終了やで」
「あっ! このリボン、船場で見つからへんかったやつですよ!」
「……話聞いとるんかいな。いや、可愛いリボンやけど」
「前田先輩、デザイン画は結構バリバリ引かはるのに、作るのはしはらへんのですね」
興奮ダダ漏れ状態でぴょこぴょこ揺れながら、チカはリボンの束を見る。
「ウチが触るとミシンが壊れるんや。家庭科の授業でクラッシュ記録作ったで」
「その代わり、ユリ先輩、手縫いはめっちゃ速い」
「必要は能力の母や」
そんなわけあるか、と二人は目で語り合った。
三人は店を出る。創作意欲攻撃を、かわしきれたかは微妙だ。
こともあろうにユリが、コサージュを買ってしまった。
つられて、チカも2メートルほどリボンを購入してしまったし、トモは皮革用の手縫い針を買ってしまった。いや、トモの場合は、ハーネス作りの結果、もう一回り頑丈な皮革用の針が欲しい、と思っていたのも影響している。やはり、スチパンにレザーは欠かせない。
「……手作りするしかないですね」
戦利品を眺めながら、苦笑いでそう言うトモ。
「ですね……」
えへへ、と小さく舌を出すチカ。
「しゃあない。明石に講師頼むか。ケーキとクッキーと紅茶で良ぇやろ」
裁縫についてはミシンを破壊するユリであるが、料理については文句は出ない。むしろ、菓子作りに関しては、ICBMでは随一の腕前のはずだ。
「タダの型なんも面白ないし、チョコレートをシリコン型で……クッキーはトランプにして……コンセプトはアリスで良ぇか」
ぶつぶつと、明石リナを釣り上げるお茶会について、陰謀をめぐらせる。
「コンセプト?」
小首を傾げるチカに、スマホの写真記録をタップして見せるトモ。
「……うわ」
「ユリ先輩が本気を出すとこうなる」
画面に映るのは、素人の手作りレベルとは思えない、無駄に気合いの入ったお洒落テーブルだ。二段重ねのお皿には、洒落たクッキーの数々に、スコーン、マドレーヌ、パウンドケーキ。二種類のサンドウィッチが皿に盛られ、小綺麗なクラッカーにチーズのおつまみまで揃っている。さらにテーブルの上はフラワーアレンジメントやらで、もう雑誌の特集ですか、と問いたくなるほどゴージャスに飾られていた。
「これ、一人で?」
「6時間ぐらいかかったらしいけどな」
いやいや。6時間かかろうと、一人でこんなのをやる方がおかしい。
「びっくりした我らの顔を見て、ご満悦のドヤ顔や。そのビックリを得るために、どれだけの手間と暇と費用を使ったのか……ちょっと想像がつかへんね」
「つきませんね」
実に、頭がおかしい(※褒め言葉)。
「手芸教室の講師の謝礼としては、十分すぎますね」
「対価に褒め言葉を要求しとるから、リナ先輩だけがビビらんでも良ぇよ」
「……生徒として参加する我々は?」
「褒め称える義務が生じる」
デスヨネー。
しかし、ここまで気合いを入れた「おもてなし」をされたら、たといユリが褒められたくてやったことであろうと、賛辞の一つや二つは惜しくもない気がする。
パーティー計画の陰謀をめぐらせながら、しかしユリは着々と進む。さんちかへ戻り、行きには通らなかった、奥の通りへ入り込む。
そして、とある店の前で立ち止まり、うっふっふ、と笑い出した。
「座れる!」
ユリが二人を案内したのは、その名も「Cocco」という店であった。店先には、国産のお米使用だとか、鶏や卵についてのこだわりが表示されている。
「おすすめは『からたま丼』や。三宮に来たら食べな損やで」
これが、全員同じものを注文する、と予言されたメニューであるらしい。まぁ、ユリの味覚については、二人は全幅の信頼を置いている。ならば異論はない。
店に入って、からたま丼を三つ注文した。
「通りがかりに見つけて以来、三宮の夕食は絶対にココと決めとる」
とっておきの自慢を披露するように、ユリはニヤニヤする。ちょっとしてから、赤出汁にお新香をつけて、唐揚げがゴロゴロのせられた玉子丼が出された。揚げたてらしい。
「いただきます!」
待ちきれない、とばかりに、ユリが満面の笑みで手を合わせる。同じく、いただきます、の挨拶をして、トモとチカも箸を手に取った。
しばし、無言になる。
「……美味ッ。何この唐揚げ」
衣はサックリし過ぎず、しっとりし過ぎず、程良い案配でダシが染み込んでいる。タレにはわずかにリンゴの風味が混じり、醤油の心地よいしょっぱさを引き立てている。食欲をそそるニンニク。そして鶏肉から溢れ出る、香ばしい肉汁が、また堪らない。
「卵と合わせると、また違う美味しさですよ」
チカの言葉に、どれどれ、とトモは唐揚げを一切れ口に含み、それからレンゲで、軽く一口分卵とご飯をすくって、口に押し込んだ。
「おおう……」
甘みが少し強めの出汁が、たっぷりと染み込んだご飯。そこに、ふわふわした卵が載っているだけでも素晴らしいのに、卵自体が濃厚なうまみを伴っている。さすがこだわり卵。そしてその卵と、タレの沁みた衣に包まれた唐揚げとが絡み合うと、シャリシャリ、サクサクとした衣の感触と、ふわふわ卵のぷりっとした弾力とによって、まさに素材の味を生かしたハーモニーが生まれる。
甘辛ダレに出汁という、大阪文化圏の人間をとろけさせる優しい味のダブルパンチに、鶏肉、衣、卵、ご飯の、異なる食感が渾然一体となって、口中でシンフォニーを奏でるのだ。
言葉も忘れて、チカとトモは、夢中でからたま丼を平らげる。ユリもまた、久々らしい味を、ひたすら無言で堪能する。もはや言葉は要らない。蘊蓄は要らない。ここに味がある。これが答えだ。四の五の言う暇があったら、その分を、味わうことに使いたい。
ご飯に唐揚げという組み合わせは、容赦なく胃袋を満たす。食欲がもっと、もっととおかわりを求めているのに、満腹中枢が悲しくも限界サインを発してくれる。
名残惜しさでいっぱいの気持ちを抱えつつ、最後の一口を食べる。嗚呼!
赤出汁をすすり、二人は黙ってユリに一礼した。
「ごちそうさまでした!」
えー、「Cocco」さまの許可は得たよ。だって美味しいからね!
皆、三宮に行ったら、この美味を是非味わおうず! しかも、この店の何が素晴らしいって、こんなに美味しくて、しかもあんなにボリューミーなのに、お値段がものすごい良心的なのだ。
イチオシは勿論からたま丼ですが、たま丼も優しくてほっとする味だし、唐揚げ単品でも美味しいですよ! まぁ個人的イチオシはからたまですけど! 四の五の言う前に味わおうず!
ただし、ちっちゃいので、大人数で行くと即満席になるという……一人でカウンターに座るぐらいの心で行った方がいいです。テーブル席二つしかない。




