125,ランクS
親であるはずのオークキングとオーククイーンが倒されても微動だにしない赤黒い引き締まったオークとは思えない肢体。
豚面でありながら金色の髪がどこか風格を醸し出している。
オーク種の最上位として威圧感を迸らせながらもオレ達の視線を一身に受けている。
これがオークロードか。
レーネさんはオークロードが成体だったら撤退する事を進言していた。
確かにあの『黒き衣』は驚異的なスキルだった。
オークキングは元々あれほどの、レーネさんとタメ張れるほどの強さはなかっただろう。
それが『黒き衣』により強化され凄まじい強さを見せ付けた。
結果として無傷で倒せたからよかったものの、強敵だったのは否めない。
オーククイーンもオークキングに負けず劣らずの強さだったに違いない。だが直線的で、投石による遠距離攻撃すら狂化したことによりなくなったのが運の尽きだったのだろう。
力押しだけの攻撃などアルの敵ではない。
しかしそれもオークロードが統率していたら違っていた可能性が高い。
『黒き衣』を使ってはきたが統率して連携を取るなどといったことがなかったのは成長途中であり、経験不足だったためだろう。
しかしそれを差し引いてもオレ達でなければ甚大な被害が出ていた可能性が高い。
デミオークとオークの軍勢だけでも相当な数がいた。
アレにオークキングとオーククイーン、さらにはオークロードが加われば国が落とされる可能性だってあっただろう。
運がよかった。
オークたちには悪かったのだろうが、ここで食い止めることができてよかった。
おっとまだ気を抜くのには早いな。
気を引き締めなおした瞬間に今まで微動だにしなかったオークロードが動きを見せた。
しかしその動きはオレ達に攻撃を加えようとするものではなく……。
「あ!? まてこら!」
迷いのない転進からの脱兎の如く……敵前逃亡だった。
一瞬唖然としてしまったが、そんな目の前からの逃亡なんぞを許すほど甘くはない。
すぐさま氷の槍を作り出し、レーネさんも飛斬を飛ばす。
氷の槍がオレの手元を離れた瞬間オークロードの進行方向に短剣のようなものが1本刺さった。
そこからはいつぞやのスローモーションのようにゆっくりと時間が流れていった。
オークロードの進行方向に刺さった短剣のようなもののあとに2本ほどオークロードを中心に三角形を描くように地面に刺さる。
よく見てみるとそれは短剣ではなく、柄の部分にグリップがなく、何か字がびっしりと書かれた布が巻かれているクナイのように見えなくもない。
オークロードを中心に三角形を描くように配置されたクナイから一瞬で線が引かれ、オークロードを捕らえる様に三角錐が完成する。
射出された氷の槍がオークロードに届く前にその三角錐は完成し、まるで結界のように見えた。
事実、一瞬早く到達したレーネさんの飛斬は三角錐の結界により弾かれ、無効化されてしまった。
しかしオレの氷の槍はオークロードにダメージを与えられるように威力を強めにしていたのが功を奏した。
レーネさんの飛斬を無効化するほどの結界だったが氷の槍が半ばまで減り込み、オークロードの腕を切断したところでスローモーションも終わり、氷の槍も止まった。
オークロードは腕を切断された衝撃で結界の端まで飛ばされ、頭部を強打して倒れピクリともしない。
切断された腕からは煙が上がっていて再生しているのがわかる。
オークロードを守ろうとしたのか? 一体誰が?
