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秘密結社ICBM結成!

 お久しぶりの更新です。現実の時間軸に沿って展開させている話なので、ユリには院生になってもらいました。まだまだ京阪神の魅力は語れていない!

 あと、大坂の陣400年祭ですね。当初から、それを想定して、アヤとトモとリナを「浪人」にしていたので、お約束の展開がやってきます。この三人の苗字見て、舞台が大阪という時点で、気づいてた方は気づいてましたよね!


 本日は、この1年間の4人組のてんやわんやを中心に、シメは兵庫の地酒で。実際に、全て伊丹空港で調達可能です。気になられましたらドウゾ。「利き酒マシン」は、飛行機に乗らなくても買いに行けるゾーンにあります。北ポートの端っこに地味に営業する、呑兵衛のパラディーソ。





 ICBM。

 すなわち、 Inter-Continental Ballistic Missile……大陸間弾道ミサイル。

 ……ではない。

「"Inter-Campus BAKAYAROU Members"!!」

 インター・キャンパス・ばかやろう・メンバーズ。

 真田アヤの提案で結成された、バカ騒ぎを楽しむための秘密結社(笑)だ。

 顧問を頼まれてしまったのは、ゴスロリ歴はベテランの前田ユリ。ちなみに分類は一応、クラシカル・ロリータだが、最近は「インテリゲンツィアル・ロリータ」を標榜しつつある。

 幽霊部員にカトリック信徒・シスター系ゴシック・ロリータの明石リナ。

 正規で主に動くのは、発起人である真田アヤと、後藤トモである。

 まったく、この1年ちょっとで、大阪もだいぶ変貌した。

 3月には十三のションベン横丁こと「トミー小路」は火災で焼失。

 年度が変わったと思ったら、いつのまにか「三越伊勢丹」はその看板を下ろして改装工事に突入し、そして「ルクア1100(イーレ)」なんぞという、どこからツッコんだらいいのかよく分からないネーミングセンスの建物に変わってしまう。1100でイーレ? なんぞ、ソレ?

 そして4人は、なかなか「全員集合」で遊ぶことが難しくなった。


 まず最上回生のユリ。何をトチ狂ったのか、大学院入試受験を決意し、無事に試験を突破したものの、院進学レベルの卒論を仕上げなければならなくなり、後期に入る頃には、連日青い顔をしていた。前期は前期で、南大阪にあるという母校に教育実習3週間。ワガママがお嬢様の服を着ているようなアヤも、さすがにそれをバカに誘うには気が引けた。

 なおそんなアヤは、案の定、第二外国語ニガイであるドイツ語の単位を落とし、法学部配当の授業で必死の巻き返しを図らなければならなくなった。落としても、2回生の分のドイツ語は必修だ。つまり落とさなかった人間の、倍量のドイツ語の授業が入ったわけである。

 カッコイイなんて理由でドイツ語を選んだ自分斬滅されろと、アヤは過去の己に向けて、呪いの念を送らずにはいられなかった。なお、第三外国語のイタリア語は、温情で通過させてもらった。おのれドイツ! もしも「次はマカロニ抜きでやろう」というネタを振られたら、「次はジャガイモ抜きでやらせてくれ」と答えてやりたい気分になったほどだ。

 真面目に教員を目指すトモは、5・6時間目に詰め込まれる教職課程の授業をこなしつつ、第二外国語である中国語も単位奪取成功。そして、第一志望である中国哲学の研究室に、無事に入り込んだ。

 もっとも、浪速大学文学部は、2回生も第二・第三外国語継続で、なおかつ教育大学ではないために、教職志望は5・6限から逃れられない。教職志望の文学部生は「あそぶんがくぶ」に全力で抗議するであろう。語学の予習と、専門の授業の教科書読み進めと、教育臨床心理学のレポート(※1万文字)を同時進行でやる際には、さすがの忍耐強いトモも「ピンイン滅びろ……」と呟いていた。

 すかさず、博覧強記(狂気?)のユリから、ヒドイツッコミが入ったが。



 石室诗士施氏、嗜狮、誓食十狮。施氏时时适市视狮。

 十时、适十狮适市。

 是时、适施氏适市。

 氏视是十狮、恃矢势、使是十狮逝世。

 氏拾是十狮尸、 适石室。

 石室湿、氏使侍拭石室。

 石室拭、氏始试食是十狮。

 食时、始识是十狮、实十石狮尸。

 试释是事


 ユエンレンチャオの「施氏しししょく狮史しし」である。ちなみに発音は以下の通りだ。


  《Shī shì shí shī shǐ》

Shí shì shī shì Shī shì, shì shī, shì shí shí shī.Shì shí shí shì shì shì shī.Shí shí, shì shí shī shì shì.Shì shí, shì Shī shì shì shì.Shì shì shì shí shī, shì shǐ shì, shǐ shì shí shī shì shì.Shì shí shì shí shī shī, shì shí shì.Shí shì shī, shì shǐ shì shì shí shì.Shí shì shì, shì shǐ shì shí shì shí shī.Shí shí, shǐ shí shì shí shī, shí shí shí shī shī.Shì shì shì shì.



