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氷渡り  作者: すぺーど
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第二話 それは花開くように Ⅲ

「ここ、如何ですか?私の好きな場所なのですが」


 彼女に案内されたのは、さっきの場所から進んで少しのところにあった空地である。そこだけは木々の密度が少し下がり、辺りには一本だけ背の高い、裸になった大木が生えているのみ。その根元に彼女は腰掛けていた。


「…で、あなたとサチさん、どういう関係なの?」


 話をしたい、と言った癖に落ち着きなくこちらの様子をうかがっている女の子に、別にそのまま黙っていても良かったが待つのは性が合わず、しかし余計なことを思い出したせいでもやもやする心中からつっけんどんに、というよくわからない状態のまま私は彼女に声をかける。


 少しの沈黙の後、彼女の顔に火が付いた。


「か、かかかかっ、関係っ、て、そ、そういうのじゃないですからっ!!」


 必死にわたわたと手を振ったり意味不明な行動をしている。


…あー、うん、ごちそうさま。


 というのは冗談にしても、まぁ、なんというか…誤解されるような発言をしたのは私の落ち度だけど、そこですぐそっちの方面に持っていけるのがなんとなく残念な気がしないでもない。


「こほん…じゃなくて、えーと…どういう知り合いなの?」


 誤解されないよう今度は慎重に言葉を選び出す。


「ああ、そういう、意味でしたか…アハハ…えーっと、ですね…」


 恥ずかしそうな彼女。じゃぁ最初からあんなこと言わなければいいのに…とは思っても言わない。

 幸い私の意地悪な内心には気づかなかったようだが、彼女は少し難しい顔をしていた。


「それを説明するなら、私のことから説明しなければいけないのですが…あの、実はあまり他の人に話してほしくないのですが…」

「何よ、それ」


 何か覚悟をしたような顔で、



「えっと、…実は私、精霊なんです。」



 暫しの間、沈黙が満ちる。

 思わず、私は右手を少女の額に押し当てていた。


「えっ、あ、ちょ、はわわわっ?」


 少女の奇声で我に返る。心なしか頬が紅くなっているように見える。そっちの気があるのかもしれない。いや違うか。


「えっと、…本気で言ってる?」


「わ、私としては、寧ろこれで驚かないあなたが…あ、もしかしてあなた、迷い子ですか?」

「迷い子?」

「やっぱり…ええと、ですね。たまに別の世界からここに来た、と言う人がいるんです。何かの拍子に飛ばされてくる、と聞いたことがあります。あなたもそうなのですか?」


 心の中で舌打ちする。サチはそんなことを教えてくれなかった。


「ええ、多分そうよ…多分。」

「そうですか…他の世界と違って…いるのでしょうか?精霊というのはこちらでは一般的な存在なんです。」


 まじまじと彼女の目を覗き込む。彼女は至って真剣な目をしている。

 …というか、よくよく考えてみれば私はもう既に神らしきモノに会ってよくわからない経験をして死にかけてるのだった。今更こんなことで驚いてもいられない。

 一度納得してしまえば、気絶する前に少女が操っていた灯りのことも、意志を持ったように動く木の葉のことも納得できる。


「…わかった。続けて。」

「はい。…精霊というのは、必ずどこかに依代よりしろを持っているものなのですが、私の場合はこの木でした。」


 彼女がそこで少し頭上に目をやった。枯れ枝の隙間から差し込む光に、眩しそうに眼を閉ざす。


「昔はここに、多くの人がやってきました。花見の季節になると何時も人がこの樹の下に集ってはそれぞれの方法で宴を楽しんでいて、私もそれを見るのが好きでした。…やがて私は、この人たちをもっと楽しませてあげられないか考え始めました。幸い私は精霊でしたから、それほど悩まずに、この力を使い始めました。」

「…っていうと、さっきみたいな?」

「いえ、他にも、例えばこんな風に」


 ふっ、と少女が軽く手を振ると、地面から小さな芽が生え、程なく花をつけた。「…でも」と、それを見つめながら彼女が浮かべた悲しげな笑顔で、何となく話の先を理解する。

 ヒトの愚かさは、私もよく知っている。


「やがて、人々が花の奇跡を、山神様の加護だ、と言い始めました。…それからです。人々が段々おかしくなっていったのは。」


「ある日、私は近くから『山神様』と呼ぶ声を聞きました。声のした方へ行くと、数人の村人が何やら話しているのが見えました。…その中に、一人だけ、猿轡と目隠しをされて、手足を縛られた女性が見えました。」


「屈強そうな男性が女性を引き摺り出して、周りの人々が女性を抑え込みました。そして私の目の前で、もがく女性、に向かって、右手に持っていた、お、斧を…!」


 軽く叩くように少女の方に手を当てた。焦点のずれていた目が正気を取り戻し、体の震えが収まっていく。


「…もう良いわ。無理して話さなくて」


 怯えた視線がぶつかる。目を外した少女は深く数回呼吸をして、それから小さくコクリと頷いた。


「…それから、私は人が怖くなりました。気に入っていたこの場所を訪れるのはやめ、花を咲かせることもなくなりました。それが悪かったのか、更に数人の人が…生贄にされました。そんなの、…そんなもの、私は欲しくなかったのに…!」


「人をただ拒むだけではダメと知った私はここに結界を張りました。ここへ入ろうとする者がいると魔法が発動するようになっていて、それで人々を追い返していました。」


 なるほど、昨日見たアレか、と納得する。そういえば木の葉には眠くなる成分が含まれていると聞いたことがあるような気がする。私が気絶したのと関係があるのかもしれない…いや、想定内のことだったら彼女と会うこともなかっただろうから、何か別の理由だろうか。


