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Extra 女の友情






 その日、ゴブリン村の平穏を揺るがす大事件が起こった。


「キャアーーー」 


 悲鳴は普段ほとんど声をあらげる事の無いアイラのモノだった。


「どうした!?アイラ!!」


 自室のベッドで微睡まどろんでいるところをいきなりの悲鳴で起こされた俺はすぐにアイラの部屋に飛び込んだ。


「ご、御主人様!?」


 俺は部屋を見渡し不振な物や人物が居ないことを確認してアイラになにがあったのかを尋ねた。


「アイラ、いったいどうしたんだ?」


「あの、その」


 するとアイラはそわそわしてなかなか話そうとしない。

 アイラも混乱しているのだろうと気長に話してくれるのを待っていると悲鳴を聞き付けたエミィ達が部屋までやって来た。


「アイラ?どうかしましたか?」


「あぁ、エミィ。あのね」


 アイラはやって来たエミィに何事かを耳打ちしている。

 女性同士でしか話せない事もあるだろう。

 しかし、その間もチラチラと俺の方を気にしてくるのでなんとも居心地が悪い。


「まさか、そんな」


「もう、私どうしたら良いか分からない」


 漏れ聞こえる会話からなにやらアイラに問題が起こっているようなのだが、内容までは把握出来ない。


「なにがあったんだ?」


 俺は、ついに耐えかねて目の前で密談を続ける2人に話しかけた。

 すると、2人は気まずげに顔を見合わせて押し黙ってしまう。

 少しの沈黙の後、エミィが話し始めた。


「申し訳ありません、御主人様。どうか聞かないでおいて頂けませんか」


 深々と頭を下げながらエミィが言う。同じくアイラも頭を下げてこちらを見てくれない。

 これほど真剣に頼まれては無下にするわけにはいかない。

 とはいえ、安全だけは確認しておかなくてはいけない。


「危険は無いんだな?」  


「はい、けして御主人様に害を為すようなことはいたしません」


 どうやら言葉が足りなかったようだ。

 もちろん俺の安全も大切ではあるが俺が心配したのはアイラ達の事だ。


「違うよ。お前達に危険が無いのか、って事」


 2人は一瞬ポカンとして直ぐにブンブンと頷いた。


「は、はい。大丈夫です。ありがとうございます」


 後ろで俺達のやり取りを聞いていたジルがくふふ、っと笑っていた。


「じゃあ、何をするかは知らないけど今日は休みにしよう。何か手伝える事があれば声をかけてくれ」


「は、はい。重ね重ねご迷惑をおかけします」


 気にするな、と2人の肩を軽く叩きながら部屋を後にする。

 すると、部屋の外にいたジルが急に抱きついて来た。


「主よ、今日は休みなんじゃろ?わらわに付き合って欲しいのぅ」


「えっと、それは構わないけど」


 ちらり、と2人を見るがすでに何かを話し込んでいて気がついていないようだ。


「くふふ、今日は1日主を独り占めじゃ」


 そう言いながらジルがぐいぐいと俺の腕を引っ張ってくる。

 仕方が無いのでジルに引かれるまま歩き始めた。




「おい、ジル。どこまで行くんだ?」


 すでに10分以上は村の中を行ったり来たりしている。

 そろそろ目的地を教えてくれてもいい頃だろう。


「くふふ、さてどこにいこうかのぅ」


「なんだ、行きたい所があるんじゃないのか?」


「そうじゃのぅ、しいて言えばこうして主と歩き回るのが目的だからのぅ」


 そう言いながら笑うジルは確かにこうしているのが楽しいようなので俺に不満はない。

 しかし、疑問は残る。


「どうして俺達の家からどんどん離れて行くんだ?」


 そう、行ったり来たりしている筈なのになぜか俺達の家のある方向には戻ろうとしない。


「なんじゃ、気付いておったのか。つまり、主は家からの距離をずっと気にしておったのじゃろ?」


 図星だった。

 今朝のアイラの様子は明らかにおかしかった。

 あれを気にするなと言う方が無理な話だ。


「あちらは、エミィがついておる。問題ないじゃろぅ」


「ジルはアイラの悩みが何なのか知っているのか?」


 今朝、アイラはジルとはほとんど会話をしていないように見えた。一体いつの間に事情を聞きだしたのだろう。


「いや、わらわも知らん」


「おいおい」


「しかしなぁ、今朝のアイラは明らかに主を気にしておった。あの場に主が居続ければアイラの悩みはずっと解決せんままだろぅ?」


 つまり、ジルはあの場の空気だけでアイラの悩みに俺が関わっている事を察して誰と打ち合わせる事も無く、こうして俺を連れ出した。と言うわけだ。

 あの時、アイラとエミィがジルの行動に目くじらを立てなかったのはジルがアイラの悩みを察したようにジルの思惑を彼女達もまた察したと言うことなのだろう。