 ……狂気の沙汰である。

 一応、趙先生は中国語のラテン文字表記推進メンバーだったのだが、しかし「こーゆーケースもあるよね?」的なお遊びで、声調という中国語……正確には普通話プートンホワの短所(は、長所ともとれるが)を、このイタズラでもって、あぶり出してしまったわけである。

 漢字で読めば何のことか分かるが、声調が聞き分けられなければ終わりだ。

 西洋史学所属かつ、中国語を第二外国語にするわけでもないユリ(※ニガイはドイツ語)が、この恐怖の詩を、それなりの発音で読み切ってしまったあたりに、彼女のオソロシサが垣間見える。いわく「母校が中国の学校と姉妹校提携を結んでてね。毎年交換留学生が来るのよ。で、歴史や政治の話で盛り上がったのよね」とのことだ。

 政治の話で盛り上がれるのは、日本に来た時の特権であろう。

 中国共産党による、事実上の一党独裁体制の故に、中国本土では言論の自由が大きく制限されている。デモなどのやりとりが出来なくなるよう、当局が通信にフィルタリングをかけるなど、朝飯前のきわみである。そこで人々は、日常会話で使われる「散歩」という語に言い換えて、検閲をすり抜けた。民衆は案外強かである。散歩。なんて平和的な語。

「けど漢字ってストレートだから、ぐさっと来るのもあるのよね」

 ちなみに、今までにユリを「ギョッ」とさせた第一位は、「SARS(重症急性呼吸器症候群)」の流行のカギとなる、特に強い感染力を持ってしまった患者「スーパースプレッダー」を形容する「毒王」だそうである。たしかに、えげつないぐらいストレートだ。

 ……なお、今や全国規模で市民権を得た「えげつない」という表現だが、元々上方方言である。つまり大阪弁である。本日も大阪弁は、着々と全国の「日本語普通話」を侵略中だ。


 トモやユリと同じく教員志望、3回生となったリナは、介護実習を順調に消化した。卒論の準備もそれなりに順調に進めつつ、いよいよ4回生へと進学する。

 ん? アヤの教職課程? とうの昔に脱落済みだ。ドイツ語単位撃墜に加え、トモの教育臨床心理学のレポート(※1万文字)を見て、アヤは脱兎のごとく逃げた。それはもう、薩摩まで行かんばかりの勢いで逃げた。いや、この浪速大学での教職課程が、そもそも過酷なのは事実である。脱落者も多いから、アヤが特段ヘタレというわけでもない。

 だのに、特に過酷な史学系研究室に所属しながら、さらに院へ進学するというのだから、もうアヤは「前田さん、マゾですか?」と思わず聞いてしまったぐらいだ。

 あまりに過酷なカリキュラムに、精神を患った人間すらいる。それが浪速大学文学部・史学系研究室である。そこの院へとわざわざ飛び込む。人これを「入院」という。実に悲しいほどに現実に即している。ここへ飛び込むのは「アホ・ボケ・変態」の、少なくともどれか一つを属性に持つといっても過言ではない。

 ユリに言わせれば「そのうち政府は『教師は修士号必須』とか言い出すねんから、今のうちに取っておいた方が楽やろ」ということらしい。だが、リナの「必須になったら、絶対ハードル下がると思うんやよね……」の方に、トモは賭けている。中国哲学で修士号? 死ねと?

 なお、アヤは定員オーバーの抽選を潜り抜け、無事に日本学研究室に入り込んだ。

「悪運の強いヤツ……」

「私から悪運を取ったら悪どさしか残らへんし!」

 トモの呟きに、ささやかな……おっと、発展途上の胸を張り、アヤは返した。

「それ、単なる最悪やん」

「ふふん。悪もまた価値観の一つなのだ」

 This is DO-YA-GA-O.

「にわかゴスの中二病のセリフか」

「やぁん♪ アヤちゃんは永遠の少女たるクラロリやのにー!」

「さぶいぼ立つわ。何抜かしとんねん」

 ボケツッコミは本日も健在。大阪は今日も平常運転である。




「さてさて、本日は『ICBM』結成祝いの日や。ウチらも3回生になり、何かと忙しくなる今年やけども、めげずにド派手にアホやらかそうっちゅう、高らかな誓いの日や」

「アホをやんのに、正式名称は『BAKAYAROU』なんかい……」

 2月なのに新年会を称し、アヤは友人と先輩方に声をかけた。しかし苛烈な卒論地獄にのたうっているユリは不参加。1月に論文の提出は終わったのではないか、と問えば「2月は口頭試問や!」と返された。何でも、かつて、卒論を提出し、この口頭試問も受けたものの、論文の穴を試問でフォローしきれずに、卒業と就職がパァになった先輩がいるという。恐怖!

 ちなみにリナは、家庭教師のバイトが追い込みらしい。高校受験と大学受験を掛け持ちしているというのだが、なるほど、2月は「いよいよ勝負!」の時期である。

 というわけで、盃を掲げたアヤの本日の同席者は、トモだけである。なんだかんだ言いつつも、きちんとつきあってあげてやるあたり、トモは実に「いいやつ」だ。もっともアヤにとっては、頭に「都合の」がつくかもしれないが。

