第137話
次の日も朝から『人魚の里』に向かう。
エミィは2日連続の留守番だ。
「村に帰ったら、水の中でも息が出来るお薬を作ります」
ブツブツとゴーストに呟いているのを見かけたのでおそらく『亜人街』にいるジルと連絡を取り合っているようだ。
なにやら色々な素材やアイテムの購入指示を出しているようだ。
「その量と質で金貨5枚なら問題ありません!!買いです!!」
そんなエミィを残して海に潜る。
『さて、里を救ってくれたお礼の話なのだが、あいにく里がこの状態では大したものは用意できそうもない』
フキが少し顔を曇らせながら話す。
ここは、無事だった建物の中で一番大きな部屋だ。
俺の正面にはフキを含むこの里の代表5人が並んでおり、みんな申し訳なさそうな顔をしている。
「いや、里がこんな状態じゃしかたないだろ」
今、里の住居は壊れていない物の方が少ない。
昨日も大人も子供も関係なく修理に参加していた。
『何か欲しい物はあるか?』
『なんなら、里の若い娘を何人か嫁がせようか』
『おお、それは良いかもしれん』
『セレンも大切にされている様だしな』
それを聞いてセレンが口を挟んで来た。
『ちょっと、待ちなさいよ!!これ以上別の娘を増やすんじゃないわよ!!』
セレンの様子になんとなく危機感を感じたのかアイラがすっと俺の近くに寄ってきた。
『しかし、他に礼をする術がないのも事実じゃ』
『なんかあるでしょ!!』
そう、お礼については俺も考えていた。
「あの、お願いがあるんですが」
『娘の好みか?うん、聞いておこう』
「いえ、今の俺には人魚の嫁さんを養うには甲斐性がないんで」
セレン、そこで何故悲しげな顔をする?
『じゃあなんじゃ?』
「近いうちに海沿いに拠点を作るつもりなんです。良ければその拠点の住人達と仲良くして欲しいな、と」
近いうちに『亜人街』から離れて新しい街を作る予定だ。その時の援助をお願いするつもりだ。
しかし、人魚の代表達は困惑しているようだ。
今まで今の俺のように個人となら人間と付き合った事はあっても、集団での付き合いは無いようだ。
『一体、何をすればいいのだ?』
「仲良くしてもらえばそれで結構です。もちろんあちらの住人達にも人魚達と助け合え、と伝えますので」
『天龍教』の教えを信じる『信者』なら問題なく人魚を受け入れるだろう。
『流石に話が大きすぎるな。実際にそこの者達と顔を合わせてから決めたい』
「ええ、構いませんよ。そもそもまだ何も出来てませんから」
そこまで話して今日の話し合いは終了した。
次は、
「深海竜の所に行ってくる」
港街でもある程度の場所を聞いていたが、フキに場所を訪ねたら目と鼻の先だった。
『海神の心臓』の話も聞きたいので、棲家を尋ねることにした。
「危険ではないのですか?」
アイラが心配そうに訊ねる。
『竜』の桁外れの強さを知っているアイラは、今回の訪問に否定的だ。
「この辺の漁師に伝わってる話によれば、気性はそれほど荒くないらしいから」
『深海竜様は、基本眠っておられるらしいからな』
フキも賛同してくれる。
今のように『堅牢珊瑚』で入口が塞がる前は人魚達が良く遊びに来ていたらしい。
それが、いつの間にか入口を閉ざされてしまい、だれも近づかなくなって60年ほどになるとの事だ。
「では、お供します」
『我々は洞窟の前まではついて行こう』
「ああ、ありがとう」
フキが洞窟の前までと言ったのには理由がある。
深海竜の棲む洞窟の入口がとても狭いのだ。
最初はもっと大きかったであろう入口を、『堅牢珊瑚』がまばらに塞いでおり、人が入り込む余地はない。
しかし、俺とアイラにはケルピーのスキル【液体化】がある。
現在、戦艦『天龍』を動かす為にケルピーは自らの体を【液体化】している。
そのスキルを本来の使い方で使用する。
「じゃあ、行くか」
「はい」
『気をつけてな』
『お土産期待してるね』
人魚2人に見送られながら洞窟の中を進んでいく。
入口を抜けると堅牢珊瑚』は無くなり広々とした空間が広がっていた。
洞窟の中ということもあり、広さはそのまま先の見えない闇へと姿を変えている。
「広いな」
「はい」
お互いに水に溶けていて姿は見えないが、となりに確かにアイラを感じる。
