第162話-B
領主の屋敷からの帰り道。
尾行を撒くついでにこれからの動きを2人に説明する。
「まず、アイラには明日の『決闘』に行く『俺』の役を任せる」
「は、はい。私にご主人様の代わりが務まるか不安ですが、頑張ります」
アイラの手には先ほど渡しておいた『変身薬』が握りしめられていた。
そう。エミィによって作成されゲルブ族の姫によって陽の目を見ることとなった姿を変えることのできる『魔法薬』だ。
これで明日の『決闘』の間、俺は自由に動くことが出来る。
「しかし、それでは『アイラ』役がおらんぞ。まさか主が『アイラ』に化けるつもりか?」
俺はジルの質問に首を横に降る。
それでは結局『アイラ』に張り付く監視の目が邪魔で動けない。
「『アイラ』役は、フレイに頼むつもりだ」
明日の『アイラ』は街の中を挙動不審にうろちょろしてもらう予定だ。
これは、相手に顔が割れておらずすぐに気負ってくれるフレイが適任だろう。
最悪、断れられたらヴァンパイアの誰かに頼めば良い。
「相変わらず、あの女にきつく当たるのぅ」
ジルがやれやれ、と肩をすくめた。
もちろんこれは、フレイの身を案じての配役でもある。
監視はされるだろうが、それほどの危険は無いはずだ。
「エミィの居場所と『村』の解放は俺が何とかする。ジルは『決闘』を出来るだけ引き伸ばしてくれ」
「うむ。任された」
一応、ジルの職種を魔法職の【ネクロマンサー】から戦闘職の【闘士】に変えておこう。
ゾンビを使役していないとは言え、ジルが魔法職なのは装備品を見れば分かる。
とは言え、吸血卿になってからのジルの膂力は力自慢の男達を片手であしらえるほどになっている。
正直、ジルを正面から倒せる相手を想像できない。
しっかりと尾行を撒いてみんなの待つ家へと戻る。
「ただいま」
俺達が扉を開けて挨拶をするとすぐにゴブリンとヴァンパイア達が現れて出迎えてくれた。
「グギィ」
「お帰りなさいませ、当主様」
今日の朝、近い内に動くと伝えておいたからか全員で武器や防具の整備をしていたようだ。
「感心だな。早速お前達に頼みがあるんだが」
「お任せ下さい。我が命に代えましてもご命令を果たしてご覧に入れましょう」
「いや、死ぬのは無しだ」
「なんと、お優しい」
「違う。ヴァンパイアが『村』の住人だと知られているからだ。死体を検分されたら俺の仕業だとバレるだろ?」
「なるほど、死ぬ事も許されない、という事ですね」
難しいことを言っているだけなのだが、なぜか彼らの士気が上がったようだ。
彼らには、夜の内に森の様子を探って来てもらう。
いくらジルが時間を稼いでくれるとは言え、流石に俺一人で索敵と戦闘を行えば時間ばかりがかかってしまう。
夜の内に彼らに『魔術小隊』の位置を残らず把握しておいて貰わなければならない。
「お前達にも協力してもらうぞ」
大部屋の隅で武器の手入れに余念が無いゴブリン達にも声をかける。
「ギギィ」
剣を振り上げやる気を示すゴブリン達。
しかし、
「でも、今使ってる武器は使わないでくれ」
「ギィ!?」
ゴブリン達全員が、驚いた顔をしている。
しかし、仕方がない。
そんな装備が整ったゴブリン達を見れば、『村』のゴブリンだとバレてしまう。
彼らには、『村』とは無関係の野生のゴブリンを演じてもらう必要がある。
「それで、私は何をすればいい?」
そこが指定席なのか、いつもの壁に背を預けて俺に話しかけてくるフレイ。
「えっと、」
少し考える素振りを見せるとすぐにフレイが嫌な顔をする。
「貴様!!私を除け者にする気か!?」
顔を真っ赤にして怒るフレイをゴブリン達が宥めている。
必死にフレイを落ち着かせようとしているゴブリン達はなんだか動きがコミカルで笑いを誘う。
「何を笑っている」
少し落ち着いたのか、ジトッとした目でこちらを見つめてくるフレイ。
「すまんな。お前を巻き込んでいいのか考えていたんだよ」
「ふん、白々しい。すでに巻き込まれている。それに、」
「それに?」
「私が好きで巻き込まれているんだ。お前が気にする必要など無い」
「そうか、ありがとうフレイ」
「礼を言われる覚えはない」
ここまで言ってくれたのだ。ありがたく、巻き込ませて頂こう。
「お前は俺たちの切り札になって貰う」
「切り札?」
「ああ、奴らの監視の目を欺くために変装して、俺の指示があるまで街中で待機する重要な役割だ」
「重要」
適度にプレッシャーをかけたフレイは明日、街中でキョロキョロとせわしなく動き回ってくれるだろう。
これで準備は整った。あとは明日に備えてゆっくり寝るだけだ。
「ご主人様」
