142,見学
部屋に戻ればネーシャとユユさんが眠っていた。
2人仲良く机に突っ伏している。
寝る前までやっていたのであろう問題がノートに書かれている。計算問題なんだけど……桁が3桁になっている。
どうやら2人ともこのレベルの計算になるとだめらしい。
一応頑張ったであろう痕跡はノートに残っているけど……最後は鉛筆代わりのチョークモドキが長い線を引いている。
「気持ちよさそうだし、このまま寝かせておいてあげようか?」
「畏まりました」
ネーシャはともかくユユさんも計算は苦手なのだろうか。
たかだか3桁の足し算くらいで寝ちゃうとは……。
でも彫金の腕はネーシャが嬉々として教えてくれる修行内容からかなりの腕であることがわかっている。
きっと小さい頃から彫金ばっかりやってきたんだろうなぁ。
……ユユさんもネーシャと一緒に勉強させた方がいいんじゃないだろうか。今度提案してみよう、さりげなく。
ユユさんが寝てしまっているので浮遊馬車の実験は起きてからになる。
浮遊馬車といえばオークションで競り落とした魔結晶がふんだんに使われている。
魔結晶を使うということはそれはつまり、魔結晶を道具に仕込んでいるという事。
魔結晶は仕込もうとすると失敗する可能性がある。
コレはオレが思うにスロットがない物に仕込もうとするのが失敗の原因じゃないかと見ている。
でもスロットがあることはユユさんの鑑定眼でもわからない。
しかしオレの特殊スキルである鑑定ならわかってしまう。
確証がなかったし、魔結晶を仕込む機会にも恵まれなかったというか現状の装備で十分だったのでなかった。
しかし今回の浮遊馬車のために武器防具ではないけれど、道具への魔結晶の仕込みという物を見学できた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
時は遡って、オークションが終わって、翌日。
迷宮への準備の合間にランカスター家を訪れて魔結晶の道具への仕込を見学させてもらった。
基本的に浮遊馬車に使われている機構は馬車に別途取り付けるタイプだ。
なのでパーツ毎に分けて作る事が出来る。
それはつまり大きな馬車丸ごとを工房で作る必要はないということ。
でも扉にネーシャが彫り物をしたように馬車の1部分はランカスター家で作成している。
ネーシャとユユさんが真剣な表情で大きな扉を相手に四苦八苦しているのをちょっとだけ覗いたあとに、ゴーシュさんとトトさんが作業している場所へとやってきた。
「おう、来たか。もう始めるぞ?」
「いらっしゃい。今日はゆっくり見学していってね」
「はい、今日はよろしくお願いします。邪魔にならないようにしてますので気にせず作業してください」
「よし、トト。始めるぞ」
「はい」
魔結晶を仕込む道具はすでにほとんど完成していてあとは魔結晶を仕込むだけの状態のようだ。
ゴーシュさんがオレが預けた魔結晶をトトさんから受け取り、魔結晶をはめ込む場所に取り付け、スキルを使用する。
なんてことはない。魔結晶の仕込みはスキルでやるのだ。
だからこそ成功も失敗もひと目でわかり、且つ魔結晶の力を引き出すなんて超常の現象を引き起こす事が出来る。
……魔法のある世界で超常の現象と言われても微妙に困るがまぁ言いたい事はわかるだろう。
ちなみに魔結晶の仕込みをした機構には鑑定を使って調べた結果、スロットが1つあった。
「……よし、成功だ。運が良かったな」
「ワタリちゃん、成功だよ。最初から成功するなんて幸先いいね」
「そんなに失敗するものなんですか?」
「そりゃそうだ。成功率は五分五分がいいところだな。
うちでは俺達が作った物を使ってるから五分五分で済んでるが、他のところじゃ質が落ちるからな。せいぜい2割がいいところじゃないか?」
「質で成功率が左右されるんですか?」
確かに高品質――ゴーシュさん達が作る魔道具は値段も高いが、性能も一級品の物ばかりだ。スロット付きのものもかなり多い。それでも半分くらいはスロットがついていない。
もしスロット無しが失敗する物なら五分五分なのも理解できる。
他の店ではスロット無しの方が多いくらいだし、オレが買った防具もスロットが付いている物はないくらいだ。
ミスリル製の防具は結構な値段だし、品質だって悪くないのに、だ。
この辺は一般的な店で販売されているような大量生産というほどではないにしても、それなりの量が生産されている品だからだろうか。
ランカスター魔道具店の物は基本的に一品物。
込められている気合も時間も段違いだろう。
「おう。だが全てというわけではないな。質がよくても失敗するものは失敗する。
大体1度でも失敗したヤツは二度と成功しないしな」
「だから失敗したら違う物に魔結晶を仕込むようにしないといけないんだ。そのための予備がコレ」
トトさんが指差した物は説明通りに先ほど魔結晶の仕込を成功させた機構と同じ物だ。
それが3つほどある。
鑑定してみると2つはスロットがあり、1つだけなしだった。
でも最初の1つで成功したので他の機構は使わないそうだ。スロットなしので失敗するのかどうか見たかったのに……。
ちなみに今使った魔結晶は『弧鷹』だ。
他にも『春燕』を使う機構もあるけど……見せてもらったら全部スロットがついてた。
3つ『春燕』があるけど、作る機構は2つ。1つは予備だ。
見せてもらった機構も5つのうち、スロットが2つ空いている物が1つあったくらいだ。
結果的にオレが入手してきた魔結晶は全て成功し、ゴーシュさんにもトトさんにも運がいいと絶賛された。
