第151話
「急に呼び出して申し訳ない」
診療所にたどり着いてすぐにデトクが現れた。
どうやらストレスを感じているらしく右手でガリガリと頭をかきながら状況を説明してくれた。
「私では彼を止めることが出来なかった」
デトクに連れられて向かった先では、身長2m近い大男を象獣人のボーデンが率いる数人で押さえ込もうとしていた。
しかし、
「ガァァァ!!」
「おとなしくするだよぉ~!!」
ボーデン以外の者達は大男に触れてもすぐに振り払われてしまい、実質的にボーデンが一人で大男と力比べを行っている形になっていた。
「なるほど、だから俺も呼ばれたのか」
デトクの助手がミラに助けを求めた時、俺とジルにも一緒に来てくれる様にわざわざ頼んで来たのはそういう事らしい。
同じく理由に行き当たったジルが嫌そうな顔をしている。
「どうやら痛みで我を忘れているらしいのだが、ボーデンくんだけでは抑えきれないんだ」
おかげで痛み止めを与えることも出来ないらしい。
痛みで癇癪を起こすなんてまるで子供だな。
「うん?」
「どうした?主よ?」
「いや、何でもない。とにかく奴を止めよう」
「やはり、わらわも参加するべきかのぅ?」
「ああ、頼りにしてるよ」
ポンポンとジルの肩を叩いて激励してやり、ボーデンが必死に止めている大男を再度確認する。
「奴の正面にはボーデンが陣取っているな。俺達は側面から攻めよう。俺は奴の右側に回り込む。ジルは左側から頼むぞ」
大男の利き腕であろう右側を担当するのは男としてのせめてもの矜持だ。
「くふふ、主は人使いが荒いくせにこういったところで優しくてずるいのぅ」
ずるい、と言いながらも嬉しそうにしているジル。
掛け声もなく2人で同時に駆け出し大男の両側面にそれぞれ回り込む。
「ボーデン!!」
背中から突然話しかけられたボーデンだったが俺の声だと理解したらしく、振り返りもせずにそのまま大男に一層しがみついていく。
「ぐぁぁぁぁぁ!!!」
強く抱きつかれた事で痛みが増したのだろう。大男の叫び声が更に大きくなりますます暴れ始めた。
俺は一瞬だけジルとアイコンタクトを取り接触のタイミングを合わせる。
了承のつもりなのだろう、ジルがにんまりと笑みを浮かべた。
さすがジルだ。俺の言いたい事が分かってくれている。
「よし、抑え込むぞ!!」
「うむ!!」
俺が奴の右腕を抑え込みにかかった瞬間、体勢を右側に崩して手頃な位置まで下がった大男の顔面をジルの見事な回し蹴りが捕えた。
「「えっ!?」」
俺とジルは同時に声を上げる。
だが、本来合わせたかったのは声ではなく『行動』だ。
「ジル!?」
「主!?」
どうやらジルは、回し蹴りで大男の体勢を俺のほうに崩し、そこを俺が抑え込む。と言ったコンビネーションを考えていたらしい。
対して俺は、まず俺が大男の体勢を崩し、そこにダメ押しの一発をジルに入れてもらう。と言うコンビネーションを考えていた。
つまりどういう事かと言うと、お互いが取る行動までは理解していたが、どちらが先に仕掛けるか、と言う順番はお互いに自分からだと考えていた。ということだ。
「うむ、やはり『こんびねーしょん』など一朝一夕では出来るものではないのぅ。まぁ、目的は果たした訳だし問題ないじゃろ?」
おかげで大男は見事に失神してしまった。
というか、加減はしていただろうがジルの回し蹴りなんて顔面に受けて頭が原形を留めている事にも驚きだ。
「すごい頑丈だな」
「そうじゃな、結構思い切り蹴ったんじゃが」
鼻血は出ているが、怪我らしい怪我はそれくらいだ。本当に頑丈だ。
「君たち。素晴らしい連携だったが、さすがにやりすぎだ。彼は痛みで苦しんでいただけなんだぞ?」
デトクが呆れた顔で俺たちを見つめてくる。
「いや、あそこまでやるつもりは無かったんだが」
本当に無事かステータスで確認しておこう。
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テオ(???) 9歳 Lv.6
HP 63/68
【世代隔絶】
生殖能力を失う代わりにあらゆるスキルを習得出来る。
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・・・よかろう。ひとつずつツッコんでいってやる。
まずは、種族名の表記が???ってなんだよ!?