【ワタリ様】
アルの念話に反応し、アルの見ている先に視線を向ける。
そこには両手を挙げてこちらに近寄ってくる獣人の大男がいた。
「兄様!?」
「えぇ!?」
レーネさんの珍しい大声を聞いてびっくりしたけど、それ以上にその内容に驚いてしまった。
「にい、さま?」
「ぁ、はい……。すみません……。あれは私の兄です……。すみません……」
大きな体を小さくしてすごく申し訳なさそうに謝っているレーネさんがなんか可愛い。
そうこうしているうちにレーネさんのお兄さんが大分近づいてきた。
「やぁ、レーネ。久しぶり。
そちらのお2人とは初めてだね。初めまして、私はレーネの兄のグレー・ストリングスだ」
「え、っと……。初めまして、ワタリ・キリサキです。こっちはアルです」
「これはご丁寧にどうもありがとう」
両手を挙げたまま挨拶してくるグレーさんにこちらも自己紹介する。
だがグレーさんは両手を挙げたままだ。
獣人にはそういう挨拶の習慣でもあるのか? あ、もしかしなくてもあの結界はグレーさんが? ということはこちらに害意はないということを主張しているのか。
ていうか普通そう考えるよな。いきなりこんな場所にアルの探知をすり抜けて現れたんだし。
「とりあえず、もう少しそっちに行ってもいいかい?」
自己紹介の間にもアルはオレを守れる位置に移動していて、明らかに警戒しているのがわかる。
グレーさんはアルの広い探知範囲に突然現れたのだろう。出なければアルがもっと前から教えてくれているはずだ。
たとえオークキングやオーククイーンとの戦闘中や、オークロードと睨みあっていた時であったとしても。
恐らくは転移だろう。それも相当Lvが高い。
魔道具なのかスキルなのかまでは判断できないが十分に警戒に値する。
オレが使っていたように転移スキルは奇襲に打ってつけだからだ。
「だめです。そこで止まってください。例えレーネさんのお兄さんでも今のこの状況では警戒するなというのが無理です」
「ごもっとも」
両手を挙げたままレーネさんと同じ白い耳をピクピクさせ、巨大な尻尾をワサリ、と一振りするとにこやかな笑顔のまま返答してくる。
とりあえずレーネさんと相談しないといけない。
グレーさんはレーネさんのお兄さんという話だし、どういう人でどういう目的でこちらの邪魔をしたのか。その真意の程。
レーネさんの意見がこれからを左右する。
戦闘になるか否か、を。
【レーネさん、お兄さんで間違いないんですね?】
【は、はい……。兄で間違いありません。
それにあの結界……。『陰影三式結界』です。兄が得意とする短剣スキルです……】
【あれはオークロードへの私達の攻撃を防ぐ目的で張られたと思って間違いないんですか?】
【はい……。恐らくですが……】
すまなそうなレーネさんがシュンとしている。
別にレーネさんが悪いわけでもないのだから気にしなくてもいいのだけれどなぁ。
とにかくオークロードへの攻撃を邪魔したのはグレーさんで間違いないっぽい。
さてどうするか。
「作戦会議中のところ悪いんだけど、ちょっといいかな?」
「……なんでしょうか?」
こちらが念話で会議していたのはわかっていたのだろうが、何か言いたいようなので促してみる。
「レーネから聞いたと思うけどあの結界は私が張った物で間違いないよ。
オークロードを今討伐されるわけにはいかないんだ。
その辺の説明をさせて欲しいんだけど、いいかな?」
レーネさんを一瞥すると頷いたので先を促す。
「実はあのオークロードは私達が依頼で必要だったのでオークキングとオーククイーンを引き合わせて生ませたんだ」
「……それで?」
「だからこちらで引き取らせて欲しい。
もちろん対価は払うよ」
人工的にオークキングとオーククイーンを引き合わせてオークロードを生ませる。
国を滅ぼせそうな悪魔を作ったのか。
なるほど、信用できない。
「そう怖い顔をしないでくれ。
私もこんな依頼は受けたくなかったがS級依頼は断るのが難しいんだ」
「S級?」
「あれ? レーネから聞いてないのかい? 私は君が奴隷にした破滅の牙のリオネットと同じランクSだよ」
さらっととんでもないことを言ってきたが、顎の事を確信を持って言ってきたな。
まだ噂の段階でしかも信憑性の薄い状態のはずなのに。
まぁ本当にランクSなら独自の情報網でとっくに掴んでいてもおかしくはないけど。成り立てとはいえ同じランクSが決闘で敗れて奴隷になったんだからね。
「あ、あのワタリさん……。兄は本当にランクSです」
「そうなんだ。でもそれとこれとは関係ないですよ。
こんな危ない魔物を生きたまま引き渡せと言われて、はいそうですかと渡せるわけがない」
「まったくもってごもっとも。
でもさっきも言ったように私達も受けたくなかった依頼とはいえ、かなり苦労してここまで持ってきているんだ。
ここまできて失敗というわけにもいかないんだよ」
両手を挙げたまま笑顔のままに話すグレーさんからは剣呑な雰囲気は特にない。
だがそのセリフは仲間の存在を臭わせ、引き気もないことも主張している。
1人でこの場にいるからといって仲間がいないわけではないのは当然わかっている。
だがアルの探知範囲外なことからもすぐに駆けつけられるわけではないだろう。転移を使うにしても多少かかる。
