第168話
お待たせいたしました。
まさかこれほど間があくとは思っておりませんでした。
「い、今、なんて言ったんだ?」
情けないことに声が震える。
「婚姻の契約を交わすなんて」
「その前だ!!」
「……異なる世界の住人が?」
こいつ、俺が異世界から来た事を知っているのか?
「お前、いったい」
「私はこことは違う世界からやって来た」
やはり、ユウキや俺と同じ仲間なのか?いや、彼女は貴族の娘だ。俺達とは違い、こちらの世界の人間として生まれ育っている。
「もしかして、前世の記憶があるのか?」
「さすが今生の我が伴侶ね。その通りよ。私は魔法の無い世界からやって来たの」
やはり彼女は俺と同じ世界の記憶を持っているのだろうか。
「と、とにかくここじゃまずいな」
仕方がないのでシオンを建物の中に招き入れる。
「なんじゃ、また新しい女か?」
「悪いな、ジル。今はお前の相手をしてやれない」
ジルの軽口に答えてやれずにいるとエミィが深刻そうな顔で聞いてきた。
「……何か問題が?」
「いや、問題と言えば問題なんだが。そうだエミィ、一緒に来てくれないか?」
「かしこまりました。ジル、あとはお願いね。倉庫にいるアイラにも私は行けなくなったと伝えてちょうだい」
「ふむ、深刻そうな話か、主よもちろん後で教えてくれるのであろう?」
「あぁ、なんなら話が終わった後にエミィから聞いてくれ」
からかってくるジルを退かして、エミィといっしょに応接室へとシオンを連れていく。
「痛いわ」
シオンの訴えで、彼女の腕をかなりの力で握っている事に気がつき、急いで手を離す。
「あぁ、すまない」
応接室に入り、シオンを席に促して、彼女の正面の椅子に座る。
「さっきの話を聞かせてくれるか?」
「さっき?」
「……以前の君は何処にいたんだ?」
「マァスにある都市のひとつに住んでたわ」
「エミィ、知ってるか?」
「聞いたことが無いですね。都市と呼ばれるような地名なら1度くらい聞いていてもおかしくないはずなのですが」
「そうか。シオン、続けてくれるか?」
「何から話そうかしら。そこで私は世界を救う戦士の1人だったのよ」
「えっ?」
まさか、
「そこでの名前は、緋血玉姫と言うの」
こいつは、
「ねぇ、あなたは漆黒卿の生まれ変わりなんでしょ?」
「紅玉姫? 暗黒貴族?なんの事ですか?」
「違うわ、緋血珠姫と漆黒卿よ」
間違いない。中二病をこじらせてやがる。シオンの口から出てきた緋血玉姫や漆黒卿はどうやら勝手に近い漢字があてられて聞こえているようだ。
エミィには紅玉姫とか暗闇貴族と聞こえたらしい。俺にだけ中二病チックに変換されて聞こえているようだ。
「……エミィ、悪いが彼女の相手を任せてもいいかな? 俺は彼女の父親に話を聞いてくる」
「お、お任せ下さい。ご主人様」
エミィが今まで見た事も無いような顔で承諾してくれた。すまない、エミィ。さすがに異世界の中二病患者とは会話できる気がしない。
「お待ちなさい、漆黒卿」
「申し訳ありませんがご主人様はご多忙なんです」
エミィがしっかりとガードしてくれているのでこれ以上関わらなくて済みそうだ。
俺は、そそくさとその場を後にした。
尊い犠牲の献身を無駄にするわけにもいかないので、すぐにノートル家の屋敷を訪ねることにした。
「主はすぐに参りますのでここでお待ちください」
昨日、エドガーの後ろに控えていた執事に屋敷の中の装飾過多な応接室に案内された。
執事が部屋から出て入れ代わるように現当主のエドガーが部屋に入ってきた。
「なんのようだ? 結納品に不備でもあったか?」
エドガーの中ではあの品々はすでに結納品と言うことになっているようだ。
なるほど、シオンのあの病気も一族特有の思い込みの強さが原因なのかも知れない。
「シオン嬢についてお尋ねしたい事がある」
