第138話
洞窟から戻るとセレンが待っていた。
フキは里でも立場のある奴だ。こんなところにずっといるわけにもいかないだろう。
『お帰り、ヒビキ。どうだった?『深海竜』様は怒ってた?』
「いや、誰も来なくなって寂しがってた。入口の『堅牢珊瑚』は事故らしいぞ」
里に戻ってフキにもその事を伝えなくては。
元々、人魚達にとって『深海竜』の巣は『聖地』ではあっても『聖域』ではない。
年老いた者が物見遊山で訪れ、幼さの残る子供達が好奇心でやって来る。
そんな場所であることを『深海竜』も望んでいるだろう。
『そうか、里の窮地だけではなく『深海竜』様のお怒りも解いてくれたか』
里に到着して『深海竜』の事を話すとフキが感心した様に頷いた。
「いや、そもそも怒ってなかったんだよ」
『しかし、里の者たちはそう思うだろう』
まぁ、別にそう思われても不都合は無いか。
『里の復興にも協力して欲しいところだよ』
フキが小声で呟く。
俺に聞かせるつもりは無かったようだが聞こえてしまった。
「なにかあったのか?」
俺に出来ることなら何でもする、とは言わない。
他人の困り事は金になる事が多いことを知っているだけだ。
『いや、その、復興に必要な資材が足りなくてな』
人魚達には貨幣は無いらしい。
物々交換や労働力の提供で他の里の人魚達と交流しているらしい。
『しかし、現状では他所にまわせる労働力が無い』
戦闘班にいた若い男性に怪我人が多く、まとまった労働力を確保できていない。
数人の男達だけで他の里に送ってしまえばその里に男達を取られかねないのだ。
もちろんこの里に交換に使える物資も今は無い。
まだ僅かにある備蓄を使って復興を進めているらしいが、それもこのペースで作業を進めれば1週間ほどで底を着くとの事だ。
「人魚達の間で価値のある物に心当たりはあるか?」
物々交換では誰もが欲しがる品と誰も欲しがらない品の差が激しい。
せっかく何かを用意してやっても不良在庫になってしまっては、フキ達も俺も損をするだけだ。
『価値?そうだなこの淡く光る『灯り玉』が我々の間では高い価値を持つぞ』
フキが家にある『灯り玉』を渡してくれる。野球ボールくらいの透明な玉の中にぼんやりと灯りがともっている。
日の光の落ちた海の中を淡い光で照らしていたのはこれのようだ。
ステータスを確認すると、『壊れかけた松明水晶』とある。
これも漂流物として流れ着く物のようで程度のいい物は花嫁道具として相手の家に贈られるそうだ。
「少し船に戻ってくる。これならなんとかなるかもしれない」
『本当か!?』
こんな便利そうな物が自然物とは思えない。つまり人工物と言うことだ。
人工物なら街で買えるはずだ。フキの話しぶりなら『松明水晶』は人魚たちにとってかなりの値打ち物らしい。
「ああ、俺に渡す謝礼を考えておけよ」
そう伝えて船に戻る。
「お帰りなさいませ」
「エミィ、『松明水晶』って知っているか?」
甲板にあがると、エミィが体を拭くための厚手の布を持って駆けつけて来てくれた。
布を受け取り、エミィに話を聞く。
「えっと、漁師が良く使う、水に濡れても灯りが消えない水晶の事ですか?」
『松明水晶』は漁師の必須アイテムのようだ。水に濡れても消えないなんて便利そうなのになぜ漁師しか使わないのだろう。
「普通のカンテラに比べるととても高価なんです」
あとは、任意に照明を落とせない所が致命的なようだ。
灯りは周りを照らしてくれるが自分がそこにいると周りにも知られてしまう。
それでは、いつ、どこから襲われるか分からない冒険者達は困るだろう。
これなら松明やカンテラの方が使い勝手が良いのだろう。
人魚達も室内の照明としてしか使っていないらしい。
「人魚達に『松明水晶』を売ってやりたい。準備出来るか?」
「あっ、はい。可能です。港街になら当たり前に売っている物ですし、材料さえ揃えば御主人様と私で作ることも出来るはずです」
もちろん、材料から作成した方が安上がりだろう。
材料には透明な水晶と【火魔法】の使い手がいれば良いらしい。