失敗のサンプルデータを入手できなかったのはちょっと残念だが、逆にスロットが空いている物には全て成功するというデータは取れた。試行回数の問題が残ってるけど。
ゴーシュさん達の証言で通常なら五分五分のところを全勝だから価値あるデータだろう。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
明日はハルベスタ総合武具店での見学の約束を取り付けてある。
そこでならランカスター魔道具店よりは質が落ちる物を使っているので失敗のデータが取れるだろう。
実に楽しみだ。
ネーシャにも勉強になるだろうとは思うけど、結局スキルを使ってやっているんだからそのスキルを取得しないとできない。
ゴーシュさんの話では鍛冶スキルではなく、『錬金』というスキルを使用してやっているそうだ。
道具には錬金スキルだが、武器防具には『錬武』というスキルを使わなくてはいけないらしい。
両方のスキルを取るにはポイントが結構かかるそうなのでどちらか片方にして、専門に特化するのが一般的らしい。
トトさんもそのうち練武を取得したいといっていた。
ユユさんにしてあげたパワーレベリングの事は知っているので、そのうちお願いされるかもしれない。ネーシャがお世話になっているし、オレとしてはばっちこいだ。
帰り際にネーシャ達をまた覗いてみたら、巨大なハンマーと鑿を振るうネーシャが鬼気迫る表情で荒ぶっていた。
オレはそっと何も見なかったことにしてランカスター家を後にするのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
明けて翌日。
今日はハルベスタ総合武具店での魔結晶の仕込み見学だ。
ネーシャも連れて3人でやってきた。あ、エンタッシュもいるから4人か。
店の前では店長さんが馬車から降りてくるオレ達を店員一同と並んでお出迎えしてくれた。
店の前でやっているから結構恥ずかしい。
でもこの辺は貴族も良く来るみたいだからか、別段視線が集まることもなかった。この程度は日常なのだろうか。
普段ランカスター家に修行に行く時は汚れてもいい服を持参してランカスター家で着替えているネーシャは、外行き用に購入してあるワンピースを着て小奇麗にしてある。
隷属の首輪は厚めのチョーカーで隠しているので見えない。どこからどう見ても奴隷には見えないけど、侍女にも見えない。
まぁ今日はネーシャを侍女として連れてきたわけじゃないし何も問題ない。
店長さん――名前は忘れた――に案内されて店の奥の奥にある工房へ行くと、また従業員の鍛冶師さん達が並んで出迎えてくれた。
そこからは鍛冶師長さん――名前は聞いたんだけど忘れた――が店長さんに代わって案内してくれた。
工房には鍛冶をするための巨大な炉やたくさんの鉄製の道具が置かれ、非常に暑かった。
だから店の奥の奥にあるのだろう。
ランカスター魔道具店では断熱系の魔道具を壁に仕込んでいるらしく、隣の部屋や廊下に熱が漏れてくることはまったくないのに。
でもアレは魔結晶を使う必要があるとか言ってたから相当なお金がかかるんだろう。
普通は使わないのも頷ける。広いスペースを確保できるなら排熱は容易だろうし。
ネーシャは修行で炉も使い始めているので暑い所には慣れつつある。
なので鍛冶師長さんの話を部屋で真剣に聞いている。
え? オレ? もちろん部屋の外だよ。
だって暑いんだもん……。
魔結晶の仕込みは違う場所で行うそうなので今はネーシャのための見学だ。
可愛いワンピースを着て、小奇麗にしているネーシャはどこからどうみても可愛い女の子でとても鍛冶をするようには見えない。
店の鍛冶師達には女性もいるけど筋骨隆々とまではいかないが結構がたいがいい。だからだろうか、鍛冶師長さんは一瞬驚いたけどすぐに破顔してネーシャに丁寧に説明し始めた。
ネーシャくらい可愛い子が自分の説明を真剣に聞いている。しかもくそ暑い炉の近くでの説明を、だ。
それだけで鍛冶師長さんのテンションは鰻登りらしい。現金なもんだ。
まぁ部屋から速攻で逃げたオレが言える事じゃないけどね。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「お嬢様! お嬢様! ラズスリントさんすごいんですよ! あのですね、あのですね――」
鍛冶師長――ラズスリントさんらしいがまったく覚えてない――から聞いた話を興奮しながら話してくれるネーシャはとても可愛い。けど話している内容は炉がどうの、相槌を打つタイミングがどうの……正直よくわからない。
だがネーシャが嬉しそうに話すのだから聞いてあげなければいけないのだ。話はともかくとてもほっこりする。癒し系とはネーシャのためにあるような言葉だね。
一頻り話して気が済んだのかネーシャが満足したところで、鍛冶師長さんの案内で今日の本命を見学することにした。
ランカスター家での魔結晶の仕込みはあっさりと全勝で終わってしまいました。
ワタリちゃんはステータスの運に左右されない強運の持ち主なのでしょう。
主人公補正ともいいますが。
次回予告
データの収集を主な目的としてやってきた魔結晶の仕込み見学。
成功データは少し取れているし、失敗のデータがほしいワタリちゃん。
さてさてどうなる魔結晶仕込み。
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