第164話
変なハーピーが街に近づいて来ている。
そう連絡を受けて街の外縁部まで来てみると確かにフラフラしながら単独でこちらに向かって来ている一匹のハーピーがいた。
「あれってうちのハーピーか?」
脚に何かをぶら下げておりどうやらその『荷物』が重くてフラフラしているようだ。
「ウェフベルクにいた仔達は全員連れて来ています。それ以外となると、」
そこまで考えてエミィがある事に気がついた。
「ブレトに居る筈のサイに預けていた仔達がいたはずです」
エミィと話している間にも問題のハーピーはどんどん距離を詰めていたようで、すでに肉眼ではっきりと分かるほどになっていた。
「やっぱり。あの仔はブレトで『ゴブリン運送』の手伝いをしている仔ですね」
アイラにはハーピーの個体差が分かるようだ。
所属を特定出来たおかげでハーピーが脚に引っ掻けている『荷物』にも見当が着いた。
最初はボロボロの布切れかと思っていたそれは、ボロボロではあるが布切れでは無く人間のようだ。
「やっぱりサイじゃないか、一体どうしたんだ?」
長旅で疲れはてたハーピーを労いながら、道端に投げ出されてもピクリともしない元『荷物』に話しかけてみた。
「う、あ? ヒ、ヒビキ!!ヤクゥはっ!?ヤクゥはどうした!?」
俺の声に反応したのか、急に起き上がりキョロキョロと辺りを見回すサイ。
「落ち着け、サイ。まぁ水でも飲めよ」
「あ、あぁ。すまん」
喉を潤した事で少し落ち着いたサイの話をまとめるとこう言う事らしい。
『ゴブリン村』が消滅したなんて話を客に聞いて、ハーピーで慌ててウェフベルクに戻ってみたら本当に村が無くなっていた。
呆気にとられて途方に暮れていると昔の冒険者仲間に俺は無事で『こっち』に来てると聞いたのでそのままブレトか乗って来たハーピーに運んで貰ったようだ。
「そうか、ブレトにいる連中には事の顛末をまだ伝えて無かったっけ。すまなかった、サイ」
サイにヤクゥが無事だと伝えてすぐに彼女のいる新しい『ゴブリン村』へと案内することにした。
「それにしても、どうしてそんなにボロボロになってるんだ?」
「そりゃあ、急いでいたからな。村の事を聞いたのは今朝だったし」
「今朝!?」
それは中々の強行軍だな。
「あぁ、『イノイチ』には無理をさせてしまったからゆっくり休ませてやってくれ」
『イノイチ』とは『ゴブリン運送』の空輸部門で最も速いハーピーに贈られた名前だ。
勿論、名前の案を出したのは俺だ。
『イノイチ』はヘトヘトになっていたのでアイラ達にケアを任せてある。
「それにしても変わった街並みだな。どの建物もえらく背が高いな」
ヤクゥの無事を確認出来た事で少し余裕が出来たのか、建設中の街を物珍しそうに眺めている。
この街は俺のありったけの建設知識を『叡知の書』に伝え、それをトワが取捨選択して利用して建設されている。
サイが気にしている『背の高い建物』もその知識で建てられた物であり、俺の世界では『5階建て』の木造アパートと言えばしっくり来るような建物だ。
「『叡知の書』とトワが悪ノリしてな、せっかくだからって言われて許可したんだよ」
他にも沿岸部から沖に伸びる形で作られたコンクリート製の船着き場や大量の水を使用する公衆浴場や、近代的な公衆トイレなどの設備関係だけではなく、『滑車』を使った『重機』モドキなどの工事用道具を制作して作業速度向上に余念が無い。
誇張では無く、一晩で景色が一変するような状態だった。
「そうか。凄いところだなここは」
サイは外見的な物珍しさに興味を持っただけの様で、技術的な質問はして来なかった。
色々と語ってやりたい所ではあるが、ここは我慢することにしよう。
「ほら、着いたぞ。ここが新しい『ゴブリン村』だ」
新しい『ゴブリン村』とは言っても変わったのは本当に場所だけで村の中の配置すら殆ど変わっていない。
ギガバッファローの農場や水棲モンスター用の生け簀、野球場までも位置関係はそのままで再建させた。
「うわっ、ウェフベルクに居るみたいだな」
そう思ったのは彼だけでは無かったようで、こちらに来て最初の内はヴァンパイアだけでなくゴブリン達にまで困惑した者が続出していた。
「良かれと思って同じにしたんだけどなぁ」
それ以外の不満は特に出ていないのだから、むしろその程度で済んで良かったと考えるべきだろうか。
「だしてぇ~、暗いよぉ~せまいよぉ~」
村に入ってすぐに俺達を出迎えたのは、テオの泣きじゃくる声だった。
「テオ、大丈夫よ。私達がついてるわ」
窓一つ無い小屋に閉じ込められてそろそろ3時間ほどになるだろうか。
心配そうに三巫女達が小屋の周りをウロウロして時折声をかけている。
「なぁ、ヒビキ。あれはなんなんだ?」
「あぁ、あれは魔法の修行中なんだよ」
別に何か悪さをしてそのお仕置きに小屋に閉じ込めている訳ではない。
あれは【光魔法】習得の為の訓練だ。
