第166話
ツギハギ少女~ の後編はもう少しお時間頂きます。
代わりに本編の方を更新させていただきました。
「くそっ、どいつもこいつも使えん奴らばかりだ!!」
送り込んだ者達は一人残らず返り討ちにあったらしく、誰一人として戻って来ていない。
おかげで私が私的に雇用している兵たちが最近、人手不足に陥っていると報告が来ている。
とは言え、こちらも何も出来なかった訳ではない。
まず、奴の狙いがなんとなくだが分かってきていた。
奴の姿がノートル家が経営している賭場で何度か確認されている。
奴は賭場で賭け金の設定やゲームの内容などを確認して小金を賭けて遊んで帰ったようだった。
まさか、賭場を『村』の様に消し去るつもりなのか?
いや、それなら下見など必要なく行えるのではないだろうか?
それにゲームの内容を詳しく調べる必要など無いはずだ。
そこまで考えて気が付いたのは奴が現在手にしているであろう『資金』の金額と奴が最も興味を持っていたゲームの事だった。
もしも、奴が持っている『資金』を全てそのゲームに賭けて万が一にも勝利したら。
おそらく、賭場に用意している資金では払いきれる額では無くなる。
その上、そのゲームに限ったある事情が事態を悪化させてしまう。
そのゲームは賭け金が青天井の上で払い戻しが即金、と言うこの賭場の目玉ゲームなのだ。
今まで数多くの者達が挑戦しており、尽くを返り討ちにしてはいるが相手が奴ならなんの保証にもならない。
「しばらく閉館させるか、 いやそんなことをすれば奴の『資金』が増えるだけだ」
ではどうする?
私はすぐに件の賭場へと足を運ぶ事にした。
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「すごい活気じゃのぅ。賭場と言うのはもっとも薄暗いもんじゃと思っておったのじゃが」
「まぁ、この賭場は貴族が経営していて国からの許可もあるみたいだからな」
経営はノートル家の家長が個人で行っている事になっているので私営カジノと言う事になるのだろうが、先程も言った通り国の御墨付きだ。
それにこの国の法では特に賭博を禁止はしていないようだ。
「あまり健全とは言えませんが、お金を集めやすいですし。この辺りでは最大規模の賭場で、王都からも賭場目当てでビローにやって来る貴族もいるくらいですから」
エミィがこの賭場について説明してくれた。
「私、こういうところに来たのは初めてです」
アイラが若干緊張した顔で目の前で目まぐるしく動き回る客と従業員を見つめる。
「とりあえず、本番の前にいくつかやってみるか」
「それでこそ我が主じゃ。わらわはあれがやってみたいぞ」
ジルがやりたがったのはダーツのようなゲームだった。
ナイフを的の中心に当てられれば高得点となり、勝敗を競う物のようだ。
「ゲームに参加しなくてもどちらが勝つか予想して賭けられるみたいですね」
今、ナイフを投げている男は見るからに不慣れでオッズが親側に集中しているようだ。
「それで、どっちに賭けるんだ?」
「うん。わらわはナイフを投げたいぞ」
どうやらこの対戦には興味が無いようだ。
なんの波乱もなく子側が敗北し、次の挑戦者を募集し始めた。
「わらわが参加するぞ!!」
真っ先に手を挙げてジルが参加を表明すると親側のプレイヤーが快く壇上にジルを手招きしてくれた。
まあ、こういうゲームならジルみたいな美人な参加者は大歓迎だろう。
壇上でジルがいくつか質問を受けているがどう考えてもナイフ投げとは関係ない質問もあった。
「随分美人な挑戦者さんですが、お一人でこちらにいらっしゃったのですか?」
「いや、そこに主と同僚がおるぞ」
一斉に視線がこちらに集まる。
エミィは全く意に介していないようで涼しい顔をしていた。
アイラは少しだけ落ち着かない様子だったが大丈夫だろうか。
「だ、大丈夫です」
俺の表情から言いたいことを読み取ったのだろう。アイラが俺に笑顔を見せてくれながら答えてくれた。
結果から言えば、ジルはナイフ投げで敗北してしまった。
「も、もう一回。もう一回だけぇ」
「いけません。もう三回も負けてるんですよ?」
