57,部屋に帰るまでがクエストです
冒険者ギルドからの短い帰り道で見知った顔がいるのを発見した。
フルプレートアーマーをつけていないところを見ると今日の彼は情報収集に勤しんでいるようだ。趣味が高じて情報屋みたいなことをしているのだ。
そんな彼は情報屋を目指しているのではなく、正騎士を目指している。
でも腕の方はいまいちで週に何回か詰め所の方で訓練に参加させてもらっている程度だ。
「あ、ワタリちゃん。こんにちは!」
「こんにちは、エイド君。趣味の方ですか?」
「うん、今日はなかなか面白い情報が集まったよ。聞きたい?」
「そうですねぇ~。内容によりけりですかねぇ」
「あはは、ちゃっかりしてるなぁ、ワタリちゃんは」
「エイド君は情報屋じゃないじゃないですか。趣味でしょ?」
真っ赤な髪を短くそろえている頭をぽりぽりとかきながら目的を見抜かれたエイド君。
誘拐犯を騎士団詰め所にしょっ引いて行った時にネーシャに関する情報を提供してくれた子だ。
そんな彼は趣味で集めている情報を売りつけようとしているのだ。ただ彼は本職の情報屋じゃないので誰にでも金を積まれれば売るというわけではない。
基本的には身内限定でそれこそ銅貨1枚とかそんなレベルで売ってくれる。
そんなに安いなら無料にすればいいのに、と思うけど彼的には譲れないところらしい。でも趣味レベルなので身内限定だ。
実際の情報の確度はかなり信頼できるレベルなのだけどね。
「それで、今日はどんな情報があるんですか?」
「えっとね。北街道への乗合馬車の故障が今日の夜には直るから北街道近くの採掘場に出てる調査依頼を受けると楽に稼げるよ」
「エイド君も登録してるんですし、自分で受けないんですか?」
騎士見習いのエイド君だが、基本的に詰め所で訓練に参加する以外は暇だ。
詰め所に詰めておかないといけないのは正騎士以上の人間だけで、詰め所もそんなに広くないのでずっといると邪魔なのだ。
本来正騎士にもなっていないのに詰め所の訓練に参加するのは稀らしいのだが、エイド君の場合はたまに有用な情報を持ってくるのでこっそり許されているらしい。
まぁそういうのも実力のうちだよね。騎士らしいか、と聞かれたら困っちゃうけど。
そんなわけで訓練も毎日じゃないので暇なときに情報を集めたり、ギルドで依頼を受けたりする。
「いやー今回はちょっとパスかなー。なんせ調査相手が岩食いペンギンだからねぇ」
「でも調査ですし、Fランクですよ?」
「あれ、なんでFランクって知って……。あー……。もしかして?」
「あはは、ばれちゃいました?」
「むー。酷いなぁ、もう受けちゃったのならそういってくれよ~」
「いえいえ、確かに受けましたよ。受けましたけど」
「あー乗合馬車が故障してたから立ち往生って感じだね?」
「いえ、もう終わらせてきました」
ニヤリと笑って言ってあげると、目をぱちくりさせたあと額に手を当てて空を仰ぎ見る騎士見習い君。
まだ青い、澄み切った空を鳥が3羽トゥルルルー、と鳴きながら横切っていく。
もう変な鳴き声には大分慣れた。あれは生前での雀みたいなもんだ。
「さすが、エリザベートさんのお気に入りだね……。足があると便利だなぁ。僕も自分用の馬が欲しいよ」
「馬は持ってないですよ?」
「エリザベートさんから借りたの?」
「いいえ、内緒です」
「そっかー内緒かー」
詰め所では自分のことを私と言っているエイド君だが、あれは公式な場でのことであって普段は僕だ。ちょっと可愛い。性的な意味ではない。弟的な意味でだ。
「あとは何かありますか?」
「あとはそうだなぁ……。あ、そうそう。西通りに面する忍び亭っていうお店に新作の――」
情報屋みたいなことをしているといっても、エイド君は本職ではないので常にすごい情報を持っているというわけではない。
大体はどこのお店で新作料理が販売されたとか、どこのお店で新しい物が入荷したとかそういう生活に密着したものだ。
でもそういうのが割と大事だったりする。依頼も大事だけど新作料理も食べてみたい。
新しく入荷した物だと限定品となってしまい、結構競争率も高くなったりする。
どこの人もやっぱり限定品には弱いのだ。
でも今回は今すぐほしいほどのものはなかったので適当に雑談をしてからエイド君とは別れた。