この自信は顎とは違った本物のランクSとしての実力に裏打ちされたものなのか、それとも何かあるのか。
【レーネさん。もしグレーさんにオークロードを渡しても大丈夫でしょうか?】
だがオークロードが危険だからといってレーネさんのお兄さんである人と戦うようなことはなるべくならしたくない。
それにきちんとした管理がなされるのならば大丈夫かもしれないし。
……まぁ出来ればここで殺してしまうのが1番だが。
【わかりません……。
兄が受けるしかなかった依頼がどのようなものなのかわかりませんので……】
【ふむ……】
【ワタリ様】
顎に拳を当てて1つ考えようとしたところでアルが言葉を挟んできた。
【囲まれています】
【距離は?】
【先ほどの転移が使えるのならばほぼ一瞬で詰められると愚考致します】
実力行使する気満々ということか。
出来れば争いたくないけど、相手はランクSでは手加減などできないだろう。
「兄様!」
「おや? レーネ、ずいぶん強くなったとは思ったけどまさかこの距離で気づけるとは思わなかったよ」
「そんなことはいいです! 依頼を出したのはどなたですか!?」
「答えられない」
「オークロードの処遇は!?」
「研究材料だそうだ」
「では死体でもいいのでは?」
「生きている状態というのが前提条件だ」
「研究材料というのが嘘だった場合は?」
「私が責任を持って依頼主ごと処分する事を約束しよう」
いきなり始まったレーネさんとグレーさんの質疑応答を見守る。
質問しているのはレーネさんだが、最後の答えだけはオレの目をしっかりと見たままで挙げていた手も最初の質問の時に下ろし、最後の質問の答えで左胸に添えるように右の拳を当てていた。
「ワタリさん……。大丈夫だと思います……」
じっとレーネさんの瞳をまっすぐに見つめる。
オレの瞳をまっすぐに見つめ返すレーネさんからは嘘偽り、家族への甘さなどは見えない。
まぁレーネさんが大丈夫というのなら信じられる。
それに例えレーネさんなら騙されても悔いはないしね。
「わかりました。お渡しします。
あ、もちろん対価は貰いますよ」
「そうか、よかったよかった。
対価だけど、魔結晶3つでどうかな? 大鬼と柳鼠と蛇女の3つ」
ホッとしたように息を吐いたグレーさんがアイテムボックスから緑色の単結晶体――魔結晶を3つ取り出す。
準備していたのだろうか。どんだけ用意がいいのか。
「レーネさん、どうですか?」
「大鬼は筋力。柳鼠は回復力。蛇女は魔力ですね。オークロードを渡すという対価としては今ひとつ判断が出来ませんが悪くはないかと思います。
全部で金貨480枚ほどの価値はありますし」
「結構奮発してるんだよ、これでも。
本来あのオークやデミオーク、オークキングとオーククイーンも討伐するのは私達だったからね。
その分の穴埋めも含めての対価だよ」
「わかりました。ではそれで。
あ、キングとクイーンの素材は私達のものですよね?」
「それはもちろん構わないよ。他の雑魚の素材もね」
魔結晶3つを袋に入れて投げてよこすグレーさん。
アルが警戒したままオレをいつでも守れる位置にいるので近づく事は避けたようだ。
袋を受け取ってアイテムボックスに収納して確認したレーネさんが頷いて魔結晶3つをオレに渡してくる。
アイテムボックスに入れれば魔結晶の名前がわかるのでそれで確認したのだろう。
オレのように鑑定を使えない場合はそれが一般的な確認方法だ。
もちろん色々と面倒なことも多いが名前の確認で済む魔結晶ならこれが1番簡単だ。
「では貰っていくよ」
結界の中で未だ気絶しているオークロードに素早く漆黒の首輪をつけてステータスを表示させてロックさせるグレーさん。
魔物にも効くのかアレ。生け捕りがすごく簡単にできるんじゃないだろうか。
確かロックするとステータスを10分の1にしてしまうんだよな。アレなら大丈夫だろう、たぶん。
「レーネ、また今度話をしよう。
よかったらまたPTに戻ってきてもいいし、積もる話もあるしね」
「はい、兄様。でもPTには戻りません。私はワタリさんのPTの一員ですので」
「そうか。じゃあまたね」
「はい、また」
軽く手を振ってグレーさんは転移して視界から消えた。
オークロードもしっかり付いていったということは単独転移でもなければ、複数転移でもない。
やはり魔道具の類だろうか。それともオレの知らない転移系の上位スキルだろうか。
囲んでいた人達もアルの探知外へと転移したことからどうやら終わりのようだ。
なんだかどっと疲れてしまった。
激しい戦闘跡が残る元岩場に初夏を告げる少し暑い風が一陣吹きぬけた。
実は現在のオークロードには戦闘能力はまったくありませんでした。
なので脱兎の如く逃げたのですが、彼の内心は冷や汗でだらだらだったのです。
そして登場したレーネさんのお兄さん。
ランクS、2人目です。
でもこっちは成り立てのしかも奴隷をメインに使っていた顎とは違い、ばりばりの実力派です。
次回予告
大隊規模の軍勢との衝突により地形が変わってしまった岩場。
戦闘が終われば残っているのは解体作業。
ワタリちゃん達一行の後片付けはまだ始まったばかりだ!
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