「そこは『シャレ』や……別に『Inter-Campus BOKENASU Members』でもええで?」

 ボケナス。ばかやろうの方がまだマシだと、トモは内心にため息を吐く。

「ユリ先輩、なんか正式名称が、リアルに『ICBM』ゆうサークルあるて言うてたんやけどな」

「えっ?!」

「たしか『インター・カレッジ・バドミントン・メンバーズ』とか」

「あっ、ほな大丈夫や。活動内容カブッてへん」

「そういう問題かい!」

「っちゅーか、コレ別に大学側に正式に登録する組織ちゃうしな。秘密結社やから」

「秘密結社(笑)」

「(笑)」


 今更であるが、ここは大学の近くにある、小さな料理屋である。

 スーパーどんぶり勘定のおかげで、貧乏学生のお財布に優しいお値段設定になっているという、もはや完全に店主の趣味が炸裂しているだけのような店である。

 体育会系の連中に知られたら、あっという間に元手分まで食い尽くされるというので、ユリが厳重なる注意と共に、こっそり教えてくれた隠れ家だ。

 ちなみに今までのバカな会話、全てカウンターで交わされている。

 当然、カウンター越しに包丁を握る大将には筒抜けだ。

 カウンター越しに寄せられる生温い視線を、するするとやり過ごし、出し巻き卵追加ー! とアヤは声を上げる。ここの出し巻き卵は絶品である。

 それで思い出したように、トモも声を上げる。

「あ、せや。赤だしおかわりと、ご飯ももう一杯」

 どんぶり勘定と前田ユリが言っていた理由、その2。

 このお店、学生限定ながら、お吸い物とご飯は、何杯おかわりしようがタダである。

 その話を聞いた瞬間に、体育会系学生には絶対秘密でなければならない、というユリの言葉を、アヤもトモも大いに理解した。食い尽くされる。食いつぶされる。

 アヤが秘密結社(笑)の結成式に、秘密の隠れ家的なこの小料理屋を選んだのは、そういう隠れた意味もあったりする。そしてトモは、それに気づかぬ「間抜け」ではない。

 何故にこの値段で出すんです……という銘酒をすすりつつ、二人はさらなる「獲物」を求めて、大将が卵を混ぜる音をBGMに、カウンターのショーケースに並ぶ食材を眺める。ちなみにココ、魚料理が基本である。とりあえず、アジの南蛮漬けを頼むトモ。地味にお気に入りである。



 ショーケースをニラみながら、うーん、とアヤは知った顔で唸る。

「うーん……やっぱりグジがええなぁ」

「何京都かぶれしとんねん」

 グジ。京都の言葉で、甘鯛のことである。大阪人はあまり使わない。摂津地域出身の人間ならともかく、バリバリ南大阪人のアヤが使う言葉ではない。

「いや、なんか通っぽいやん」

「人それを『半可通』という!」

「貴様らに名乗る名はない!」

 アヤの隙のない切り返しに、ガクッとトモが崩れ落ちる。

「なんでこのネタ通じんねん……」

「通じひんと思うてフッとったんかい! ウチは可愛いオタクやで。この世のあらゆる真面目にふまじめなネタと、真面目すぎて一周半回転して笑えるネタは、団塊世代向けのネタやろうと集めて回る、由緒正しい大阪人や」

 その例に、トモはこの間、珍しく4人で集まれたカラオケを思い出した。ユリの卒論提出直後の、自棄のやんぱち大集会、とか何とかいうふざけたタイトルの集会だった。

 卒論提出とともに、何かが「ふっきれた」らしいユリは「カチューシャの唄」を入力しながら、日本語字幕総無視してロシア語で歌い、果てには「ドナドナ」を入力して、こちらも日本語字幕総無視で、原語イディッシュ語で歌っていた。無駄に迫力のある歌い方をする……というか、ユリの歌声は妙にビブラートが効いているので、聴きながらゾワッとしたものだ。しかも、あの無駄な博識で、ドナドナの超絶暗黒な成立背景の解説……病んでる、と思ったものである。

 それを和らげるかのように、アヤはカオスなチョイスで、場を攪乱していた。

「こないだのカラオケで『月光仮面』歌っとったな」

「ええ感じやったやろ、あの背景!」


 そう、歌詞の背景映像で、実写版の映像が流れたのだ。

「あの悪役の胡散臭さ、すごかったな……」

 謎の仮面をかぶった悪役集団……妙にチープなのが、いかにも時代を感じさせて「嗚呼……」という気分たっぷりにさせてくれた。とりあえず、道路に中央分離線すらもないあたりに、もうツッコミの気力が削げた。

「それもやけど、いや、真面目にな、アクションシーンとか、恰好良えとこもあるねんで? あんなたっぷりした布やのに、綺麗に捌いてアクションしはるねん……せやけど、あのシュールさが……」

 ぷくくく、とアヤは笑う。

「知っとった? 最初の月光仮面のバイク、50ccやねんて!」

「……原付やんけ」

 トモのツッコミが、沈黙の中に響く。ちなみに「やんけ」は泉州方言で、北摂は尼崎出身のトモが本来使う表現ではないのだが、アヤから感染した。大阪弁は相互に感染する。

 ん? 尼崎は兵庫県? 

