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第165話







 遊興都市ビロー。

 商人にとっては王都進出の前哨戦を行う都市であり、冒険者にとっては憧れの行楽地。

 ここでは一夜にして大金を得る者もいれば、逆に身ぐるみ剥がされて野垂れ死ぬ者もいる。

 

 そして、この街を表と裏から支配しているのがノートル家だ。


 ノートル家はこの街の建設にまで関わっており、誰も逆らうことが出来ない。


 そんなノートル家の表の資金源は貴族としての税収だ。

 これは街の中で商いが行われるだけでその一部がノートル家に入って来る。


 そして、帳簿にはけして乗らない裏の資金源が『カジノ』と『遊郭』だった。


 ある日、ウェフベルクでの敗戦から立ち直りつつあるビグル・ノートルが自身の執務室で眺めていた報告書にあまり見たくない単語が良く出てくる事に気がついた。


「・・・『白磁器』製の小物と『青春薬』が大量に取引されている、だと?」


 大量とは言っても翌月と比べれば増えているのではないか?と言う程度ではあるのだ。

 しかし、どちらも流通の絶対数が少ない品で、それが目に見えて流入して来ているのは事実であり、ビグルはこの2つの品にゆかりのある人物に心当たりがある。


「ま、さかな」


 一瞬、全身から血の気が引き、経験したことのない浮遊感を味わったビグルだったがすぐさま平静を取り戻した。

 ここは、我が城(ホーム)だ。万が一本当にあの男が現れたとしても問題は無い。

 自分が一声命じればこの街に住む者は、老若男女問わずあの男の敵となる。


 その事を思い出し、改めて別の報告書に目を通し先ほどと同じように、いや先ほど以上に熱心に仕事をこなしはじめた。

 さきほどよりも強くなった復讐心を糧にしながら。





--------------------------------------





「とりあえず、作戦の第一段階は上手くいってるな」


 俺は、『ゴブリン運送』ビロー支店である建物の裏の倉庫で【保管】しておいた『白磁』製の小さな小物類と『青春薬』や天龍の街で作った商品の在庫を取り出していく。


「はぁ~っ」


 ここの責任者であるサイが俺を見ながら大きくため息をついた。

 天龍の街への移動の疲れはしっかりと癒したはずだが、どうしたのだろうか。


「どうしたんだ、サイ?」


「俺やゴブリン達が命懸けでここまで運んでた物をこうも気楽に大量に運ばれちまうと立つ瀬がない」


 どうやら、俺の大量輸送が彼のプライドを傷つけてしまったようだ。


「いや、お前たちはすごくよくやってくれてるよ?それに対外的に一台の馬車も運び込まれていないのに大量の商品が売りに出されたら不審に思われるだろ?」


「俺達の仕事は、偽装工作かよ~」


 精一杯フォローしたつもりだったのだがさらに機嫌を悪くしてしまったようだ。


「そんな事はありませんよ。現在売り場の限界まで商品を販売している状況ですが、『ゴブリン運送』の力が無ければ早々に売り場が枯渇していたことでしょう」


 エミィが的確にサイを慰めてくれている。

 それにエミィの言っていることは紛れもない事実だ。

 サイはああ言っているが、俺は四六時中運搬の仕事をしている訳ではない。

 それに比べて『ゴブリン運送』は休みなく次々と品物を運んでくれている。

 割合で言えば、俺が6でサイ達が4だ。

 ちなみにアイラとルビーには仕入れの方に回って貰った。

 俺に出来ることは大概、アイラにも出来る。

 アイラにも【保管】が使える為、非常に助かっている。

 

 サイ達の運搬速度は十分に驚異的だし、だからこそいくら商品を売りに出しても不審に思われない状態を作り出せているのだ。


「でも、それはウィキーの協力があっての物だしなぁ」


 物品の流通を良くする為には乗り物だけでは無く、道が重要になってくる。

 天龍の街からここビローまでの間には当然、道など存在しない。

 あんな道なき道を進んでいたのでは、恐ろしく時間がかかってしまう。


 そこで、森と一体化しているウィキーにお願いして木々をどかし、荒れた地面を均して立派な道路を作り上げて貰った。

 流石にビローまで道を伸ばす事は難しかったようだが、道程の6割以上を平坦な道を馬車で走り抜けることが出来た。


「それに、従業員がゴブリンだと誰がいつ来たかなんて調べられないしな」


 例えば、サイがこの街を出発して荷物を積んで戻ってしまえば異常な移動速度が明るみに出てしまうが、ゴブリン達なら個体差を見分けるのは至難の技だ。

 ひっきりなしにやってくる馬車を目撃しても『ゴブリン運送』が大量の馬車を所有している、としか思わないだろう。


「ご主人様。冒険者鞄をいくつか追加で購入いたしましょうか?」


 店を持たない行商にとっては冒険者鞄は必需品との事らしいので『ゴブリン運送』を起業した時に2つだけサイ達に渡してある。

 しかし、


「いや、遠慮しておく。冒険者鞄は高いからな。そんな高い物を俺みたいな奴がいくつも持っていたら色んな奴に目をつけられちまう」


 サイは手を振ってエミィの提案に首を横に振る。

 分かりやすく例えるなら、ブランド物のバッグをいくつも身に付けて歩いている、と言ったところだろうか?

