賭け払い
「えー現在当駅で人身事故が発生したため、この電車は運転を見合わせております。運転再開は――」
電車を降り、真っ直ぐに大学まで歩いた男は、講義に出席するために教室に入った。三年の冬にもなると、講義自体ほとんどなくなるため、学校に行くこともあまりなくなるが……それにしても、人が少ない。初回の授業の半分……いや、それよりも少ないだろうか。
この講義を取っている唯一の知り合いも、バイトとかでほとんど出席していないため、今日も一人前列に座ろう……としたところで、やけに輝いている奴が目に入った。
「…………よう、珍しいな」
「おう、古賀か!久しぶりだな!」
「……いや、うん、まあそれもそうなんだけどさ……それ、どうしたの?」
遠目からでもすごかったが、近づいてみると想像以上だった。高そうなサングラスに、ごつい金色のネックレス、どこかで見たようなロゴの高そうな服と、近くにいるだけでも目が騒がしい。ファッションに詳しくはないものの、一目見ただけで高級なものだと分かるが……金ないんじゃなかったのか?
「あー聞いちゃう?別に教えてあげてもいいんだけどなー!どうしよっかなあー?どうしてもっていうなら――」
「いや、別にいいわ興味もねえし」
「あ、おいちょっと待てって……!一回座ろうぜ?な?」
「ちょっ……!」
男が横を通り過ぎようとした矢先、金近に無理やり引き寄せられ、体がふわりと浮き……何とか椅子に着地した。「すまんすまん」と金近は申し訳なさそうに手を重ねているものの、右手に付けている金色の腕時計が、またなんとも癪に障る。
「…………はぁ。どうせ、バイトで金貯めたとかじゃねえのか?」
「いーや、バイトなんかじゃない。そもそも、学生がバイトして稼げる額なんてたかが知れてるだろ」
「……まあ、それもそうか。じゃあなんだ、宝くじにでも当たったのか?」
そんなことはないと思いつつも、冗談めかしくそう言った男にしかし、金近は「おー」と微妙な反応を見せた。
「まあ、ある意味ではそうなのかもな。何せ俺は、一円たりとも払ってないんだから」
――は?
「払ってないって、それお前――」
「いや、犯罪とかじゃねえよ。ただそういうサービスがあるってだけだ」
「サービス……?」
「ああ」
そして金近は、白くなった歯を覗かせるように、口角を上げ――言った。
「『賭け払い』って知ってるか?」
「四名様ご来店でーす。いらっしゃいませー!」
「「「いらっしゃいませー!」」」
「ああ、ごめん古賀くんレジお願い」
「おけっす」
新規の客を席まで案内した後、男は店長に言われた通りにレジまで向かった。見れば、男女の二人客をレジ前で待たせてしまっている。
「すみませんお待たせしましたー。えー、8814円になります」
「やば、結構いったね。私半分出すよ」
「まあまあ、俺に任せとけって」
「なに、金欠なんじゃないの?」
「まあ見とけって。すんません、『賭け払い』で」
「……少々、お待ちください」
「……なにそれ」
「俺も最近見つけたんだが、なんでも、これは自分が払うんじゃなくて――」
男は、掲げられたスマホに表示されているQRコードを見て、レジ画面の『その他』欄をタップし、スキャナーを画面に近づけ――
「…………こちら、レシートになります」
何ら変わりもなく出てきたレシートを、いつものように客に手渡した。
「な?すげえだろ?」
「……いや、意味わかんないから。だいたいそれ、リスクとリターンが――」
「……ありがとうございましたー」
そうして、またいつものように客を見送った後、男は別の業務に戻るのであった。
「お疲れ様でしたー」
「あーお疲れ古賀くん。来月のシフトなんだけどさ――」
「……あー、すみません。大学が忙しくて」
「あーそうだよねぇー。もし入れそうになったら、いつでも言ってくれていいから」
「……っす」
軽く頭を下げ、男は店を出た。
そうしてしばらく道なりに歩いていた男は、馴染みの自販機の前で足を止める。財布から百円を取り出そうと、鞄に手を伸ばし――財布を入れ忘れたことに気がついた。頼りない電灯の下で、鞄に手を突っ込んでみるも、硬いものに触れた感触は得られない。
「……」
しかし、幸いなことに、ここの自販機はQRコードも使用できる。画面に表示されているのは使ったことのないサービスばかりだが、QRコードならなんでもいけるはずだ。
「……使うか?」
金近が言うには、登録には一分もかからないらしい。アプリをダウンロードし、必要事項を入れればすぐに参加できるそうだが……。
「……」
自販機から漏れ出る、微かにも眩い光。決して強くはないものの、確かに輝いていることが分かるような、そんな光。なんだか男にはそれが、こちらを見ているような気がして。
「……」
男は、スマホを手にして、自販機に近づき――
「……ッ!?…………もしもし?」
大音量で鳴るスマホに、男は名前も見ずに通話に出た。
