第17章 血の滲んだペン
20分後、クラリットは約束どおり城に戻ってきた。
「クラリット君、やっぱり“落とし穴”なんてうまくいくとは思えないのだが。他の作戦を考えたほうが……」
ラミールは、一応穴を掘る準備を終えていたが、やっぱりこの“落とし穴作戦”がうまくいくとは思えなかったのだ。
「ラミールさん! 紙とペンを用意してください! 速く!」
ラミールの言葉など意に介さず、クラリットは血走った目で紙とペンを要求した。
「あぁ、わ、わかった。すぐに用意しよう」
ラミールは直ぐに紙とペンを用意し、クラリットに差し出した。
「ありがとうございます! これから計算をするので、邪魔しないでください」
そう言うとクラリットはまるで何かにとりつかれた様に、難しい数式を紙に書き始めた。1枚、2枚、3枚……次々とまっさらな紙が数式によって埋め尽くされていく。
「……ここはあの定理を使って……ブツブツ……時速が……ブツブツ…………そうか、地面の傾斜も考慮しないと……ブツブツ……ブルハリの足跡から歩幅を推測……ブツブツブツ……賢者様の『スロウ』の魔法の効果も考えて……」
誰も、クラリットに話しかけることができなかった。気がつくと百枚近くの紙がクラリットを囲むように散らばっていて、それはまるで悪魔を呼び出す魔方陣のように見えた。
「……で、できたぁ……ラミールさん、この図面どおりの場所に……穴を……」
「バタン!」
10分後、1枚の紙をラミールに託し、クラリットは気を失った。よほど強く握っていたのだろう。その手に握られたペンからは、真紅の血が滴り落ちていた。
「これは……」
ラミールはクラリットから受け取った図面を見て驚愕した。そこには今から2時間と53分後に、ブルハリの“右前足”と“左前足”と“右後足”と“左後足”の接地する場所が、事細かに描かれていたのだ。
「皆の者! 急いで準備しろ! この図面は魔法の図面だ。今から2時間と53分後の未来が、ここに書かれている! そして、その未来は我々の勝利を予言しているのだ!! この勝利の予言を現実にするためには、お前達のおしみない労力が必要だ。頼む、今一度力を貸してくれ!!」
「おおおおおお!!!!」
ラミールの言葉を聞いて、1000人のつわもの達が一斉に動き出した。今こそ、未来を掴む時だ。予想した未来を現実にするための、努力をする時だ。
「クラリット君、ありがとう。そして牙、ごめん。お前のおかげで、この作戦は生まれた。そして、俺達はこの作戦から希望を貰った。それだけで、お前達は十分仕事をした。あとは俺達に任せてくれ。絶対に、ブルハリを止めてみせる」
ラミールは静かにそう呟くと、1000人のつわもの達を引き連れて、落とし穴を掘りに城外へと向かった。