テオには前もって趣旨を説明した上であの小屋に入れたのだが、何度やっても5分ほどで我慢できずに小屋から出てきてしまうので仕方なく扉を開かないように固定した。
どうやら、暗くて狭い所が怖いようだ。
しかし、あんな小屋くらいテオが本気で暴れれば簡単に破壊出来るはずなのだが混乱していてそこまで考える事が出来ないのだろうか。
「そうか。大変だな」
サイもそれほど興味が無いようで、それ以上の説明を求めてこない。
落ち着いたとは言え、ヤクゥの事が心配である事には変わらないのだろう。
それ以外の事にあまり興味が向かなくなっているようだ。
「そう言えば、ブレトの方は大丈夫なのか?」
サイは『ゴブリン運送』の顔役だ。それが仕事を抜け出して来てこんな所にまで来ているのは問題なのではないだろうか。
「あぁ、顔役なんて言っても俺は飾りみたいなもんだからな。今じゃシロンとホロンの方が責任者みたいなもんさ」
サイに預けたケンタウロスの夫婦はしっかりと仕事をこなしてくれているようだ。
「そりゃ良かった。近々、事業の拡大をはかるつもりなんだがそれもサイに任せて問題ないかな?」
「はぁ!?なんだそりゃ?」
ウェフベルクの拠点を引き払って天龍の街に引っ越して来たので行き来している街の数は変わらないが、やはり早急にウェフベルクへの販路は復活させておきたい。
その上で新しい街、遊興都市ビローとの繋がりを持ちたい。
「ウェフベルクは分かるが、なんだってあんな街に?」
サイに事の経緯を説明すると、難しい顔をしてこちらを見ている。
「どうした?」
「理解はしたが、どうも納得出来なくてな。どうしてそこまでそいつにこだわる必要があるんだ?」
「このまま放っておいたらまた復讐に来そうだし」
「なら、いっその事」
サイは、はっきりとは口にしなかったが言いたい事は分かる。
サイも元冒険者だ。自分たちを狙うような奴らに容赦はしない。
「流石にあのタイミングで何かあったら問答無用で俺達のせいにされそうだろ?」
だから、俺とは関係の無い所で破滅して貰う。
「まぁ、ボスがそう言うなら俺は従うだけだ。そんな事より今はヤクゥだ。ヤクゥ~!!」
ヤクゥが住み込みで働いている俺の家が見えて来たのでサイのテンションも上がってきたようだ。
歩みもかなり速まりすでにほぼ走っているような速度になっていた。
「ヤクゥ!!兄ちゃんが来たぞ~!! くっ!?」
叫びながら扉を開けたサイがそのまま後ろにいた俺の方に吹っ飛んできた。
「私の前に堂々と現れるとは良い度胸の不審者だな」
飛んできたサイをかわして扉の方を見ると、ジーナがトップレス姿で出てきているところだった。
「おお?そこにいるのはご主人ではないか。今しがた不審者を見つけたのですぐに捕らえて来るから待っていてくれ」
そう言いながら吹き飛ばされて行ったサイに一直線で突進していくジーナ。
声をかける暇も無くジーナとサイの殴り合いが始まってしまった。
「うん。なかなかやるな。素手とはいえ私の攻撃をこれほど受け続けるとはな」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!!」
サイの方はジーナの事を覚えているのだろう。そのため攻撃を捌く事に専念しているようだ。
それもジーナが怪我をしないように義手での接触を極力減らして対応する紳士ぶりだ。
「あははぁ。よく防ぐなぁ」
「くっ、この。せめて服を着ろよな!」
サイは手が出せない代わりに口を出す事にしたようだ。
確かに半裸のジーナが激しく動く様はそれだけで目の毒だ。
「ジーナ。そいつは身内だ」
「うん?そうなのか?」
俺の声が届いたらしくジーナの猛攻がおさまった。
「そいつはヤクゥの兄貴だ」
「そう言えば見た事が、・・・あるのか?」
やはり覚えてないようだ。
しかし、攻撃の手を止めてくれただけでも幸いだ。
「おい、ジーナ何してるんだ?」
安心したのもつかの間、ジーナがいそいそと自分の愛剣を携えて戻ってきた。
「いや、身内なら覚えておこうと思ってな。男は一度思いっきり手合わせしておかないと顔を覚えられない」
「いや、俺疲れてるから」
「その腰の剣も業物のようだし、村の中でも右腕の鎧を外さない常在戦場の心構えから見てもかなりの手練れなんだろ?」
ブンブンと音を立てながら剣を振るジーナはすでにヤル気満々だ。
右腕は鎧ではなく義手なので常在戦場うんぬんは関係無いのだが。
「いくぞっ!!」
「だから、せめてっ、服を!?」
ギィン、と甲高い音を立てて2人の剣が交差する。
先程までのやり取りからしても地力での実力はサイが上なのだろう。
しかし、目の前の攻防からは両者の実力の差を明確には感じない。
「やはり、剣で打ち合わなくてはっ!!あんな撫でるだけのじゃれあいでは本気など出せないな!」
「こ、こいつ。剣さばきがやたら巧い!?」
ジーナは剣を『装備する』事で上昇するステータスとは別に、剣を『持つ』利点を上手く使いサイと渡り合っているということだろうか?
