第171話
俺の名前はサイ。犬獣人の『冒険者』だ。いや元『冒険者』か。最近はヒビキからの依頼をこなすばかりで冒険者ギルドにも顔を出していなかったので『冒険者』を名乗るのは若干心苦しい。
そのせいか、古巣であるウェフベルクの冒険者ギルドの建物に入るのにも尻込みしてしまっているわけだが。
「はぁ、嫌だなぁ。村に帰りたい」
村に残して来た妹のヤクゥの事が心配になってきた。最近、しっかりと飯を食っているおかげか男の子のようだった身体つきがふっくらとしてきているのも心配の種だ。
「街のガキどもにちょっかいかけられてないだろうな」
あぁ、どんどん心配になってきた。一度村に帰ろうかな。
「おい、お前サイじゃないか」
「えっ?あ、あんたか」
この街で何度か一緒に仕事をしたことのある奴だ。そういえば、こいつの名前を知らないな。たしか、ゴッグだかアッグだかと呼ばれていたはずだが。
「てっきり死んじまったのかと思ってたが無事だったんだな」
「あぁ、大怪我したんで療養してたんだよ」
義手を擦りながら男に答える。こういう時に深くまで聞いてこないのが一人前の『冒険者』だ。
「そうか。まぁ、なんにしろ無事で良かった。仕事を探してるなら良いのを紹介してやるぞ」
「いや、ギルドにはあいさつにだけ来たんだよ。俺を助けてくれた人が専属契約までむすんでくれたんで仕事には困ってないんだよ」
「かぁ、ついてやがるなぁ。いったいどんな金持ちに拾われたんだよ」
「金持ち、と言うよりは道楽者かなぁ。変な仕事ばかり頼まれるんだよ」
そのくせ、自分でも同じ事をして軽々と俺以上の成果を出してくる。本当に俺って必要なのか?
「ほぉ、まあ金払いさえよけりゃ変人だろうがなんだろうが良い客だがな」
そういう意味では間違いなくヒビキは良い客だろう。彼と仕事を始めてから金に困った事はない。その事は非常に感謝している。 男との会話をそこそこできりあげてギルドに重い足を向けた。
「いらっしゃいませ。冒険者ギルドにようこそ」
「すまないが、人を紹介してもらいたい」
「はい。どのような方をお探しですか?」
冒険者ギルドでは依頼の斡旋の他に人の紹介も行っている。消耗の激しい『冒険者』たちを出来るだけ遊ばせないように、との配慮から始められたものだ。
「職種、人種は問わない。条件は1つだけだ」
「えっ?これが条件ですか?この条件の人を除外する、ではなくて」
「あぁ、俺の依頼人は変人なんだよ」
受付の姉ちゃんが困惑するのも分かるが、とりあえず20人ほどを紹介してもらった。俺はその場で紹介された全員に名指しでの仕事の依頼を登録してもらった。全員と連絡が取れるまで1週間ほどかかるとの事だ。全員と連絡が取れるまでは毎日昼頃にギルドに顔を出すと伝えてギルドを後にした。
「さて、次は『商会』か」
俺は次の目的地に向かうことにした。
「いらっしゃいませ。『ギノル奴隷商会』へようこそ」
年頃の娘が薄着でニコニコと笑顔で出迎えてくれた。この受付の女性も奴隷のようだ。胸の辺りに名前と特技、値段の書いてある木札が取り付けてある。
「えっと、何人か買いたいんだけど」
「はい、どのような奴隷をお探しですか」
冒険者ギルドで聞かれたのと同じような事を聞かれた。案外、『冒険者』と奴隷と言うのは似たようなものなのかもしれない。そんなことを考えながら返事をする。
「人種は問わない。亜人でも獣人でも条件に合うなら連れてきてくれ」
「えっ?これが条件ですか?」
俺が口にした条件を聞いて、受付の女性が困惑して聞いてきた。冒険者ギルドの受付でも同じようなことを言われたが、こんなことを言われたら俺でも同じ反応をしてしまう。
「俺の依頼人は変人なのさ」
だから冒険者ギルドの時と同じように答えてやった。これをあと何回か繰り返さなくちゃいけないと思うと気が重くなっていく。
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3日ぶりに冒険者ギルドに来てみると、オイラに依頼が入っていると受付の嬢ちゃんが教えてくれた。とはいえ、オイラなんかに名指しで依頼するような仕事だ。ろくなもんじゃねえ事は分かってる。
