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異世界ハローワーク

作者: ほととぎす

様々な世界と世界との境界にある異空間、通称『はざま』。

そんな次元の歪んだ空間に一つだけ小さな建物が存在する。

そこは世界の壁を越え悩める無職たちに仕事を提供する場所、異世界ハローワーク。

さぁ、今日も悩める無職がやって来る!


異世界ハローワーク ~元剣士(37)~


八月三十一日、天気はマーブル。

今日の客は冒険服を着た白髪交じりの短髪に無精髭のオッサン。

良く鍛えているようで格闘家並に体がつきがいい。


「こんにちわ。当方のハローワークのご利用は初めてですか?」

「ああ」


男は短く返事をして向かえの椅子にドカッと座る。


「では始めにご利用方法を説明させていただきますね」

「頼む」


なるほど。

無愛想なタイプか。

目は鋭く研ぎ澄まされ、体中から威圧感を感じる。


「こちらはご存じのとおり世界の枠組みを超え、職の斡旋を行うハローワークです。ご利用いただく前にまずこちらで用意したあなたの履歴書、経歴一覧をご確認させていただきます。不備や間違いがあればその都度申し出てください」


今まで幾度となく繰り返した説明をする。


「その後希望に応じた仕事を紹介させていただきます。紹介といってもあなたに選択権はありません。こちらで一番適していると思った世界、仕事場に勝手に飛ばさせていただきます。後でトラブル等起こってもこちらでは一切責任を負いません。よろしいですか」

「ああ、分かった」


この確認をしておかないと後で困ったことになりかねない。

希望に応じたとはいえ、勝手に仕事をに決められ、強制的に異世界に飛ばされるという変わったシステムだからだ。

それにこのハローワークに来るのはいつも変人ばかりだ。

今日の男は幾分まともそうだが。


「では名前と出身地、年齢のほうを教えてください」

「マルクス・ストゥーベント。クランマの村出身。年は37だ」


手元にある端末に情報を打ち込む。


「ただ今ネットワークシステムに接続し経歴を取得中です。少々お待ちください」

「・・・。その経歴はどこの世界に住むどんな奴のでも調べられるのか?」


すごく感心しているようだった。

おそらく男の世界にはコンピューターが存在しなかったのだろう。


「さぁ?このセカイに住む全員を調べたことがないのでわかりません。第一、このハローワークに来る人は世界を渡るすべを持った特殊な人ばかりですしね」


そう言っている間に情報照会が終わる。


「情報の取得が終わりました。これから読み上げていきますので間違い等ございましたらその都度訂正していただくようよろしくお願いいたします」

「了解した」


びっしりと細かい字が映し出されたタブレットを手に取る。


「では。参ります」


すぅっと息を吸い込みその後次々と言葉を紡ぎだす。


「世界№EJ0186所属。マルクス・ストゥーベント。元剣士。玄武の年の冬、カワード地方クランマの村のろうそく職人の長男として生まれる。生まれたときの体重は3100グラム、身長は47センチ。よく泣く元気な男の子で順調に成長し四か月目にして離乳食を始める。離乳食は特に人参を」

「ちょっと待ってくれ」

「なんでしょうか」


早速男に止められる。何か間違いでもあっただろうか。

男はなんだかとても渋い顔をしていた。


「・・・少々細かすぎるのではないだろうか」

「そうでしょうか」

「それではいつまでたっても終わらないから飛ばしてくれ」

「わかりました」


不本意ながらカットする。

ちなみに端末には男の生まれたときの写真も載ってある。

なかなかかわいい赤ちゃんだが37年も経つとこんなオヤジになるのかと思うと辟易する。


「幼いころから剣術の道場に通いすぐに頭角をみせる」


チラリとみると男はずっとしかめっ面をしている。


「最後のおねしょは九歳のとき。初恋は斜め向かいに住んでいるパン屋の娘リンちゃん。友達とリンちゃんを争って勝負して勝つも結局振ら」

「だからそんな情報はいらない」

「軽いジョークですって。落ち着いて、落ち着いて」


椅子から立ち上がろうとする男をなだめる。

男の耳が赤くなっていた。

いかん、ついからかいたくなる。


「14歳になるころには村一番の剣士に成長。その後村を出て王都へ。試験を受け無事王立ハーバート訓練校に入学。三年間学生生活を送る」


ちなみにこの学校は魔物と戦う戦士や魔法使いを育成する学校で冒険者に必要な一通りの技術を教えてくれるらしい。


「この学校でも剣術の腕前は一番。しかしそれ以外はからっきしで基礎魔法の成績はなんと-トリプルS。教師も匙を投げだすほど。典型的な脳筋タイプですね」

「脳筋言うな!」

「学校では色々やんちゃをしていたようで数々の武勇伝を残す。仲間と女性用大浴場に侵入。教官の男色を突き止め新聞にして掲示板に掲載。下着泥棒を捕まえ町中引き回す。不良百人切りとかやっぱり脳筋ですね」