ゆらゆらと存在感の無くなった右手だった部分をアイラに差し出すと、何かに包まれるような感覚があった。
目の前の闇に対する恐怖感が少しだけ和らいだ気がした。アイラが一緒に来てくれて本当に良かった。
手を繋いだまま奥へと進んでいくと、前方にうっすらとした灯りが見えた。
「あれは?」
引き寄せられるように光の方に向かう。
光がどんどん強くなっていき、もはや何も見えない。
「御主人様、あそこに何かあります」
アイラの声の方向に意識を集中させると、ようやく目が慣れてきたのか光の中になにか蠢くものがあることに気がつく。
「『深海竜』」
姿を完全に把握していなくても、ステータス欄は目の前の存在が『深海竜』であることを伝えてくる。
不思議な事にあれほど眩しかった光が収まり、かと言って暗闇に戻るでもなく目の前の『深海竜』の姿がよく見える様になっていた。
「吾の棲家を荒らすのは誰か?」
水を震わせて伝わる大音量の『声』。
【液体化】しているおかげで吹き飛ばされることは無かったが、肉体を持った状態で喰らえばどうなっていたかわからない。
「ふむ、小賢しい。人の身でありながら海に溶け込んでおるのか。吾の前で姿を見せんとは失礼な奴じゃ」
そう言って、先ほどとは違う『声』を俺たちにぶつけてくる『深海竜』。
「ぐっぅ」
その『声』に貫かれ、一瞬目眩がする。
次の瞬間には水と一体化していた身体が元に戻っていた。
「これで良し、いかに礼を欠いた者でも久方ぶりの客人だ。もてなしてやろう」
どうやらスキルの効果をキャンセルされたようだ。そんなスキルもあるのか。
「それで、貴様らは吾に何用じゃ?」
首を取りに来たのなら相手になるぞ?と笑いながら話す『深海竜』。
広大な空間を所狭しと這い回る長大な身体が起こす水の流れだけでどこかに流されてしまいそうになる。
「違う、いや、違います。あなたに聞きたいことがあって来ました」
「聞きたいこと?」
「その昔、あなたが人魚の一族に与えた『海神の心臓』についてお聞きしたい」
「なんだ?」
「人魚達はあなたを『海神』だと言っていました。つまり、あの至宝はあなたの『心臓』なのですか?」
あれほど動き回っていた『深海竜』の身体がぴたりと止まった。
「なぜそのようなことを知りたがる?」
「『神』の存在を確かめたいのです」
「・・・あれは、吾が生まれた時からそばにあった物だ」
ステータスで確認すると『深海竜』の年齢は9999となっていた。
「『竜』とは何かと共にある生き物だ。吾は海と共にある」
「俺には『灼熱竜』の知り合いがいます」
「あれは、人と共にある『竜』だ。『火』とは人と共に大きくなるものだ。だから『灼熱竜』は子を成す。世代を重ね人と共に生きている。」
「『深海竜』であるあなたは?」
「吾は海と共にあるのでな、海とは人の営みとは無関係に巡るものだ。ゆえに吾は『深海竜』という種族であり、『深海竜』という個人でもある」
『深海竜』はこの世界の始まりから存在するという事か。
「『灼熱竜』の始祖も吾と共に生まれておった」
「では、あなた達『竜』に取って『神』とは誰のことなんですか?」
「ふむ、神になど祈った事はないな。吾も若い頃は『海神の心臓』を持って駆け回っておったが、この通り図体がでかくなりすぎてな」
以来、人魚に役割を譲ったのだ、と教えてくれる。
「つまり、あなたも『神』にあった事は無いのですね?」
「ああ、無いな。人間や人魚の中には吾を神と呼ぶものもいるがな」
「そうですか」
簡単には『神』に近づけないか。
「それより近頃めっきり誰も吾に会いに来なくなってしまったのだが、吾は嫌われてしまったのか?」
急にしおらしくなり心配そうに俺に訪ねてくる『深海竜』。
「いや、入口に『堅牢珊瑚』があって普通には入れないようになってたからじゃないかな?」
「なんと!?そんな事になっておったのか。そういえば、前に出かけた帰りに『堅牢珊瑚』を食いながら洞窟に入った気がする」
あの硬さがたまらなく美味なんじゃが、なんて言っている。
「『深海竜』が入って来るのを拒んでいるって解釈して誰も近づいてないんだよ」
「う~ん、たかだが60年ほど眠っておっただけなんだがの」
やはり『竜』はスケールの大きい生き物のようだ。