「主よ」
なぜかそんな日に限ってアイラとジルが寝室を訪ねてきた。
確かにここ数日は自重していたのだが。
「明日にはエミィが戻ってくるのでな。今夜がチャンスと言う訳じゃ」
「はい。明日はきっとエミィがいますので」
彼女達の中ではすでに明日のエミィ救出は成功すると確信しているようだ。
ならば、男である俺はその期待に2重の意味で答えねばならない。
とは言え、明日に支障が残らないように体力を消耗する行為は控えて3人でギュッと抱き合って眠りに付くことにした。
明けて早朝
本日も晴天にて絶好の『決闘』日和なれど、いまだ森の中は薄暗く絶好の『奇襲』日和なり。
「さて、とりあえずこれで全員かな?」
「ギィ~」
俺達の周りには先ほど無力化した『魔術小隊』の隊員達が倒れていた。
俺は大した事はしていない。
ただ、寝ずの番明けで少しだけ緊張感が緩んでいた彼らをいきなりゴブリン達で襲わせておいて、ガラ空きの背後から【液体化】して忍び寄り、水を口から侵入させた。
いくら訓練しているとは言え、いきなり背後から水責めを受けては集中力を保つことは出来ないようで、【魔法】での反撃も無いまま次々倒れていった。
「あとは街の近くにある野営地からの交代要員を向かえ打つだけだな」
奴等は『村』を常に監視するために部隊を2つに分けて2交代制を取っていた。
あと一時間程で『村』の近くの合流地点に交代要員がやってくるはずだ。
ヴァンパイア達の夜通しの偵察のおかげで夜明けからのわずかな時間で森にいた部隊を全滅させることができた。
「当主様、増員がやって来ました」
いつの間にやって来たのか、ヴァンパイアの青年が俺のすぐ近くでかしずいていた。
「いちいち、畏まらなくてもいいぞ?」
「いえ、どうかこのままで」
時間が無いのでこれ以上の問答はしなかったが、どうにもヴァンパイアと言う種族は体育会系な奴等が多い気がする。
特に男性は規律、階級を尊ぶ傾向がある。
「よし、次は正面から騙し討ちだ」
俺は足元に転がっている『魔術小隊』の男から揃いの外套を剥ぎ取り、街からやってくる部隊の進路へと先回りして待機した。
ヴァンパイアの青年の情報通りその後すぐに増員部隊がやって来た。
道端で倒れている変装した俺に数人の隊員がかけよって来てくれた。
「う、うぁ、ぁぁぁぁ」
俺はうめき声をあげながら彼等の目の前で【液体化】する。
彼等には人間が目の前で『溶けた』ように見えた事だろう。
何人かの隊員が腰を抜かし、立っている隊員もそのほとんどはポカーンとした顔で固まっている。
その隙に彼等の足元に移動してまるでスライムのように体を這い上がって行く。
「ひ、ひぃぃぁぁぁ」
特に痛みは無いだろうが、肌を這いずる感触に取り乱しているようだ。
出鱈目に手足を振り回している隊員が放ったように見えるタイミングで【火魔法】を他の隊員に向けて放つ。
「き、貴様、なにをするのだ!?」
「ち、違う。俺じゃ、無いっ!」
そう言いながら今度は明確に別の隊員に手を伸ばして【火魔法】を放つ。
「やめ、ろ!!」
「違うんだ。俺じゃ、俺じゃ無いんだぁ!!」
もちろん【火魔法】を放っているのは俺だ。隊員の手足もスライム状の液体で拘束した上で【操力魔法】で操っているだけだ。
しかし、
「そのスライムに触れるな!身体を乗っ取られるぞ!!」
「さっきの隊員は身体を溶かされていた。残念だが、彼ももう助からない」
あっと言う間に凶悪な『スライム』と認識された俺は、取り込んだ隊員の身体を派手に動かして見せ、生き残った隊員達をこちらに引き付ける。
「残った者で奴を一斉攻撃する。点呼を取れ!!」
どうやら彼が隊長のようだ。
残った人員を再編成しこちらに攻撃するつもりのようだが、少々遅い。
この場にいる全員が、先程の交戦で少量とは言え俺の身体の一部をどこかしらに浴びているのだ。
俺は飛散した身体から【電撃魔法】を流して全員を無力化してやった。
「お見事、でございます」
またも、近くでかしずくヴァンパイアの青年。
とは言え、今の戦闘は流石に人間離れしすぎだと思われていないだろうか。
ケルピーの【液体化】を手に入れてから初めての対人戦闘だが、物理攻撃は効かなくなるし【液体化】中でも他のスキルも使えるのでワンサイドゲームになってしまうだろう。
「俺は化物のようだろ?恐ろしくないか?」
「貴方様は、化物と呼ばれていた我々を快く受け入れて下さいました。もとより、化物のように懐の広い御方だと我々は知っております」
「ははっ、それ誉めてるのか?」
「もちろんでございます」
喜んで良いのだろうか?
