3,チュートリアル Part,1
チュートリアルブックというタイトルの本に " アル " と名前を付けた。
チュートリアルブックだったから安直にアルとつけたのだが、オレのネーミングセンスに期待していたのならそれは明らかな間違いだ。オレは昔飼っていた犬の毛色が白だったから、シロと名付けた。猫は三毛猫だったからミケと名付けた。
ご理解いただけただろうか? オレのネーミングセンスとはこんなもんだ!
名前を付けられたチュートリアルブック――アルは、掲げられた手よりさらに高い位置にゆっくりと浮かび上がっていった。さすが異世界と褒めるところだろうか。
居眠りクソ野郎は楽しめるといった。確かにこれは楽しめそうだ。現にオレの心の中はワクワクとテカテカでワクテカ状態だった。
浮かび上がったチュートリアルブックのアルは、突如辺りを埋め尽くすような真っ白な光を発する。眩しさに目を開けていられなくなり、手を翳してもそれすら通過するかのような光の奔流に、楽しめるどころか呆気に取られるしかなかった。
光が収まり、目をやっと開けると……そこにはパリッとした燕尾服を着た、短い銀髪のよく似合う少年が立っていた。
「初めまして、ワタリ・キリサキ様。この度は名前を賜り恐悦至極にございます。
このアル。不肖の身ではありますが、粉骨砕身お仕えすることをここに誓わせていただきます」
何やら突然現れたどこからどうみても執事な彼――アルは、ものすごい畏まった挨拶をしてから深々とお辞儀をした。そのお辞儀は角度といい流れるような仕草といい、様になっている程度の言い回しでは到底言い表せないものだった。まさに執事オブ執事。ベストオブ執事の挨拶といったところか。
「あーえーと? アル……君? 君はチュートリアルブックなの?」
「ワタリ様、ワタリ様と呼ぶことをお許しください。私に対して君をつける必要はありません。どうぞ呼び捨てになさってください。
そしてチュートリアルブックかとの質問ですが、答えは是。その通りでございます」
深々としたお辞儀から、流れるように片膝を突き、こちらをじっと見たまま答えるアル。やはりチュートリアルブックが擬人化した姿のようだ。
名前を付けるということは、物語でよくある " 命を吹き込む " ということなのだろう。
「じゃぁアルはオレのチュートリアルの為に、出てきたってことでいいのかな?」
「答えは是。その通りにございます。補足するならば、私はワタリ様の従者。付き従う者でございます。
問われれば知りえる限りの知識を。
チュートリアルブックという初心者用の知識しか持たない矮小なこの身ではありますが、精一杯ワタリ様の知識の糧となる所存にございます」
か、堅い……執事っぽい外見で執事っぽい話し方では仕方ないのかもしれないが、ものすごい堅い! 話し方が堅すぎて引く! ちょー引く!
しかし、従者だと? 付き従うって……つまりチュートリアル要員件下僕ってこと? なんだ居眠りくそ野郎、意外とおまけも充実してるじゃないか。
……ん? まてよ? もしかしてこいつが3億分の価値とかほざかないよな? まさかなぁ……違うよな!?
「あーアル。ちょっと聞きたいんだけど、おまえが神のくそ野郎から貰えた3億分の謝罪ってことじゃないよな? 違うよな?」
「答えは否。私はただのおまけでございます。
創造神様よりワタリ様に贈られた物は、これよりチュートリアルとしてお教えすることになります」
「そ、そうなのかーよかったー……………………あーで、チュートリアル進めてくれる?」
答えるだけ答えたあと、特に何も反応しなくなる片膝立ちの執事さん。もしかしなくてもこの執事は、こっちが指示しなければ先に進まないっていうアレか? ボタン押し待ちか?
「ではこの不肖アル。誠心誠意粉骨砕身チュートリアルに励ませていただきます」
「お、お手柔らかに……」
スッと音も無く立ち上がり、地面についていたはずの膝に汚れもまったくない、不思議生命体の執事がやる気を漲らせ始める。
チュートリアルなんだから! 最序盤のゲームの掴みなんだから! お手柔らかに! お手柔らかにー!
「では、ワタリ様。まずワタリ様はこの世界、ウイユベールへ転生されました。
現在地はウイユベールに5つある大陸の1つ、ランドール大陸西部大草原――通称 " 獣の窟 " でございます」
「け、獣の " クツ " ? 獣って原生生物? ていうかクツ?」
「答えは是。獣は原生生物にございます。 " クツ " は洞窟などの窟にございます。住処や隠れ家といった意味にございます。
質問がございましたらそのように、どうぞ遠慮なく仰って下さい。では、続けてよろしいですか?」
「あ、う、うん」
なんか一編に色々な情報が出てきたが、まぁまだ地名の段階だ全然余裕だぜ! ちょっと文字にしてくれればわかりやすい情報だっただけで、別に躓いたわけじゃないぜ! ほんとだって!