目の前で乱舞する乳、もとい剣はどんどん速度を増している。
「くそっ。こうなったら『奥の手』を使ってでも彼女を止めるしかっ!!」
「お?何かやるつもりだな。それなら私も『渾身の一撃』を!!」
両者とも相手を打ち倒すための決め技に訴えるつもりのようだ。
あれほど響いていた剣戟の嵐が不意にやむ。
知らぬ間に緊張していたらしく途端に喉の乾きが気になりだした。
場の空気に気圧され、唾を飲み込むこともできないまま動かなくなった2人を見つめ続ける。
目を凝らして見てみれば、身体の四肢を小刻みに動かし相手の出方を牽制しあっているようだ。
これでは何がきっかけになるか分からず、身動ぎひとつも出来ない。
まさに嵐の前の静けさ、と言う事ことなのだろう。
「なにをしてるんですか?」
静寂を打ち破ったのは女性の声だった。
「エミィ、これは」
この場に現れたエミィは一瞬で場の空気を冷ややかな物に変えてしまった。
何故か俺は後ろめたく感じて言い訳をしようとしたが、エミィが首を左右に振って俺の言葉を遮った。
「サイ、ジーナ。あなたたちは何をしているの?」
けして大きくはないエミィの声に2人は今までとは違う理由で硬直してしまった。
「エ、エミィ、これは、そのっ」
「お、俺は、別に、そのっ」
エミィ相手にしどろもどろな言い訳を始める2人。
「言い訳は結構です。ジーナ、貴女はすぐに服を着なさい。サイ、ヤクゥなら食事の準備をしているはずです。すぐに顔を出してあげてください」
「「は、はい!!」」
2人はそれぞれの目的地に全力で駆け出して行った。
「ご主人様」
「はっ、はいっ!!」
「『工場』の準備が整ったようです。よろしければおいでください」
「そうか。分かった」
俺はエミィに連れられて街外れに建設して貰った『工場』に向かうこととにした。
食事の時間になったので家に戻って見るとヤクゥが心配そうな顔で俺にすがりついて来た。
「サイが倒れた?」
「ああ。私が着替えを終えた頃にヤクゥが泣きながら私の所に来たので台所に行ったら確かに倒れていた」
ここまでの移動の疲れに加え、ジーナとのチャンバラがトドメとなったのだろう。
その後サイはヤクゥの顔を見て無事を確認すると受身も取らずに前のめりに倒れたらしい。
「仕方がないのでヤクゥの部屋のベッドに放り投げてきた」
ジーナの報告を聞きながら疑問に思った点を聞いてみる。
「それより、お前どうして『半裸』だったんだ?
豊満な胸部をさらけ出して隠す素振りもなかったジーナはあっけらかんと答えた。
「訓練をして汗をかいたので着替えをしていたんだ。そうしたらこの男が奇声を上げて突っ込んで来たので返り討ちにしようとしたんだ」
「そうか。今度は胸を隠した状態で、相手に『どちら様ですか?』と一声かけるようにしなさい」
「分かった。ご主人の言うとおり一声かけてから殴りかかることにする」
ジーナは食事の前にエミィのお説教が追加され、説教の後、ブツブツと何かを呟いていたそうだ。
「私の行動でご主人の度量がはかられる」
「私の粗相はご主人の失態」
「私の功績はご主人の誉れ」
とは言え、一晩寝ればいつものジーナに戻っていたので問題ないだろう。