第170話
軽くキャラ説明いたします。
ミラ 天龍の三巫女の1人 天龍の薬師 回復魔法が使える
シザ 天龍の三巫女の1人 天龍の鍛冶師 アイテム作成が使える
トワ 天龍の三巫女の1人 天龍の宮大工 建築に対しての知識を得る
ビルギット エルフの吟遊詩人
ヤクゥ サイの義妹
ラティア 半魔族の女の子 ヒビキの家のメイドさん
そこにあったのは確かに金貨のような食べ物だった。というか、想像も出来ないとか言ってしまったが一目見て見たことがあるものだと分かった。
「「金貨チョコ」、なのか?」
「そう。これが最近王都で流行してる金貨チョコってやつさ」
ご丁寧にこの大陸で流通している金貨に似せたあるその金貨チョコを店員がカウンターに1枚ずつ置いていく。
「何枚買うんだい?お客さんは運が良いね。ついさっき入荷したばかりだから10枚くらいまでなら売れるよ」
まさか購入数に制限まであるとは。それほどに人気があるということか。とりあえず10枚買うことを伝え大銀貨を取り出すと店員が綺麗に金貨チョコを包装してくれた。
「これは王都で作ってるのか?」
「いや、魔物から獲れるらしいぞ」
結構簡単に教えてくれた。とはいえどんな魔物から獲れるかまでは秘密らしい。
色々聞き出そうと店員と会話を続けていると、貴族っぽい客が店に入ってきた。
「そこの店員。金貨チョコをあるだけ包め」
「は、はい。毎度ありがとうございます」
「ところで、アタリの方は入荷しておらんのか?」
「申し訳ありません。アタリはすべて献上するように領主様に厳命されておりまして」
先ほどまでフランクに会話していた店員も相手が貴族だとかしこまった言葉遣いになるようだ。しかし、アタリとはなんの事だろうか。
「仕方ない。こちらだけで我慢しよう。外に馬車を待たせてある。そちらに運べ」
「はい。お任せください」
どうやら店員も忙しそうなので国営店を後にすることにした。
「まいどどうも~」
忙しそうにしながらも挨拶をしてくれた店員に軽く手を振りながら俺達は帰路についた。
「しかし、不思議な匂いじゃのう。金貨チョコとはなんなのじゃ?」
くんくんと鼻を鳴らしながらチョコの匂いを嗅ぐジル。五感の鋭いジルにはチョコの甘い匂いは非常に気になる物なのだろう。
「私の前世にもこんな物はなかったわ」
「俺も初めて見たな。どんな味なんだろうな」
シオンもサイもチョコが気になるようだ。
「帰ってからみんなで食おう。出来れば牛乳でもあれば良いんだけどな」
「主は食った事があるのか?」
「これとまったく同じものでは無いけど、似た物を食べた事があるんだよ」
「そうか。なら門前市場で牛の乳を探してから帰るとするかのぅ」
みんなの反応からチョコレートが一般的では無いのは分かった。そしてこのチョコは最近、王都で急に流行りだした。しかも、魔物からドロップする。つまり、これは、
「魔王が広めたって事だよなぁ」
何を企んでいるのか分からないが、とりあえずアイテムの説明欄に怪しげな文は無い。ただのミルクチョコのようだ。思う所はあるが久しぶりの甘味を堪能するとしよう。
「ただいま」
「お帰りなさい。皆さんご一緒ですね」
店に戻ると、すぐにエミィが迎えに出てくれた。
「あぁ、上手く合流出来たよ。お土産もあるから皆で休憩にしよう」
「よろしいのですか?」
「えっ?あ、そうか。シオン、話があるんだ。お茶をしながらでいいから聞いてくれ」
「ええ、かまわないわ」
チョコのせいですっかり忘れていたがシオン達を探していた理由を思い出す。とはいえ、せっかくのお土産を無駄にするのも忍びないので、みんなで一服することにした。
「ご主人様、これは何でしょうか?」
「初めて見ますね。でもとてもいい匂いです」
「これが王都で流行しているのですね。いったいどんな物なのでしょうか」
