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第167話






 賭場でのビグルとの接触から2週間後。

 ノートル家は、ビローの街の支配者からただの貴族へと成り下がった。



「一体何が起こったんじゃ?」


「だから、街に流通してる貨幣の量を極端に減らして限定的にデフレを起こしたんだよ」


 デフレによる経済損失の責任を追及されてビグルは当主の座を追われ、ノートル家はただの貴族になった。


 とは言え、ただ物を大量に売っていただけではそうそうデフレになどならないだろう。

 この状況を最終的に引き起こしたのは他でもないビグル本人だ。


 俺の用意した金貨200枚の資金に対抗する為にビグルがかき集めたであろう300枚以上の金貨。

 これがさらにビローの街の経済を圧迫してデフレを引き起こすきっかけとなってしまったのだ。そんな状態でさらにビグルは宣言どうり『白磁』製品の取締りを行った為、多数の外来貴族達からひんしゅくを買ってしまいノートル家は孤立していってしまった。

 ビローに住む他の貴族達がこの失態を見逃す筈もなく、あっという間にノートル家を陥れていった。


「それもこれも、ピノの頑張りのお陰だな」


「お褒めに預かり光栄ですわ」


 人の姿(・・・)のピノが嬉しそうに会釈をする。


 ピノには、『ゴブリン運送』とは別の店を切り盛りしてもらっていた。

 店の名前は『大銅貨店 天龍』だ。

 ここでは、天龍の街で作られた品を一律、大銅貨1枚で販売していた。

 商品のラインナップは『天龍の塩』やデトク監修の『傷薬』、スライム濾過で作られた飲料水、『天龍の水』など冒険者狙いの消耗品が大半を占めている。

 そこに『変身薬』を使用したピノが店主として接客をしながらノートル家の失態の噂話を発信してくれていた。


 この街の冒険者は大半が貴族の護衛を務めている。デフレによるノートル家への不信感と冒険者達の噂がトドメとなって今回の事件が起こったのだった。

 

「ショップの商品の売れ行きも好調ですし、冒険者の皆さんに天龍の街の宣伝もしておきました」


「そうか。しばらくこの街の経済はズタボロのままだろうから、落ち着くまでは店を閉めておいてもいいが」


「いえ、せっかく常連のお客さんも出来てきましたので細々とですが続けていきたいです。それにゲルブ族ゆかりの品も近々入荷させる予定なんですよ?」


 ピノは店の経営にすっかりハマってしまったようで喜々としてここに残ると言っている。

 まぁ、店の商品の仕入れの為に天龍の街には頻繁に戻るつもりらしいので何かあればすぐに連絡がつくだろう。


「それと、野球の道具も最近売れるようになって来たんですよ」


 ビローの街の冒険者の間で野球が密かなブームとなっているようだ。

 もっとも、流石に試合を行えるほどの人数も空間も用意出来ないようなので、主にキャッチボールや少人数で守備と打席をローテーションするいわゆる太鼓ベース、タイベンで楽しんでいるそうだ。

 そんな彼らに、ゲルブ湖と天龍の街は野球の発祥の地だと伝えているそうだ。その内、野球目当てで冒険者たちがやってくるようになるかも知れない。


 これでビグルへの復讐もだいたい済んだ。ノートル家の没落で政治的な空白が出来たこの街はこれからかなり荒れるだろう。

 あとは、大量におろした『青春薬』によって蔓延したピンク色の空気を最大限に助長する『大人のオモチャ』でも与えてやれば、モラルハザードと不衛生な環境が出来上がる。

 そこに定期的に【風邪魔法】で街中に伝染病を流行らせて特効薬を高値で売り捌く、を数回繰り返せば完全に疲弊してこの街が地図から消える事だろう。

 ここは遊興都市、流通のかなめではあるが絶対にこの場所で無ければならない理由は無い。周りには見晴らしの良い平地が広がっており、すぐに新しい街の建設が行えるのだからなおさらビロー(ここ)に固執する理由は見つからない。