とは言えこれで『村』を脅かす障害は取り除いた。
「時間が惜しい。村に急ぐぞ」
「かしこまりました」
久しぶりのゴブリン村は、それほど変わってはいなかった。
残っていた者達でしっかりとやっていたようだ。
「お兄ちゃん!!」
「ご主人!」
昨日の晩、ゴブリンの【通信】で今日の作戦は大まかには伝えてあったので待ち構えていてくれたのだろう、リーラン達が駆け付けてくれた。
「みんな、苦労をかけて済まなかったな」
「大丈夫。私がちゃんとみんなを守ったから」
えへん、と胸を張るリーラン。
よしよしと頭を撫でてやると嬉しそうに笑ってくれる。
「昨日、説明した通りだ。村にいるみんなを広場に集めてくれ」
「すでにみんな、広場に集まっている。ウキィーがご主人の状況を教えてくれていたからな」
広場にはこの村の『村人』達が集まっていた。
「お帰りなさい。ヒビキさん」
ピノ達ゲルブ族のみんなも荷物を持って避難の準備を終えていた。
「ゲルブ族まで巻き込んでしまって申し訳ない」
「そんな事はありません。今回はたまたまこの村だったと言うだけです。私達リザードマンも教会にとっては異端扱いですので」
うしろでヤテルコもうんうんと頷いてくれている。
「ご主人、いつでも始められるが」
ピノ達と話し込んでいるとジーナが俺を呼びに来た。
「そうか、よし急ごう」
俺は広場に集まっていた村人達の目の前に【水魔法】で大きな水の壁を作り出した。
そしてその水壁に片手を差込み、水に触れた部分だけを【液体化】させる。
これでこの水壁は俺の体の一部となった。
「よし、3列に並んでこの水壁に入るんだ。慌てる必要は無いぞ」
ジーナが村人を水壁に誘導し始める。
列の先頭が恐る恐る水の壁に腕を突っ込む。すると不思議な事に厚さ数cmほどの水壁を貫通することもなく腕がどこかへ消えてしまった。
「大丈夫だ。我らの主人を信じろ」
ジーナの励ましで勇気づけられたのか、今度は身体ごと突っ込んで行った村人は水壁を突き抜けることもなくやはりどこかへ消えてしまった。
これは、ルビーが戦艦『天龍』を身体の中に【保管】した方法と同じだ。
今まで俺は【保管】と言う便利なスキルを使いあぐねていた。
それと言うのも、収納スペースは存在するが『入口』が狭すぎるので使い道が非常に限られていたのだ。
ちなみに俺やアイラが【保管】を使う場合の『入口』とは人体に存在する『穴』の事だった。
これでは最大でも『一口サイズ』までしか【保管】出来ないのでそれほど役に立たなかったのだ。
しかし、
「ここでも【液体化】が役に立つとはなぁ」
あっという間に村人達やモンスター達を【保管】し終わり、次は『村』そのものを【保管】する番だ。
一応、個人の大切な物や貴重品などは各自で持ち出してもらっているがこの村の設備が奴らに使われるのも腹立たし
い。
だったら村ごと持って行ってしまえばいい。
人っ子一人居なくなった『ゴブリン村』を前に俺は気合を入れて事に望む。
「いくぞぉぉぉぉぉぉ」
まず全力で【水魔法】とを使い村の外周部までを5cmほど水没させる。
「どりゃぁぁぁぁぁっ」
次に自身を【液体化】してその大量の水に溶け込んでいく。
先ほどの水壁とは比較にならない程の水に自分が溶けていくがどうやら自我が薄れる、と言った事は無いようだ。
よく考えれば、【液体化】した状態で海に入った事もあるのだから当然といえば当然か。
「うおぉぉぉぉぉ」
最後に【保管】を発動させて徐々に床側から村を飲み込んでいく。
傍から見ればまるで村が埋まって行くかのような光景だ。
「ぜぇ、ぜぇ」
なんとか、村全体を【保管】出来た頃には荒く息を吐いて座り込んでしまっていた。
ステータスを確認すると体力も魔力も一瞬で回復しているのだが、どうにもステータスには表示されない部分が疲れているようだ。
「お疲れの所申し訳ありません。ジルコニア様達がこちらにいらっしゃいます」
