9,転移と詠唱
取得した単独転移Lv1をさっそく使用してみることにした。
取得できるスキル一覧を表示する――スキルウィンドウには、取得できるスキル名と必要なポイント量しか表示されていない。解説などは一切ないのだ。
つまるところ先達の情報を自力で調べるか、使ってみて把握するしかないということだ。
歩く辞書こと初心者教本の化身――アルは単独転移に関する情報を持っていなかった。
基礎の基礎のスキルや特殊スキルなら情報を持っているようだが、それ以外となると記載外らしい。申し訳なさそうに頭を下げるから何もいえなくなる。
ハッもしかしたら、それが奴の手かっ!?
一瞬よぎった可能性だったが、今更そんなことして何になるのかいまいちわからない。
結局のところ知らないスキルを取得しようとしたら、実際に試してみるのが現状では一番ということになる。まさか転移した先が石の中で、例の即死効果で自殺とかならないだろうし。
単独転移がランダムな場所に飛ぶのだったら、危険すぎて使えない。だが、さすがにそこまで酷いものとは思いたくない。それに周りにあるのは草の海。
とりあえず石の中ってことはなさそうだ。土の中ってのはありそうだけど。
リスクばかりを計算していたら、何もできなくなる。時には大胆な行動も必要だ。
(単独転移Lv1!)
単独転移Lv1と念じると、何やら鑑定を使ったときに抜けていった感じがゆっくりと起きる。
その時間約30秒。これが詠唱時間ということだろうか。
鑑定を使った時の10倍以上の量の何かが出て行く感じがする。だが、総量が増したMP的には残量具合がMP増加を取得する前の、鑑定を一回使った程度の感じだ。
鑑定の消費は1。MP増加取得前のMP量は10。
残量具合的には9割ということだ。だがこれは大体の感覚でしかない。しっかり消費MPをステータスで確認した方がいいだろう。
ステータスを念じるが、何も起きない。
というか単独転移Lv1自体発動していないんじゃないか? なぜなら動いていない。予めつけておいた足跡を目印にしていたのに、足はそこから動いていないのだ。
どういうことだろうと、思案しながら地面から正面に視線を向けたところ、草が動いた。
何かいる! そう思った瞬間だった。
一瞬にしてターゲットのような物が出現し、動いた草をターゲッティングする。ウィンドウが新たに開き、アップになった草を映し出していた。
「うぉっ!?」
思わずぎょっとしてしまった。もしかしなくてもこれは転移場所の指定なのだろうか?
転移するにしたって、ランダムでなければ場所を指定するのが筋ってものだ。草が動いたから注視した。つまりフォーカスした。
それが場所指定だったのだろう。だが、まだ転移は起こっていない。つまりこれは仮指定だ。
ウィンドウに映っている四角に切り取られた草の海。まるで望遠レンズで拡大したかのようにリアルタイムで映し出している。
これは転移以外にも双眼鏡代わりに出来るのでは?
そんなことを思っていると、ウィンドウがふいに閉じてしまった。
どうやら場所を指定するにも時間制限があるようだ。これでは双眼鏡代わりにするのはちょっと難がある。制限時間内だけ覗いて確認するならアリだろうが、それなら他にスキルがありそうだ。鷹目なんかが怪しい。名前がまんまだしな。
とりあえず、ステータスともう一度念じてみる。
すると今度は開きっぱなしだったスキルウィンドウが、ステータスウィンドウに切り替わる。やはり単独転移Lv1で場所指定待機中にはステータスウィンドウが開けないようだ。いや違うな。恐らくだが、場所指定待機中には他のスキル自体が使えないのではないだろうか。
とりあえずあとでその辺は確認しよう。今はMPだ。
MPの表示は115/130となっていた。思案していた時間中に自然回復していなければ消費MPは15。
鑑定の15倍。多いのか少ないのかよくわからないが、連続使用で8回まで。
8回も使えれば十分逃げ切れるだろうか? いや最大距離がわからなければ意味がない考えだ。しかも詠唱時間が30秒とか長すぎる。
場所指定前にMPが消費された感じがしたことから、距離による消費MP変動はなさそうだ。
つまり、距離場所関係なく単独転移Lv1を使用するだけで消費MP15。不発に終わってもだ。
ステータスウィンドウはそのままにして、また単独転移Lv1を念じて詠唱終了まで待つ。
待ってる間に適当に場所を確認しておくが、見えるのは一面の緑の海。どこに飛んでも一緒に感じる。