 ピノ達はどこか適当な所で引き上げさせて、新しく作られるであろう街へ移転させてやれば良い。

 





 


「どうか穏便に事をすませて頂けないだろうか」


 朝からみんなが忙しく働く『ゴブリン運送』に仕立てのいい服でやって来た男は開口一番にそう言って頭を下げてきた。


「何の事ですか?見ての通り忙しいので急ぎでなければ後にしてくれますか」


おおやけにされて困るのはお互い様だろう? こちらも出来る限りの事はするつもりだ」


 エミィがやんわりとお引き取り願おうと対応すると、捲し立てるように言葉を放ってくる。


「ですから、何のお話ですか?そもそもどちら様ですか?」


「使用人風情がこの私の事を知らんだと!!」


 エミィの言葉にいきなり男が激昂しだしたのですぐにエミィと男の間に身体を割り込ませる。


「なんだ、貴様はっ!?」


「あんたこそなんなんだ。これ以上店先で騒ぐならこっちも自衛の為に動くぞ」


「そこの娘が私の事を知らなかったのだ!! そんな事が許される筈がない!!」


 馬鹿みたいな理由だが、目の前の男はそれが当然のような顔だ。


「俺もあんたの事なんて知らない。邪魔だからさっさと帰れ」


 服の仕立ての良さからおそらく貴族なのだろうが、お付きの者もいないところをみるとお忍びでやって来たか大した格の貴族ではないのだろう。

 第一、こんな傲慢なやつが本当に交渉役としてやって来るような集団なら先は長くない。

 つまり、相手にするだけ無駄だ。


「貴様、覚えていろ!!この街に居られなくしてやるからな!!」


 ありきたりな捨て台詞をはいておとこ去っていく貴族の男。


「なんだったんだ、いったい?」






 翌日、またしても同じ男がやって来た。


「昨日は怒鳴ったりしてすまなかった」


 わずかにだが頭を下げて謝罪をしてきた。

 こいつは一体何がしたいのだろうか?


「ご立派です、旦那様」


 よく見れば男の後ろの方に執事らしいじいさんと年若いメイドが隠れていた。


「なんだあれ?」


 彼らの男を見る目は、良い歳のおっさんを見つめる目ではなかった。

 そう、言うならば『子供を見守る親のような目』が一番近いだろうか。


「我が愚息の仕出かした事について、水に流してもらいたい」


 昨日よりいくぶん話の内容が追加されたが、それでも理解にはいたらない。


「あんたの息子さんってのは誰だ?」


「まだ私を責めるのか!!きちんとあやまったではないか!!」


「いや、だから」


「うるさい!! 不愉快だ。帰る!!」


 男はそう言ってまた踵を返して去っていった。


「なんなんでしょうか?」


「さぁ?」


 この分だと明日もやってくる気がする。


「少し、調べておきましょうか?」


「調べられるのか?」


「はい。服に特徴的なしるしがありましたので、どこの一族の者なのかくらいなら分かると思います」


 





「今日こそ、しっかりとした確約を頂きたい」


 いまだにこの男は交渉の内容をまったく話していないが、どうやら彼の中では俺が答えを渋っている事になっているようだ。

 とは言え、こちらもようやくこの男の正体に見当がついた。


 彼の服に描かれている『天秤』の紋章は、この街では『ノートル家』にしか許されていないらしい。

 そして『ノートル家』の中で俺達と関わりがあるのは、『元』当主のビグルだけだ。

 つまり、そんなビグルを愚息と呼ぶこの男は、


「確約、と言われても何を約束すれば良いんですか?ノートル卿」


 ビグルの父親であり、ビグルに家督を譲り隠居を決め込んでいた先代の当主であり、現在の臨時当主でもあるエドガー・ノートルその人だ。


「だから、息子の非礼を詫びる。そのあかしとしていくつか贈呈品も渡す。それで水に流してくれ」


 後ろで昨日の執事とメイドが小さく拍手をしている。はじめてのお使いか?