「材料はすぐ手に入るか?」
「ブレトならかなり安く購入出来るはずです。サイさんに『速達』でお願いしましょうか?」
ハーピーが運ぶ『速達』ならブレトまで2日ほどでたどり着くだろう。
『速達』用にブレトで待機しているハーピーを5匹ほど動員すればかなりの量の水晶を輸送できるだろう。
「そうだな、値段なんかはエミィとサイに任せるよ。どれくらいで売れば儲けになるかな?」
エミィが少し考えて、指を2本立てる。
「1個、金貨2枚?」
「まさか!!大銀貨2枚で十分なはずです」
なるほど、ランタンや油代に比べれば割高な気はする。
とは言えどうしても手が出ない、と言うほどではないか。
「よし、じゃあ材料の買い付けは任せた。ちなみにエミィが思いつく高価な海の物ってなに?」
エミィは首をかしげながらも答えてくれる。
「そうですね、一般的にはやはり『珊瑚』や『真珠』でしょうか。あとこれは錬金術師としての意見ですが、海のモンスターの素材でいくつか欲しい物があります」
「『珊瑚』に『真珠』か、なるほどね。モンスターの素材は『ゴブリン海軍』の訓練の時にでも集めてみるか」
「はい、ありがとうございます」
「じゃあ、フキ達と値段の交渉に行ってくるよ」
「いってらっしゃいませ」
ぺこりと頭を下げて俺を見送るエミィに手を振りながら甲板から飛び降りて『人魚の里』に向かう。
せっかくのチャンスだ出来るだけ儲けさせてもらおう。
『おかえり、早かったな』
「ああ」
『で、どうなったんだ?』
フキはそわそわしながら俺を見ている。
「なんとかなりそうだ」
『そうか!!なにからなにまですまん』
ガバッと頭を下げて感謝の意を表すフキ。
「だけど、無条件とはいかない」
『もちろんだ!!』
「あれを準備するのに金がいる」
『金、確か人間が使っている小さい金属の板だな』
「ああ、人間の世界じゃ金があれば大抵の物が買える。『灯り玉』もそうだ」
『しかし、我々は人間の金など持っていない』
「そこで、地上で売れる物を見繕って金を作る」
フキに地上では『珊瑚』と『真珠』が高値で売れる事を伝える。
『『珊瑚』とは、『堅牢珊瑚』の事か?』
「うーん、多分普通の『珊瑚』の事だ。色の鮮やかな物が好まれるらしい」
『なるほど、では『真珠』だが』
「ああ、ある貝からまれに取れる物なんだが」
『あれのことだろうか?』
フキが指差す方には数人の子供達がいた。
子供たちの小さな手には乳白色の小さな丸い玉が握り締められていた。
「そうあれだな」
答えた瞬間、子供の1人が振り上げた腕を勢い良く地面に向かって振り下ろす。
勢い良く落下する真珠。地面には貝殻が置かれ、貝殻の中には既にいくつかの真珠があった。
「なにやってんだ!?」
『真珠落としだな。子供の頃は良くやった』
俺が叫ぶと、フキが呑気に答えてくれた。
真珠落としは、貝殻の中にある真珠をいくつはじき飛ばせるかを競うゲームのようだ。
しかし、水中なのでなかなか勢い良く真珠が飛んでいかないようだ。
「フキ、『真珠』は高値で売れるんだよ?」
『ああ、さっき聞いたな』
「じゃあ止めろよ!!」
『なぜだ?わざわざ子供の物を取らずともいくらでもあるぞ?』
「へ?」
『こっちだ』
フキに先導され里の端に行くとそこには様々な貝が群生していた。
『人魚の里の付近にはこうして貝が群生するんだ。理由はよくわからんがな』
フキが無造作に貝をひとつ手に取り、手馴れた手つきで殻を開く。
中には身がたっぷり詰まっており、フキはその身に口を付ける。
『ほら、これでいいのか?』
もぐもぐ口を動かしながら手に持っていた『真珠』を手渡してくる。
「これ、全部に『真珠』が入っているのか?」
『さすがに全部ではないな。しかしよく出てくる。月に一度は大量に獲って食うんだがすぐに元に戻ってしまうんだ』
そして使い道のない大量の『真珠』は子供のおもちゃとなるわけだ。
『そういえば、奴らのせいで忙しくて貝を食ってないな』
今夜は急遽、貝料理パーティーとなった。