エミィも知らないとなるとやはりこの世界には今までチョコが無かったのだろう。アイラはジルのように匂いが気になるようだ。虎にチョコレートを食べさせても問題無いのだろうか。確か、犬や猫には毒になるはずだ。とはいえ今まで色んな所で食事をしたが、種族ごとにメニューを変えたりしているのを見たことがない。おそらく、消化器官は人間と同じなのだろう。
ピノは商売人の目で金貨チョコを眺めているようだ。仕入れ方法なんかを気にしているみたいだ。
「では、さっそく食べようか」
俺とアイラ、エミィにジル。ピノとサイ、シオン。そしてルビーも席についてっチョコを食べ始めた。
「うん、旨いな」
「甘いです。すごく」
「このチョコを包んでいる光沢のある物は何なのでしょうか」
「これは、すごいのぅ」
「ぜひうちにも置きたいですね。王都にいけば仕入れられるのでしょうか」
「ヤクゥが喜びそうだな。半分残すか」
「これは、まさか前世の」
ビョイーン、ビョイーンとルビーも嬉しそうにチョコを体内に取り込んでいく。
サイにはヤクゥ用にもう1枚渡して、食べかけた分を食べきる様につたえた。みんながチョコを食べきり、一息ついた頃に本題に入ることにした。
「シオン」
「なにかしら?」
「悪いが俺はこれからこの街を出るつもりなんだ」
「そう」
シオンに、活動の拠点にしている街が他にある事。そこには亜人や魔物が一緒になって暮らしていること。嫌ならこの街に残っても構わない事を伝えた。しかし、
「やはり、貴方こそ私の魂の片割れなのね」
どうやら、彼女の中二魂に火をつけてしまったようだ。彼女の中では天龍の街は、魔物と亜人が暴れまわる世紀末的なマッドタウンとして認識されている。
「いや、みんな仲良く平和に暮らしてるぞ。この街より治安もいいし」
「そうね。おそらく街を裏から恐怖で支配している者がいるのよ」
慌ててイメージを修正しようと頑張るが、どうやら無駄なようだ。恐怖ではないが裏から街を支えているのは俺達なのだが。
「私にその街を救えと言うのね、ヒビキ」
むしろ来ないでもらいたいのだが。
「さぁ、すぐに行きましょう」
こうなったら、親御さんに止めてもらおう。
「そうか。構わんぞ」
「はぁぁ」
なんとなく予想はついたがシオンの父親であるエドガーは事もなげにそういった。
「どうしてくれても構わん。しかし、そうだな。さすがにあれが死んだときには連絡をくれ。貴様に抗議文と賠償請求をしなければならんからな」
この瞬間、シオン・ノートルの天龍の街行きが決定したのだった。
「ここが天龍の街なの?」
シオンはグリフォンからおずおずと降りて、目の前に広がる街の様子を興味深そうに眺めていた。
「ここは街のメインストリート。タケノコ通りって呼ばれてる。この通りの先にある三階建ての白塗りの建物がこの街の病院だ。たぶん街で一番大きい建物だな」
「病院?」
「医者が患者を治す場所だ」
病院がどんな場所なのか理解出来なかったシオンは首をかしげている。
「怪我や病気をした人を1ヶ所に集めて治療したら効率的だろ」
長期的な治療に馴染みが無いせいか、この説明でも分からないようだ。
「とにかく、大事な建物ってことだよ」
おいおい理解してくれれば良いし、別に理解出来なくても誰も困らない。
「とりあえずシオンは、『奇跡の家』に住んで貰おうと思ってる」
「『奇跡の家』。そう、そこが私の新しい牢獄ね」
どうやら名前を気に入ってくれたようだ。確かに中2っぽいネーミングではあるが。
「なんじゃ、三巫女に押し付ける気か」
押し付けるとは人聞きの悪い。
「三巫女?そいつらが私をここに呼んだのね」
三巫女も彼女の琴線に触れるフレーズだったようだ。あれ?もしかして俺にも中2の資質があるのか?