「で?どんな仕事なんだ?」
それが分かっていてもその仕事を受けざるを得ないのがオイラの懐事情だ。
「内容は依頼人に直接聞いてくれるかしら。今日もお昼頃にギルドに来るはずよ」
「そうかい。じゃあ待たせてもらうとするか」
オイラは受付の嬢ちゃんに礼を言って建物の中にある軽食を出す店に向かう。
「しかし、一体どんな仕事なんだ?」
オイラは獣人だが、とある事情で力仕事には不向きだ。力仕事は獣人が望まれる唯一の仕事なのに、だ。そんなオイラを除外するならともかく指名する理由はなんだ?取り柄と言ったら無駄に長い冒険者暮らしで得た知識くらいだがそれだって別に俺である必要はねぇ。
「ま、なんとか依頼料の半分くらいは前払いにして貰って食いぶちぐらいはなんとかしねえとな」
「ここ、いいかな?」
「ああ?」
安くて腹のふくれる固いパンをなんとか噛みちぎって水で流し込んでいると知らない男が声をかけてきた。いや、何度かこのギルドで見かけた顔だ。話したことはないが、覚えている。
「席は空いてるだろ。ただでさえ不味いパンをテメエの顔見ながら食ったら更に不味くなるじゃねえか」
「そりゃ失礼。ならお詫びになにか旨いもんでも奢るよ」
そう言って男が頼んだのはこの店で一番高い、肉と野菜がタップリ入ったスープを2人分頼みやがった。
「なんのつもりだ?施しのつもりならてめえをぶん殴ってスープだけ頂くぜ?」
「あんたと穏便に話が出来るならスープくらい安いもんさ」
「話だと?」
「ああ。俺があんたを指名した依頼人、の代理だよ」
そう言われて、その男を観察してみると犬獣人であることが分かる。着けている装備品は中々の物だし、使用感もある。おそらくどこぞの金持ちの子買いの冒険者なのだろう。フリーの冒険者にある独特のギラギラした感じが無い。
「『飼い犬』がなんのようだ?」
「だから、仕事を依頼したいんだよ」
オイラの、『飼い犬』と言う言葉にほとんど反応しない。経験上、そういう奴は生まれた時から『飼い犬』、つまり金持ちの下働きをしていた連中か、フリーの冒険者だった奴が自分が認めた『飼い主』に仕えてる時のどちらかだ。実力は圧倒的に後者のほうが高い事が多い。
「一体どんな仕事だよ?見ての通り、無理は出来ない身体だぞ」
「この街でしていた事と変わらないさ。違うのは、場所と装備かな」
男の話を簡単に言ってしまえば、別の街で冒険者をして欲しいと言うことらしい。来てくれれば、その街での宿泊施設は格安で泊まれるし、街の『こうきょうしせつ』とやらもタダで使えるらしい。
「一応、支度金で大銀貨10枚を前払いするつもり。そのあとの生活は冒険者として生計を立てて欲しいんだけどな」
「だ、大銀貨だと?」
大銀貨10枚もあれば今より贅沢しても1年は食っていける。
「足りなければ、ある程度は工面もするけど」
「いや、でも。何でオイラなんだ?」
この条件なら、この街の上位陣は無理でも中堅層なら食いつく奴もいるはずだ。
「うちの依頼人は変人でね。あんたみたいな人を集めてるんだよ」
そう言いながら男が自分の右腕を取り外しテーブルの上に置いてみせた。
「あ、あんた。その右腕!?」
「ああ、義手っていうんだよ」
てっきり鎧の一部だと思っていた右腕はどうやらニセモノだったようだ。
「ちょっと待て。さっき右腕を動かしていただろ?」
確か、椅子に座るときに右腕で掴んで椅子を引いていたはずだ。
「もちろん。動くさ。さすがに本物とまったく同じでは無いけどね」
そう言いながらテーブルの上の義手とやらを取り付けて動かして見せてくる。
「うちの街に来てくれれば、あなた(・・・)の左腕を用意することも出来ますよ」
これで、ようやくオイラが選ばれた理由が分かった。それと同時にオイラはその街に行くことを決意した。
奴はまだ、条件がどうのと喋り続けていたがそんなことは関係ねぇ。どうせ今よりひどい生活なんてあり得ねえんだから。
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ワタシはお父さんもお母さんも知りません。気がついたらだんなさまのお店にいました。だんなさまのお店にはワタシ以外にもいっぱい人がいます。男の人、女の人、大人や子供。ジュウジンもいます。ワタシもきつねのジュウジンです。
