第二話 それは花開くように Ⅱ
「 …ぁ …あの…!」
目が覚めた。
果たしてあの後一体どうなったんだったか。色々と幻想的なものを見た気がしたが、記憶が急にとぎれていてどうにも釈然としない。ついでに言うなれば少しばかり気怠い気がする。
「……あの、えと、目、覚めましたか?」
見れば分かるだろう…いや、この声、誰?と越えのした方を見ると、随分と離れた場所にかがみこんでいる女の子を見つけた。
碧玉のような目と視線が合うと、彼女が「ひっ!」と悲鳴をあげた。
あれ、私、なにか怖がられるようなことしたっけ…っていうかまず会った記憶がないんだけど。
極力視線を合わせないようにしながら彼女のことを観察する。
歳は…どうだろうか。怯えているような様子を見ると自分より年下のように思えるが、容姿だけを見れば意外と大人っぽい感じもする。
あと、綺麗だった。人形みたい、って褒め言葉はよく聞くが、それが似合いそうな人に会うのは初めてだった。薄緑の髪も何故かよく似合う。まず地なのかが怪しいが。
「あなた、誰?」
「ひぃっ!」
…どうも、まともに会話できる感じじゃなさそうだ。これはなおさら記憶を戻す必要がある…のだが、どうしても引っかかりがない。
…引っ掛かりといえば、さっきから服のあちこちが少しばかりチクチクと肌を刺激してくる。何かあるのだろうか…まさか、虫…
恐る恐る手を動かしてみると、ガサ、という音がした。
「…あ……っ」
さっきの女の子がなにやら、しまった、というような顔をしていた。しばし、気まずい沈黙が流れる。とりあえず身体を起こすと、ガサガサという音を立てて身体の上に積もっていたものが舞う。
(あれ、葉っぱ?)
今度こそ、記憶に何かの引っ掛かりを感じて。
女の子が気まずそうに微か上げた手に、小さな灯りが灯って。
そして、それに応えるように、周囲から緑の塊がぞわっと巻き上がる。まるで、彼女に呼ばれたように。
「―お疲れ様。…ありがとう。」
そう彼女が声をかけると、彼女の回りを舞っていた無数の葉が、一斉に、散り散りになって飛んでいく。周りの木々に向かって、まるで再び樹に戻ろうとするように。
しばし、その様を呆然と見つめていた。しばらくしてからふと気づいて彼女に目を向けると、彼女はまだ寂しげに宙を見上げていた。それから私の視線に気づいたらしくこちらに目を向けて、またびくりと肩を揺らした。
「…えー、と…」
私は頬を掻いた。
「…とりあえず、説明してもらっても、いいかしら?」
女の子の隣に行こうとしたら怯えるようなそぶりを見せたため、少し離れたところに座る。地面はひんやりとしていた。
「…あなた、名前は?」
「……ごめんなさい」
最初からいきなり拒絶である。
その拒絶の言葉が、ふと、あのときのことを思い起こさせた。
「ひさ…鈴城さん、なんで私に構うの?」
雨の降るある日、胸に本を抱えた彼女は、私にそう言った。
「なんで、って…」
私は、言い返せなかった記憶がある。
そもそも、私がそのときあの子に声をかけた、それに確たる理由があったわけではない。ただ、その日登校してから、周りが今まで以上によそよそしかった。そのことに漠然とした不安を抱えていた、それだけだったからだ。
「…用がないなら、もう話しかけないで、…下さい。…では」
その子とはもう数年の付き合いだった。だというのに今更敬語を使われるいわれなどないはずだった。それでは、まるで―
―私が、赤の他人のようではないか。
「ねぇ、待って!」
必死につかんだ袖は、乱暴にふり払われた。
「待ってってば!」
「―構わないで!」
怯んだ。
その子は本当におとなしくて、普段は無駄なお喋りをすることを嫌っていた。そんな子に、あんな大きくて、そして悲痛な声を出されると、私は想像していなかったから。
「っ…」
パシと手が払われた。音を立てて、本が落下する。
「なんで、さっきからずっと、追っかけてくるの!?鬱陶しいのよ!」
