第158話
おそらくおっさんは、全力疾走でここまでやって来たのだろう。
ゼェゼェ、と呼吸を乱した状態でなんとか俺たちに制止をかけたおっさんがヨロヨロしながらこちらに近づいてきた。
「こいつらは敵じゃねぇよ。お前らの仲間に頼まれてお前らを探してた『冒険者』達だ」
言われて俺たちを囲んでいる奴らに目を向けると確かに何人か見たことのある顔があった。
しかし、そんなことよりおっさんの言葉が気になった。
「おっさん、俺達の仲間って?」
「教会の連中が村を訪してた時に運良く村から離れていた奴らの事さ」
急げ、と急かされたのでおっさんの話を聞きながら移動することにした。
どうやら教会の審査機関が来てから徐々に街の空気が悪くなっていったらしい。
それと言うのも、機関の部隊が到着してすぐに森側の門の出入りを勝手に管理し始めた事が原因のようだ。
その為、街の周辺を狩り場にしていた多くの冒険者達の生活に支障が出ているらしい。
「まぁ、どいつもこいつも『貯金』なんて考え、無かったもんな」
しみじみと俺がおっさんの言葉に頷くと、おっさんも苦笑している。
この街の『冒険者』に限らず、『冒険者』と言う奴等はその日の稼ぎでバカ騒ぎをして次の日の朝には素寒貧、と言うのがスタンダードで、1日、2日、狩りに出られないだけで食い詰める事になる者が出てくるのだろう。
「そんな訳で、この街の冒険者は門に居座ってる『教会』の連中の事を嫌ってるのさ」
だからみんな、こうして『俺の仲間』に協力してくれている、と言うことなのだろう。
おっさんに先導されたどり着いたのは、大通りに程近い所にあるなんの変哲もない家だった。
それでも無理に特徴をあげるなら、他の家に比べて一回りほど大きい、と言うくらいだろうか。
大きい、と言うだけでけして豪華ではないのだが。
「おい、『全滅』を連れてきたぞ」
おっさんが家の扉を開けながら中に呼びかけると複数の足音がドタドタとこちらに向かって近づいてきた。
扉の前にやって来たのは、
数匹のゴブリンと街で『冒険者』をこなしていた数人のヴァンパイア達。
どちらも事が起こった時に買い物や依頼の為に村を離れていた連中だ。
「当主様!!」
「ギィ!!」
「みんな、苦労をかけたみたいだな」
「いえ、当主様のお留守をお守りすることも出来ず、申し訳ありません」
「気にするな。お前らが無事で良かった」
「えへん、えへんっ!!」
わざとらしい咳払いのする方に顔を向けると、壁に背中を預けてこちらをにらんでいる奴がいた。
「全く、村の連中も守れんとは情けないやつだな」
「フレイ?」
フレイはむすっといた表情でこちらを睨んでいる。
彼女は毎日のように村に遊びに来ていたがお嬢様の看病の為に夜だけは領主の館に戻っていた。
おかげで、訪問の当日はまだ館にいたので難を逃れたらしい。
「こいつらを助けてくれたのはありがたいが、いいのか?相手は『教会』だぞ?」
確か、フレイは『教会』の教えを信じていたはずだ。
灼熱竜のセルヴァとの会話には結局最後まで緊張していた姿しか浮かばないのだが。
「街にいた連中が決死の覚悟で包囲網を突破しようとしていたので見過ごせなかったんだ」
それを留めて、この家に匿ってくれていたらしい。
自らが信じる『教え』に背いてまでゴブリン達を助けてくれていたようだ。
「そうか、すまなかったな。フレイ」
「ふ、ふん。別にお前のためではない。そこのゴブリン達とは友人だし、ヴァンパイアの連中とも顔見知りではあったしな」
確かに、村のゴブリン達とフレイはかなり仲が良かった。
ヴァンパイア達ともあいさつを交わすくらいの中ではあったはずだ。
「それに、領主殿も言葉には出さなかったが色々と便宜を図ってくれた」
この家も領主様が用意してくれたんだ。とフレイが説明する。
名目上は、『貴族』の客人の受け入れの為に追い出された事になっている様だ。
しかし、一人で住むにはこの家はいささか大きすぎる上に『教会』の人間が近寄って来ないスラム街側に近い場所を選んだのがただの偶然とは思えない。
極めつけは、毎日届く到底一人分とは思えない食料の配達とギーレンの近況報告の手紙。
さりげなくではあるが『機関』の動向が書かれていたり『村』について触れていたりするらしい。
「ギーレンには後でお礼をしなきゃな」
ギーレンに感謝しつつ、俺達は今わかっている事の整理を始めた。
「まず、エミィの居場所について分かっている事はあるか?」
「いや、彼女についてはほとんど情報が無い。村への訪問の時にやや強引に連れ去られて以来、誰も姿を見ていないようだ」
どうやら、強引ではあったがエミィは自分の意思で彼らについて行ったようだ。
『教会』の奴らに襲いかかろうとした女戦士のジーナ達を制止して、
「ジーナ、すぐにご主人様に連絡を取って。後は出来るだけ戦闘をしないようにしてください。その方がご主人様が動きやすくなるはずです」