 市外局番06は、実質大阪の領土であるとは、大阪府民と神戸市民の言である。ヒョーゴスラビアにおいて、尼崎が所属する「セッツィア=ハンシナビア」は、「隣国」(笑)との強固なつながりを指摘される「自治州」(笑)である。

 ちなみに「ヒョーゴスラビア」は、現実にネットに流布しているネタであり、いわく「ヒョーゴスラビア連邦共和国は、多様な民族・文化が入り混じっており、構成主体はセッツィア、ハリマニア、タジマニア、タンバゴビナ、アワジネグロの5共和国と、サヨー、セッツィア=ハンシナビアの2自治州からなる。初代大統領はイトー、連邦首都はコーベグラード」だそうである。笑え。

 なお、本家ユーゴスラヴィアのネタを借りて、きちんと数字合わせのスローガンもある。

 本家は「七つの国境、六つの共和国、五つの民族、四つの言語、三つの宗教、二つの文字、一つの国家」だったが、こちらは「7つの県境(京都・大阪・岡山・鳥取・徳島・香川・和歌山)、6つの方言(摂津弁・播州弁・神戸弁・淡路弁・丹波弁・但馬弁)、5つの旧国(摂津・播磨・但馬・丹波・淡路)、4つの新幹線駅(新神戸・西明石・姫路・相生)、3つの空港(伊丹・神戸・但馬コウノトリ)、2つの海(日本海・瀬戸内海)、1つの心(「我らは大阪にあらず!」byイドー現大統領)」である。



「冷静になって考えてみーや……50ccのバイクをデコッて、グラサンに三日月ターバンに全身タイツ、無駄にたっぷりしたマント翻して、謎の棒立ち射撃……もう笑う要素しかあれへんやん」

「ついでに……まり○っこりか」

 お嬢様スタイルの相手にフるネタではないのだが、中身はそんなお上品なものではないことを、トモはよくよく知っているので、あえてフッてみた。案の定、お上品さの欠片もなく、アヤはゲラゲラと笑った。が、きちんとフォローもする。

 フォロー。それはお笑いの基本。根本の教養である。フォローなき「わらい」は、もはや「笑い」ではなく「嗤い」である。お笑いの根幹にあるべきモノとは、他ならぬ笑う対象への「愛」もしくは「敬意」だ。好きで好きでたまらないので、ついからかってしまう。そんな小学生男子みたいな原理こそが、実はあらゆる「ユーモア」の根幹なのである!

「いや、でも、あれでもな、実は真面目な元ネタあるんやで? 『月光仮面』は、すなわち『月光菩薩』の化身なんや。菩薩はカミサマちゃうから『正義の味方』であって、どこまでも『正義』そのものにはなられへんのや」

「ほほう」

 意外にありがたそうな元ネタだ。なぜそれがターバンなのかは疑問だが。むしろ、ターバンで三日月というと、月光菩薩よりも、何ぞイスラーム的なものを連想するのは、時勢故か。

「ちなみに『正義の味方』いう日本語の初出が、この歌や」

「マジか」

「マジやで。作詞者の川内センセが、熱心な仏教徒やったんで、こういうコンセプトになったて。せやから、後々に出てくる『日光仮面』は、日光菩薩が元ネタになるんや」

「と、そこまで知っときながら、笑うねんな」

「やってぇ……ケーブルで再放送見てしもてんもん……もう、バカウケしてもーた。第一話の放送やねんで? 第一話のタイトルやねんで? せやのに『幽霊党の逆襲』やねんで? なんで第一話で『逆襲』やねん!」

「何でやねん……」

 ゲラゲラ笑うアヤに、またも力なくツッコミを入れるトモ。


 さすがに、第一話から「逆襲」とは、これ如何に。

「そら、第四部の第一話やからな」

 合いの手は、カウンターの向こうから入った。大将だ。

「え? 第四部?」

 トモの疑問に、せや、と大将は出し巻きの皿を寄越しながら、答えてくれる。

「……知っとったん?」

 ジト目でアヤを見ると、涼しい顔で出汁巻きを割りながら、うん、とアヤは頷く。

「知っとったけどな、もう、なんかその後、空中にグラサンとパナマ帽が浮いて、登場人物のナイスミドルが『だ、誰だ?!』いうて誰何した後の返事が、いかにも涼しげに『幽霊ですよ』で、しかもそれへの反応が『ゆ、幽霊だと?!』っていうやり取りで、死ぬほど吹いた」

 多分コピーされた声色は、かなり正確なのだろう。

 ゆ(↑)う(↑)れ(→)い(↓)ですよ、という言い回しが、妙にツボに入る。

「その後、月光仮面が颯爽と登場して、そんで『月光の先生が来て下すったから、もう大丈夫だ』ってやり取りが続くんだな」

 大将が補足をしてくれる。なるほど、団塊ホイホイのネタらしい。

「月光の先生て……」

 なんだか、時代劇チャンネルの、某暴れん坊な将軍様の殺陣シーンに入る前の、悪役の定番ゼリフである「先生方! お願いしやす!」を連想してしまう。アヤも同じだったようだ。

「時代劇か! ……て思うたけど、ある意味時代劇やったわ」

「……せやな」

 団塊の世代がいたいけな青少年だった頃なんて、バブル崩壊後生まれのアヤやトモには、大いなる過去の時代である。好景気? そんなもの、ありましたっけ? 経済成長? 何ソレ、美味しいらしいけど、味わったことないですねぇ?

 アベノミクスと世は騒がしい。

 だがしかし、日本経済の末端にぶら下がることも出来ていない貧乏学生に何の恩恵があるというのだろうか。少なくとも二人は体感してはいない。



 消費税増税が決定した瞬間の呪いの気持ちを、二人は永劫忘るるまい。

 ただでさえお金のかかる趣味である、ゴシック・ロリータ愛好。消費税が5%から8%に上がれば、2万円のお洋服は税込み2万1000円から、2万1600円になる。10%に上がれば、2万2000円だ。だが、それだけで済むわけがない! 

