83,蜂蜜
包み込むように挟まれたそれらから感じる柔らかくも弾力のある確かな感触。
まるで母なる海に守られているような力強さと確かな母性を感じるそれらは自分の好みとしては対象外であったはずだが、これはこれで悪くないと考えを改めさせるには十分だ。
いつもよりも少し穏やかな口調で嬉しそうに語る度、双丘が少しだけ揺れ、その揺れによって齎される心地よい感触がいつまでもこうしていたいと思わせる。
あの仙人がいっていたことは正しかった。
自分の好みはもっと慎ましいものであったはずだが、貴賎などなかったのだ。
全てが平等に尊く、価値がある。
まさに、おっぱいに貴賎なし。
そんな仙人の言葉が何度となくその感触を伝える後頭部から側面にかけてを覆うように伝わっていく。
あぁ……。最高……。
とけてなくなってしまいそうになる心地よさだったが、自分を呼ぶ声に意識がなんとか浮上した。
「――なに小さいのに、ほんとワタリちゃんにはびっくりさせられるわねぇ~」
「ふぇ?」
夢見心地だったところから浮上したため、変な声が出てしまったが双丘の持ち主――エリザベートさんは普段よりも優しい声で応えてくれる。
「ふふ……ごめんね。寝ちゃいそうだったのに起こしちゃった。
でもね、ワタリちゃんくらいの年でステータスがトレーニングで上がるなんて早々あることじゃないのよ?
というか、普通ないのよね。やっぱりワタリちゃんは色々と特別なのねぇ~」
うりうり~とその豊かなメロンで包み込んでくるエリザベートさんがしみじみと語るのを若干意識が飛びそうになりながらも考える。
俺の場合、成長率増加Lv10が影響しているので通常の速さとは比較にならない速度でトレーニングの効果を得ることが出来るようだ。
でも普通は地道なトレーニングをこの数倍の期間続けなければいけないのだ。
しかもオレの場合、ステータスをリセットしてもっとも効果が得易い初期値で行うことができる。
これは非常に大きいメリットだ。
普通はトレーニングをすればステータスに反映されないまでも、筋肉や体力がつく。
このステータスに反映されない部分というのが結構大きい。
筋力や体力がつくとその分ステータスを上昇させるために必要な運動量が増えていくのだ。
簡単にいうと同じ運動量でも得られる経験値に差が出るということだ。
もちろん筋力や体力が少ない方が得られる経験値は大きい。
筋力や体力がつけばその分楽になるからだ。楽になると得られる経験値が少なくなるのだ。
ステータスリセットによりこれらがリセットされるが、経験値はそのままだ。
したがって成長率増加Lv10だけではなく、ステータスリセットによる恩恵も加味し結果として異常な速度でステータスが上昇したのだ。
ステータスリセットの恩恵はもちろんデメリットもある。
ステータスに反映されない増加分がなくなってしまうからだ。
でもこのデメリットを無視してもいいだけの効果はある。それがポイントとして確実に目に見えて現れるのだからだ。しかも通常では考えられないほどの速さで。
ステータスリセットの恩恵については実は地味に全然体力がつかないし、筋肉もつかないからもしかしてと思ってやっていたのだ。
まさかここまで効果があるとは思わなかったが。
もちろんそういう体質という懸念も拭えなかったのは事実だ。期間も短かったし。
でも成長率増加Lv10だけでの計算ではありえない速度だったために、この考えに至った。
もしかしたら他の要因もあるのかもしれないが、とりあえずはこの方法を続けていくことにする。
検証数を多くしなければ何が影響しているかなんてわからないのだから。
「ほんとワタリちゃんはすっごいわぁ~」
「褒めても何もでませんよ~」
「そうかな~? 今日は大人しく抱かれてるし~。普段ならすぐにアル君に止めてもらうでしょ~?」
「あ~……。いや~……まぁ~」
褒められたからではないし、トレーニングの成果によるポイントゲットの嬉しさからでもないのだが、まぁ都合よく勘違いしているようだしよしとしよう。
