101,ドリルドリル
【ワタリ様、魔物です】
「お?」
ドリルのお貴族様――アリアローゼさん達の方を見てアルが警告を発しているがどうやら彼女達は気づいていないようだ。
「魔物が来ますよ!」
「なんですって!? カイト! アン!」
オレの声にドリルを靡かせて森の方向にすぐに体を向け、腰の剣を抜き放つ。
アリアローゼさんの武器は腰に吊ってあったのでわかっていたが刺突剣だ。
彼女の声ですぐに片手剣使いの少年――カイトも抜剣し、右側のドリルを守るように立ち、弓使いの女性――アンは左側のドリルを守るように矢を弓に番え、いつでも打てるようにして警戒し始める。
手馴れた動きと各々の死角を補うような陣形。
3人で戦う事にかなり慣れているのだろう。
ほどなくして森から現れたのはマッドベアーを2周りほど小さくした魔物――グリズリーが2匹だった。
灰色の毛皮はそれほど防御力も高くないが爪は野生の熊よりも鋭く強力だ。
「いきますわよ!」
だがマッドベアーを獲物として追いかけていただけあり、明らかにマッドベアーより格下の相手に臆するわけもなくアリアローゼさんは先陣を切って突っ込んでいった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「どうですの!」
「あ、はい。お見事でした。はい、これどうぞ」
「ほほほ。もっと褒めてもいいんですのよ?」
「えぇーと、はい。すごかったですね。それじゃ私達は私達の依頼があるのでこれで~」
もうかなり面倒くさかったのでレアアイテムだという泥熊の手は勿体無いとは思いつつも渡してしまうことにした。
これ以上面倒にならないように適当に相手を持ち上げてみたりもしてそそくさと退散する。
「これで――」
アル達の所まで戻ってきた所で振り返ってみると小さく拳を握っているドリルさんが何か呟いているけど小さくて聞こえない。
傍でカイトという少年も一緒に喜んでいるけれど、弓使いの女性のアンさんはこちらに小走りに近づいてきた。
「あの、大変申し訳ありませんでした。
ですが譲っていただいて本当に助かりました。こちらをお納めください。
あ、あと……その……」
てっきりこのまま終わりかと思ったらアンさんが小走りに駆け寄ってきて頭を下げたあとアルに小袋を渡している。
オレではなくアルに渡したのは明らかにアルがオレを守る位置にいたからだ。
恐らくお金が入っているだろう小袋を渡しても立ち去ろうとしないアンさん。
チラチラとレーネさんを見ていることからレーネさんに声をかけたいのだろう。
まぁレーネさんは有名人だからな。でもドリルと少年は気づいてないっぽい。
レーネさんは有名ではあるが、常にフードを深く被っているので顔はあまり売れていないのだろう。でもそれでも知っているという事はレーネさんのファンなのかな?
「……あ、あの、ストリングス様ですよね? 白狼の」
「そうですよー。やっぱりレーネさんのファンだったり?」
「はい! 私、ストリングス様に憧れていて……。もしよければ握手していただけますか!?」
「おー……さすがレーネさんだ」
【わわわ、ワタリさん……】
キラキラした瞳を向けられてしまってあたふたしているレーネさんが助けを求めてくるけれどこれくらいならいいリハビリになると思ってあえて助けてあげない。
【握手くらいいいじゃないですか~】
【うぅ……】
おずおずと巨体を縮めながら握手をするとアンさんは何度も何度もお礼を言ってはキラキラした瞳をさらに輝かせている。
「アン! そろそろいきますわよ!」
「あ、はい、お嬢様。
それではほんとうにありがとうございました」
ドリルに呼ばれて最後に大きく頭を下げてアンさんは戻っていった。
レーネさんの人見知りもこうやって少しずつ他者と触れ合っていけば少しは改善してくれるだろう。
どうせなら好意の方に触れた方がいいと思うし。
そんなことを思いながらこちらも他の依頼のために移動をしようと思ったところでまた声がかかった。
「お待ちなさい! あなた、ワタリといいましたね?」
「え、はい、そうですけど」
「もし、この先にある鉱山街――トルマネトに来る事があったらウィシュラウ家に立ち寄りなさい。
トルマネトだけですが便宜を図ってあげる事ができますわ。
ではごきげんよう」
ドリルさんは言いたいことだけ言うと颯爽と2つのドリルを靡かせて森の中に入っていってしまった。
なんというか本当にマイペースな人だった。
「まぁなんていうかちょっと疲れたけど次の依頼をこなそうか」
【私がこんなだからワタリさんに負担をかけてしまって本当にすみません……。