 諸材料費の高騰に人件費。原発ストップにからむ電力会社の値上げを考えれば、値上げ幅は今までの仕上がり品の、単純なパーセンテージアップでは済むまい。

 好景気など知らないのに、物価が上がる。

 貧乏学生にとっては、名目経済成長率だとか、消費者物価指数の上昇だとか、体感に換算すれば、ただのスタグフレーションである。

「ほら、今度、セーラームーンの新作? リメイク? 原作準拠版出るやん? せやけど、そもそもウチら旧版知らへんからな。あれもある意味、時代劇やわな。いや、旧版調べたら『翠のエスメロード』が、ジュリ扇振って高笑いしてるキャラやったけど、ジュリアナ東京とか、ホンマ時代劇やろ」

「おおー、懐かしいな、その単語」

 大将、食いつくトコはそこですのん?

 ……という呟きを、トモは差し出された赤だしと共に飲み下す。

「ウチらも大概、時代劇なカッコが通常運転やけど……あくまで『モドキ』の自覚はあるしな。本気でそのつもりで貴族とか称しとったらイタいわ。貴族とか、先祖が大量殺人者であることを吹聴しとる輩のことやろ?」

「……元ネタ『悪魔の辞典』やな? ユリ先輩仕込みか」

 トモの指摘に、意外なことにアヤは首を左右に振った。

「いや、仕込みはネットや。何でも前田さん経由やと思わんといてや……いや、そう思わせるぐらい喋りまくるけどな、あの人。けどコレは言わへんやろ。前田さんの家に家系図があるて、明石さん言うてはったけど、なんかどこぞで戦国武将からマジに貴族に繋がるらしいで。アウトやろ」

 ……うん、アウトだ。

 トモは目だけで同意を返した。


 アヤは出し巻きの大根おろしを綺麗に除けつつ、ふかふかの卵を口に運ぶ。大根おろしは滅びて良いと思う、辛いもの大嫌いなお子ちゃま舌だ。

「明石さんの言いはるには、系図なんか系図屋に依頼したら、適当にお望みの貴族に繋いでくれるから、アテにはならへんらしいけど……っちゅーか、それ言うたら、家紋が六文銭で真田のウチとかどないなんねん、ってヤツやわ」

「……めっちゃ殺しとるな。幸村に繋がるんやったら」

 せやねん! と、アヤはがっくりうなだれた。

「次の大河やでー! どんだけキレイキレイされるんやろな……直江兼継とか、『殺したら責任もって生き返らせろ』て訴えてきた農民に、『それならお前をあの世に送ってやるから閻魔様に直訴しろ』ゆーて殺しとるがな」

 いや、それは、農民の訴えも大概ムチャ振りだが。しかし、かの大河ドラマでは、このエピソードは「キレイキレイ」に「シュクセイ」されていた。

 実に、アヤの心配も、杞憂とは思えない。

「リアル幸村……もとい真田信繁の逸話、さんざんリナ先輩に聞かされたもんなァ」

「兄貴に酒たかってるヒモ話とかな」

 明石リナ。彼女は日本史・戦国オタクである。

 なのに、何故日本史学専攻ではなく哲学専攻に入ったのか、とかつて聞いたみたアヤは「ただのオタクやからこその『無責任な萌え』って特権を、失くしたなかったんよね」と言われ、深く納得した。

 専門にしてしまったら、萌えとか言っていられない。

「私は『歴女』レベルでえぇんよ。専門家になったらしんどいやない」

 あの時のリナの言葉に、今、アヤは大いに同意する。

 ゴシック・ロリータで卒論執筆を目指すアヤは、すでにユリから大量の先行研究を受け取っているが、趣味が義務になった途端の苦痛は、結構クる。

 というわけだから、尚更に、はっちゃけられる部分でははっちゃけたい。

 そういう現実逃避も兼ねての「ICBM」結成だ。



「っちゅーか、気になっとったんやけど、なんで『Inter-Campus』なんや?」

 トモの問いに、ふふん、とアヤは発展途上の胸を張る。

 いや、トモの疑問はもっともなのである。よくつるむ4人は、史学・哲学・文化系の差はあれ、全員が文学部所属である。キャンパス違いどころか、学部すら同じなのだ。

「外国語学部を一人捕まえてん」

 なるほど、とトモは納得した。外国語学部。元々は独立の大学であったものを、事実上吸収合併した結果成立した、文系学部である。無論、元は別の大学であるのだから、キャンパスも別だ。

 ただ、特に文学部の語学系の反発感情は、なかなかのものだったらしい。ユリの、やたらと広い謎のコネクションが拾ってきた情報によれば、「数学ⅠAまでしか受験で使っていない人間が、浪大生を名乗るなど、おこがましい!」というキョーレツな声もあったという。

 そう。理系からはアホ扱いされがちだが、浪大生は、文学部まで全員が、少なくともセンター試験では数学ⅡBまでを解いている。その苦痛の記憶の共有は、とかく見下されがちな文学部生のコンプレックスにとって、案外と根深い「プライド」になっていたようである。