「シオンめ、もうボロを出しおったか」
このおっさんは隠すつもりが無いのだろうか。目の前で舌打ちまでされた。
「あの年頃の娘は多かれ少なかれあんな言動をするものだ。大目に見てくれ」
かと思えばいきなり言い訳を始めた。
「彼女には前世の記憶があるとの事ですが」
これが重要だ。ノートル家に着くまでに気がついたが、彼女が俺とは違う異世界から転生してきた可能性も無いとは言えない。
「それは無い。すでに教会で【転生者】かどうかは調べてある。せめて本物なら教会が厚待遇で迎え入れてくれるのだがなぁ」
エドガーが大きなため息を着きながら答えてくれた。しかし、どうやら【転生者】は存在するようだ。
「シオンが言うには、自分は検査では判別できない特別な【転生者】だ、と言っているが」
言動も中二病っぽいな。
「この間など、自称【転生者】を集めて『転生者ギルド』を立ち上げようとしてこの街の教会に申請を出していた。まぁ、当然認められなかったがな」
ギルドの立ち上げは教会の許可がいるのか。色々と勉強になるが、これ以上エドガーの愚痴を聞いてやる理由もない。シオンもただの妄想癖のある女の子だと分かった。
「そんなお転婆、いえ活動的なお嬢様を俺達にどうしろと?」
「どうとでもしてくれて構わんよ。どうせもともと嫁の貰い手もない娘だ。貴様との関係改善に役にたっただけでも十分だ」
本当にどうでも良い、といった様子でエドガーが答えてくれた。貴族の家庭の事など知らないがこれが普通なのだろうか?
「話はすんだか? 悪いがこれから昼食なのだ。なんなら貴様も食べていくかね?」
娘を押し付けたり、昼食に誘ってみたり、エドガーの中の俺の立ち位置がイマイチ掴みきれない。これ以上深入りするととんでもない事件の共犯者なのされそうなので誘いを断って店に戻ることにした。
店に戻り、応接室のエミィとシオンの様子を見に行くとそこには疲れはてたエミィと喋り続けるシオンの姿があった。
俺が帰った事に気がついたエミィが助けを求めてきたので、『シオン係』をエミィから、丁度部屋の前を通りかかったサイに任せる事にした。
「えっ? 俺がこのお嬢さんのお守り? なんでだ? お、おいヒビキ!?」
「今度は貴方が私の話を聞いてくれるのですね。それでは最初からお話いたしましょう。実は私は……」
しばらく応接室付近を立ち入り禁止にして被害の拡大を防ぐことにした。サイには、年頃の妹もいるし、きっと大丈夫だろう。
「ギルド、ですか?」
「そう、ギルド。冒険者とか商人とか、錬金術師にもあるけど、なにをするものなんだ?」
倉庫で片付けの続きをしながらエドガーとの話に出てきたギルドについてエミィに聞いてみた。
「えっと、同じ目的を持つ人達の組合です。それ以上はギルドによってかなり活動が異なります」
もちろんギルドによって目的は異なるのは当然だ。それぞれのギルドについて説明してもらうことにした。
「まずは私も所属していた「錬金術師ギルド」についてですね」
「錬金術師ギルド」は戦闘力をほとんど持たない「錬金術師」達を守る為に設立したようだ。ギルド設立前には実力のある「錬金術師」を武力で奪い合う事件が頻発したらしい。酷い時には奪われるくらいなら、と「錬金術師」を殺してしまうような事もあったらしい。
「ギルドが出来てからはそれが無くなったって事か」
「もちろん、完全に無くなった訳ではありません。それに結局「錬金術師ギルド」が高名な「錬金術師」を占有しているだけ、と言う意見もあります」
とは言えギルド設立後は「ポーション」の安定供給や効果つき装備品の品質向上など社会、とりわけ冒険者達の活動に大きく貢献しているようだ。
「冒険者、か」
「「冒険者ギルド」は冒険者が設立したギルドではありません。正確には「冒険者斡旋ギルド」と言うのが正しいかもしれませんね」