「次は勝てる、気がするんじゃ。ほら、ようやくナイフ投げに慣れてきたところじゃし」
「よく言いますね。完全にあちらにあしらわれてましたよ」
確かにジルの言う通り、ナイフ投げが上手くなっている。しかしエミィの言う通りあしらわれてもいた。点数だけで見れば惜しい点差での敗北を繰り返しているが、完全にあちらの演出だ。
勝てそうで勝てない。そんな状況をしっかり作り出されているようだ。
「主ぃ~、もう一回だけじゃ。良いじゃろぅ?」
「渡してある小遣いの中でなら好きにしても良いぞ」
「そ、それは、そのぉ」
アイラとエミィにも小遣いを渡してあるが、ジルだけ早々にオケラになったようだ。
「あのゲームは、熟練者が勝利するように出来てるんです。それに気づかずにゲームを続けるのが悪いんです」
そう言うエミィは、ちゃっかりジルの敗北に賭けていたらしく、少額ではあるが元金よりも増やしている。
「アイラァ~」
「ごめんなさい、ジル。ご主人様から頂いた大事なお小遣いだから」
アイラは今の所、なにもしていないので元金がそのまま手元に残っている。
「それではつまらんではないか。倍にして主に返そうとは思わんか?」
意外なことにエミィもジルの言葉に頷いている。
二人ともタイプは違えどギャンブラーの素養があると言うことだろうか。しかし、せっかく渡した小遣いだ。出来ればアイラにも少しは使って欲しい。
「アイラ、あそこのゲームならアイラ向きなんじゃないか?」
俺は、アイラの手を引いて別のゲームが行われているテーブルに移動した。
「ご主人様、これはどんなゲームなんですか?」
「あそこに並んでいる木の器の中に一枚だけコインが入っているからそれがどこにあるかを当てるゲームだよ」
「えっ!?でもそんなの」
分かるに決まっている。と続けたいのだろう。
説明するより見せてやったほうが早いと思ったので少々強引にアイラを席に座らせてゲームに参加させた。
「では、参ります」
ディーラとでも言うべき男が宣言してコインを器の中に入れてテーブルの上で勢いよくシャッフルする。
しっかりと目で追っているつもりがすぐに見失ってしまった。これではアイラに助言もできないな。
「えっと、ご主人様。よろしいのでしょうか?」
アイラがおずおずと硬貨を数枚手に持って俺の方を向いているので、軽く頷いて答えてやる。
すると、アイラは迷い無く真ん中の器の前に硬貨を置いた。
「では、開きます!!」
テーブルにはアイラの他にも2人の客がいたがそれぞれ違うところに賭けていた。
つまり、
「すごいなアイラ。一人勝ちじゃないか」
若干増えて返ってきた硬貨を受け取ってアイラが不思議そうな顔をしていた。
まだギャンブルと言うものが理解できないのだろうか。
「続けます!!」
ディーラの男が次のゲームの開始を告げる。
「も、もう勘弁してください」
結局アイラはその後、20回ほどゲームを繰り返したがその全てで勝利を収めていた。
とうとうディーラから泣きが入ったのでアイラは席を立った。
「本当にすごいな」
「は、はぁ」
アイラが困惑顔をしているので話を聞いてみると。
「どうして皆さん間違った所に賭けているんですか?」
と逆に質問されてしまった。
なるほど、俺でも見失ってしまっていたあのハンドスピードでもアイラにはしっかりと見えていたわけか。
道理でずっと不思議そうな顔をしていた訳だ。
「あと時々、器からコインが無くなる事があったんですがあれはどうやってるんですか?」
なんと、あのディーラはイカサマまで仕掛けてきていたようだ。
しかし、なぜそんな事が分かったのだろうか。
「えっと、器の中からコインの音がしなくなったので」
そして、終了間際にいきなり器の中からコインの音がするようになるらしい。
これだけ騒がしい賭場でコインの音を聞き分けるとは、流石アイラだ。この聴力はアイラのスキルでは無いので俺にはけして真似できない。
「じゃあ、結果発表するか」
結果は目に見えているが、なぜかエミィとジルからの強い要望で3人残金比べが執り行われる事になった。
今回、彼女達には銀貨で20枚の小遣いを渡していた。