「そうして数年が経ちました。人々はこの山に近づくこともなくなり、私と人々との短い交流は『桜の奇跡』と密かに語り継がれる伝説となりました。」


「そんな風にやっと訪れた平穏を噛みしめていた、そんなある日のことです。…結界に侵入しようとする誰かの存在を感じました。駆けつけるとその人は、、驚いたことに結界のトラップから逃れて平然と立っていたんです。」

「…もしかして」

「はい。その通りです。」


「…それが、私とサチさんとの最初の出会いでした。」


 ふっ、と、そこで彼女は和らいだ表情を見せた。


「…でもそれがどうして?普通、貴方からすればサチは侵入者でしょ?」


「確かにそうですね。…実際私も最初は警戒していました。…私ってこれでも結構なマナを持ってるんですよ?精霊だから…だから、あの結界魔法を突破できる人がいるとは思いませんでした。」


 だからかもしれないけれど、その時のことはよく覚えています、と少女。


「あの人は私を見て、最初にいきなり私の正体を当てました。サチさんは周りの方々に『山神様の機嫌を直してほしい』と言われたそうです。あの人はそれで全てを察したようで、頭を下げながら『里の人たちが申し訳ないことをした』って。そこまですぐに判断できたのですから、きっと里の人から依頼されて来たのでしょう。」


—精霊は、殺生を嫌う


 これはこの世界ではとても普通の条理なのだという。


「サチさんは里に降りたのち、里の人たちに『山神様は療養中』と伝えたそうです。…それから十年余りが経ちました。里ではこの話を『桜の奇跡』と伝えているそうです。…今、この山を訪れる人はほとんど居ません。これが、私がサチさんに恩義を感じている理由です」


 それから私に向き直って微笑んだ。


「とはいえ、人恋しいときもよくあります。ですから…サチさんの選んだ方だというならば是非、一度話してみたかったのです…長々と失礼しました」


 暫し、口がきけなかった。


…あぁ、なんていうことだろうか。


 奪われた者と、与えられすぎたもの。


 その差はあれど、私たちの境遇はとてもよく似ている。

 良かれと思ったことが気が付いたら災いを生む。人は離れ、大事に思っていたものは居なくなる。…一人になる。そしてやっと、ほんの少しの安寧を得られる。ほんの少し前まで、私も思っていたことだ。


 けれど、今、この少女の目が、あまりにも、痛々しい。


「…あなたは、…いいの?」


「…はい?」


「……好きだったんでしょ、人と過ごすの。」


 すぐには答えず、少女は何かをこらえるように目をそらした。


「…はい。これでよかったんです。…誰も、傷つかないで済むんだから。これで、いいんです」


 けれど、その声はどこか弱弱しくて。


「…ねぇ」


 そして、私は、知っている。


「はい、何ですか?」


 私が、あの子に話しかけたときのように。酷い扱いを受けてなお、閉じこもることなく学校に通い続けたように。

 きっと簡単なことなのだ。私はあの時、抗えばよかったのだ。彼女の背中を叩いて正気に戻してやればよかったのだ。

 私も同じ目をしていたのだろうから。


「…名前」

「…え?」

「…名前。まだ聞いてない。」

「え…あ、すみません、すっかり」


「えっと…なんだか、久しぶりに名乗る気がしますね。」


 私は、木霊こだまと言います。


 か弱い笑顔を絶やさぬ少女―木霊もきっと、本当は。

 なら。


「じゃ、木霊…お願いがあるの。その敬語やめてもらえる?」

「…え…でも」


 木霊から感じる、他人を決して深いところまで立ち入らせようとしないそんな距離感。それが無意識の防衛本能から出たものだということは知っている。

―だから、どうした。

 傷つきたくない。傷つけたくない。…そんな気持ち、知ったことか。だって、木霊は私なのだ。きっと。


 手を伸ばす。木霊はその意がわからず首をかしげている。


「私は、氷雨。―木霊、私と、友達になってもらえる?」


 人が、そしてきっと精霊も、一人で生きるには世は少し広すぎる。

―だったら、一人くらいは共に歩く人がいてもいいと、私は思う。


 それでも、顔をそむけながら言った言葉はどうにも慣れておらず、ちょっぴり照れくさくて高圧的な口調になってしまった。…たとえ変わろうと決意しても、かだまだ先は長いなとこっそり苦笑する。…果たして、言葉は届いただろうか。横目で木霊の様子をうかがう。


 ふ、と風が吹いた。木霊の髪が揺れ、影が落ちていた顔に光が当たる。頬を伝う水滴が、きらりと光る。彼女の若草色の瞳が濡れ、口が小さく何かを言ったようだった。顔を隠すようにばっと顔を伏せてしまう。


 少しその反応に驚いた私だけど、すぐに意識して笑う。そしてもう一度、今度は少し身をかがめて、木霊の顔の前まで手をおくる。


「…返事、いい?」


 言葉はなかった。それでも、涙をぬぐっている左手とは逆の手が、私の手のひらに、震えながらも小さな力が伝わってきた。

 それで、十分だった。


 そっと木霊を抱き寄せる。胸に頭を当てながらも木霊が微かに頷いたように見えた。

ぎりぎり二ヶ月行きませんでしたが、入稿遅くなりました。

今回は書くのが難しくてなかなか進まず、表現の方も今ひとつ自信がありません…


ご意見、ご感想ありましたらよろしくお願いします。

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