 確かにそんな人物が護衛もつけずに往来を歩けば、良からぬ事を考える奴等がいてもおかしくないか。


「サイよ、手があいているなら商品を表に出すの手伝わんか」


 店舗側からジルが商品の補充の催促にやって来た。


 店舗の表側には『白磁器』を始めとした商品を陳列して商店として利用している。

 もちろん、『ゴブリン運送』本来の運送業の窓口も用意している。

 天龍の街への帰路に馬車が空荷と言うのはなんとも勿体無いので、現在はウェフベルク、ブレト宛の『荷物』だけだが引き受けている状態だ。

 

「あぁ、今すぐ運ばせるよ。ヒビキ、ついでに手伝ってくれ。『人手』が足りないのは知ってるだろ?」


 『人手』とは労働力と言う意味ではなく、まさに『人の手』の事だ。

 俺達の身内には人間、もしくは人間に見える種族はそれほど多くない。

 そして、この街には根強い『亜人』差別が存在しているせいで、奴隷でもない『獣人』が働いているだけでイチャモンをつけられる事があるのだ。

 先程話にも出た馬車もわざわざ街の入口に入る前にヴァンパイアに『変身薬』を使ってもらい行者を装ってから入るように頼んである。


 そんな『人手』不足の為、怠け者のジルまでかりだして店番兼看板娘を担当して貰っているのだ。


「了解だ。それで、ジル。何が足りなくなったんだ?」


「そうじゃのぅ。『青春薬』はあるだけ出しておいて欲しいのぅ。あとはやはり『磐戯の駒』かのぅ」


 『磐戯』は俺の世界の将棋やチェスのような盤上で駒を順番に動かして勝敗を決める遊戯だ。

 貴族や金持ちのたしなみとして長年愛されている物らしい。


「しかし、本当にあんな売り方して良いのか?」


「実際、好調な売れ行きなんだし、問題ないだろ?」


 サイが気にしてる売り方とは、俺の世界ではお馴染みだったトレーディングカードなどのの販売方法に似たやり方だ。


 『磐戯』には合計9種類の駒がある。

 それをルールに従って好きに組み合わせる事が出来るらしい。

 そして、俺は『白磁』製の『磐戯』の駒を小さな小箱につめて中身が分からない状態で売り出してやったのだ。


 この世界の金持ちにもコレクションと言う概念はあるらしく、1人で数十個買い込んでいく客もいるのだ。


 『磐戯』の駒が9種類、更に『磐戯』は相手とは色違いの駒を用意する必要がある。

 その上で、組み合わせ次第では1種類につき3つは持っておきたい物らしい。

 つまり、見栄っ張りな貴族が『白磁』製の『磐戯』をストレス無く楽しむ為には合計で54個の駒が必要だ。

 欲しい駒を買うのでは無く『当てる』と言う楽しみと、駒がかぶってもけして『無駄』と言う訳ではない、と言い訳まで出来る素晴らしい商品なのだ。


「しかし、これが一個で大銀貨1枚とはなぁ」


 庶民ではたった1つを買うことすら難しい値段設定ではあるが実際に飛ぶように売れている。


「こういうのは、揃えるまでに使った金額すら自慢話になるんだよ」


 コレクターは、自分のコレクションを他人に見せる時に必ずと言って良いほど、


「いやぁ、これだけ集めるのに100万以上かかってさぁ~」


 などと笑いながらコレクションの総額を語るものだ。


「それもこれも、商品の大量生産が可能になったからだな」



 本来ならこれらの品は【錬金術】を持つエミィかアーティストゴブリン達にしか作ることが出来ない。

 しかも、スキルを使用するので魔力が切れればそれ以上の増産も不可能だった。


 それをこの短時間でこれだけ大量に作ることが出来るようになったのは『工場』のおかげだ。




--------------------------------------



「急ぎなさい。グズは必要ありませんよ?」


「ギィ!!」


 そんな『工場』の最も奥にいる女性がゴブリン達を静かにしかし確実に鼓舞して働き続けさせている。

 彼女はシザ。『天龍の鍛冶士』であり、この『工場』の工場長でもある。

 そして、そんな彼女の実力と『叡知の書』の知識によって無事火が入った『魔力炉』によってまるで無限に吐き出されるかのように錯覚してしまう勢いで精製され続ける『商品』の数々が巨大な『工場』を圧迫し続けている。


 そもそも『魔力炉』とはなんなのか?