 現在でも、特に院生などは「外国語学部(笑)」扱いをしているようだが、統合後の入学者で、しかも手抜き大好きの真田アヤに、そんな感情はない。センターで存外ⅡBが取れたから、文学部に宗旨替えしただけで、本音は外国語学部ドイツ語が狙い目だったのだ。

 ……いや、本当にⅡB取れて良かったな、というのが、ドイツ語撃墜後の感想である。アレを延々、延々やり続けることが苦痛でないのだとしたら、数学なぞ出来なくとも、外国語学部の人間というのは、実に恐るべき存在である、とアヤは思うのだ。

「そのメンバーは? 呼んでんの?」

 トモの問いかけに、アヤは困ったような薄ら笑いを浮かべた。

「いやぁ……バイトやて。カテキョの追い込みらしいわ」

「……明石さんかいな」


「ま、英語がネックの人間にしたら、浪大外国語学部の英語専攻は需要あるやろ……何でも仲介の人が同じやったとか何やとか」

「あー……て、外語でも、英語はエリートコースやん!」

 外国語学部で、二つ、文学部からも別格の扱いを受けるコースを挙げるなら、英語専攻とフランス語専攻である。

「せやけど、まぁ、医学部っちゅーどデカイ『巨塔』が聳えとるからなぁ」

 医学部。白い巨塔。むしろ白亜コンクリの神殿。人数の工学部、伝統の医学部と、理系諸学部の双璧をなす、浪大の大勢力だ。まぁ、工学部にも変た……失礼、名物教授はいろいろいるが。

「ユリ先輩の知り合いの医学部の人、カテキョの合格報酬だけで、10万円オーバーやったらしいもんな……まぁ、医学部はブチ抜きの偏差値やしなぁ」

「『へんた医学部』やけどな」

「『よぶん学部』の腹いせネタかいな……」

 ヒドいあだ名をきかされ、ウワァと遠い目をするトモ。

「いや、かなり古いらしいで? ちなみに京都大は『あやし医学部』らしい」

「『かしこ医学部』な気がするねんけどな……」

 京都大学。西日本の最高学府であり、1人の天才を生むために、9万9999人の社会不適合者を輩出するまでと言われる、「天才と変態の間の『カミ』」が集結した大学だ。

 折田先生像やら、毎年の何かがおかしい学祭スローガンとか、存在そのものがツッコミ待ちにしか見えない、というのが、基本的な大阪人の対京大イメージである。第37回のスローガンは「我輩は京大生である 理性はもうない」だ。漱石は東大やろ、とツッコんだ大阪人は、おそらく枚挙に暇なかろう。

 しかし、戦後第2回の学祭からして「独占資本主義社会におけるマゾヒズムとサディズムの意識」なので、ビョーキの萌芽はもともとあったようだ。

 まぁ、カシコイ大学であるというイメージは、やはり、それでも崩れない。

 狂っても日本最高学府の双璧である。



「それは、まんますぎるやろ。あ、そういえば『おり工学部』いうんが、ウチの工学部の自称らしい」

「『おと工学部』ちゃうんかい」

 男子率9割とも言われる工学部の他称は、トモの方が正しい。

「……それ言うたら『女子か医学部看護学科』」

 医学部看護学科。女子率9割。女子会テンションが通常運転という、工学部の人数の関係上、男子率の方が勝る浪大においては、実に希少な学科だ。

 そして、互いに目を合わせて、ハーァ、と同じタイミングでため息をつく。

「どう足掻いても、文学部の『美称』は思いつかんなぁ」

 トモの言葉に、無駄に重々しく、アヤも頷く。

「宿題やな」

「……とりあえず、『あそぶんがくぶ』呼ばわりするヤツはシメる」

 トモほど頑張っていないくせに、ウム! とアヤも同意する。ちなみにこれ、地味にあの兵庫県出身のジャーンジャーンと「むむむ」で有名な、例の大先生の壮大な漫画が元ネタのボケである。

 トモには通じなかった。

(反応せぇや、兵庫県民!)