「この獣の窟から北東に30kmほどの距離にラッシュの街がございます。
まずはそこを目指すのが当初の大きな目的となるでしょう。何かご質問はございますか?」
「あーえっと、獣ってモンスターとかそういうのだろ? どんなのが出るんだ?」
居眠りくそ野郎――創造神はここが異世界で元いた世界とは違うといっていた。本が擬人化してチュートリアルを始めるみたいなゲームのような状況が展開されているんだ。モンスターが居たって別段不思議でもない。むしろいると警戒して事を運んだ方が建設的だ。
「獣の窟に出現する魔物は、ビッグマウス、ラージラビット、稀にびびっとウルフの3種類にございます。獣の窟に出現する魔物は、全てこちらが襲わなければ襲ってこない魔物です。
チュートリアル中に魔物に襲われることはありませんのでご安心を。
尚、ウイユベールではこれらの獣はモンスターとは呼ばず、魔物と呼称します」
「じゃぁここは割と安全なんだな。まぁ初期位置でアクティブなやつとかどんだけ初心者殺しだよって話だよな!
んで、魔物とモンスターも同じようなものじゃないか? モンスターと呼んで何か問題でもあるのか?」
「答えは是。問題があります。ウイユベールではモンスターという単語は別の存在を指します。
よってモンスターと呼称しても、魔物ではなく別の存在を指し示すことになります」
「へぇーじゃぁ魔物でいいか。あ、そうだ。言葉で思い出したけど、この世界の言葉とか知らないけどなんかあるの? もしかして最初から覚えなおし?」
異世界物の定番、言葉が分からないよ! どうしよう! な展開を避ける為にも是非とも聞いておくべきことを思い出してよかった。
「答えは是。しかし、否。でございます」
「YesなのにNoなの?」
もうちょっと融通の利く答え方をできないのだろうか。この執事さんはこちらの二択の答えに対して、必ず是か否で答えようとする癖……みたいなものがあるようだ。3択や4択にしたらどうなるんだろ。
「ワタリ様は創造神様からの贈り物で特殊スキル " ウイユベール共通語翻訳|(自動筆記翻訳付き) " を取得しておられます。よって言葉がわからなくても共通語に関しては問題はありません。
ただし、ウイユベールには共通語以外にも言語が存在し、それらを主として使う種族には必要な言語を別途習得していただく必要がございます」
「へー……スキルなんてもらえたのか。他にはどんなスキルがあるんだ?」
どうやら言葉で苦労することはとりあえずなさそうだ。一安心ってもんだ。異世界に来てまで勉強なんてしたくないからな。翻訳なんて物があるなら存分に頼らせてもらおう。
「申し訳ございませんが、その話は順番にお教えした方がよいかもしれません。もちろんワタリ様が必要とあれば、順番を無視することも可能でございます。いかがなさいますか?」
いかがなさいますも何も、順番に教わった方がいいならそっちのがいいんじゃないの? まぁつまり主人の意向ならばどうとでもってことなんだろうな。別に急いでないし、特に問題ないだろう。
「じゃぁ順番でお願い」
「畏まりました。では僭越ながら続きを。
まず、この世界――ウイユベールには誰でも使えるスキルがあります。 " メニュー " と心ではっきりと声に出してみてください」
なんともますますゲームチックになってきたぞ? でもその方がたくさんゲームやってきたオレとしてはわかりやすくて断然いいぞ!
(メニュー!)
さっそく教わったとおりにメニューと心の中で、はっきりと声にしてみた。
心の中で声っていうのもおかしいかもしれないが、明確に言葉を思い浮かべるような感じだろうか? とにかく心の声で発生するのだ! またの名を念じるとも言う!
メニューと唱えた瞬間、目の前には半透明のウィンドウが表示され
■□■□■□■□■□■□■□■□■□
名前:ワタリ・キリサキ BaseLv:0 性別:女 年齢:6 職業:町民Lv1
ステータス
スキル
アイテム
□ロック
■□■□■□■□■□■□■□■□■□
と表示された。
一番下のロック以外は全て中央揃えで黒文字。ロックだけは右下にありチェックボックスのようなものがあり、小さく灰色文字だった。ぱっと見では使えないから灰色なのだろうか? ゲームではよくある仕様だ。チェックボックスがあるってことは、使える状態ならチェックして使うものなのだろう。何をロックするのかは知らないが。
名前は当然オレの名前。BaseLvってのはゲームなら基本的な強さだな。っていうか0かよ……。
あ? 性別が……ONNA!?