彼はまだまだ情報収集をするらしい。ほんとに好きだなぁ情報収集。ちなみに情報料は新作料理の件で銅貨1枚。
残りの道のりはほんの少しなのであっという間に宿に戻ってくる。
マスターは仕込み中のようで女将さんがカウンターで編み物をしていたけど、オレ達を見ると笑顔でおかえり、と言ってくれる。
上得意客というのもあるだろうけど、エリザベートさんが毎日遊びにくるので娘のように可愛がっているエリザベートさんの友達ということで娘の友達は娘ということらしい。
よくわからない理屈だがまぁ悪い気はしない。
そんな女将さんとも少し雑談をして部屋に戻ると、いつものようにアルに外套を回収されて浄化をかけてもらいベッドにダイブした。
防具がガチャガチャ鳴って装備を外すのを忘れていたことに気づいた。
最近めっきり胸当てと篭手はつけていなかったのですっかり忘れていた。
「よっと、ほっ、とりゃ」
「失礼致します」
「うん、よろしくね~」
胸当てのアタッチメントを適当に外している間にアルが靴のアタッチメントを外してくれる。
ネーシャはまだオレの着替えとかを手伝わせられないそうだ。なので見学なんだけど、真剣な表情で一挙手一投足を見逃すまいとしているのでちょっと怖い。
この一週間でちょっとふっくらしてきた顔だけどまだちょっとやせすぎだ。
「ネーシャはもうちょっとご飯食べないとだめだねー」
「は、はい! 頑張ります!」
「あはは、ご飯は頑張って食べるものじゃないよ~。ゆっくり楽しく食べようねぇ~」
「はい!」
「ではネーシャ」
「はい、アル先輩!」
「がんばってねぇ~」
「はい、お嬢様! 頑張ります!」
装備の点検もアルに習っているようだけど、オレの装備に関してはアルがやっている。まだまだネーシャに任せられる物はないようだ。
ただネーシャが装備している初期装備は練習も兼ねて整備させているようだけど。
今日のような奇襲がしやすい状況なら防具も念のための盾くらいしかいらないけど、そういう依頼はほとんどないのが実情だ。
人足仕事にネーシャを連れて行くと自分もやると言い出すだろうし、1人でお留守番というのも長い時間だと心配だ。
何かいい手はないだろうか。
装備の手入れを終えてさっそく砂ノートを取り出してネーシャは勉強を始めている。
ネーシャは本当に真面目でなんでも一生懸命取り組むいい子だ。
こんないい子を危ないところに連れて行くのは忍びない。
でもギルドにある仕事は基本的にそういうものばかりだ。
アルがネーシャを見ていてオレが1人で行動できればいいんだが、アルが絶対そんなことは許してくれない。
アルの中の優先順位はネーシャよりオレの方が遥かに高い。
命令ということで2人で留守番してなさい、と言ってみたこともあるが却下された。
それはもう食い気味に却下された。
アルは従者だけど、奴隷じゃない。
彼は彼のポリシーに従い行動しているのだ。オレの傍にいるというのは基本事項なのだろう。
まぁ実はオレもアルと離れるのは不安だ。依存というほどでもないけど、アルが近くにいないとなんだかそわそわしてしまう。
携帯を忘れるとなんだか不安になるのと一緒だろう。
アルはなくてはならない存在なのだ。
そういう理由もあり却下されたこと自体は別に不満はない。
でもやはりネーシャを危険なところに連れて行くのはあまりよろしいことではないのも確か。
「むーん……」
静かな部屋に開けている窓から外の音が聞こえる。
砂に棒で字を書く音が聞こえるだけで、時々アルがネーシャのミスを指摘するだけ。
そんな静かな部屋で勉強の邪魔をしては悪いとは思いながらもごろごろとベッドを転げまわった。
夕飯の少し前にエリザベートさんが来てちょっと相談してみたが、返って来た返答は名案と言わんばかりの態度だったが……。
「私の家で一緒に暮らしまし」
「却下にございます」
食い気味のアルに即座に却下されました。
エイド君は情報屋モドキですが、騎士見習いです。
騎士になるにも色々と大変で、彼はできることでなんとかその色々に対して折り合いをつけています。
別に貴族だったり裕福な家庭の子だったりするわけではないので大変なのです。
次回予告
職、それは肩書き。
職、それは恩恵を得られるもの。
職、それは……。
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