 いや、ヒョーゴスラビア連邦、セッツィア=ハンシナビア自治州出身者たるトモに、首都コーベグラードのネタを振る方が間違っている、のかもしれない。

「現状は……『堪え忍ぶんがくぶ』やもんな……毎日が玉音放送(笑)」

 ハーァ、とトモは肩を落とす。教職課程選択組に、安寧はない。

「『堪え難きを堪え、忍び難きを忍び』」

 すかさず、玉音放送のフレーズでも最も有名な部分を引用するアヤ。腐っても文学部である。ただし、「堪え忍ぶんがくぶ」を地で行く相方からは、即座にツッコミが入った。

「離脱組のお前が言うな」

「……ネタ振ったんトモやろ」

 お互い、分かっていてのやり取りである。

 以心伝心。母校は違えど、北大阪文化圏と南大阪文化圏の差はあれど、この2年のうちに、少々きわどい冗談を飛ばせるレベルの仲になった、とは思う。

 が、次にアヤが満面の笑みを浮かべたのには、さすがにイヤな予感しかしなかった。

「それにしても、いよいよ2015年や……大坂の陣400年記念祭!」

「……リナ先輩、はっちゃけてたな」

「そうそう。で、その小細工で知り合うた相手やねん、外国語学部のは」

「……小細工?」

 嫌な予感に眉をひそめる友の肩を、満面の笑みでアヤは叩く。

「明石さん、一浪。ウチとトモ、一浪」

「おい、ちょっ、待て……」

 浪人というのは、ちょっと触れられたくない話である。

 というか、仕掛け人が「歴女」明石リナで、賛同者が真田アヤという時点で、後藤トモの脳内はレッドアラート炸裂中だ。

「外国語学部一浪……長宗我部、ゲットやで!」


 ぐっ、と親指を立てて、ニタァ、とアヤは宣言する。当たった。

「ポ○モンちゃうねんぞ!」

「ちなみに、正確には長宗我部ちょうそかべではなく、宗我部そがべやけど」

「ちゃうんやんけ」

「長宗我部なんちゅう珍姓が、ゴロゴロ転がってるとでも思うんかい」

 意外に真っ当な切り返しに、だからコイツはたちが悪い、と内心にごちる。

「……せやな」

「ちなみに、フルネームは『宗我部チカ』や。完璧やろ?」

 大坂城・牢人五人衆。明石あかし全登てるずみ真田さなだ幸村ゆきむら(※本名:信繁のぶしげ)、後藤ごとう又兵衛またべえ基継もとつぐ長宗我部ちょうそかべ盛親もりちか毛利もうり勝永かつなが

 すでに浪速大学文学部には、明石と真田と後藤という「浪人」がいる。

 そして、外国語学部・英語専攻の一浪、宗我部チカ。

 ただでさえ何かの罠かと思わせる顔ぶれが、しかも明石に至ってはカトリック信徒という、変に史実に沿った……ただし性別を除く……チョイスで出現。

 間違いない。良識派に見えて、明石リナは斜め上にとんでもないことをやってのける。新今宮スパワールドでの女子力対決を、並大抵の「大阪のおばちゃん」には太刀打ちできない、エレガントかつエコノミーなテクニックで完勝した女子だ。

「……毛利勝永は?」

「前田さんの『五大老』コネクションで、調達済みや。普段は『無難着』来てるから分からんけど、週末ロリータらしい」

 何故前田ユリが、と思ったが、リナは一浪したから後輩になっているだけで、もともと二人はクラスメートだったのだった。

 ちなみに「週末ロリータ」とは、平日は「無難な服(=無難着)」で「一般人」に擬態し、土日にはロリータ服を愛好する真の顔を見せる人々をさす。彼ら彼女らは「コスプレイヤー」ではない。平日の服こそが、むしろ本人たちにとっては、嬉しくもない強制されたコスプレである。ご注意。

 だが、何もかも置いておいて、とりあえず一つ、ツッコませろ。

「五大老の毛利と、大阪の陣の毛利には、縁もゆかりもないやろが!」

 そんなトモに、アヤは発展途上の胸を張る。

「"Inter-Campus BAKAYAROU Members"、始動や。間抜けで滑稽であるほどに、身内でゲラゲラ笑えるゆーモンよ!」

「……馬鹿ッターはすんなよ」

「天下に誇り高き浪大生として、そんなゴミカスはいたしません!」

 どーだかな、という内心を、この時は心に隠したトモであった。



 なお、前田ユリの「五大老」コネクションなど、何やねんソレ、とツッコみたいところは山ほどあったが、目の前に「では、来たる年度もよろしくお願いします」との言葉とともに、山吹色に輝く……包装の入浴剤を差し出され、即座にそっちに思考を持っていかれた。

 これは、悪代官ごっこを求められている。

「……そちは悪よのう」

「えー! そこは、そち『も』ちゃうん?」

「アホ抜かせ! 面倒事持ち込んでくんの、大概お前やんけ!」

「て、言いながら、山吹色の菓子はちゃんと鞄の中」

「なんで菓子やねん! 入浴剤やろ!」

 山吹色、もとい、黄金色のラッピングを施された上には、でかでかと毛筆書体で「入浴料」と書かれたラベル。何をどう見間違えというのか。

 なお、仕舞う時にチラッと裏を見たら、某ハンズのロゴ入り値段シールが貼られていた。定価は300円だった。値札外せよ、と思うと同時に、実にネタに走る大阪女子だとも感じた。300円あれば、500mlペットボトルのお茶が、うまくすれば3本買えてお釣りが来るのに、何に使っているのやら。

「ま、とりあえず……一献」

「さっきから飲んどるやんけ」

 尼崎出身者とも思えないほど、完璧に泉州弁に侵略されているトモ。

 ふふふふ、と、アヤは「我が意を得たり」とばかりに笑う。

「さっきまでの酒は、兵庫は灘の『日本盛』」

「……まぁ、メジャーやわな」

 良いお酒~♪ のフレーズで、知らぬ者はない関西の酒だ。

「だが次の酒は! リナさん経由でGETした、但馬は朝来あさごの銘酒『竹泉ちくせん』!」

 This is DO-YA-GA-O.