詠唱が終わり、とりあえず最大距離を測りたいので、出来るだけ遠くの場所をフォーカスする。
ターゲッティングされウィンドウが出現し、映ったのはやはり四角い草の海。だがウィンドウには " Limit!! " の文字が赤文字で表示されていた。
つまりこれが限界距離ということだろう。映っているのが草の海なのでどの程度の距離なのかわからない。
とりあえず、危なそうな物はないし、魔物も見えない。場所はここでいいだろう。グズグズしているとまた時間切れになるしな。
ウィンドウをフォーカスしてみる。
瞬間、視界が一瞬で変わっていた。
慌てて後ろを振り返ると、かなり離れた位置にアルがいた。慇懃に一礼する彼の姿はかなり小さくなっている。目測300mほどだろうか? あまり自信がないがそのくらいだろう。
これはすごい……。素直にそう思ってしまった。
一瞬にして人間一人が300mも移動したのだ。これをすごいと言わずしてどう表現しろというのか。まさに魔法だ。スキルだけど魔法だ。興奮で表情がついつい緩んでしまう。
念じて、詠唱して、場所を指定して、選択する。4工程かかるし、詠唱もかなり長いが、緊急じゃなければ十分すぎる効果だ。
たったMP15で距離を一気に取れる。これは素晴らしいスキルだと断言できる。
これだけの距離を離れることが出来れば追撃を受ける前に、行動を開始できる。しかも余裕だ。場所指定できる分、相手がどこに移動するかはわからないはずだ。雷のようにストリーマのようなモノがもしかしたらあるかもしれないが、遠距離攻撃でもなければ問題もないだろう。
転移直後に回避できるように事前に準備しておくのもいい。
転移発動の選択をする前に回避行動を取っていたりすれば、転移場所に移動してから回避するんじゃないだろうか。
慣性の法則が生きたまま転移できるなら可能なはずだ。
危険はないようだし確かめてみる。
単独転移Lv1を念じて詠唱。場所はアルの2m手前の位置をターゲッティング。出現したウィンドウには相変わらずLimit!!と表示されている。仮指定したまま少し走ると、Limit!!の文字は消えた。
それを確認したあとすぐに跳躍。すぐさまウィンドウをフォーカスし、選択。
ザッ
転移した直後、予定通り目の前にはアルがいた。そして予想通りに慣性の法則は生きたままだったようで、跳躍のエネルギーを維持したまま地面に到達し、転移指定した場所より進んで地面に着地していた。
実験は物の見事に成功だった。思わず軽くこぶしを握ってガッツポーズをしてしまう。
「お帰りなさいませ、ワタリ様。見事な転移にございます」
「ん。単独転移はかなり使えるスキルだね」
「それはよろしゅうございました。ですが単独で転移されます分、私は同行できなくなってしまいますのでご留意くださいませ」
おっと。そうだった。これは単独転移。つまり一人でしか飛べないということだ。
アルのことをすっかり失念していた。手を繋いだり、体の一部が接触してたりしたら一緒に飛べたりしないのだろうか? 単独ってわざわざ明記してあるんだし、線引きはされてそうだな。
まぁ一応やってみるけど。
「アル。ちょっと実験だ。手、出して」
「はい、ワタリ様。これでよろしいですか?」
「うん、おっけー」
素直に差し出された白手袋を装着している手を軽く握って、転移準備をする。白手袋の感触は滑らかで触り心地がいい。ついさわさわしてしまう。
場所はすぐ側だ。遠くに行く必要は無い。
転移直後、感じていた滑らかな触り心地の感触はなくなっており、元の場所に彼はいた。
「あーやっぱりだめか。単独転移じゃ自分限定か。ってことは複数用の転移スキルもあるのかな?」
「申し訳ありません、ワタリ様。チュートリアルブックにはそのような記載はございません」
「あー別にいいよ。単独転移の記載がなかったんだから無理もない」
申し訳なさそうに頭を下げる従者に、ひらひらと手を振り気にしてないことをアピールする。
実際、単独転移の記載が無くて複数用の転移スキルの情報が記載されてたら、著者にちょっと抗議文を送りたくなる。
あとは、一人という定義がどの程度まで有効なのか。大きな荷物を持った状態は荷物ごと一人とカウントするのか、それとも荷物はカウントされないのか。
装備を確認したところ、抜けはないようだから身に付けている物に関しては一人とカウントされるようだ。
現状では大きな荷物もないし、この実験は後回しということにしよう。問題もないしな。