確かに明確な交戦の記録が残ってしまえば、交渉時に不利になるかもしれない。
しかし、そこまで考えてくれるとは、流石エミィだ。
ほかにもいくつか指示を出してから、奴らの部隊に連れて行かれたらしい。
「ちょっと待て、村の連中と連絡を取れるのか?」
「ああ、最低でも一日一度は連絡を取り合ってるぞ」
やけにエミィが連れ去られた時の情報が正確だと思ったら、村とは連絡が取れているらしい。
「でも、どうやって?」
「忘れたのか?『ミリタリーゴブリン』は【通信】ができるだろう」
「あぁ、そういえば」
ラルがミリタリーゴブリンコマンダーになった時に【通信】のスキルを覚えていたんだった。
なぜこんな便利そうなスキルを忘れていたかと言うと、
効果の対象が同種のモンスターに限られている為、俺とアイラが【通信】を覚えても『人間』と『虎獣人』だからか使用出来なかった。
ラルたちは戦闘の時にはよく使っているみたいだが。
とは言え、連絡方法があるのはとても助かる。
「相手の正体って、分かってるのか?」
今まで、『教会の奴ら』などと呼んでいたが正式な部隊名をまだ知らなかった事を思い出した。
「彼らは、教会の『審査機関』だ。主な仕事は異教徒の取締や背教者への断罪だと聞いている」
「異教徒、ねぇ」
確かに『天龍教』なんて物を立ち上げようとはしているが、流石に今回は無関係だろう。
とすると、
「お前には背教の疑いがかけられているらしい」
「そもそも、俺は『教会』に入信した覚えも無いんだがな」
それとも自動的に入信させられる何らかのアクションを起こしていたのだろうか。
例えば、冒険者としての登録に抱き合わせで行われる、とか。
「人間は多かれ少なかれ神々の祝福を受けている。ゆえに全ての人間はソーラ教会の信徒である」
フレイがつらつらと言葉を紡ぐ。
どうやら、アクションすら起こす必要の無い強制イベントだったようだ。
「その理論だと、異教徒なんていないんじゃないのか?」
この街で暗躍していた邪神教の連中も教会の教義では異教徒では無く背教者、という事になるのだろうか?
「それは、その、」
ちらり、とアイラとジルに目をやるフレイ。
なるほど、言いたいことは分かった。
「亜人達は無条件で異教徒扱いな訳だな」
フレイが小さく頷いてみせる。
「教会の対応に憤るのも理解しているつもりだ、こんな事わざわざ言わせるな。これぐらい、わざわざ聞かなくても知っているだろ?」
今の話はこの世界の人間にとって一般常識だったようだ。
それを知らない事のように色々と質問した俺を、教会の教えを責める為にわざとフレイに説明させた、と思ってくれたようだ。
「すまんな」
そういうつもりは無かったが、フレイに謝罪する事にした。
「いや、こっちこそすまない」
少し嫌な空気になったがそのまま話を続けることにした。
「じゃあ、相手の狙いは何なんだ?」
正直に言って、教会に狙われる理由が有りすぎる気がして絞り込めていない。と言うのが本音だ。
ギーレンの手紙には『白磁器』、『青春薬』などが狙われた理由だと書かれていたが、
「『教会』の教え、とやらでは『ゴブリン運送』は許容できるのかのぅ?」
ジルがフレイに質問した。確かに、亜人すら否定している『教会』がモンスターの運送屋なんて認めそうも無いが、
「どうだろうな。正直な所、分からない。しかし、『教会』でモンスターを労働力にする事が無いわけではないんだ」
モンスターに荷物を運ばせたりするのは割と『教会』でも頻繁に行われるとの事だった。
しかしそれもほとんど動物と変わりないような知能のモンスターに限られており、普通のゴブリン達ではそれほどの力も無く、性格的にも扱いづらいので問答無用で駆逐されるのが一般的らしい。
「うちの仔達はみんな良い仔ですよ?」
アイラが首をかしげてフレイに答える。
「こんなゴブリン達がそこらじゅうに居てたまるか」
フレイも苦笑しながら同意してくれた。
「とりあえず、目的は保留にしよう。あとは、何が分かってるんだ?」
「そうだな。現在の村の状況だが、アウラウネによる進路妨害で村への侵入を阻んでいる」
「それはさっき見た。森の中をウロウロしてる奴らがいたよ」
「そうか、それなら相手の戦力だが、『審査官』の護衛として『魔術小隊』を含む一団がついて来ているようだな」
「『魔術小隊』?」
聞き慣れない言葉をオウム返ししてしまったが、フレイはうんうん、と頷いて説明を続けてくれた。
「驚くのも無理は無いな。私もまさか『魔術小隊』が出てくるとは思っていなかった」
フレイのやや興奮しながらの話を繋げて推測すると、『魔術小隊』と言うのはその名の通り魔術師の小隊のようだ。
この世界の魔術師は、基本的に1種類の魔法しか使えない。
もちろんクェスの様に数種の魔法を使いこなす者もいるが、非常に珍しいようだ。
さて、普通の魔術師はどうやって生活するのだろう?