その文字を見た瞬間股間を手で押さえる。……ない。オレのそそり立つ相棒がない。いや今そそり立っていたら執事に興奮するホモ野郎になってしまうが、とにかくない! こ、これは一体どういうことだ! なぜオレの相棒がないんだ! ていうか性別:女ってまじかよ!
「オレが女なんだけど! なんで!?」
あまりの驚愕の事実に股間を押さえて内股になるオレ。なんか今にも漏らしそうです、早く出てください。な感じになってしまっている。心配するな。ただ単に混乱しているだけだ。
「ワタリ様。そのことに関しては創造神様よりお言葉を言付かっております。お聞きになりますか?」
「聞く聞く! なんでもいいから理由をはよ!」
「では。創造神様から言付かった内容を、そのままお伝え致します。
" 性別が同じじゃ楽しめないよね。変えておいたから " 以上でございます」
あんの居眠りくそ野郎! 何が楽しめないよね、だ! ふ・ざ・け・ん・な! 元に戻せ! 契約不履行だ! 損害賠償を要求する! 最初からやり直せ! クソガッ!
あまりの事実に地面を何度も踏んづけるが、子供の体では大した音も出ず……なんとも情けない気分が増加していく。これでは地団駄ではなく、ただの腿上げだ。
子供の体の上に、女の子……。前途が多難すぎて怖いんだが……。
何このどうみても攫われたり、何か悪戯されたりしそうなフラグ。バッカンバッカンにフラグが立ち上がってるのが見えちゃうよ! 見えちゃうよー! 助けてコブラー!
「ワタリ様。僭越ながら、申し上げます。幼女の見た目にも利点がございます。
相手の油断を誘え、且つワタリ様の容姿は大変麗しいものでございます。ワタリ様を一度でも見たものはワタリ様の麗しさに平伏し、心を開くでしょう。これらは大きな利点にございます」
また片膝立ちになった執事が、何かのたまっている。タイヘンウルワシイ? つまり可愛いってことですね? 元男が可愛いって言われても微妙だぜ? まぁ確かに油断を誘えるってのは利点だろう。だが可愛いだけで心開くのかって言われると微妙だぞ? 厳ついよりはましだけど、それでもデメリットの方が遥かに大きいと思うんだよ。
「アル……利点の前にデメリットを考えようぜ? まず幼女の時点で力がない。力が無ければ相手に好き勝手される。幼女って時点で油断するだろうけど、油断したとしても力ってのは単純な分だけ覆しづらいんだよ。その辺どうなんだよ?」
「答えは否。その点に関しても問題はないかと愚考致します。この世界での力とは説明の続きを許可頂けるのならば、すぐにでもご理解いただけるかと愚考致します。
もちろん、ワタリ様が望むのであれば今すぐにでもお教えできます。いかが致しましょうか?」
む……何やらこの世界には力をなんとか出来る物があるようだな。魔法とかだろうか。さっきスキルが云々いってたし、もしかしたらそういう系統があるのかしれないな。ならば聞こうじゃないか。
今すぐどうこうというわけでもないし、順番どおり行くか。
「わかった。じゃぁ順番で頼む」
「恐れ入ります。では続きを。
まず表示されている物はメニューウィンドウにございます。最上段に表示されている文字群はメニューウィンドウの持ち主の一般的なステータスとなります。
ついでその下のステータスを注視していただけますか? 視線でフォーカスすることにより、 " 選択 " することができます」
アルに言われた通りに、 " ステータス " と表示されている文字を注視してみる。すると一瞬文字が押し込まれたあと、ウィンドウの表示が切り替わった
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BaseLv:0 職業:町民Lv1
HP:50/50
MP:10/10
腕力:10
器用:10
敏捷:10
魔力:10
回復力:10
運:5
状態:健康
所持職業:町民Lv1
残りポイント:500
所持スキル
成長率増加Lv10 スキルリセット ステータス還元
ウイユベール共通語翻訳|(自動筆記翻訳付き) 鑑定 クラスチェンジ
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ウィンドウに表示された物はまさにゲームのステータス画面のソレだった。
長々ーとだらだらーっと。
チュートリアル開始!
ご意見ご感想お待ちしております。