次は年齢。このでかさで9歳かよ!?
続いてHP。最大で68って少なすぎるだろ!?
最後にスキル。【世代隔絶】ってなんだよ!?
これらをデトク達には気付かれないように心の中でツッコみながら出来るだけ平静を取り繕った。
「とはいえ、気絶してくれている今ならベッドまで運べそうだ。ボーデンくん。手伝ってくれ」
「わかっただぁ。せんせぇ」
当然俺も気絶したテオを運ぶのを手伝った。
ジルはと言えば、
「わらわのようなか弱いおなごにこんな汗臭くて重い物を運べとは言わんよなぁ、主よ」
そう言ってさっさと診療所のある方に歩いて言ってしまった。
もちろん、力仕事は男の仕事だ。前時代的と言われようが知った事か。
そして、そもそも力仕事云々の考え方がこの世界ではまだ新しすぎた事に気付いたのはテオを特製ベッドに運び終えてからだった。
「そうだよな、この世界じゃ女性もしっかり労働力だもんなぁ」
「なにをぶつぶつ言っておるんじゃ主よ?」
時代を先取りしすぎた女、ジルがくふふ、と笑いながらこちらにやって来た。
一言いってやろうか、とも思ったがその手に飲み物の入ったコップを持っていたので許してやることにした。
診療所となっている荷台にはベッドが無い。その為、横になった姿勢で治療を行う場合は外にある簡易なベッドで行われる事になる。
そんな簡易ベッドを横に2つ並べてようやく納まるほどの巨漢が特製のベッドの上でうめき声をあげていた。
「いたぃ、いたいぃ~」
すでにデトクが痛み止めを無理やり飲ませているので少しは痛みが治まっているはずなのだが腹を両手で押さえてうめき続けている。
「大の大人が情けないのぅ」
まだ9歳の少年だ。それも仕方がない事だ。しかしこの場でそれを知っているのは俺だけだ。
事情を説明できないので視線だけでジルをたしなめる事にした。
「先生!!患者の事を知っている人を連れて来ました!!」
俺達を呼びに来た助手とは別の助手が大慌てで診療所に現れた。
背中には老婆を背負っており、どうやらこの老婆がテオの素性を知る手掛かりとなるようだ。
「ずいぶんと手回しが良いな」
「ああ、目立った外傷が見当たらなかったからな。持病や身体の中の不調の可能性が高いと思ったんだ」
だから前もってテオの事を知っている人物を探させていたようだ。
「それでは、ご老公。お話し願えますか?」
「あい、あい、あの子はテオ、言いましてぇ」
ゆったりとした話し方で老婆が話し始める。
内容をまとめると、こういう事らしい。
彼はあんな大きさだがまだ10歳に満たない少年である。
彼は生まれつき身体が弱く、良く痛みをうったえていたらしい。
彼の奇異な姿は、両親が原因ではないか。
ステータスを読んだ以上の情報はほとんど得られなかったが、ひとつだけ分かった事がある。
彼の種族名、???についてだ。
なんと彼は、獅子獣人の父親と虎獣人の母親を持つ、いわゆる『ライガー』の獣人のようだ。
『ライガー』は親より大型化しやすいと聞いた事があるが、獣人にもそれが当てはまるとは。
これで【世代隔絶】と言うスキルにも納得がいった。
そして低すぎるHPの理由にも見当がついた。
おそらく、彼は先天性の疾患を抱えているのだろう。
つまり、病気や怪我でHPが削られているのではなく身体の機能の低下でHPの上限値が削られているのだ。
これでは効果的な治療は望めないかもしれない。
薬草では身体の中の機能不全までは治せないし、【回復魔法】で回復してもいずれ同じ症状に陥ってしまう。
彼を救うにはおそらく外科的な手術が必要だが、あいにく俺にそんな技術は無い。
「「さて、どうしたものか」」
俺とデトクが同じタイミングで同じ言葉を発する。
今日は、良く人と言葉が被る日だ。
どうしたものか、などと言いながらもすでに彼を救う方法には見当がついている。
あとは、それをどう演出していくか、それが問題だ。