問題があるとすれば転移で逃げる場合は、アルを置き去りにし、見殺しにするということだ。早いところこの問題は解決しておきたいところだな。
それに……詠唱時間も逃げる時に使用するとなると問題だ。30秒も詠唱時間があるのは致命的すぎる。何度か使用してみてわかったが、詠唱といってもMPが抜けていく時間なだけで特に集中する必要もないし、これを詠唱と呼べるのか正直疑わしいくらいだ。
ただ単純な事前準備時間ってだけかもしれない。便宜上詠唱でいいと思うが、呪文を長々と言うような物があったら呼び方を変えるか。
……歩く初心者用辞書がいるんだった。ふ……転移のすごさにすっかり興奮して忘れてたぜ。
「アル、質問だ。単独転移Lv1を使ったときにMPが抜けていく時間が、30秒くらいあったんだ。これは詠唱ってやつか? それともただの準備時間か?」
「答えは是。詠唱にございます。魔法や高等スキルには必ず詠唱と呼ばれる事前待機時間が発生します」
「やはり詠唱か。詠み唱えるで詠唱のはずなんだがなー? 全然唱えてないぜ?」
「答えは否。無意識の領域でスキルが詠唱を強制しています。自身で唱える必要はありませんが、それを無意識が代わりに実行していると、掻い摘むとそのようなことにございます」
「なるほどなー、そういう理屈か。ていうか、最初の頃に比べてわかりやすく喋るようになってきたな? 補足説明的な?」
「答えは是。ワタリ様の性格や行動を分析し、常に快適に感じて頂けるように改善を行っております」
「ほー……それはいいことだ。頑張ってくれ」
「恐悦至極にございます。この不肖アル。粉骨砕身励ませていただきます」
改善するならまずその堅い口調をどうにかして欲しいところだがなー。もしかしたら言ったら直してくれるのかな?
「なぁ、アル。改善するならまずその堅い口調なんとかならない?」
「申し訳ございません。これは私の性格故にございます。改善は出来ません」
「……あぁそう……」
性格ときたか。まぁそれじゃ仕方ないな。別に困るほどではないし、慣れれば問題ないだろう。
それより今は詠唱の方だ。
スキル一覧にそれっぽいのがないか見てみるか。
開きっぱなしのステータスウィンドウをメニューに変え、スキルウィンドウを表示させどんどんスクロールしていく。
お、あったあった。
詠唱省略Lv1。これだこれ。Lv1ってことは省略できる長さも微妙だろうが、そこは大量の残りポイントに物を言わせる。
だが、全部取得する必要性はない。Lv1から試してみて実用性があるところでやめればいい。まぁぶっちゃけ無詠唱が欲しいけどな。無詠唱までいけるのかわからないけど。ここまでお決まりのスキルがあるんだ。無詠唱もきっとある。取得条件に阻まれそうだけど。
とりあえず、詠唱省略Lv1を取得。消費ポイントは7。
実験の為、単独転移Lv1を念じて時間を計りはじめる。詠唱省略なしで30秒がどこまで縮まるのか。あまり期待はしていないが、楽しみだ。
18、19、20。終わった。
詠唱時間は3分の2。まだ20秒かかる。微妙だな。何も無いよりはましだが、Lv2にしてみよう。
適当にターゲッティングして場所指定して飛ぶ。ほんの数十cm動いただけの転移だ。時間切れを待つよりは早い。
スキルウィンドウに表示されている詠唱省略Lv2を取得し、再度単独転移Lv1を念じる。
今度は10秒になった。3分の1だ。これなら次は無詠唱になるんじゃないかと思ったが、さっき飛んだ数十cmを逆戻りしてから、スキルウィンドウを覗くと表示がなくなっていた。
どうやらこれが限界Lvなのか、取得条件なのか。とにかく今取得できるのはここまでだった。
ちなみに詠唱省略Lv2の消費ポイントは15。Lv1と合わせて22。結構消費してる。
詠唱があるスキルを取得しているのが前提なので、普通に取るにはちょっときついんじゃないだろうか。
単独転移Lv1だけでも10かかるし、合わせたら32だ。
何も取らずにここまで取ろうとしたら、BaseLvが最低10必要になる。その上MPも必要だからBaseLv10では1回しか使うことができないだろう。
まぁそんな奇特な人少ないと思うけどな。
詠唱省略もこれ以上は無理のようなので、次のスキルを取得することにしよう。
たまにアルの喋り方がわからなくなります。
敬語やら尊敬語やら意味が不明になります。意味不明です。
誰か教えてください。
ご意見ご感想お待ちしております。