「女ってのはすごいな」


「なに、好いた男の事なら女子おなごはこれくらいの事はするもんじゃ」


 しかし、それを俺に話してしまっていいのだろうか。


「優しい主のことじゃ、影から見守るつもりだったじゃろぅ?」


 これもまた、図星だ。


「こうして話しておれば無理にあやつらに近づこうとせんじゃろ?」


 すばらしい名推理だ。

 名探偵ジルに任せておけばあらゆる謎は解決する。主にゴーストの働きで。


「そう、探しものならわらわに頼るはずなんじゃが、そうせんかったのも気になるところじゃ。エミィも血相を変えておったしのぅ」


 ジルが何かを呟いていたが俺の耳には届かなかった。

 






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ご主人様に頂いた洋服が無くなったんです!!」


 デートの日以来、時々部屋で袖を通していたあの洋服。

 今朝、着ようと思って仕舞っておいた引き出しの中を見てみると引き出しは空っぽになっていました。


「誰かに盗まれた?」


「でも、引き出しにはエミィに作ってもらった鍵をかけておいたの。今朝もちゃんと鍵を開けて引き出しを開けたのよ?」


 引き出しを開けて中が空っぽだったからびっくりして悲鳴を上げてしまったのだけれど、ご主人様がいらっしゃった時はビックリしすぎて何もいえなくなってしまいました。


「私達の知らない【力】で誰かが鍵を開けた、とか?」


「それなら、わざわざ鍵をかけ直す必要は無いわ」


 エミィの答えに納得してしまう。

 ではどうやって鍵の掛かった引き出しから服だけを取り出せたのでしょうか?


「やはり、ジルに手伝ってもらった方がいいのかしら?」


 今朝は咄嗟にエミィを頼ったけれど、探し物ならジルのゴースト達に手伝ってもらう方がいい。


「そうね、でも今はご主人様の相手をしてもらってるから」


 ご主人様を邪魔者扱いしているようでとても申し訳ないのですが、ご主人様にだけは知られたくありませんでした。

 エミィもその気持ちが分かってくれるようで、それ以上は何も言いませんでした。


「とにかく、洋服を見つけないと」


「ええ、でも一体どこを探せばいいのかしら?」


 うーん、と首をかしげて考え込むエミィは、こんな時でも愛らしいと感じてしまう。

 こうして、私の問題を真剣に考えてくれる彼女は本当にいい友達です。


「まずは、あなたの部屋をもう一度探してみましょう。勘違いで別の所にしまってあるだけかも知れないわ」


 確かに今朝、引き出しを開けて洋服が無いと知った瞬間に叫んでしまったのでゆっくりと他の場所を探していません。

 そう、きっと私の勘違い。

 部屋を探し始めればすぐに洋服が見つかって、お昼にはご主人様に『ごめんなさい』って言えるはずです。










「ここにも無い」


 周りから昼食のいい匂いがし始めてもやはり洋服は見つかりませんでした。

 すでに何度も確認した衣装入れの引き出しをもう一度開けて確認してもそこにはやはり探し物はありませんでした。


「ここまで探しても見つからないと言うことはやはり洋服は部屋の外にあると考えるべきですね」


 ベッドの下にまで潜って探してくれたエミィの頭の埃を払いながら話し合います。


「幸い、ジルはご主人様を家の外に連れ出してくれているようなので、今度は家の中を探してみましょう」


「ありがとう、エミィ」


「いいんですよ、アイラ。私の洋服が無くなったらあなたもきっとこうして手伝ってくれるはずですから」


 そう言いながらエミィが背中を向けて歩き出してしまいました。

 本当に、ありがとう。エミィ。








「無い、ですね」


 すでに辺りは薄暗くなり始めています。

 家中を探しましたが見つかりませんでした。


「本当に、泥棒に盗まれてしまったんでしょうか?」


 そうであるならいくら探しても見つかるはずがありません。


「そう、ですね。少し整理してみましょう」


 エミィが探す手を止めて私と向き合います。


「まず、最後に洋服を確認したのは何時ですか?」


 私は少し考えて答えます。


「昨日の夜、です」


「昨日?今朝も確認しようとしたんですよね?」


 エミィが不思議そうに首を傾げます。

 でもなにかおかしいでしょうか?


「ええ、昨日の夜に袖を通して少ししたら引き出しに戻して鍵をかけたと思うわ」


 なにがおかしいのか分からないので話を続けます。


「・・・次の日の朝も洋服を着ようとして、洋服が無いことに気がついたんですか?」


「そうよ」


 エミィが、私でも3日に一度位ですよ。と言っていますが、なんのことでしょうか?