俺もお世話になっている「冒険者ギルド」だか、そう言えばどんな組織なのかよく知らない。まるでゲームの中に存在するような組織だが、一体どうやって運営しているのだろうか。
「「冒険者ギルド」の設立にはこの国の王族や教会などが関わったそうです」
確かに、ギルドの受付嬢を脳筋ぞろいの冒険者達が雇用出来るとは思えない。国としても根無し草の「冒険者」の人数を把握出来るのは魔物との戦闘などで非常に便利だろうし、教会も国が栄えれば得だろう。
案外ギルド長や支部長は教会関係者が多いのかも知れない。
「教会の人間はギルドの役職に就く事は出来ないんです。なんでも、ギルドの公平性を保つため、だそうです」
これは「錬金術師ギルド」設立の時に定められた規約だそうだ。
教会は、ギルドの設立を認めるかわりに毎年ギルドからギルド構成員の人数に応じた更新料を受け取り、ギルドの運営に一切口出しをしない取り決めになっている。
「守護聖人はこの取り決めを厳守させる為の人質ですね」
守護聖人は、教会の介入によってギルドが不利益を与えられたと判断されると【契約】によって命を失う。聖人を簡単に失うわけにはいかない教会は手出しを自粛するようになる仕組みだ。
とは言え、最近ではどうなっても良い人間を無理矢理守護聖人にしてなんの抑止力にもならない事もあるらしい。
「なんとも血生臭い話だな」
「守護聖人の選択が教会側のギルドへの期待感、とも取られるようですね」
次は「商人ギルド」だ。「商人ギルド」は「錬金術師ギルド」から派生したギルドらしい。
元々、「商人」はギルド設立前からいたが、「錬金術師ギルド」が力を増していき虐げられて行くことになる。
「不満が募った「商人」達が「錬金術師ギルド」から何人かの実力者を引き抜いて独自に商品を卸し始めた事が設立のきっかけのようです」
設立まであっという間にこぎつけた手腕はさすが「商人」と言った所だろうか。「錬金術師ギルド」の殿様商売に嫌気がさしていた国や「冒険者ギルド」をいつの間にか味方につけて、内に篭もりがちな「錬金術師」達が気がついた頃にはすでにどうにもならない所まで話が進んでいたらしい。
「「錬金術師ギルド」には、「商人」にあったら詐欺師だと思え、と言う教えもありますが信用できない人間は「錬金術師」の中にもいますので」
エミィは同僚達に騙されて身売りさせられたからだろうか、その言葉には重みを感じる。
「あとは、どのギルドも共通して「亜人」や「獣人」をギルドの構成員として認めていません。「冒険者ギルド」だけはそうでもないみたいですけど」
これも教会が後ろ盾になっているのが原因かも知れないな。実力主義である「冒険者ギルド」では身体能力の高い「獣人」達の地位もそう低いものではないようだ。
とは言え、依頼人の中には「獣人お断り」なんて条件を出す奴もいるらしく、地域ごとの差が大きいようだ。
「なるほどなぁ」
ギルド設立の最大の利点は、教会から認めらている組織だと言う事なのだろう。この世界の治安はけして良くないので知らずに犯罪の片棒を担いでいた、なんて事も有るかもしれない。身を寄せる組織を慎重に選ぶのは当然だろう。その時に「教会お墨付き」のギルドなら安心だろうと考える奴がいてもおかしくない。
そうなれば、ギルドは益々大きくなり、今度はギルドメンバーの所属人数を理由にギルドに加入してくる奴等があらわれるだろう。
「戦いは数、ってことだな」
とある宇宙要塞の将軍も言っていたので間違い無い。
「いまお話出来るのはこのぐらいですね。よろしければギルドについて詳しく調べておきましょうか?」
「そうだな。頼むよ」
エミィに頼んでおけば問題無い。俺はそう信じてエミィにお願いすることにした。