「三巫女はこの街のまとめ役だよ。あんまり失礼なことをすると街から追い出されるぞ」
恍惚としているシオンに少し釘を刺しながら、街の中央にある奇跡の家に向かう。
「本当に獣人が沢山いるのね」
大通りを忙しそうに動き回る沢山の獣人を見ながらシオンがつぶやいている。
「その水路には人魚もいるぞ」
「えっ、人魚!?」
大きな通りには水路が併設されており、人魚達がすいすいと泳ぎ回っている。彼らもまた、この街の住人なのだ。ちょうど水路からあがって人形運搬機に乗せてもらっている人魚を見かけた。
「まだ見かけんが、ゴブリンなんかもおるぞ」
ジルがシオンに笑顔で伝えていた。シオンはゴブリンと聞いてほんの少し怯えたが、すぐにキョロキョロとゴブリンを探し始めた。とはいえ、街のほうには用事でもなければゴブリンたちはやってこないのでそうそう見かける事もない。
「『奇跡の家』になら巫女達を手伝ってる仔達が何匹かいるはずですよ」
アイラが親切心でそう言うが、それを聞いたシオンは落ち着きを無くし始めた。さすがに怖いのだろう。
「大丈夫ですよ。街の中にいるゴブリン達はみんな大人しいですから」
シオンの心境を一番理解しているエミィがシオンを落ち着かせようと声をかけている。
「べ、別に怖くなど無いわよ。ゴブリンなんて左腕だけでも十分だわ」
どうやら先日の騒動でのサイの義手による攻防が気に入ったようだ。黒い布を巻き付けた左腕を突き出しながらシオンがニヤニヤしている。
ちなみにサイ本人はゴブリン村に直接戻ったので別行動中だ。村にいる他の子達用に買い足した金貨チョコをお土産として持たせてあるので今頃は、ヤクゥ達にもみくちゃにされていることだろう。
「あら、お帰りなさい。皆さん」
『奇跡の家』に入るとミラが出向かてくれた
「ほかの2人は?」
「シザは最近工場で寝泊まりしてるんです。トワは現場に出てるので夕方まで戻りません」
どうやら三巫女の1人であり、『天龍の薬師』でもあるミラとお手伝いのゴブリンたちしかいないようだ。
『天龍の鍛冶師』であるシザには今回かなり世話になったから後でお礼をしに行こう。『天龍の宮大工』のトワは建設ラッシュが続いている今、街で一番多忙なのだろう。
「ビルギットさんなら奥で寝てますけど」
吟遊詩人であり、この『奇跡の家』のパイプオルガンの奏者でもあるビルギットは夜は酒場に繰り出すため、演奏の無い日は夜まで寝ていることが多い。
「そうか。ところでミラに頼みがあるんだけど」
「はい?なんでしょうか?」
「この娘をここに住まわせて欲しいんだ」
扉を開けてすぐにいたゴブリンに怯えて俺の後ろに隠れていたシオンをグイッとミラの前に出す。
「こ、ここは危険よ!」
「あら、あなたその腕けがをしているの?」
ミラが目ざとくシオンの左腕の黒布に気が付いた。
「こ、これは力を抑えるための封印よ。素人が触ればケガじゃすまないわよ」
サッと左腕を背中に隠しながらシオンが答える。
「くふふ、腕より別の所を患っておるからのぅ」
「ジル。ご主人様の内縁の妻になるかもしれない方の事を悪く言うものじゃありませんよ」
「シオンさん。ごめんなさい。ジルは口が悪いけど悪い子じゃないのよ」
「気にしていないわ。ジルの言う通り、私はこの身に災いを宿しているから」
かみ合っているようでかみ合っていない会話を続ける娘たちを放置してミラと話をつける。
「実は、ビローの街の有力貴族から押し付けられたんだけど、さすがに村の方には連れていけないと思ってね」
「そうですね。ゴブリンを見てこれだけ怯えていたらゲルブ族の人たちやミノタロウを見たらどうなるか分かりませんね」
