94,迷宮探索
太陽の下にいるような明るさの中、有視界ぎりぎりに入った魔物が一瞬で両断される。
両断された死体を盾にするかのように左右から両手に棍棒を持った別の魔物が顔を出すが瞬時に氷の矢が突き刺さり、頭蓋骨を貫通して脳漿を背後にぶちまけて絶命した。
【範囲内にはもう魔物はいないですね】
【はい。素材を回収して進みましょう】
完全武装のレーネさんが長剣を鞘に収め、いつもの盾を油断無く構えているアルと魔物の死体に近づくとさっそく解体して素材を回収している。
オレはその光景を眺めながらも周囲の警戒に専念する。
レーネさんの大きな体でその体に見合う大剣すら振り回せるくらいの広さの通路。
壁面は普通の石材のようだが、魔物の使う魔法の流れ弾でも傷1つ付かないことから普通ではないのだろう。
薄ぼんやりと発光していたりもするし、とても不思議な石だ。
だが、この石だけでは太陽の下のような明るさは出ないので専用の照明魔道具を使用している。
石の通路。
ぼんやりと光る壁面。
生息する魔物。
そう、ここは迷宮。
オレ達は今ラッシュの街から徒歩で3日ほどの位置にある迷宮を探索している。
すでに迷宮に入ってから5日。
転移魔道具――リリンの羽根のおかげで野宿する必要もなければ食事もお風呂も屋敷でゆっくり出来るし、ネーシャの送り迎えも出来るので迷宮探索以外のことで苦労するということもない非常に快適な探索だ。
この迷宮――デーイス迷宮はそれなりに大きな迷宮だが、初心者向けなのか中層域までは弱い魔物しか出てこない。
罠の数も少なく、通路もしっかりしているし広い。
初迷宮探索としては非常に適任といえる迷宮だろう。
いくらレーネさんが迷宮にそれなりに潜っていた経験者であっても、オレ達がかなりの戦力を保有していても、迷宮初心者を伴って中級以上に認定されている危険な迷宮にいきなり突撃するほど浅はかではない。
初迷宮ということもあって、レーネさんのお奨め通りにこの迷宮を攻略することにしたのだ。
すでにこのデーイス迷宮は最下層まで攻略が完了している迷宮で一攫千金を狙えるようなお宝はないそうだ。
でも前述したように出現する魔物や迷宮自体の構造から初心者向けの迷宮としてずっと生かされ続けている。
迷宮というのはただの洞窟とか構造物という訳ではなく、迷宮そのものが生きていると考えられている。
各階層毎にエリアボスが存在し、最下層には迷宮の核となる巨大な魔石とそれを守るガーディアンが存在する。
だが魔石を守るガーディアンを倒しても魔石を迷宮から外に持ち出さなければ迷宮は存続し続ける事が出来る。
この迷宮から外に持ち出さなければいいというルールを利用して、利用価値の高い迷宮を生かし続け他の迷宮攻略のための育成施設として利用しているのだ。
育成施設として利用されているデーイス迷宮は初心者用迷宮として有名なだけあって出会う魔物全てが雑魚だ。
それでも階層を深くするとそれなりにレベルの高い魔物が出現するようになる。
ガーディアンは何度倒しても数時間ですぐに復活するが、エリアボスは1度倒してしまうとなかなか復活しない。
しかもこのデーイス迷宮のエリアボスは他の魔物が雑魚なだけあり、全然強くないので復活してもすぐに討伐されてしまう。
そういう理由もあり、今現在32階層にまで到達したオレ達は未だにエリアボスにあってすらいなかったりする。
ちなみに最下層は50階層。
このまま順調にいけば明日には到達するだろうと予測される。
初心者用の迷宮といえど50階層の迷宮を魔物を倒して、素材を回収しながら進んでいてたった数日で攻略できてしまえそうなのは理由がある。
完全に攻略されているこのデーイス迷宮ではマップが販売されているのだ。
しかもどこに罠があり、どこに隠し部屋があり、どの階層にどんな魔物が出て何が弱点で何を持っていけばいいかまで事細かく書かれた完全攻略本に近い物が安価で販売されている。
さすが初心者用迷宮というだけはある。
迷宮の外にはそんな迷宮初心者をターゲットとした村までできているし、最早観光地に近い印象だ。
「ワタリ様、お待たせ致しました」
「ご苦労様。進もうか」
回収した素材はアルがアイテムボックスに回収している。
今まではオレが素材をアイテムボックスに収納していたけれど、ポーターとして本格稼動することにしたアルが全て引き受けている。
レーネさんを先頭にしてその後ろにアルとオレが並ぶ陣形で進んでいるが、本来ならもっと人数を増やしてさらに後ろに人を置くのが基本だ。
背後からの奇襲なんてのも迷宮では珍しくない。
通ってきた道であろうとも魔物は唐突に出現することがあるからだ。
ただ基本的に気配察知スキルを持っているオレとレーネさんがいれば奇襲されること事態が稀なのでこの陣形にしている。