1つは、『魔術師』である事を辞める。
これが一番ポピュラーな回答らしい。別に『魔術師』だからと言って、戦闘に参加しなければならない訳では無い。
普通に街で暮らし、『魔法』とは無縁に生活をおくるのだそうだ。
2つ目は、『冒険者』として生きる。
これは、そこそこの才能がある『魔術師』が選ぶ事が多いらしい。
正統派な『魔術師』もいれば奥の手として『魔法』を隠し持つ『剣士』になる者もいるらしい。
そして、最後。
3つ目の選択肢は、『教会』や『王国』に『魔術師』として雇われる、と言うものだ。
『魔術小隊』は、普通の『魔術師』の中ではトップクラスの才能を持つ者を集めて編成される。
まず、威力や射程、使える魔法などを揃えた5~7人を1つの班とし、更にそれを4~6班で小隊として配置する。
これが、『魔術小隊』。
運用は小隊規で行われるが、前段階の編成で班単位の入れ替えを行い流動的に現場に対応させるらしい。
戦場においては、敵陣に波状攻撃を行い壊滅させたり、逆に敵の魔法攻撃を防いだり、と花形扱いされる事が多い。
元々の要求される実力と相まって、子供達に人気の職業第1位の座を不動の物にしてるらしい。
悪い意味でガキであるフレイも例に漏れず『魔術小隊』に憧れを持っているようで、こうも興奮しているのだろう。
これを踏まえて考えると、つまり相手の戦力に『魔術師』が20~40人ほど含まれている、という事だ。
「・・・戦争でもしたいのか?」
パーティに1人いればかなりの戦力UPになる魔術師をそれだけの数用意して、その上で歩兵など別の部隊まで引き連れている。
高々、100人ほどの村を襲うのにそれほどの戦力は必要無いと思うのだが。
「そう!!しかも村に来た『魔術小隊』は『オールフレイムの6連』なんだぞ?」
『オールフレイム』とは小隊員が全員【火魔法】の使い手で、6連と言うのは班編成、という意味らしい。
つまり、攻撃重視の上に連射にも優れている編成だという事だ。
「あぁ、それなんだがな。なんでも参加してる『魔術師』はみんな『審査官』の私兵らしいんだよ。どこに審査に行くにもご大層に『魔術小隊』を引き連れていくらしいぞ」
おっさんが街で仕入れた情報を付け足してくれる。
情報の出処は当の『魔術小隊』の隊員の愚痴らしい。
「ビローからこんな所まで連れてこられちゃ、そりゃ愚痴りたくもなるわなぁ」
「ビロー?」
「ああ、『全滅』は知らねえのか?ビローは、王都とブレトの間にある交易の盛んな街さ。遊興都市なんて呼ばれてもいるな」
ビローは合法、非合法を含む多くの賭博場や闘技場がある街らしい。
『審査官』はその街に住む『貴族』との事だ。
「ほぅ、賭博場のぅ」
ジルがニタリと笑う。
「もう、ジルったら」
そういうアイラも興味がありそうにしている。
敵の本拠地ではあるが、ほとぼりが冷めた頃に行くのも良いかもしれない。
「とは言え、今は連中をどうにかしないとな」
『魔術小隊』がいるのでは、力押しで解決する訳にもいかない。
戦闘で勝利することは可能だとは思うが、どれだけ被害が出るか分からない。
うちで【魔法】を使えるのは、俺とリーランくらいだ。
「『審査官』は今の状況をどう思ってるんだ?」
一度は行けた村に誰も辿り着けない。
そんな報告しかよこさない部下達に苛立っているのではないか?
もしかしたら今にでも『魔術小隊』による【火魔法】の連射で森を焼き払ってしまえ、なんて命令を下すのではないだろうか?
「いや、それが領主殿の手紙によると『審査官』は毎日のんびりと館で生活しているようだな」
『審査官』は信じられない位の大物か、それとも、
「その者は、頭が足りておらんのではないか?」
俺が思ったことをズバッと言い放つジル。
「馬鹿な、仮にも名誉ある『審査官』に認定される方なのだぞ?」
俺たちを助けてくれてはいるが、信者として流石にジルの意見を否定するフレイ。
「しかし、のぅ?」
ジルが俺に同意を求めて視線を合わせてくる。
このタイミングでこっちを見るなよ。
「とりあえず、その『審査官』とやらの事を調べてみるか」
仕方がないのでそう答えてこの話し合いを終わらせる事にした。