リザードマンであるゲルブ族やミノタウロスのミノタロウが自由に闊歩するゴブリンの村にシオンを連れて行きたくはない。それに村の近くには工場を始めとしたあまり表に出したくない施設もある。
「わかりました。幸いお部屋には空きがありますのでここで面倒を見させていただきます」
「ありがとう。助かるよ。一応、彼女の実家から死ななければ何をしてくれてもいい、って許可はもらってあるから雑用でもなんでもさせてくれ」
「はい。でも時々は様子を見に来てあげてくださいね」
「もちろん。そのつもりだよ」
シオンをミラに押し付け、もとい預けてようやくわが家へと戻る事が出来た。
もちろん、『奇跡の家』を出る際に、シオンとひと悶着あったのだが、
「俺達はこれから街の近くの森に入る。そこには沢山の魔物がいるので街で待っていて欲しい」
とありのまま真実を伝えると、
「そう、では私はあなたの帰る場所になりましょう」
と言って素直に送り出してくれた。
「主は、詐欺師の才能もあるんじゃのぅ」
「なにも嘘は言ってないよ。村は森の中にあるし、村には魔物も半魔族もいるからね」
「その通りですね。誰も不幸になっていない『やさしい嘘』というやつです」
「元々、ご主人様はお優しい方ですよ」
「はい、ヒビキさんは美味しいお土産もくれる良い人ですよ」
わが家の居間で留守の間の事をラティアに報告してもらいながら談笑をする。ラティアの言っている美味しいお土産というのはサイが配った金貨チョコの事だろう。
「さて、その金貨チョコについてなんだけど」
俺は金貨チョコがおそらく魔王の策略による品である事を説明した。
「美味しい物を配ってなにをするつもりなんでしょうか?」
アイラの当然の疑問に俺なりの予想を説明する。
「多分、戦力の移動が狙いなんじゃないかな」
オンラインRPGなんかでは、期間限定イベントがあると人気の狩場が過疎るなんて事がある。それと同じ事をこの世界で行っているのだろう。
魔王が魔物の出現場所とドロップアイテムを決定出来る能力を持っているなら最小限の労力で戦力の空白地帯を作り出す事が出来る。別の領地の軍がビローの街まで来たのはその魔物を追っての事というわけだ。
「ドロップアイテムにもアタリがあるみたいだしな」
シオンの事を確認しにゲイリーに会いに行った時についでにアタリについても聞いてみたのだが、どうやらアタリとはレアドロップの事のようだ。甘味に乏しいこの世界では、すでにそのアタリを巡って諍いまで起こっているようだ。
「私達はどういたしましょうか」
「とりあえず、戦力を増やす。今度は人間の戦力を」
魔物の戦力は、陸のゴブリン、空のハーピー、海のグレートソードフィッシュと順調に増えている。しかし、街の人の数はほとんど増えていない。現在戦闘を行えるのはボーデンたちの所属する義勇軍50人ほどだけだ。
「しかし、どこから連れてくるんじゃ?おそらくどこもそれほど人は余っておらんじゃろ」
ジルの言う通り、どこの街にもそれほど人手が余ってるはずがない。自動機械のないこの世界では何をするにも人力が必要だ。子供たちですら立派な労働力とみなされている。グルスア港でやったような市民扇動を各街で行えばすぐに王国への反逆罪でしょっ引かれるのではないだろうから同じ手は使えない。
「だったら戦力外の奴らを連れて来て働いて貰おう、って思ってる」
「戦力外?役立たずなど集めても仕方なかろう」
「そうです。頭数だけ集めても仕方ありません」
「役立たずは売られてしまいます」
アイラが悲しそうに顔を伏せている。
「うん。でも俺にとってアイラは全然役立たずじゃないだろ?」
エミィとジルがしっかりと頷いてくれる。
「そういう奴らを連れてくればいいんだよ」