男の額に青い筋が浮かびあがる。

きっと学生時代に何度もいわれたことだろう。


「コホン、失礼しました。だが幸運なことに優秀な仲間たち、魔法使い、僧侶、舞踏家、騎士に恵まれ、パーティーのリーダーとして学校卒業後国の支援を受け魔王退治に向かう」


男の顔が徐々に得意げになる。


「ふむ、魔王退治までの過程は長いのでカットしますね」

「俺の一番の活躍どころが!?」


過去の栄光にすがらせてはいけない。

でなければこの男は一生無職だ。


「魔王を退治したのち王都で表彰を受ける。その後仲間だった僧侶と結婚。二人の子供を授かり、各地に残った魔物を倒し生計を立てる。しかし徐々に魔物の個体数が激減。平和な世界が訪れるのと同時に生計が成り立たなくなる。国から支援を受け剣術道場を始めるも、教えるのが下手なせいですぐに人気がなくなり閉業。道場を建てた借金のみが残る。この時僧侶は子供を連れて家を出ていく。その後離婚が成立」

「・・・」


重々しい空気が漂う。


「離婚の原因は借金かと思われたが実は浮気がばれたこと。妻が出て行ったのち愛人と暮らすがすぐに破局。」


男は目をつぶり黙って聞いている。


「このままではいけないと思いつつも無職のまま家で引きこもり二年ほど酒浸りの日々を過ごす」


男は固くこぶしを握っていた。


「そしてある日あなたの家を訪れた昔の仲間魔法使いにひどく説教され、一大決心。ここに飛ばしてもらう、と」

「・・・その通りだ」


男は俯き顔をひどく歪めながら語り出した。


「魔王を倒したとき、俺は英雄になった。みんなから褒め称えられ国王から勲章をもらった。しかし栄光は一時のことだった」


「魔王がいなくなった影響で魔物の数が激減。同時に弱体化した。二年ぐらいは中ボス級の魔物を買っていたがそれも続かなくなった。魔物たちが人間に反乱を起こせなくなったとき俺の仕事は終わった」


「俺は国王から領地を与えられていた。しかし俺はバカだから一人で収めることができずすぐに副官に奪われた。金も与えられていた。剣術道場を開くも教え方が下手ですぐにつぶれた」


「仕事を失って酒場に通うようになった。そこで知り合った女を抱いた。浮気がばれて僧侶が出て行った。女は俺の金目的で近づいてきたらしい。俺が金を持っていないとわかるとすぐに出て行った。」


「僧侶は生まれ故郷の村に子供を連れて帰り、村医をして生活しているらしいことを聞いた。僧侶とやり直したかった。謝罪したかった。だけど俺にそんなことはできなかった。そんな資格もないし、何の助けもできないと思った」


男の声は何かを悟ったような、そんな雰囲気を帯びていた。

このハローワークで経歴を確認するのはデータの間違いを訂正するだけではない。

これまでのことを振り返り、自分と向き合わせる意味がある。


「俺は酒浸りになった。つらかった。自分に何もできないことが。俺は生きる意味を失っていたんだ」


一気に思いのたけを吐き出した男は来たときよりもずっと聡明な顔つきになっている気がした。

私は男と向き合い確認する。


「今までの話に間違いはありませんね」

「ない」


長かった経歴の確認が終わり次の段階に移る。


「それではどのようなお仕事をお探しですか」


少しの沈黙ののち男ははっきりと言った。


「人のためになる仕事を」


男は続ける。


「俺はもう一度誰かのために、何かを守るために生きたい。」


男の目には強い決意の色が浮かんでいた。


「条件はそれだけでよろしいですか」

「ああ」


男はしっかりとうなずいた。

わかりました、と私はしっかりとした笑顔を男にむける。



「ご希望の仕事、紹介いたします」



その瞬間床に魔法陣が浮かびあがり、男が椅子ごと光に包まれる。


「今度は浮気なんかせず僧侶さん(奥さん)と仲良くやってくださいね」

「なっ、それはどういう」


そして光と一緒に男が消え、そこには椅子だけが残った。


「あーあ、疲れた」


椅子に座ったままで大きく背伸びをする。

今日の業務はまだ始まったばかりだ。


(to be continue?)


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