本当なら年長者の私が交渉役をするべきなのですが……】
【大丈夫ですよー。
さっきちゃんと握手も出来てたし、これからですよこれから!】
確かに通常なら経験豊富な先輩冒険者に交渉やなんかを任せ、その技術を盗んで覚えるものだ。
でもうちではそういうのは出来ないので、最初から交渉や話し合いはオレがやることになっている。
アルは基本的にはオレの補佐だ。レーネさんは用心棒的な立ち位置になるんだろうか。
なので役に立ってないわけではないのでそれほど落ち込むほどではない。
でもレーネさんは優しいし、気も利く人なので仕方ない。
落ち込むレーネさんをフォローして岩場を移動していく。
次にこの岩場付近でこなせそうな依頼は黒色ウサギの討伐だ。
この辺の岩場に大量発生しているらしいが今の所一匹も見かけていない。
マッドベアーのようなこの辺にはいないはずの魔物が居たから散ってしまっているのかもしれない。
そうなのだ。マッドベアーはこの辺には本来いないはずの魔物で、さっき現れたグリズリーよりも圧倒的に難易度の高い魔物だ。
本来はもっと標高の高いところにいるそうなのだが、たまに麓のこの辺まで来る事もあるらしい。
レーネさんから教えてもらいながらも移動していると、岩と岩の間を黒い何かが一瞬飛び跳ねたのが見えた。
【お、気配察知に引っかからないってことは黒色ウサギかな?】
【そうかもしれません。黒色ウサギの隠形はかなり優秀ですから】
【ワタリ様、前方10時から3時方向に数は6匹でございます】
【……わかったの?】
【答えは是】
【さすがです、アルさん】
【頼りになりすぎてもうほんとアルなしじゃいきてけないなー】
【来ます】
オレもレーネさんも気配察知で発見できなかったのにアルには数どころか黒色ウサギの動きもはっきりとわかっているみたいだ。
視界の片隅で黒い何かが動き、その姿を表すと同時に3方向から水の塊が射出される。
この黒色ウサギは黒い毛皮で動きも素早く、その上水魔法も使ってくる。
というか水魔法以外にはラージラビットと同じような体当たりしかできない。
それでもラージラビットよりも遥かに素早く、気配察知に引っかからない隠形というスキルがあるため奇襲を受けやすい。
しかも岩場などの障害物が多いところに好んで生息するので性質が悪い。
3方向から飛んでくる水の塊は全てアル目掛けて飛んできている。
でも相手は6匹のはずなので恐らく時間差で攻撃を仕掛けてくるだろうことは想像に難くない。
3発の水の塊を盾で危なげなく防いだアルに更に3つの水の短剣が降り注ぐ。
どうやら時間差を狙ったわけではなく攻撃力を高めるために遅れただけのようだ。
だが当然ながらアルの防御技術の前には多少形状を変えて攻撃力を高めただけでは意味はない。
全部アルに向けて撃ってしまったのが運のつきともいえる。まぁオレやレーネさんに向けて当たるとは思えなかったが。
初撃全てを防ぎきられた黒色ウサギはすぐさま岩の陰に隠れようと逃げ出すが、ソレを待ってあげるほどオレは甘くない。
水の塊を射出するために飛び跳ねた最初の3体はレーネさんの飛空斬とオレの火矢で討ち取られている。
残りの3体は水の短剣を飛ばしてきたが、飛び跳ねてから撃ったわけではないけれど直線軌道なのですでに場所も割れている。
8本ほど同時に作成された火矢は2本で最初の1匹を討ち取り、残りの6本は上空で一時待機させて軌道から算出された場所に向かって打ち出しておいた。
小さな断末魔を3つほど残して戦闘は開始から数秒であっさりと終了したようだ。
【討伐数は確か20羽でしたよね?】
【はい、大体5~8羽程度で群を作るはずですのであと2,3回といったところでしょうか】
【よーし、さっさと狩ってしまおう!】
【黒色ウサギは見つける方が時間がかかりますけれど、アルさんがいるので大分楽になりますね】
【ほんとアル様様だね!】
【勿体無いお言葉にございます】
アルに警戒をお願いしてさくっと解体して素材を集めてさらに岩場を移動し、隠れている群や奇襲してくる黒色ウサギを瞬殺してあっという間に2つ目の依頼は終わった。
気配察知も万能ではありません。
ですがアルの特殊職業である執事は気配察知よりもずっと性能の高い感知能力を保有しています。
もちろん普通の職業の執事にはありません。
次回予告
順調に依頼をこなしていくワタリちゃん一行。
そういえば魔結晶なんてものもありました。
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