アルが前衛にも後衛にも素早く移れるという理由なのが主だけど。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
しばらく進むと通路が開け、大きなドーム状の部屋に到達した。
通路が広いので時々あるこういった部屋はとにかく大きい。
その部屋には大体立体的に交差する通路があり、様々な階層にショートカットできたりする。
今いる部屋も天井付近に上層へのショートカット通路が存在する。
「アレを通っていくと26階層だっけ?」
「答えは是。マップによりますとそうなります」
【下層へのショートカットはもう2つ先の部屋ですね】
【じゃあここはスルーですね。
……でもその前に】
【えぇ】
「ワタリ様、見えてきました」
照明魔道具の光がぎりぎり届く位置からワラワラと姿を表したのは錆びた槍や剣を持った魔物の集団だ。
防具は皮の鎧などを身につけ、剣を持った者は小さな丸盾も所持している。
30階層ではレアな存在のコンバットコボルトの集団だ。
コンバットコボルト達は照明魔道具の内に入る前からすでに陣形を組んでいてかなり統率された動きを見せている。
今まで出てきた雑魚魔物とは一味違った感じがする。
「確か攻略本でも注意書きされてた要注意な魔物だっけ」
「答えは是。初心者キラーとして非常に危険視されているデーイス迷宮でも高難度に位置付けされる魔物集団にございます」
「まぁでも」
照明魔道具により確保された有視界範囲はそれなりに広い。
その広い範囲のぎりぎりにいるコンバットコボルトの集団とはまだ距離がある。
だがその距離はレーネさんやオレにとっては射程圏内なのだ。もちろん相手側からしたら遠距離武器がなければ射程範囲外だ。
今回のコンバットコボルトの集団も剣や槍ばかりで弓も魔法も使えそうなのは見当たらない。
つまるところ……。
レーネさんの長剣による遠距離斬撃スキル――飛空斬が3体のコンバットコボルトを横一文字に両断し、オレの放った氷の矢が4体の頭部を的確に射抜く。
返す刀で繰り出された飛空斬が更に3体のコンバットコボルトを防御しようとした剣や槍ごと切り裂くと、集団で固まった陣形を取っていてはただの的だとやっと気づいた魔物達が動き始めるが時すでに遅し。
氷の矢と飛空斬により5歩も動けずコンバットコボルト達は全滅していた。
「さて回収回収」
「畏まりました」
気配察知の範囲内に魔物の気配がないのを確認してから素材回収を行い、大部屋を後にする。
こんな感じに例えレアで危険な魔物に出会っても問題にもならない。
レーネさんは言わずもがなだが、オレの火力も初心者迷宮のようなデーイス迷宮に出てくるような魔物程度では確殺できる威力がある。
しかも遠距離攻撃なので近寄る前にどうとでもできる。
魔物側にも遠距離攻撃を持ったものもいるが、アルの防御技術の前には無意味だ。
結果としてデーイス迷宮探索は観光とほとんど変わらないくらいの長閑さで進行している。
魔物との戦闘は出会った瞬間終わるといってもいいくらいの短さなので、迷宮が見せる様々な顔が観光するにはもってこいなのだ。
通路は石の壁ではあるが、ところどころに鍾乳洞のような石の柱があったり、均一ではない壁面には照明魔道具により歪な陰影が出来ていて見ていてなかなか面白い。
何よりこの石の壁はどんなに強烈な衝撃を与えても傷1つ付かないのが興味深い。
試しにグレートコーンでフルスイングしてみたが、こっちの手が痺れてしまったほどだ。もちろん壁には傷1つ付かなかった。
これを利用して防具でも作れたらすごい物ができそうだ。
まず削り出す術がないけれど。
迷宮の中では太陽が見れないから時間の間隔が曖昧になりがちだが、屋敷から一応持ってきた懐中時計のおかげで時間の把握は問題ない。
まぁアルがいるから懐中時計も一応程度の役割しか果たしていないけれど。
アルはGPS顔負けの座標認識能力を持っている上に時間の間隔を正確に把握できている。しかも秒単位で。
なので懐中時計も本当は必要ないのだが、デザインがメカチックで気に入ったので持ってきたのだ。あと念の為に。
準備しておくのはいいことだ。
今回の迷宮探索は練習も兼ねているので色々と試行錯誤している。
経験豊富なレーネさんに聞けば1発だが、そこは自ら経験してこそというものだ。
今日の迷宮探索は大部屋からのショートカットで47階層まで一気に下ったところでお開きとなった。
明日にはガーディアンに出会えそうだ。
迷宮探索開始です。
でも初心者用の迷宮ではワタリちゃん達にとって観光とかわりないものでした。
次回予告
迷宮探索しつつもリリンの羽根のおかげで簡単に街に戻ってこれるワタリちゃんご一行。
そんなワタリちゃん達の日常は屋敷を手に入れたことによりちょっとだけ変わった。
でもあの人はいつでもどこでも変わりなく。
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