「もしもし?じゃなくて、あんた今日何時に帰ってくんの?ご飯はもう食べたの?」
「……あー、うん。すぐ帰るから。ご飯温めといて」
「はいはい。まったく、遅くなるなら遅くなると――」
Pi、と男は通話を切り、自販機から離れた。もたもたしていると、これ以上うるさくなりかねない。
足を進めていた男は、一度自販機の方を振り返るも――しかし立ち止まることなく、そのまま足を進めるのであった。
《【徹底解説】賭け払いとは!?実はそんなに危なくない!?》
ネットで調べると、山ほど出てくる検索結果の中から、男は適当にその動画を開いた。
《えー結論から言います。最近日本でも話題になってきた賭け払いですが、実はそんなに危険なものではありません。何せ、現在ユーザーは世界中に数億人いますからね。単純計算で、あなたに請求が来る可能性は数億分の一ということです。では、実際に賭け払いについて詳しく――》
……自身への請求を、他の誰かに肩代わりさせるシステム。無論、他の誰かの請求も自身に飛んでくる可能性はあるが、こなければ何も払わずに済み、参加を辞めるには自身がこれまでに肩代わりさせた金額を払う必要がある……金近の言っていた通りか。
確かに、夢のような支払方法に見える。……が、これには一つ、重大な問題がある。
それは――
《――そして、何といってもこの賭け払いには、上限はありません!青天井なので、いくらでも購入することができます!!》
もし自分に高額な請求が飛んできた場合、一瞬で破産するリスクがあることだ。金額に関係なくランダムで請求が飛んでくる仕様上、たった一円でも参加している以上はその可能性がゼロではない。
……しかし、これまで一度も請求がきていないという人は全体の三割もいるという話もある。数億人も参加しているのなら、その可能性もほぼゼロに…………いや、流石に危険すぎるか。
……また来週、金近に聞いてみるか。
電車を降り、男は真っ直ぐに大学まで歩く。
「……」
……しかし何故だろうか。今日に限って、周りを歩く人の服装や装飾品が妙に目につく。
やがて大学に到着し、教室に入った男は辺りを見回すも、金近の姿は見当たらなかった。
男は、後ろの方の席に座り、パソコンを開き――通販サイトを眺めた。
……一度だけ、一度だけなら、いいんじゃないだろうか。先に買って、金が貯まり次第すぐに金を払えば、請求が来る前に参加を辞められる。そうだ、それなら別にリスクも少ないし、日雇いでもなんでもやって金を貯めれば――いや、待てよ?なら講義なんかも出ずに、その分バイトすれば……いや、学費も払ってるのにそれは…………というかそもそも、大学に通う意味もないんじゃないか?そうだ、『賭け払い』がある以上、運さえあれば金なんて稼がなくともそれだけで生きていける。なら別に、一度と言わず、金近みたいにこれだけで生活することも…………。
「……」
男は、欲しいものを片っ端から買い物カートに入れ、支払画面に進んだ。そして、既にダウンロードしてあったアプリを立ち上げ、スマホをパソコンに近づけ――
「はい、では本日は予告通り小テストを行いますので、電子機器は全て鞄の――」
チャイムが鳴ると同時に流れたアナウンスに、男は勢いよくパソコンを閉じ、鞄の中にしまうのだった。
講義が終わり、バイトに向かうため、男は駅のホームで電車を待っていた。後ろには女子高生たちが並んでいるらしく、ここからでも元気な声が聞こえてくる。
「ねーこの後カラオケ行かない?」
「めっちゃあり」
「あーでもうちもう金ないわ」
「いいのいいの、私がおごるから。私も最近見つけたんだけどさ――」
しかし男は、それを気にも留めず、手元のスマホを眺め続けていた。……そう、一度閉じた通販サイトを、スマホで開き直したのである。
そして、しばらく買い物カートを眺めていた男は、昼間と同じように支払画面に進んだ。
「――うそ」
「なにー?どしたん?彼氏にでも振られ……って、みと……?」
そうして、支払い方法を『賭け払い』に設定した男は、『購入を確定する』ボタンを――
押した。
その瞬間。
「みと!!ダメ!!!」
後ろから、大きな声が聞こえたかと思えば、制服姿の少女が視界に入り――跳んだ。
「……」
「……きゃああああアアア!!」
「おい、いま少女が」
「警察だ!警察に連絡しろ!!」
「……うそ」
警告音やブレーキ音に続けて、金切り声や怒号が辺りに響き渡る。……しかし、男はその場を一歩も動けなかった。
やがて、構内からアナウンスが流れ、周りの人間が慌ただしく動きだす。男もそれに倣おうとして、振り返れば、ひび割れたスマホが落ちていて――
「……はは」
その画面を見た男は、すぐさま電話を掛けた。
「…………古賀です。あの、電車が止まっちゃって…………はい、はい…………すみません。それと、シフトなんですが…………できるだけ、入れてもらえると助かります。……ええ、はい。大学は……そうですね。大丈夫です。
死ぬ気で、働きますので」