「では、昨夜から今朝にかけてなにか変わった事はありましたか?」


「変わった事?」


 そう言われても、特に思い当たりません。

 

「では、」


 エミィが次の質問を言いかけた時、私達のいるリビングの扉が開きました。


「あれ?アイラ、とエミィか」


 ご主人様がリビングに入ってこられました。


「時間切れ、ですか」


 エミィが悔しそうな顔で呟いています。

 これ以上は私達の手に負えない。ご主人様に事情を説明してジルに協力してもらうなりして解決するしかない、と言うことでしょう。

 私は悔しくて涙が出てきてしまいました。

 なにより、ご主人様から頂いた洋服を無くしてしまった事をご主人様に知られてしまうことが恐ろしいのです。

  

「アイラ?大丈夫か?」


 ご主人様が私を心配して気にかけてくださいます。

 でも、私にはご主人様に優しくして頂く資格が無いのです。


「ご、ご主人様。も、申し訳、あり、ません」


 ご主人様の前で嗚咽をもらすばかりの私に代わってエミィが事情を説明してくれています。


「そうか。せっかく似合っていたのになぁ」


 どんなお叱りの言葉も受ける覚悟を決めていた私の心は、その一言で真っ白になりました。

 これなら、責められて、叱られるほうが何倍もマシです。

 ご主人様にそんな悲しそうな顔をさせてしまうなんて。


 とうとう大泣きを始めてしまった私を、ご主人様は困ったように見つめます。

 

「アイラ」


 名前を呼ばれた瞬間に背筋が凍るような思いをしました。

 この方からのお言葉をこれほど恐ろしく感じた事は今までありませんでした。

 

「アイラ」


 私が返事をしないのでご主人様が私の名前を繰り返し呼びます。

 それでも私は顔を上げられません。

 すると、ご主人様が私に近づいてきました。 


「アイラ」


 ふわりと私を包む温かい感触。

 顔を上げると私はご主人様の腕に抱かれており、ご主人様の瞳はやさしく私を見つめていました。

 

「明日、前の服よりもっとアイラに似合う服を買いに行こう。見つかるまで何時間でも付き合うから」


 私は、返事も出来ずにご主人様の胸の中で泣き続けました。

 きっと今日、私は一生分の涙を流したと思います。

 ありがとうございます。私のやさしいご主人様。








ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ご迷惑を、おかけしました」


 アイラが朝のように深く頭を下げて皆に謝罪していた。

 

「気にするな。わらわは一日中、主とおっただけじゃ。なんの迷惑もかけられておらん」


 役得、役得、と明るくアイラの謝罪を受け入れるジル。


「そうですね、私も好きで付き合っていただけですから」


 今回、一番アイラに協力していたのはエミィだ。

 アイラもエミィに何度もお礼を言っている。


「さて、そろそろ夕食にするか」


 全員で食卓に着いた時、ふとした疑問が湧く。


「あれ?ルビーは?」


「・・・そういえば、朝から見かけませんね」


 アイラが少し考えて答える。

 まぁ、今日は朝から大騒ぎだった訳だし気付かなくても仕方が無いか。

 そんな話をしていると当人(当スライム?)がリビングに現れた。

 相変わらず器用に椅子の上に登り食卓の食事に手を伸ばそうとしている。


「ルビー、お行儀が悪いわよ」 


 アイラの叱責にビクリ、と反応しプルプル謝罪するルビー。


「全く、食い意地が張ってるんだから。えっ!?」


 アイラがルビーとなにやら会話をしている。

 あぁ、なるほど、そう言う事か。


「そんな、ルビー。あなたって仔は!?」


 【魔物使い】では無い他のみんなにはさっぱりだろうが、俺にはなんとなく察しがついた。


「アイラはなにを怒っているんですか?」


 エミィが俺に聞いてくるので答えてやる。

 アイラの鬼の形相に慌てて逃げ出すルビーとそれを追いかけるアイラ。


「アイラの洋服、見つかったよ」


「ほう、どこにあったんじゃ?」


 すでに察しは着いている、とばかりにワザとらしく聞いてくるジル。


「ルビーが持ってるってさ」


「なんでそんな事になったんですか?」 

 

 なんでも昨晩、アイラがいつものように洋服を着てニコニコしていたのが気になったらしく鍵付きの引き出しの隙間から侵入して洋服を体内に【保管】する。

 引き出しの隙間から這い出て自分で洋服を着てアイラの真似をしているとコレが意外と面白かったらしく気がついたらこんな時間になった。

 洋服を買いに行くのならこの洋服は自分にくれ、

 との事だった。


「なるほど、鍵を開けなかったのは開ける必要が無かったから、でしたか」


「なんとも人騒がせな主従じゃのぅ」


 その夜、アイラは一晩中ルビーと追いかけっこを続けたらしく次の日の買い物は延期になってしまった。

 ルビーにはアイラ達から古着を譲ってもらい、時々夜中の1人ファッションショーを開催するようになったらしい。


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