一瞬、かけられた言葉にすっと頭が冷えた。流石に許せない。彼女にまた手を伸ばしかけて、しかしその衝動は彼女の腕にある大きな痣が目に入ると急速に薄れていった。
その時見た彼女の顔を、姿を、私は今でも鮮明に思い出せる。
(どうして…)
睨むように細めた目から、ぼろぼろと涙をこぼして。
「っ…私、…私はっ、……ぅっ…ねぇ…わかってよ…!」
震えるあの子の声が、本当に弱弱しくて、私はただ茫然と見ているしかなかった。
暫くして、まだ動けない私の前で、あの子は目元を拭って、本を静かに拾い始めた。それが終わると、何事もなかったように歩き出す。
でも、近くにいた私には見えた。あの子の肩が、小さく震えていたのを。
『―ごめんなさい』
私の耳元で最後にそう囁いてから、彼女は去っていった。はじめはゆっくりと、やがて何かに耐えられなくなったように足早に。
あの子が向こう側の階段に差し掛かるところで、あの子の肩を「よくやった」とでも言いたげに誰かが叩くのが見えた。
ごめんなさい、というその一言が、何故こうも心を乱すのか。
どこか、痛々しい、だからこその絶対拒絶。
今回も、そんな感じがした。
あの時のように、何かしらの事情があるのだろう。本当に申し訳なさそうに、けれど意見は決して変えることができない。…私一人が介入したところで、どうにもならないのだ。
「…わかった。じゃぁ、これだけ教えてくれない?この山に人が住んでるはずなんだけど…」
しばらく、沈黙があった。
「………ここに、人は、住んでない、です。…もういいですか?」
か弱い声。
「そう…うん、ありがとう。」
これ以上ここに居るのも無駄だろう。
(…あれ?何か違和感…ま、いっか。)
「はぁ…どうしよう。もう一回サチさんのところに戻るかな…」
「…サチ?」
独り言のように漏らした愚痴。だから私は返答が帰ってくるとは思いもしなかった。
「待ってください…あの、サチ、って言いました?」
まだ言いづらそうにはしているものの、会話の流れが変わったように感じた。
「え?…ええ、言ったけど…」
「それって…
―もしかして、星詠みのサチさんの、こと、ですか?」
わけもわからず頷くと、少女は目を見開いた。
すぐに近くに美しい鼻梁が迫ってきて戸惑う。
「あの、サチさん、私のこと何て言ってましたか!?」
急に元気になった。
「えっと…手を貸してくれる人がいて、だからその人を頼れって…」
少女の瞳に歓喜の色が溢れた。
「よかった…ちゃんと覚えていてくれたんだ…!」
初めて彼女が見せる笑顔。花が咲くように、笑うと更に綺麗…なんてことを考えてしまい、相手が女の子だというのにちょっとドキっとしてしまう。
「…あ、ごめんなさい、私だけこんな…」
「え、…っと、とりあえず、サチさんの言ってたのはあなたのこと?」
「はい…自分で言うのもちょっと恥ずかしいのですが、そうだと思います。…あの、少しお話をしませんか?」
本当にものすごい変わりようである。サチの名前を出しただけで性格が180°真逆になるなんて。これなら最初から、「サチに言われた人を探している」って言えばよかった。
…そうすれば、あんな悲しいことを思い出す必要もなかったのに。
ごめんなさい、大分短いのですが、後々のことを考えるとこのあたりで一度キリをつけておいた方がいいのでここで一旦切らせていただきます。
そして、三ヶ月ぶりの投稿となってしまいました…申し訳ないです
拙作も間もなく2500pvとなります。日ごろのご愛顧ありがとうございます。
習作の時とは違い、今回はなるべくいろんな人のいろんなところにスポットを当てていきたいと思っています。
手始めに氷雨の過去を描いたわけですが…どうにも暗くなってしまいますね(苦笑)
別に氷雨をひどい目にあわせたいわけではないんですが、色々と都合もありまして…
次から段々とファンタジックになっていくと思います。