まずは、ジル。
あのあと資金を増やしたエミィに軍資金を借り受け、別のゲームに挑戦していたようだが。
「うむ、なんと銀貨14枚まで増やしたぞ」
確かにゼロからそこまで盛り返したのは凄いが、それでもマイナスだ。まあ本人は満足そうなので問題ないか。
では次はエミィだ。
エミィは堅実に合理的に複数に小額を賭けて小遣いを増やしていたし、終了間際にしっかりとジルから借金を回収していた。
「私は、銀貨で34枚と銅貨22枚です」
この賭場では基本的に大型硬貨を使用していないのでエミィが少々重たそうに袋を渡してきた。
大勝ちはしていないが、短時間でこれだけ増やすことが出来たのは立派だろう。
「この賭場の傾向は掴めましたので、次があればもっと上手く出来ます」
なるほど、流石エミィだ。そして、
「最後はアイラだな」
「はい。どうぞ」
明らかに他の2人の袋より2回りほど大きさが違う。
「どれどれ」
袋をあけると中には銀貨に混じって金貨まで含まれていた。
「これは、アイラの圧勝だな」
敗者の2人はニコニコしながらパチパチと拍手をしている。一体、何が目的なのやら。
「主よ。勝者に何かしら褒美は出ぬのかのぅ?」
「そうだな。アイラ、何か欲しいものはあるか?」
「えっ!? えっと、そう言えばご主人様の靴が痛んでいたので買い換え時だと思います」
「いや、そう言うことではないでしょ、アイラ?」
エミィもやや呆れ気味にアイラを諭してくれる。
エミィの場合はアイラと同じくらい献身的に俺に尽くしてくれ、その上でジルより控え目に俺におねだりをしてくる。
アイラの事だから遠慮した内容になるとは思っていたが、まさか自分の物ですら無いとは想像の斜め上を行かれてしまった。
結局、日を改めて日常でも使えるポシェットを買いに行く約束をアイラと交わした。
この数日、アイラとの時間だけ取れていなかったことにエミィとジルはしっかり気づいていたようだ。
「お客様」
この賭場の従業員らしき男が声をかけてきた。少しうるさくしてしまったせいだろうか。
「冒険者のヒビキ様とそのお連れ様でよろしいでしょうか?」
いきなり素性を言い当てられたが、驚く事でもない。全員でこの賭場を楽しんではいたが、ここは敵地。
ここいる奴等は客の1人に至るまで敵なのだ。
「確かに俺はヒビキだが、なにか用か?」
「先程からお連れ様ばかり楽しんでいらっしゃるようでしたので、ゲームのお誘いをさせていただきたいのですが」
この賭場にはVIPルームとでも呼ぶべき場所があることは調べがついている。おそらくそこに誘われているのだろう。
博打が合法であるこの国の賭場になぜそんな裏側があるのかと言えば、それは勿論『非合法』な行いで賭事を行っているからだ。
従業員に連れられて入った部屋は扉一枚を隔てただけでそこに地獄が広がっていた。
人と魔物を闘わせてどれだけの時間、人が保つかを予想するゲーム。密室に数人を閉じ込め、それぞれに異なる勝利条件を与えて誰が勝つかを予想するゲーム。
他にも胸糞悪くなるゲームは沢山あるが、そのどれもが共通して『人の死』を望むような作りであった。
「良い趣味だな」
「恐れ入ります」
俺の皮肉にも恭しく頭を垂れる従業員。どうやら目的地は、この部屋の一番奥らしい。
「こちらでお待ちください」
そこらから歓声と血肉が飛び回り誰も俺達には目も向けない。
こんな所で待たされていては、それだけで気が狂ってしまいそうだ。
3人娘達も先程とはうってかわって緊張感を持って周囲を警戒している。
「ようこそヒビキ殿。くく、この挨拶は二度目か」
現れたのは、予想通り審査官のビグルだった。
奴は不適な笑みを浮かべながらこちらに近づいて来た。
「久しぶり、で良いのか?」
「あぁ。もう一度会いたいと思っていた相手がまさか自分から私に会いに来てくれるとはねぇ」
なんだか恋人への台詞の様にも聞こえるが、奴の目は血走っており息も荒くなって来ている。
「さぁ、ゲームを始めようか。君の狙いはこれなんだろう?」
奥まった所にあるテーブルへと誘われて席についた。
「おや?そこにいるのはヴァンパイアの娘か。お前にもお礼をしなきゃな」