 だが、差し出された酒は、意外なほどに小さかった。

「……1合?」

「ふふふふふ……」

 今日は、やけに大きなカバンを持っている、と思っていたが、謎が解けた。

 同じく「竹泉」と書かれたミニサイズの、しかし微妙にデザインの違うビンを、アヤはカウンターにずらりと並べていく。なるほど。飲み比べセットか。

「こっちは……純米酒……え? 純米大吟醸?」

「さぁ悩め。悩みたまへ」

「ええー?」


「ちなみに『竹泉』は、生産量の少なさから、兵庫県内でも但馬地域近郊、主に朝来でしか、まずお目にかかることはない、まさに『地酒』やそうや」

「それ言われたら、余計に勿体なぁなってくるんやけど」

「……て言うと思って、こんなものを用意しました」

 お前の鞄は、某青いタヌキ型ロボットのポケットか、と、思わずツッコミかけた。

 アヤは、180mlの小瓶を、とん、とテーブルに置いた。「竹泉」とある。

「トモ、しっているか?」

「お前は新世界の神か」

 この1年の間に、かつてツッコミに逃げようとしていたアヤは、多少オタッキィな身内ネタ系とはいえ、一応のボケ路線に復帰するための、アホな努力に時間を費やしていたらしい。

 ……撃墜したドイツ語やれよ。

「いや、純粋に。っちゅーか、『新世界』の神はビリケンさんやろ……いや、尼崎やったら、伊丹は近いやろ?」

 確かに、すぐお隣の市である。気風はずいぶん違っているが。

「あー、まぁ。少なくとも、アンタの実家よりは……リナ先輩のが近いやろけど」

 ふふふふふ、と、緑色の小瓶を差し出しつつ、アヤは笑う。

「伊丹空港は、飲兵衛の飲兵衛による飲兵衛のための空港や」

「はい?」

「100円で、近畿一円の地酒が試飲し放題の『自動利き酒マシン』がある」

「……知らんかった」

「そして、朝来以外ではマイナーなこの『竹泉』も、伊丹空港ならば手に入る!」

 まぁ、この小瓶しか扱うてへんのやけどね、という注釈は入ったが。

 しかし、そんなマイナー地酒をも網羅するとは、恐るべし、伊丹空港。

「ま、清酒発祥の地の一つやしな。当然、メインの売りは地元、小西酒造の『白雪』と、老松酒造の『伊丹郷』やけどな。なんで和歌山・奈良・滋賀の地酒まで飲めんねん……京都はともかく」

「あー、伏見の酒は有名やもんな」

「っちゅーわけで、遅うなりましたけど、今年もよろしゅう頼んます」

 5本のセットを、カウンター越しに差し出すアヤ。苦笑と共に受け取る大将。

「ちょっ! ウチのとちゃうんかい!」

「うん♪」

「何で無駄に悩ませてくれたんや?」

「その顔が見たかったから!」

 キラッ☆ と効果音がつきそうな、無駄にあざといポーズで答えるアヤ。

 ……殴りたい、この笑顔。

「まぁ、何はともあれ、祝いや祝い……トモ好みの、すっきり辛口やで」

 一応、そこは配慮してくれていたらしい。

 もう一本、今度は『香澄鶴』と書かれた小瓶が出てきたのを見た時には、お前の鞄は(以下略)と思わずにはいられなかったが。

「こっちは甘口やの。ウチの好み。無論、伊丹空港調達」

「……飲兵衛に優し過ぎる空港やな」

「まぁまぁ。肴もええ具合に揃うてきたし、乾杯といこうやないの」

 幻の地酒というワイロを受け取り、大将がお猪口を出してくれる。各々、礼儀作法もへったくれもなく、手酌でめいめいの好みの酒を、己の猪口に注ぎいれる。



「ほな……乾杯や!」

「乾杯ーァイ……」





えー。浪速大学は、架空の大学です。

ものすごく某大学を連想させるかもしれませんが、架空の大学です。

まぁ元ネタの大学は……ええ、医学部がアレでアレになって有名になったあそこです。大先生のネタに乗っかって、本キャンパスは大阪市内に設定しておこう……文系が冷遇されてる感じを強調して、と……


この小料理屋は、元ネタの大学の近隣に実在しますが、経営の安寧のためにボカしておきます。現実の店では女将が大将の値引きサービス精神に待ったをかけてますが……それでも止まらないのが、大将なのだ。

とりあえず……原価率8割超えとか、真面目に経営する気がなさすぎる……酒税どころか、送料も、保管時の経費も考えてなかった……どこに放置しておく気だったんですか、あの山形の美酒を……


さて、近年の朝来の名物と言えば、日本のラピュ……おっと間違えた、日本のマチュピチュこと「竹田城址」ですけども、あそこの天空の城な抹茶バウムクーヘンは……アウトー! パサッパサだった(2015年3月体験記) 食の都・大阪の民として、断固改善を要求する! 竹田城のネームバリューに乗っかってるだけじゃ、グルメな大阪人(そして実は意外にグルメな兵庫県民)はついてこないぞ! 

それにしても、竹田城も有名になっちゃったモンだ……個人的には秘境な感じがツボだったのに……


こうなったら、我が心の愉悦・信貴山にでも行くか……歴史学を院まで真面目にやった身としては、十把一絡げに「歴女」呼ばわりされるとイラリとくるが……信貴山だからって松永久秀だと思ったら大間違いなんだよ。

私はマイナーな人を掘り起こして、一人でニヤニヤする趣味です。ゲームキャラになってるようなメジャー武将なぞ、ご先祖様(※父方)だけでお腹一杯だ……っていうか、あの家は色々と濃すぎてコメントに困る。変態! 変態!


……今、自分自身に、400年の時を壮大な超えたブーメランが刺さりました。そうだ、私も変態だ……うん……人のこと言えなかったわ……



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