ワタシが住んでるのは、お店の裏にある奴隷用のおうちです。ここでは、ジュウジンより人間の奴隷のほうが偉いです。ジュウジンは人間の奴隷のお世話をしなければいけません。
でもワタシは誰かのお世話をした事がありません。それはワタシが『呪い』持ちだからだとだんなさまが言っていました。
ワタシがいるのは奴隷用のおうちの一番奥にある石の壁のお部屋です。そこでほかの『呪い』持ちの奴隷と一緒に生活をしています。ここでは、よく人がいなくなります。
「おい、キツネ。栗鼠の姐さんが昨日、部屋を出て行ったぞ」
キツネと言うのはワタシのことです。ここでは一番年上がそう言う風に呼ばれます。栗鼠のお姐さんも栗鼠のジュウジンで一番年上のだからそう呼ばれていました。
「これで、今この部屋で一番年上なのはキツネになったな」
どうしてこんなにトシを気にするのかと言えば、一番年上が次にこの部屋からいなくなるからです。時々、入れ替わったりすることもありますがだいたいこの順番で部屋からいなくなります。そして今のところ部屋に戻ってきた人はいません。
「次はワタシなんだね」
「ああ、別れは済ませれおきなよ」
だいたい、5回ほど寝て起きれば1人減っていることが多いのでそれまでにはみんなとお別れを済ませておきます。
栗鼠のお姐さんがいなくなってちょうど5回目の朝ごはんを食べている時にだんなさまが部屋に来ました。
「お前たち、全員店にこい。ぐずぐずするな!!」
ついにワタシの番だと思っていたら、部屋にいた子たち全員がお店に呼ばれてしまいました。ワタシは不安そうにしている年下の子達をぎゅっと抱き締めて少しでも安心させます。
「だいじょうぶ、きっと次はワタシだから。みんなは部屋に戻れるよ」
「お客様、これで全部です」
「ああ、ありがと」
お店には犬のジュウジンの男の人がいました。だんなさまがニコニコしながらお話しているからきっと偉いお客さんなんだと思います。
「それにしても、本当に良いんですか?わざわざ『呪い』持ちなんて買わなくても、うちには良い奴隷が沢山いますよ?」
「うちの依頼人は変人なんだよ。『呪い』持ちの奴隷のコレクションをしてるのさ」
お客さんがワタシたちの方を見てニッコリ笑いかけてくれます。もしかしたらいい人なのかもしれません。
「変わった趣味ですねぇ」
「ところで、みんな子供みたいだけど、大人の『呪い』持ちはいないのか?」
「大人は『呪い』持ちでも使い道がありますから。力仕事だのなんだの」
「そうか」
「あんまり歳を取ると食う量も増えますからね。最年長から順番に出荷するんですよ」
「出荷、か」
お客さんが今、少しだけ嫌な顔をしてました。もしかしたら、ワタシはお気に召さないのかもしれません。ワタシが選ばれなければ、あの子達が買われてしまいます。あの子たちはまだみんなにお別れも済ませていません。なんとかしないと。
「あ、あの。お客さん」
「うん?なんだい?」
「ワ、ワタシを買って下さい」
「えっと」
「お願いです。下の子達はまだお別れをしてないんです。ワタシなら大丈夫なんです」
お客さんが困った顔をしています。あとでだんなさまにしつけをされるかもしれません。それを思うとからだがガタガタ震え出しました。
「お願いです。お願いします」
それでもワタシはお客さんにお願いし続けました。涙まで出てきてもう前もよく見えません。
「店長さん。ここの子達を全部まとめて買ったらいくらになる?」
「全部ですか?20人はいますけど、良いんですか?」
「ああ、どうせすぐに足りなくなるさ」
お客さんとだんなさまがなにかを話していますが、もうワタシの耳には聞こえていませんでした。
「それじゃ、とりあえず宿に行こうか」
気がついたらワタシはお客さんに手を引かれてみんなと一緒にやどやに連れて行かれることになりました。どうやらもうしばらくはみんなと一緒にいられるみたいです。これなら下の子たちにお別れをさせてあげられそうです。