アイラたちと約束した時間が迫っていたようだ。
俺は自分の身体に鞭打って、最後の仕事であるエミィを迎えに行くためにジルたちと合流する事にした。
「なんだ、これは?」
村の跡地を見て『審査官』が呆然としている。
その隙をついて、アイラに変身を解いてもらい何食わぬ顔でアイラたちと合流する。
「『審査官』殿、どう言うことだね?」
領主であるギーレンが『審査官』に詰め寄っている。
『ゴブリン村』はウェフベルクにとって、それなりに重要な取引相手だったということだろう。
ギーレンの表情は鬼気迫る物だった。
「これは問題だよ。幾ら『決闘』に負けたからと言って『村』を焼き払うなんて」
「待ってください。これは私の部隊の仕業ではありません」
「では誰がこれやったというのかね?小細工などせずにさっさと隠した『魔術小隊』を連れてきたまえ」
ギーレンが怒って街へと戻って行くのを見送りながら、俺も奴に恨み言の一つでも言ってやる。
「よくも『村』をやってくれたな」
どうやら、なかなかに迫力があったようで、奴が後ずさす。
このチャンスを逃さずに一気に攻める。
「こんなやつにエミィを預けておけない。今すぐ返してもらおうか!!」
「ま、待て。彼女は屋敷に居るんだ。戻ったらすぐに引き渡すよ!!」
ちらちらと周りの部下たちを確認しながらそんな事を言う『審査官』。
どうやら手持ちの戦力が心許ないようだ。
エミィの居所はすでに掴んでいるが、ギーレンも街に戻ってしまったので決着は街についてからつけることにした。
「おかしい、彼女が部屋にいない。きっと、私達が『村』に出かけている間に逃げ出したんだ!!」
屋敷に戻ると、目星を付けていたゴーストが中に入れない部屋の一つで奴が騒ぎ始めた。
一応、中を確認するがエミィの姿は無い。
ここでは無かったのか。ではエミィはどこに?
そこまで考えて俺はある事に気がついた。
奴も俺と同じように人間を【保管】出来るアイテムを持っているとしたら?
すぐに奴のステータスを確認すると、
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『鳥籠のペンダント』
【効果】
装備者にスキル【監禁】を付与する。
現在収容人数・・・1名
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やはり怪しそうなアイテムを身につけていた。
俺は、目の前にエミィがいたにも関わらず、何度も見逃していたのだ。
気づいたときには奴の首元に手が伸びていた。
どうしたらエミィをここから出せるのか、そんな事を考えた瞬間、俺の目の前にエミィが現れてくれた。
「ご主人様」
と、小さくエミィがつぶやいてくれた。
「じゃあ、俺はこれで帰るよ。あとは領主様に任せるんでよろしく~」
一刻も早くエミィを抱きしめたい。そんな思いにかられて、俺は足早に領主の屋敷を後にした。
「エミィ、ごめん」
「なんのことですか?」
話したい事は色々あったはずだが、今は何も考えられない。
フレイの家へと直行し、エミィの手を引いて部屋でエミィを抱きしめるまでは安心できない。
「仕方ないご主人様ですね」
余裕の無い俺をクスクス笑いながら逆らわずについてきてくれるエミィ。
すぐ後ろには、アイラとジルもついて来ている。
彼女たちが居てくれるなら何もいらない。
「それで、主よ。あの男はあれで許すつもりなのか?」
昼過ぎには家に戻っていたはずだがすでに外は完全に夜だ。
そこまでの時間をかけてようやく俺が落ち着いたと判断したジルが俺に奴のことを聞いてきた。
「いや、あれはあくまでこの街での裁きだし」
ギーレンが賠償金がどうのと言っていたがもちろんそんなもので許してやるつもりはない。
「では、どうなされるのですか?」
アイラが俺にもたれ掛かりながら訪ねてくる。
「こっちは『村』をひとつ失ったんだ。あっちにも同じものを失って貰うつもりだよ」