「おや?そこにいるのはどちらさんじゃったかのぅ?とんと覚えがないのぅ」
ビグルがビキッと青筋を立てたが、どうにか怒鳴らずに落ち着きを取り戻していた。
「ゲームを始める前に何を賭けるか決めておこうか」
「あぁ。俺はこの鞄の中身を全部賭ける」
俺は肩にかけていた大きめの鞄をテーブルの上に投げ出した。
口が開いていたようで、弾みに中から金貨がじゃらじゃらとこぼれてしまった。
「こ、こんな額むちゃくちゃだ!?」
近くにいた従業員の男が目を白黒させながらビグルと鞄の金貨を交互に見つめている。
しかし、
「足りないなぁ」
「なに?」
「こちらが用意した金額には些か足りない。と言ったんですよ」
鞄の中にはこの街で荒稼ぎした資金で、金貨が200枚ほどと嵩ましの為の銀貨と銅貨が少々。
これほどの大金を用意したのだがまさか足りない等と言われるとは思わなかった。
ふざけるなと言葉にしようとした瞬間、俺の鞄を押し潰すように金貨の入った袋をテーブルの上に投げ置かれた。
「袋の中にどれくらい入っているかは分かりませんが、そちらの鞄よりも少ないなんて事はないでしょう?」
こんな方法で潰しにかかって来るとは思っても見なかった。
これでは、賭け金不足で勝負不成立になってしまう恐れすらある。
「おや?これ以上は準備出来ませんか?思ったより少なかったですね」
ニヤニヤと笑いながらこちらを見つめてくるビグル。
いくら貴族とは言ってもいきなりこれだけの額を用意出来るとは思えない。奴も俺がここに来ることを予想した上であれだけの資金を準備していたのだろう。
「でしたら、他の物で上乗せしたらどうですか?」
そう、例えば奴隷とか。などと心底楽しそうに提案してくるビグル。
俺には他に賭けられる物が無い事を知っていての挑発だ。
「ふむ、そうするしかないかのぅ。ちなみにわらわにどれだけの値をつける?」
ジルが一歩前に出て申し出る。
「ふぅ、ジルに先をこされてしまいましたか。まぁ、私がジルより安いなんて事はあり得ませんけど」
ジルに遅れてエミィまでそんな事を言い出した。
「あの、ご主人様。頑張ってください」
とうとうアイラまで前に出てしまった。
「くくっ、決まりですね?」
俺と奴の金貨の差額をアイラ達3人の身柄を差し出す事で相殺する、とビグルは承諾した。
「待て、俺は受けるなんて言っていない」
別に勝負は今日でなければならない訳ではない。
出直して、資金が集まったら改めてここに来ればいい。
「そうですか。ですがそれはそちらの都合です。私が合わせる義理はない」
その通りだが、あくまでも俺は賭場に来たただの客だ。
なにか騒動を起こしたならともかく、理由もなく来店拒否には出来ないだろう。
「ここで勝負を下りるのでしたら、この街での『白磁』製品の売買に規制をかけます。すでに方々に影響が出ている品です。当然の処置でしょう」
例えばこの街での『白磁』の売買に許可証が必要になれば、許可証を持っている相手にしか品物を売れなくなる。
そうなれば、今のように儲けを出せなくなるだろう。
これで俺達の資金源を断つつもりのようだ。
なるほど、これではここで勝負を受けなければ時間が経つに連れて奴が有利になっていく。
つまり、俺の答えは決まっている、と言うことだ。
「仕方がない。仲間を賭けるなんて俺にはできない。みんな、帰るぞ」
「えっ!?ちょっとっ!?」
俺は手早くテーブルの上の鞄を掴んで出口に向かう。
3人娘は戸惑いもせずに背を向けて歩き出した俺の後をついてくる。
「ご主人様、あんな感じで良かったでしょうか?」
「あぁ、問題無しだ」
俺には最初から大金を賭けた勝負をするつもりはなかった。鞄の中の金はいわゆる『見せ金』と呼ばれる物に近いだろう。
「しかし、これで何が起こるんじゃ?」
「もう、ジルったら。ちゃんと説明したでしょ?」
「うむ、話は聞いたが少々難解じゃった。もう少し分かりやすく話してくれんか?」
「そうだな。とりあえず店に戻ってからもう一回説明するよ」
後ろから聞こえるビグルの罵声を聞き流しながら、俺達は一度も振り返る事無く賭場を後にした。