エリザベートさんのふかふかのダブルましゅまろがオレに効果大だとわかってしまうと、それを盾に迫られてしまうかもしれないし。
そうなったら……抗える自信があまりない……。
長年のオレの好みを一変させてしまうこのツインキャノンは相当なものだ。
い~や~さ~れ~るぅ~。
「むふ~」
「ふふふ~。今日はワタリちゃん独り占めねー!」
オレの満足げな表情にアルもエリザベートさんから無理やり引き離そうとはしないので、心行くまでこの癒しの感触を堪能するのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌日。さっそく残りポイントに1ポイント追加されたが、現状では一旦MPに追加されている。
スキルを取得しようにも1ポイントでは焼け石に水だし、筋力に残しておく必要もないので1番必要なMPに振っておいた。
また必要な時にスキルを弄ればいい。
ちなみに荒地に行って結構たくさんの魔物を倒したのだが、やはりオレのレベルは上がっていない。
アルもBaseLvが16になっているのであれだけ倒しても上がらなかった。
まぁ登竜門的立ち位置にある場所なのでこんなものだろう。
さて、その荒地で入手した蜂蜜……もとい、蜂の巣だがこのままではちょっと食べるのに支障があるため、今日は蜂蜜作りをすることにした。
レーネさんには昨日の時点で今日はお休みであることを伝えてある。
蜂蜜作りをすると誘ったのでそろそろ来る頃だろうか。
海鳥亭の小さな裏庭を借りてそこで蜂蜜を搾り取る予定だ。
とはいってもどうやったら1番いいのかあまりよくわからないので、結構適当に力任せでやるつもりだ。
アルに聞けばばっちり教えてくれそうだけど、今回は自分の力だけでやってみるつもりだ。
ほら、前にとりあえず聞く前に色々考えようって思ったけどあんまり実行できていないからだ。
そんなことを考えていると、背後で蚊の鳴くような小さな声が聞こえてきた。
まぁ見なくてもわかる。一旦PTを解除しているので今は念話が使えないからしょうがない。
「いらっしゃい、レーネさん」
「……はぃ……ぁの……その……」
振り返り笑顔で答える。
レーネさんは普段着ている魔道具な鎧達ではなく、真っ白で裾に刺繍の入った膝の隠れるフレアスカートにフード付きのパーカーだ。
普段着でもやっぱりフードは標準装備のご様子。
今はオレとアルしかいないのでフードも脱いでいるけど、やっぱり声が小さくてもじもじしすぎて会話にならない。
ちなみにネーシャはすでにユユさんの所に送り届けてある。本当なら休みだったのだが、ネーシャの希望で今日も修行だ。
なんでも木彫りじゃなくて鉄を叩いて造形するタイプの彫金を始めたらしい。
難しい単語を一生懸命にユユさんに教えられた通りに話す姿は微笑ましくて、その熱心さにも負けて送り出してきた。
そんなわけで、やはり念話じゃないとどうにも会話がスムーズにいかない。
というわけでさっそくPT編成してレーネさんをPTに入れるとそれまでとは比較にならないレベルで普通に会話ができるようになった。
いずれは念話だけじゃなくてきちんと普通に会話したいところだけど、まだまだ先の話になりそうだ。
【それでワタリさん、本当にご自分で蜂蜜作りを? 業者に依頼した方が確実だと思うのですが】
【まぁ、いっぱいあるし。チャレンジですよ、チャレンジ】
【そうですね。確かにたくさんありますからね】
【そうそう。少ししかないならアレですけど、いっぱいあるならやってみるのも面白いですよ。
蜂の巣から蜂蜜を採取するのなんて初めてだし!】
【実は私も巣は取ってきても蜂蜜を自分で採取したりするのはなかったです。ちょっとドキドキしますね】
【うんうん。ではではさっそく試してみましょう~】
予め用意していたシートの上に使う分のビッグホーネットの蜂の巣を取り出す。
六角形の蜂の巣には黄金色の蜜が溜まっているが部分的には白い幼虫が入っていたり、黒くなっていたりするところもある。