 『天龍の鍛冶士』と俺が一緒になって調べた結果、『魔力炉』は整流器とコンデンサを組み合わせたような物の様だった。

 様々な創作物で登場する【魔力】だが、この世界での【魔力】はどうやら2種類存在するようだ。


 まず、生き物が自らの身体の中で精製する【魔力】。

 そして、世界が所有している【魔力】だ。

 どうやらこの2つは良く似ているが同じものでは無いようだ。

 例えば【世界魔力】が濃い場所に長時間居続ければ、生き物の中の【生物魔力】に影響を与えて【魔力】が増減する。

 逆に【生物魔力】で【魔法】を起こすと言うことは【世界魔力】に影響を与えている、と言う事なのだろう。

 つまり、なにが言いたいのかと言うと、『魔力炉』とは【世界魔力】を【生物魔力】に変換して、炉の構造材質である魔鉱に溜め込む設備の様だ。

 俺の星剣の魔力回復も同じ仕組みが使われているのだろうか?



 亜人街で購入した『魔力炉』のおかげでスキルによる魔力の消費を気にせずに一度に大量のアイテムを作り続けることが出来るようになった。

 例えるなら、クッキーを作れる人の人数は変わらないが、大型のオーブンを導入したおかげで一度に焼くことのできる数が10個から100個に変わったので全体的に楽になった。と言うところだろう。


 さらに、粘土を成形するのを手作業から木型に粘土をつめる方法に変えたことでアーティストゴブリンを【焼成】に専念させるようにした。

 『青春薬』は『天龍の薬師』であるミラとデトクの弟子たちによって同じ様に役割分担を行い大量生産を行っている。


 こんな便利な物をあんなタダ同然の値段で購入できたのは何故なのか調べてみると、どうやら現在稼働している『魔力炉』は大型の物ばかりらしく、あれを『魔力炉』と認識出来ていなかったようだ。

 一般的な人達にとっては『魔力炉』など聞いたことも無く、知っている者達にとっても『魔力炉』とはこれほど小さい物ではない、と言うことらしい。




「と言うわけで、サイも『魔力炉』らしい物を見かけたら知らせてくれよ」


 運送業なら様々な物を見かける機会が多い筈なので期待している。


「俺じゃ見た目しか分からんぞ?」


「それで良いよ。最終的にはこっちで判断するから。安ければとりあえず購入してくれても構わない」


 それほどに『魔力炉』の性能は魅力的だ。


 これだけやれば奴も俺がこの街に来た事に気がつくのも時間の問題だろう。




--------------------------------------



「くそっ!!やはり奴が来ているではないかっ!!」



 あのあとどうにも奴の影が気にかかり、部下を使って集中的に『白磁』を取り扱っている連中を調べさせたところ、余りにも呆気なく『ゴブリン運送』と冒険者ヒビキの名前が上がってきた。

 これは部下が優秀な訳ではなく、奴等が隠すつもりが無かったと言うことだろう。


「くそっ!! 私の所に出店の届け出が来ていれば、許可など出さなかったものを!!」


 とは言え、『ゴブリン運送』の取引内容はすでに子細洩らさず確認済みだ。

 奴等がこの街で金儲けをおこなっているから何だと言うのだ。

 そんな事で私の地位は揺るがない。

 今度は油断などしない。

 すぐにでも兵を送って叩き潰してやる。




--------------------------------------




「ヒビキ、倉庫の裏に山積みになってる奴等はなんなんだ?」


「あれか。あれはネズミとか猫とかそんな感じの害獣って奴だな」


 おそらく、ビグルの手下であろう奴等が建物の周りをうろついていたので返り討ちにして裏に転がしておいた。


「害獣って、良いのか?この街の警備兵らしいのも居たぞ」


「まぁ、構わないだろ。俺を見ていきなり襲いかかって来た奴だったし」


 こちらが声をかけたら抜剣して首を狙ってきたので攻撃をかわして全身に【電撃魔法】で帯電状態にして抱きついてやったら煙を吹いて倒れた。

 単独でうろうろしていた様なのでおそらく正規の警備兵では無く『警備兵の格好をした一般人』だと思われる。

 俺の考えを裏付けるように、その場でそれ以上の増員はやってこなかった訳だし。


「あと、建物の近くにえらく灰が落ちてるんだけど、なんでだ?」


 それは昨晩、建物に火をつけようとした連中が原因だ。

 もっとも建物を【守護者】で守っていたので火種は建物には燃え広がらずに燃えかすばかりが生産され困惑していた所を処理した。。

 サイが気にしていたのはそれの事だろう。


 とは言え、これほどの頻度で妨害が入ると言うことは、奴が俺達に気が付いたと言う事だろう。

 資金もある程度手に入った事だし、そろそろ作戦を第2段階に進める事にしよう。



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