 こちらはこれ以上、ノートル家に直接は(・・・)何もするつもりはないが貰えるものは貰っておいて損は無いだろう。


「分かった。そちらの要求を飲みましょう。そのお詫びの品とやらを頂いたら、すべて水に流します」


「そうか、ようやくうなずいてくれるか。よし、早速明日にでも届けさせよう。くくく、強情な奴だったが私の手にかかればこんなものだ」


 なるほど、ビグルのあの性格は父親譲りであり、こんな父親なら確かに自分が優秀だと思ってしまうのも仕方がないのかもしれないな。


「それではまた明日来るとしよう」


 意気揚々と帰っていくエドガーと、こちらにお辞儀をしてその後をついていく執事さん達。


「あれは苦労してるんだろうなぁ」


「そうでもなかろう。手のかかる主と言うのは、それはそれで可愛く感じるものじゃしのぅ」


 くふふ、とこちらを見ながら笑うジルの頭を軽くはたいて仕事に戻る。復讐が済んだので村に帰って久しぶりにゆっくりするのも良いだろう。

 急ぎの用事は無くなった事だし、詫びの品とやらを受け取ったら一度村に戻ろうか。それともアイラとの約束もあるし、ウェフベルクに寄って買い物していくのも良いかもしれない。

 






「これで全てだ。確認してくれ」


 腐ってもこの街を支配してきた大貴族と言うべきだろうか。エドガーが引き連れた十台以上の馬車とそれに積まれた様々な物品はいくらなんでもやりすぎだ。


「いったいこの量は何事だ?」


「うむ。元々はビグルの趣味で集めた物を全て持ってきた。中には使い方も良く分からない物も多いが、それなりの価値があるものらしい」

 

 そう言われて馬車の中を確認すると美術品のような物からマジックアイテムなどがぎっしり詰まっている。


「まぁ、ありがたいけど」


「そうか、それはよかった」


 馬車の中身を全て店の倉庫へ移す作業は結局昼過ぎまでかかってしまった。


「よし、では私はこれで失礼する。用があるなら屋敷に来てくれ」


「ちょっと、待てよ」


 俺は、そう言いながら馬車を走らせようとするエドガーを引き留める。


「なんだ?」


「いや、忘れ物。物じゃないけど」


 倉庫に運び込まれた荷物を珍しそうに眺めている知らない女を指さしてそう言うとゲイリーは首を振った。


「アレも今回の詫びの品に含まれている。好きに使ってくれ」


 見知らぬ女性の名は、シオン・ノートルと言う。ビグルの妹らしい。


「いや、いらないんだけど」


「それは困る。この品々は名目上はシオンの嫁入り道具と言うことになっている」


「嫁って、そんなことに同意した覚えはないぞ」


「別に正式に結婚する必要などない。「事実婚」で構わない」


 この世界では契約には強制力が働く。その為、軽々しく婚姻を結ぶのは非常に危険らしく契約を交わさずに嫁いでいく事が日常化されておりそれを「事実婚」と呼んでいるようだ。


「君さえよければノートル家に正式に加えても構わんが」


「それは遠慮する」


「ならば、シオンをよろしく頼む」


 会話しながらエドガーは馬車を走らせて颯爽とさっていった。

 

「お、おい!!」


 エドガーを乗せた馬車は1度も止まることなく見えなくなってしまった。


「参ったなぁ」


「ねぇ、あなた」


 シオンが俺に話しかけて来た。


「あぁ、すまんな。すぐに親父さんの所に連れていくから」


「どうして? ここが私のいるべき場所でしょ?」


 どうやらエドガーはシオンにしっかりと自分の立場を話しているようだ。


「いや、手違いがあってな。俺はあんたを嫁にもらうつもりはないんだよ」


「そんな事、分かっているわ」


「そうか、なら話が早いな」


「えぇ、異なる世界の住人がこの世界で婚姻の契約を交わすなんて可笑しいもの」



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