こういった不純物を取り除いて綺麗な蜂蜜にするのが目的だ。
幼虫はあとで食べたい。
まずは桶の上に蜂の巣を適当に置くと、初級魔法:風を使って浮遊させる。
そのままの状態を維持するようにして、次はちょっと特殊なイメージを展開し、回転させる。
遠心力で蜜が蜂の巣から分離するのを外側に張ってある風の壁で受け止め下の方に流していく。
もちろん桶の中に、だ。
使った蜂の巣はそれほど大きくなかったので少しの時間で蜜の分離が終わった。
桶の中には濃い黄金色になった粘り気のある液体が溜まっている。
「あら、1発で成功?」
【見た感じですと、そうですね。さすがワタリさんです!】
「いや~うん。あれだね。やっぱり魔法ってすごいね。
不純物を通さないように網目状を何重にもイメージしただけでこんなにうまくいくとは」
【風魔法で蜜だけを外側に飛ばしているのも業者顔負けでしたね】
だが前世で販売されている黄金色1色の蜂蜜とは違うようでよく見るとまだ不純物なんかも混じっている。
粘り気があるので完璧には濾過できなかったのかもしれない。
「もうちょっと綺麗にできると思うんですけどね~」
【えぇ!? 十分綺麗だと思いますよ?
売っているのと比べてもかなりいい出来だと思うんですけど……】
レーネさんが言っているのもその通りで、ラッシュの街で売られているビッグホーネットの蜜は大体こんな感じの色をしている。
でも前世でもっと透き通った黄金色の蜂蜜を知っているだけにもうちょっとなんとかしたい。
粘り気で濾過が不十分だったと思うので、熱すればいいのではないかと思う。
ということでさっそく熱してみることに。
適当に初級魔法:風で浮遊させ、初級魔法:火で加熱してみる。
すぐに粘度薄まり、とろとろになったところで再度網目状に展開した初級魔法:風の中を潜らせる。
【わぁ~……すごく濃くて綺麗な色になりましたよ!?】
「うん、これはいい色だなぁ~。成功かな?」
意外とあっさりと事が運ぶのに気をよくしてちょっと冷めた所を一口舐めてみる。
味は前世で食べた事のある蜂蜜より少し甘くて濃厚だったが、なんだか香りが弱いような気がする。
ちょっと首を傾げるがオレの感覚なので、レーネさんとアルにも試食してもらった。
【確かにちょっと香りが弱いかもしれないですね。でも十分美味しいですよ?】
「恐らく加熱した際の温度が原因かと存じます」
「ふむぅ~。じゃあ溶かさないでじっくり濾過してみよう」
熱で香りが飛んでしまうなら、何度かじっくり時間をかけて濾過してみることにする。
それなりの時間をかけて何重にも作った幅の違う網目状の魔法の風の中を通っていく。
このそこそこの時間を維持するためにかなりMPが必要な魔法になってしまったのはご愛嬌だ。
美味しい蜂蜜のためなら苦労は厭わないのだ。
そんな苦労もあって、完成した蜂蜜は透明度が高く、香りも濃い素晴らしいものができた。
一口舐めるとすっきりとした中に濃厚な味わいが広がり、癖のないその味がまた一口と急き立てる。
「おいしぃ~」
【美味しいです~。こんなに美味しい蜂蜜は食べたことありませんよ!】
「さすがワタリ様でございます。これほどの蜂蜜は早々手にはいる物ではございません」
「むふふ~。よ~し、残りも全部やっちゃおうー!」
完成までにそれなりに時間がかかるが、1度魔法を完成させてしまえば放置できるので月陽の首飾りでMPを補給しつつ、いくつも濾過装置を作り上げる。
決して広くない庭が黄金色に染まり、2つの太陽の光を反射してキラキラと輝くばかりの光景を生み出していたのだった。
異世界の蜂蜜は地球の蜂蜜とはちょっと違うみたいです。
でも似たような処理で大体同じようなものができます。
栄養なんかは成分分析できないので今ひとつわかりません。
次回予告
アルの料理再び。
炸裂する絨毯爆撃にワタリちゃんは耐えられるのか。
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